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ローゼリア王国内乱編
第2章第33話
異世界召喚176日目【決戦】その5:

「そういうわけで、ゲルハルト公爵閣下はルピス王女への恭順を決意されたという事です……その証として現在イラクリオンで保護しているミハイル・バナーシュ殿をこちらにお返し致したく、私が交渉役として参った次第です」

須藤の言葉を聞いて、天幕の中は重苦しい空気に支配されていた。
誰もが須藤の提案に言葉を失っていた。
いや、彼の提案があまりにも突飛な為に思考回路がが上手く働かなくなったという方が正しいだろう。
内乱を起こした首謀者が決戦前に恭順してくるというのはそれだけ予想外な出来事なのだ。

「姉様……これって……不味いよね?」

サーラが周囲に漏れない程度の小声でローラへ耳打ちをした。

「不味いわね……亮真様の計画にも影響が出かねないし……」

ローラの視線が表情を消して須藤の言葉を聞く亮真へと注がれる。

この場に居る人間は16人。
ルピス王女・メルティナ・エレナ・亮真の4人は当然として、ローラやサーラ、リオネにボルツ、ベルグストン伯爵以下有力な貴族達と文字通り王女派の主要なメンバーが一堂に集まっている。
天幕の中央にデン!と置かれた円卓を囲むように各員は腰掛けて須藤の言葉を聞いていた。

「やっぱり影響って出るのかな?」

「えぇ……結構大きく出ると思う……」

姉妹の小声は周りのざわめきにかき消されて周囲には漏れない。
リオネはボルツと、ルピスはメルティナとそれぞれ小声で何かを話し合っていたし、貴族は貴族で隣同士で耳打ちし合っている。
無言のままなのは亮真とエレナの二人のみだ。

「亮真様……どうするつもりかな?」

サーラに問われローラは答えに窮した。
結局彼女は無言のまま視線を亮真へ向けた。
どのような結論が出ようとも姉妹にとっては関係が無い。
ただ御子柴亮真と言う男の為に動けばいいのだから。


亮真は眼を閉じ、ゆったりと椅子に座りなおした。
そうすることで自分の湧き上がる感情を表に出さないように抑えつけたのだ。
そして頭で状況を整理し、的確な対応を考える。
それだけが現状を打開する唯一つの手段だった。

(頭痛がするぜ……)
これが亮真の本音だった。
人間的に信用は出来ても、能力的には全く信用が置けないとは理解していたが、ルピス王女がこれほどまでに愚かだとは亮真も全く想像していなかった。
(須藤の言い分……前王の遺言に従っただけでローゼリア王家に対して謀反をする気は無いだって?無茶苦茶言いやがる……いくらなんだって酷すぎる……それにホドラムが寝返り彼が王家に謀反を企んでいる為、王国の臣下として許せないから恭順したい?馬鹿にしてるのか?……)
須藤の言い分を聞いて亮真が思った率直な気持ちだ。
ゲルハルトはルピス王女と戦った事を前王の遺言に従っただけという言い方ですり抜ける気だ。
しかもホドラムを寝返らせておきながら、ホドラムが王家に謀反を企んでいるので許せないから恭順して王国への忠誠を示したいと言ってきた。
謀反人の汚名を全てホドラムに被せる気なのだ。
しかもその話を人を集めて須藤に言わせる。
最悪と言っていい。

別に人を集めた事自体は問題ない。
支配者として考えればどうかとは思うが、亮真は最初からルピス王女の政治的な能力を信用はしていない。
だから王女が独断で判断するよりずっとましだ。
彼女が己の至らなさを自覚していたという事だから逆に褒めたっていいくらいだ。
ただし其の判断を褒めてやれるのは、議題がミハイルの返還に絡んだゲルハルト公の恭順で無ければだ。
この議題に関して言えば、人を集めたのは最悪だ。
なぜか?
結論が出てしまっているからだ。
(結局ルピス王女はミハイルを殺したくないという事か……)
亮真の心が冷たくなる。

確かにミハイルは忠誠篤く武力に優れた人間である。
王女に取って信頼できる忠臣の一人と言ってよい。
だから王女が殺したくないと思う事自体は人間として普通である。
それ自体は亮真も咎めるつもりは無い。
だが。
支配者は其の心を殺さなくてはならない。
抑えつけなければならない。
ミハイルが信頼できる忠臣であるとかそういう問題ではない。
幾ら大切な忠臣であっても、ゲルハルトの命とは比べられようもない。
ゲルハルトはルピス王女に対して反旗を翻した謀反人。
其の命を幾ら忠臣とはいえ一家臣の命と引き換えに助命するとは……

確かにまだルピス王女は自分の気持ちを公言していない。
だからルピス王女がミハイルを助けたいと思っているというのは亮真の推測にすぎない。
だが亮真は自分の推測が事実である事を確信していた。
もしそれを希望していないのであれば須藤を生かしておくはずが無い。
王女の天幕に無断で忍び込んだのだ。
どんな刑罰を受けても文句の言いようが無い。
それを助命し態々須藤の言葉を聞く為にみんなを集めた。
これだけでルピス王女の心の内が透けて見える。

(ミハイルを殺したくない、だからゲルハルトの要求をのみたい。だけど正当性が無い事を自分で自覚している。だから全員を集めた自分が泥を被らない為に)
王女が独断でこの話を受ければ当然反発が出る。
謀反人であるゲルハルトを助命するのだから当然だろう。
だからルピスは会議をした。
それは責任の所在をあいまいにするためだ。

「では、皆の意見を聞きたいわ」

ルピスの言葉に亮真は舌打ちをしたくて堪らなくなった。
だがどれ程腹立たしくとも今この場でその怒りをぶちまけるわけにはいかない。

「誰か意見がある人はいないの?」

ルピス王女の言葉に誰もが無言のまま黙り込んだ。
彼女の視線が円卓を囲む人間達を順繰りに見据えた。
だが誰だってババは引きたくない。
この場に居る全員がルピス王女の心の内を見透かしていた。

亮真自身は、ミハイルの命がゲルハルトの助命とつり合いが取れるとはどうしても思えなかった。
一介の騎士の命と反乱の首謀者の命を秤にかける事自体間違っていると言える。
だがルピスがミハイルを助けたいと望んでいる以上何を言っても無駄である。
もし此処でミハイルの命を見捨てるように進言すれば間違いなくこの会議の後で
「ミハイルを見殺しにするのか!」
「忠臣を助けずして何とする!」
「新参者のくせに何を言っているんだ!」
とミハイルの同僚である騎士達が騒ぎ出す事は目に見えていた。
それに亮真が此処でミハイルを見捨てるように進言してもルピスはそれを受け入れないだろう。
そうなれば、亮真だけが悪者になる。
それにミハイルの暴走による結果とはいえ亮真の指揮下で捕虜になっている。
此処で見殺しにするように進言したら亮真がミハイルを殺したがっていると邪推されかねなかった。

正論は時に人情を犠牲にする。
そして支配者が人情に溺れれば、必ずどこかで歪みが生じる。
亮真が幾ら正論を唱えても聞く支配者に聞く耳が無いのなら言わない方がいい。


エレナの縋るような視線を亮真は感じた。

「無駄です……」

亮真はエレナに小声で呟くと首を横に振った。
彼女の視線から言いたい事は伝わってきた。
だが、それを言えば間違いなくエレナと言えど悪者になってしまう。

「なら私が……」

「止めて下さい。今ここで貴方に対する不信感を王女が持ったら、今後の立て直しが更に難しくなります……」

エレナの提案を即座に否定する。
彼女とてミハイルやメルティナ程にはルピス王女の信頼を得ていない。
【ローゼリアの白き軍神】の名を持つから亮真が言うよりはマシだろうが、王女がミハイルの命を諦めるとは思えなかった。

「ならどうするの?このままじゃ……」

エレナは亮真と同じように現状の危険性を理解していた。
ミハイルの命を引き換えにゲルハルト公爵と言うローゼリア王国は獅子身中の虫を生き残らせることになる。
更にラディーネ王女を王族として認める事になれば、彼女には第2位の継承権が与えられることになる。
ルピス王女は更に危険な立場へと其の身を晒そうとしていた。
これはゲルハルトの恭順を受け入れる以上致し方が無い。
謀反の首謀者は斬首。
これが大地アース世界の共通認識である。
ゲルハルトの命を助けるとなれば、彼の起こした今回の内乱は謀反では無いという立場を取るしかなくなる。
となれば、前王の遺児を担ぎ出したゲルハルトの言い分を完全否定は出来なくなってしまうのだ。
つまり前王の遺言に従っただけで、ローゼリア王国に謀反しようとしたわけじゃありません!と言うゲルハルトの言い分を認めるしかなくなる。
詭弁と判っていてもどうしようもない。
(打開出来るとすればメルティナか……)

亮真の視線がルピス王女の隣に座るメルティナに向けられる。
(だめだ……単純にミハイルが生きてる事を喜んでやがる……まぁ同僚が生きてて嬉しいのは判るが……状況が悪くなっている事を理解してない……か……こいつは無理だな……となると……)

単純に笑顔を浮かべているメルティナに見切りをつけ亮真は必死で打開策を考えだす。
(ゲルハルトを殺すことは無理……今回の戦でホドラムを始末出来るだけで善しとするか……問題は其の後だ……ルピス王女じゃゲルハルトを制することなど出来ない……一時的に力を削いでも何時か盛り返される……待てよ?何時か……か。)

亮真の中で冷たい考えが浮かんできた。
そう、何も亮真は無理にゲルハルトを殺す必要は無いのだ。
(死にたい奴は死なせてやるか……)

亮真はルピスを見捨てた。
正確には彼女の将来を切り捨てたのだ。
(安心しな殿下、俺はアンタを裏切りはしない。だがこのままならアンタは確実に死ぬ。何年後かは知らないが俺には其の日が眼に浮かぶよ……だからエレナ達に忠告だけはしてやる。だが俺はもうアンタを助けるつもりは無い。後はローゼリア王国の人間で対処してくれ。せいぜいゲルハルトの動向に気を配るんだな)
心の中でそう呟くと亮真は発言の許可を得る為に手を挙げた。

「では!僭越ですが構いませんでしょうか?」

ルピスの目が一瞬脅えるような色を浮かばせた。
彼女も自分の判断が正しいとは思っていないのだ。
だが人情が、彼女の優しさがミハイルの命を見捨てると言う選択を拒む。

「どうぞ亮真」

「では!」

亮真はルピスの言葉を受けて椅子から立ち上がる。

「私は須藤殿の言い分を受け入れゲルハルト公の恭順を受け入れるべきだと考えます!」

亮真の言葉に天幕が震えた。

「な!本気ですか!御子柴殿!」

「えぇベルグストン伯爵、本気ですよ」

彼もまた貴族でありながら軍事にも知識がある。
外交や宮廷闘争も経験がある為、須藤の提案がどれほどルピス王女にとって危険かをおぼろげながらに理解していた。

「何か……狙いがあるのですか……?」

敵の使者である須藤が居る場でそう尋ねずにはいられないほど、亮真の言葉は伯爵にとって意外でしかなかった。

「いいえ?ですが忠誠篤きミハイル殿を見捨てるわけにもいきません。それにゲルハルト公の言い分にも一理あると言えます。戦は無い方がよい。イラクリオン周辺は穀倉地帯ですからあそこで大軍をぶつけ合えば今後の収益にも影響が出る。ゲルハルト公が王女殿下へ恭順されるなら其の方が良いでしょう?」

亮真の言葉にウソは無い。
確かに公爵軍とぶつかれば今後の税収に大きな痛手を受ける。
だが伯爵は亮真の言葉を聞いても釈然としない様子であった。
元々イラクリオンに進軍する際に、今後の税収に影響が出る事は織り込み済みだったのだから。

「ですが殿下!公爵の恭順を受け入れるのに際して、私達の方からも条件を幾つか付けるべきだと考えます」

「どういう事?」

「幾らなんでもミハイル殿の返還だけではつり合いが取れなさすぎです。公爵には爵位の返上と賠償金の支払いを命じられては如何でしょう?」

亮真の言葉にルピスは考え込んでしまった。
彼女自身、須藤の持ってきた話が自分達に不利であるという自覚がある。
ミハイルの返還という条件が無ければ考慮に値すらしない。
だから亮真の言い分は彼女にとって理解しやすい。
だが下手に交渉して決裂すればミハイルの命は無い。
一度は死んだものと諦めたのだが、それが生きているとなればどうしても助けたくなる。
正論と人情のはざまでルピスの心は揺れ動く。

「良いでしょう。私はゲルハルト閣下からそのような条件が出た際には一存でお受けして構わないと委任されております……公爵位と返上の上5億バーツの賠償金をお支払いしましょう」

「「「5……5億だと?」」」

須藤の言葉に天幕の中は再びどよめきで溢れた。
須藤の提示した金額は、今回の戦費を十分に埋める事が出来る。
貴族達の中で安堵の気持ちが生まれた。
少なくとも部下に恩賞を出し、自分の家に臨時収入がもたらされるぐらいの物を確保できるのだから

「いや。それと一緒に今後5年間宮廷内の役職には一切付かないと約束して頂きたい」

亮真の言葉に須藤の顔が歪む。
(ふん……やはり賠償金と公爵位返上は予想してたか……だが役職に就けなくなる事までは想定外だったみたいだな)
だがそれは亮真としては絶対に引けない条件だ。
もしこれが無ければ、政治能力の劣るルピス王女はゲルハルトの餌食になってしまう。
だから5年。
5年あれば王女を支持する貴族達も国の運営になれゲルハルトの魔の手を払いのける事が出来るようになるはずだ。

「良いでしょう……ゲルハルト公爵閣下に変わり私が其の条件を承諾致します。それでよろしいでしょうか?殿下」

須藤は茫然と立ちつくすルピス王女に話を振った。

「えぇ……それでいいわ……」

彼女としては頷くほかない。

「結構です。ではこれよりイラクリオンに戻りましてゲルハルト公へ報告の上で、ミハイル殿をお連れ致します」

そう言い残すと須藤は王女に頭を下げ天幕を出て行った。


須藤が立ち去り会議は終了となった。
此処には亮真とボルツ・リオネ・マルフィスト姉妹の5人だけが残っている。

「良いのかい?本当にあれで?」

リオネの問いに亮真は頷くしかなかった。

「最善ではないけどね……あの状況で打てるだけの手は打ったからね……あれ以上は無理だ」

実際、亮真は最善を尽くしたと自負している。
人情に縛られたルピス王女の下で良くあれだけの損害で済ませられたと自分を褒めてやりたいくらいだ。

「5年で何とかなるんですか?」

「さぁな?……正直其処までは面倒見切れないよ」

サーラの問いに亮真は肩を竦める。
亮真が今回したのは、延命処置に過ぎない。
今回の話を病に例えるなら、ゲルハルトとホドラムはローゼリア王国に巣くう病気である。
亮真は其の病気を戦と言う手術で完治させようとした。
だが手術を望んだ患者であるルピスがゲルハルトを取り除くことを拒んでしまった。
ならば亮真としては次善の手を打つしかない。
ゲルハルトと言う病原菌を5年間封じ込め其の間に患者の体力を回復させ、対抗出来るようにする。
それ以外に選択の余地などなかったのだ。
後は亮真が与えた5年と言う猶予をルピス王女が上手く使う事を祈るだけである。
そしてそれは、ローゼリア王国に住む人間が行う事だ。
偶々この戦に巻き込まれた亮真が考える事ではないのだ。

「まぁこれで残るのはホドラムと其の配下の騎士2000のみだ……」

亮真の言葉にリオネ達は頷いた。
後はホドラムを始末すれば全てが終る。

「明日か明後日かな……」

「イラクリオンに攻め入るんですね」

「あぁ。そこで最後の戦だ!」

ローラの言葉に亮真は頷いた。
残るはホドラムとの決戦のみ。
ローゼリア王国の内乱は遂に最終局面を迎える事になる。





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