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ウォルテニア半島編
第3章第9話
西方大陸暦2812年8月9日【半島へ】其の9:

「ほう……主殿を試すですか……若い女の身で商会を率いているだけあって、キレ者だったようですな……しかし、主殿の事を其処まで綿密に調査するとは……侮れない情報網をお持ちのようだ。敵に回すと厄介な事になりますな」

 亮真とシモーヌの会談結果を聞いた厳翁の眼が細まる。
 主である亮真を試したシモーヌに対する、厳翁の評価は高いらしい。
 単純に忠誠だけを誓う人間だと、こうは行かない。そういう人間は、主を試すとは不届きな奴!と言う評価をしがちだが、流石にこの場に居る人間でそんな態度をとる奴はいなかった。

「まぁ、今のところ彼女が俺達の敵に回る可能性は、まずないと思って良い。クリストフ商会がイピロスに残る事を選択する限り、彼女には俺がどうしても必要だ。ウォルテニア半島の領有権を持つ俺がね……まぁ、そう言ってもだ、何時状況が変わるか判からないからな。厳翁、注意だけはしておいてくれ」

「かしこまりました……しかし彼女の情報網は大したものですな……恐らく商人達を使ったものだと思いますが?」
 
「そうみたいだな。歴史ある商会なだけに国内外に協力関係を持つ商会がいくつかあるらしい。そう言ったところから定期的に伝書鳩が往復して情報交換をするって訳だ」

「歴史ある商会の強みと言う訳ですな……そうやって得た情報を整理して、詳細な情報は現地へ人をやって調べると言う事ですが」

「あぁ、交易の為の商隊を派遣して調べるらしい。……今後は厳翁とも連携してもらうからそのつもりでいてくれ……聞いた限りじゃ、自衛は出来ても戦い専門って訳じゃ無いらしいからな」

「ならば、彼らと共に影から主殿を御支えする事に致しましょう」
 
 大人数を使って広範囲の情報取得ならば、シモーヌ達の方が上。だが、拷問や盗み、後方撹乱と言った仕事に関しては厳翁達の方が専門。
 お互いの長所を上手く組み合わせる事が出来れば、強力な諜報組織となる。 
 厳翁も、自分達の価値が下がるわけではないと聞いて、何処か安堵しているようだ。
 普段、冷徹な表情を崩さない彼の顔に、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「まぁ何にしても、話し合いが済んでよかったんじゃないかい? 予定外で優秀な諜報組織の協力も取り付けられた。これで食料物資の購入はクリストフ商会に任せちまうんだろう? 坊や」

「いや……少なくても直ぐにクリストフ商会と取引を始めるつもりはない」

「え? どういうことだい!? 取引を始める為にさっき話し合いに言ったんだろう? クリストフ商会と取引しないって言うなら、一体何処から物資を買う気だい?」

 リオネが驚きの声を上げるのも当然だった。
 伯爵の息のかからない商会を求めていたのだ。そして、念願のクリストフ商会と協力の約束を取り交わしてきた。それなのに亮真はクリストフ商会と取引をしないという。
 イピロスに商会は残り9つ。
 しかし、ミストール商会を筆頭にザルツベルグ伯爵の側に組する商会ばかりなのだ。

「勿論、ミストール商会からさ……まぁ、それもこれもさっきシモーヌと話して決めたんだけどな……今の段階でクリストフ商会と俺達が表だって連携するのは不味い。伯爵を刺激するだけだろ? 」

 亮真の言葉に、誰もが納得の表情を浮かべた。

 ザルツベルグ伯爵にしてみれば、自分が嫌っているクリストフ商会に亮真達が取引をすれば間違い無く危機感を募らせる。
 なぜ、態々自分に敵対している商会と取引をする?自分に反攻する気なのか?と疑われてしまう。
 亮真達にとって、あまり得となる選択ではないのだ。
 だから、亮真とシモーヌは、協力を確約した後の話し合いで、伯爵側から圧力が掛けられるまでは何食わぬ顔で、ミストール商会とその傘下の店と取引することにした。
 その代り亮真は伯爵側から洩れる情報をシモーヌへ流し、シモーヌは近い将来、伯爵が亮真へ圧力を掛けてくる時の為に備える。
 それに、亮真を成り上がりと侮るザルツベルグ伯爵なら、亮真が這いつくばって頼み込めば様々な便宜を図ってくれるだろう。
 伯爵には、岩塩の鉱脈を横領していると言う弱みがあるのだから。

「成程……確かにその方が安全ですな……」

「そうでヤスね」

 亮真の知恵袋二人は共にこの話に賛意を示す。
 
「まぁ、坊やらしい策なんじゃないかい? 特に伯爵を利用できるだけ利用しようってところがねぇ」
 
 リオネは何処か、からかうようにそう言って笑った。
 相手を油断させ、一撃で始末する。効率を重視し、無駄な見栄を張らない。大地アース世界では卑怯と呼ばれる手段も、平気な顔で選択できる人間。
 敵に回すと一番恐ろしいタイプの人間だ。
 
「ですが亮真様……ミストール商会と会う前にクリストフ商会に出向いた事……伯爵側にばれてしまっていませんか?」

 サーラが不安げに亮真へ視線をむける。

「まぁ、シモーヌの話だとクリストフ商会の建物にはびったり見張りが張り付いてるらしいしな……俺がシモーヌと面会した事は誤魔化せないだろうね」

「では、どうされるおつもりですか?」

「正直に言うさ。必要な物資の購入を頼みに行って断られたって……そこでザルツベルグ伯爵に泣きつくってわけさ。ミストール商会を紹介してくれってね」

 初めから伯爵へ頼みに行かなかったのは、伯爵にご迷惑を掛けるわけにはいかないと遠慮した為。
 初めにクリストフ商会を訪ねたのは、単純に店が暇そうだったから。
 そこで、購入を断られ、イピロスの力関係を知った亮真が、慌てて伯爵に泣きつく。
 別にクリストフ商会と取引をしようとしたわけじゃありません。
 自分達は、伯爵の意向に逆らうつもりは無いのです……と。
 
 シモーヌや厳翁から聞いた伯爵の人物像は、彼の感じた違和感とも一致している。
 先日、亮真を歓待した伯爵の人の良さは演技なのだ。
 傲慢で、特権意識が強く、他者を見下す。
 そう言った伯爵の性格を考えれば、亮真が正直に泣きつけば優越感を満たされ、彼の思考は其処で止まる。
 自分が、亮真に騙されるなど思いもつかないだろう。

「なるほど……伯爵の性格まで計算しているわけですか」

「相変わらず若は恐ろしいでヤス……」

 何処か呆れた様な口調で知恵袋二人がため息をついた。

「上手なウソってのは真実に嘘を混ぜるっていう事さ……これで、伯爵の油断を誘い、彼の援助を引き出す。後は、必要が無くなるまでしゃぶりつくすだけさ」

 そう言うと、亮真は冷たい笑みを浮かべた。
 ザルツベルグ伯爵の油断を誘う計画なのだ。伯爵と戦う為に……


「物資の方はそれで良いとして……後は住民をどうするかですなぁ」

 厳翁が困ったような声をあげた。
 傭兵雇用の問題と、物資の購入に関してはとりあえず目途が付いた。
 残っているのは、住民の問題だ。

「それかぁ……みんなは案が有るか?」

 ハッキリ言って、これは非常に頭の痛い問題だった。
 そもそも、住民を移住させるというのは難しい。
 近隣の村や都市に立て札を立てて、移住希望者を募ったとする。だが、ウォルテニア半島などと言った未開の大地に、誰が好き好んで移住するだろう。
 強力な怪物モンスター達が徘徊し、亜人の集落があり、海賊達が根城にしている大地。
 ある程度開発されているならともかく、全く手の付いていない土地だ。多少、税金を優遇する程度では誰も希望しないだろう。
 それに、もう大きな問題がある。元の土地を治める貴族達だ。
 税を納めるのは自分の領地に住む平民達。その住民を移住させればどうなるか?税を納める人間の数が減れば、貴族に入る収入が減る。
 彼らはルピスに不満を訴えるか、実力行使をするかのどちらかを選択するだろう。
 そして、どちらを選択されても、亮真は終りだ。
 将来的にはともかく、現状はその辺の弱小貴族にすら劣る存在なのだから。
 
 亮真の言葉に誰もが黙り込み、解決手段を模索する。
 彼らも、亮真と行動を共にする間に、独創的な発想と言うものを会得した。
 大地アース世界の常識を無視した発想。それこそが、現状を打ち破るカギになる。

「一つ……お金が掛りますが、今後、恒久的に住民を増やせます……それに、貴族達からの反発も考えなくてよい方法です」

 サーラへ周りの眼が集まる。
 彼女の言葉は、今の亮真達にとってかなり都合のよい話だ。いや、都合が良過ぎるといってよい。金で解決できると言う事は、亮真達の都合だけで決められると言う事だ。
 欲しいときに金が許すだけの住民を得られる。そんな都合の良い話があるのだろうか?

「この町の裏通りには奴隷商人がいくつも店を開いています。其処から労働奴隷を買うのはいかがでしょう?それならばこちらは奴隷を購入する代金だけで済みます。法術はどちらにしろ一般人では習得していませんから、私達で教育しなければなりません。ならば、他の貴族領から住民を引き抜いて恨みを買うより、奴隷を買う方がずっと安全なのではないでしょうか?」

 サーラの言葉に誰もが、すばやくメリットとデメリットを比較する。
 最も初めに沈黙を破ったのは厳翁だった。

「悪くありませんな……気になるのは、買われた奴隷が主殿へ反旗を翻す可能性ぐらいですか……」

「厳翁殿の懸念ももっともですが、そもそも、資金的にも厳しくはアリヤセンか?」

「おそらく、労働奴隷ならば其処までの高値にはなりますまい……それに、一度に購入すれば値引きの交渉も可能でしょう……金の方は何とでもなりましょう」

 一度にまとめて購入すれば、奴隷一人辺りの金額を交渉して値引きすることが出来る。
 今後、定期的に購入すると言うことにすれば、奴隷商人達も無下にはしない。
 決して、悪い話ではない。

「でも、反乱のほうはどうする気だい? 金の方は何とかなるとして、果たして奴隷が亮真の民になるのかい?」

「それは奴隷身分の解放と引き換えにすれば問題ないのではないでしょうか?」

 サーラの言葉にリオネが訝しげな視線を向けた。

「はぁ? 金を出して奴隷を購入して、解放するって言うのかい?」

「はい。私もお姉様も元は戦奴隷……それを亮真様に解放して頂きました。私達姉妹は亮真様へ絶対の忠誠と献身を奉げておりますが、もし、奴隷身分のままだったら……」

 今の様な忠誠心はもてなかっただろう。
 サーラが言わなかった言葉の続きを誰もが理解した。
 誰だって、奴隷のまま主に忠誠心を持つ事はありえない。
 鞭を恐れ仕えはしても、心の中に渦巻くのは憎悪と殺意だけ。
 何時か主の隙を突いて殺してやろうと言う敵意だけだ。

「なるほどねぇ……あんた達……そうだったのかい」

 リオネがどこか納得したような口調で呟いた。
 彼女もボルツも、何故マルフィスト姉妹が御子柴亮真に対して強い忠誠と信頼を持っているのか疑問と言えば疑問だったのだ。
(なるほどねぇ……奴隷は命ある物。物から人にしてもらったらそりゃぁ恩義も感じる……か)
 リオネは、奴隷の生活も苦しさも屈辱も理解している。
 彼女は平民出身。そして平民と奴隷は紙一重。
 税が払えなくても、国が戦争に負けても、平民は簡単に奴隷として売り飛ばされることになる。
 其の後に続くのは、人としての尊厳を死ぬまで踏みつけられる茨の道。
 
「なるほど、奴隷身分から解放する事で主殿へ忠誠心を持たせ、貴族に対しての敵対心を煽る……悪くないですな」

 大切なのは領主である亮真に対しての忠誠心。あるいは、愛国心と言う言葉でもよい。
 成り上がり者でしかない亮真では、決して持ち得ない物が得られることになる。
 よほどの愚策を強行しない限り、奴隷から解放された民が亮真に背く事は無くなる。

「良いだろう……奴隷から人を救えて俺も得をする……悪くない選択だ。明日から早速、奴隷を扱う店をまわる。サーラ、ローラ一緒に来い。厳翁は引き続きザルツベルグ伯爵の近辺を探れ! リオネさんは傭兵の雇用を、ボルツは半島の情報を引き続き頼む!」

 亮真の言葉に全員が頷いた。

 亮真は人を物として扱う奴隷と言う制度を心の底から憎んでいた。
 彼は、自らの意思ほど大切なものはないと思っているのだ。
 ルピスを憎むのも同じ理由。
 身分をかさに着て、亮真の意思を無視した結果だ。
 虐げられた亮真が、虐げられた奴隷の力を借りて復讐する。
 これ程に胸躍る話があるだろうか。
(身分制度? クソったれが! 今にテメエらの驕りってやつを砕いてやるぜ!)

 この日、虐げられた人々は一筋の光明を得る事になった。
 この部屋から溢れ出た意思が、やがて西方大陸全土を飲み込むことになる。
< "フェザー文庫" >


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