「マジで胸糞悪いヤツだぜ……」
亮真は足元に横たわるガイエスの死体を蹴り上げた。
容赦の無い蹴りが、ガイエスの死体を3m近くも吹き飛ばす。
ガイエスが生きていた時には表に見せなかった怒気が、はっきりと亮真の顔に浮かんでいた。それは鬼の如き形相であった。
怒りは判断を曇らせる。戦いの最中で冷静さを無くすなど、敵に自分を殺してくださいと頼むような物だ。だが、人である以上、怒りを感じないわけが無い。特に今回のような相手には。
だから、亮真はそれをグッと心の奥底に秘めて押し殺した。相手の息の根を止める其の時まで。
ガイエス達は亮真が召喚されるずっと以前から異世界人の召喚をやってきたのだろう。
その結果は想像に余りある……。
どれだけの人がこの世界に召喚され、絶望に身を焦がしながら死んでいったのだろう。
其の人達にも、夢や希望があっただろうに。
そう思うと亮真の心には、深い悲しみと老人に対しての怒りが湧き上がるのだった。
敵には容赦が無くとも彼は人間だった。人の痛みや苦しみが判る……普通の。
ガンガンガン
「な……んだ?」
突然、この部屋の鉄の扉が外側より叩かれた。
「いかがいたしました? ガイエス様?」
再び扉が強く叩かれる。
扉越しに、慌てたような男の叫びが聞こえてきた。
「先ほど衛兵より室内から大きな音がしたとの連絡があり、参上いたしました。召喚の儀の最中とは存じておりますが、なにとぞお顔をお見せくださいませ!」
「チィ……」
扉の向こうから聞こえてきた言葉に、亮真は大きく舌打ちをした。
どうやら扉の前には、さっき殺したような兵士達が、中の異変に気が付いて押し寄せてきたらしい。
この状況で打てる策は何か?
必死で亮真は考える。
何か。何か手段が無いか?
だが、どれほど考えても答えは出ない。
この部屋には窓が無い。唯一の出入り口。扉の向こうには兵士達が集まっていて、とても脱出など出来ない。
だが、このまま何もしないで居るわけにも行かない。
亮真は、ガイエスと四人の兵士を殺しているのだ。
とても交渉の余地など無い。
イヤ、仮に交渉の余地が有ったとしても亮真は選ばない。
人としての尊厳が、それを許しはしない。
こんなやつらに屈するなど。
武器を確保しようと兵士の死体にある剣を外す為、うつ伏せになっていた死体を仰向けにした時、彼の脳裏に一つの策が閃いた!
それはかなり分の悪い賭けだった。
数秒の思考の後、亮真が出した結論は。
「賭けてみるか……」
ガンガンガンガン
再び強く扉が叩かれる。
鉄製の扉で同じく鉄の閂が掛かっているとはいえ、本気でこじ開ける気なら数分と持たずにぶち破ってくるだろう。
何しろこの世界には老人のように手から稲妻を出す人間が居るのだから。
彼に残された時間は少ない。
亮真は5つの死体の懐を探ることから始めた。
何しろここは異世界だ。金も持たずに此の城から逃げ出したところで、結末は強盗でもするか盗みでもするかしかない。
働く事を選ぶとしても、こんな異世界で高校生に就ける仕事があるかなんて判るわけがない。
こういう時にライトノベルの主人公には、衣食住の面倒を見てくれる優しい協力者が現れるが、そんな幸運を期待するほど、彼は愚かではなかった。
とりあえず金貨と銀貨と銅貨が入った革の袋を5つ死体の懐から探り出す。此の金が亮真の希望だ。
少なくとも、此の金が消えるまでに何か仕事に就く事が出来なければ、強盗でもしなければ生きていけなくなる。
貨幣価値がまったく判らない為、どの程度の生活費になるのかが不安ではあったが、今の段階ではどうしようもない。
ガンガンガンガン
「ガイエス様! ガイエス様!」
再び扉が叩かれた。段々と扉を叩く音と、呼びかける声が強く大きくなる。
外の連中も異変が起きたことを確信したようだ。
亮真に躊躇している時間は残されていなかった。
彼は着ていた学生服を脱ぎ、革のベルトを外すとそれを胸の辺りに締めた。
傍からみれば滑稽な格好だがどうしようもない。
きっちりと締めたベルトに、貨幣の入った袋をしっかりと結わえ付ける。
次に、亮真は死体の中から背格好の似ている死体の鎧と衣服を剥いだ。死体に彼の学生服を着せ、死体の顔を松明で焼く。
勿論、顔が判らないようにだ。そして、自分は剥いだ衣類と鎧を身に着ける。
「ふ〜。何とか着れたか」
安堵の言葉が亮真の口から洩れた。
何しろ今まで鎧など来た事が無い為、ずいぶんな時間が掛かったが何とかなった。
此の鎧が一枚板を打ち出した鎧ではなく、各パーツを一つずつ体に固定していく形式だったのも幸いしたようだ。
ガンガンガンガン
鎧を着るのに必死で、亮真の頭の中から扉の外の様子が意識から消えていたが、いよいよ此の部屋へ強行突入をしてきそうな雰囲気だ。
亮真は兵士の死体に歩み寄ると其の首の頚動脈を斬り血を床に流した。そして、其の血溜りの中に其の身を横たえて待った。
扉が破られるのを。
「かなり分の悪い賭けだが、強行突破よりはマシか……」
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亮真が床に横たわった丁度その頃。
扉の前には大勢の兵士で犇いていた。
「ロルフ近衛騎士団長。ただいま次席宮廷法術師のセリア・ウォークランド様がおいでになられました!」
兵士の報告に続いて、赤毛の女が現れる。
「どういうことですか!? お爺様は?」
開口一番、彼女はロルフと呼ばれた男へきつい口調で問いただした。
整った顔立ちをしているが、其の眼の強さが人を恐れさせる。有能だが、人に好かれるタイプでは無い様だ。
「落ち着かれよ。セリア殿」
ロルフの隻眼が光る。
「落ち着けるわけないでしょ!」
よほど急いで移動したのだろう。
普段は一部の隙も無く整えられた自慢の赤毛は大きく乱れ、そのたわわに実った豊かな胸が大きく弾む。
「落ち着かれよ!」
今度はロルフの怒声が響く。
近衛騎士として多くの戦場を経験したこの男は、かつて戦場にて飛来した矢を皇帝の前に立ち身をもって防いだ事から、【皇帝の盾】と謡われた歴戦の猛者だ。
セリアが産まれる何十年も前から血みどろの戦場を生き抜いてきた彼の言葉は、素質に恵まれた若き次席宮廷法術師の心の動揺を取り払う。
ロルフの怒声に打ちのめされ、ようやく落ち着いたセリアは大きく深呼吸を行う。
「申し訳ございません。ロルフ様。お見苦しいところをお見せいたしました」
そう言うとセリアは素直に頭を下げた。
彼女も自分が動揺していることに気がついたのだろう。髪を撫で付け気持ちを落ち着けようとする。
「いや。それがしの方こそご無礼いたした。肉親であるセリア殿が動揺されるのも致し方なきこと」
一つしかない右目の眼光が幾分和らいだ。
その目は厳しくも娘を見守る父親のようである。
「して、ロルフ様。現状は?」
セリアの口調は完全に落ち着きを取り戻していた。
そこにあるのは、冷静さと冷徹さを兼ね備えた【吹雪の女王】と謡われし天才の顔だ。
「現在判っている事は多くありません」
「かまいません。わかる範囲でお教えください」
「ガイエス様が召喚の儀式を行うために、兵士4人を連れて部屋に入られたのが3時間程前の事……」
ロルフの言葉にセリアの表情が曇った。
「3時間ですか……召喚儀式の準備に2時間、詠唱に30分を要します。ということは残りの30分はいったい……」
セリアの心に嫌な予感が広がる。
「はい。衛兵達の話では30分程前に大きな振動を部屋の方から感じたとの事で、報告が私のところに来ましてセリカ殿に連絡を入れて某はこちら向かったのです」
「そうでしたか」
「扉の前でこの者達が待機しておりまして状況を確認したところ、召喚の儀式中にこの部屋に入ることも物音を立てることも禁止されているので、指示を待っていたとの事でした……そうだな? お前達!」
そう言うとロルフは後ろの控えている2名の兵士に振り向いた。
「そう……あなた達の判断に問題ないわ」
セリアの視線が立ちつくす兵士へと向けられ頷いた。
「は!」
セリアの言葉を聞き兵士の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
彼らは、自分に与えられた職務に対して最善を尽くしたと自負している。
だがそれを理解してくれない貴族は多い。最悪、「なぜ突入しなかったのだ」と責められる可能性だって存在した。
それが無い事を理解できたのだから、彼らの表情が緩むのも当然だった。
「ただ、時間が掛かりすぎているのは確かなので、私の一存で扉を叩いてみたのですが……」
ロルフが再び状況説明を始めた。
「反応が無いと?」
「はい」
セリアは考え込みながら自分の意見を言った。
「召喚の儀式の準備と呪文の詠唱には2時間〜3時間かかります。お爺様は過去100以上この儀式を実施されているはずです」
「そのとおりです。過去121名を召喚されており、事故及び召喚の失敗は0です」
ロルフが頷く。
「しかし何も問題が起きていないと仮定するなら、兵士が感じたという振動の説明が付きません。召喚の儀式に振動が起こる要素はありませんから」
「事故……ということでしょうか?」
セリアの分析を聞いて、ロルフの顔が曇る。
今まで無かったからと言って、今回も無いと考えるほど彼はボケていなかった。
そして法術の事故は非常に重大な影響を及ぼす事を知っていた。
最悪、国が傾くほどの。だが、ロルフの懸念をセリアは首を振って否定する。
「いえ。おそらくですが攻撃法術を使用されたのではないかと」
彼女の言葉にロルフの隻眼が光を強める。
ガイエスが攻撃法術を使用したという事は、何者かと戦ったという事だ。
「攻撃法術ですか……しかし其れでしたらなぜガイエス様は部屋からお出にならないのか?」
ロルフが事故の可能性を捨て切れないのは此処だ。
オルトメア帝国の宮廷法術師であるガイエスの法術を喰らって、生き残れる人間は大陸中どこを探しても居ない。
勿論、戦いに絶対という事は無いと理解していても、ロルフにはガイエスが何者かに殺されるなど想像が出来なかった。
「もしくは出れないのか」
「まさか。ガイエス様ほどの方が……」
セリアの言葉を聞きロルフは顔色を変えた。
意図的に其の可能性を無視してきたロルフに、セリアの言葉が突き刺さる。
「最悪の事態も考えられるかと……」
セリアの顔は硬く強張っている。それは肉親の死を意識した人間の表情だった。
「申し訳ない!」
突然ロルフはセリアに頭を垂れた。
「な! 何をなされるのですか。ロルフ様」
セリアは慌てた。
「セリア殿。某の判断ミスでござる」
もし、サッサと部屋へ突入していたら、ガイエスを助けられたかも知れない。
そんな思いが、ロルフの心に過ぎる。だがセリアは頭を横に振った。
「いいえ。ロルフ様。召喚の儀式の最中はいかなる者でも妨げてはならないのは国法となっております。ロルフ様が勝手な判断で部屋に飛び込まれては、其れこそ大惨事を引き起こす可能性がありました。例え、どのような結果にしろロルフ様が私を待ってくださったのは適切なご判断だと存じます……ですが事故の可能性は無いでしょう。もしそうなら既に何らかの影響が外に漏れ出すはずですから」
実際に、二次災害の可能性から召還の儀式中は何者も出入りが禁じられている。
召還とはそれだけ注意深く行わなければならないのだ。
「セリア殿……」
ロルフはセリアの肩が細かく震えているのを見た。
ただ一人の肉親を思う情を必死で堪えている。
「今のはあくまで最悪の場合です。とにかく中に入って確かめねば!」
「扉は鋼鉄製の上、中から閂が掛かっております。ただいま攻城用の破壊槌を準備させているところです。もう少々お時間を下され」
だが、セリアはロルフの言葉に従う積りはなかった。
「いいえロルフ様。時間が有りません。私が破ります」
ロルフは慌てた。
「そ。それは」
「火炎を司りし精霊よ! 汝の加護を受けし我が求めに応じよ!」
「セリア殿! いかん。全員下がれ〜〜〜〜〜〜!」
静止を無視して、セリアが詠唱を始めたのを見たロルフの叫びが響く。
「我が指し示しし敵を砕け! 火精爆裂!」
セリアの掌に球状の火炎が渦巻き、彼女の両腕が鋼鉄の扉へと突き出された。
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