異世界召喚169日目【防衛戦】その4:
「御子柴様!敵陣に動きが!」
中央部の指揮を執る亮真に騎士の一人が注進してきた。
「うん?……兵を引くと言う訳ではなさそうだな……敵の指揮官め……一気にケリをつけるつもりか?」
亮真の目が敵陣の動きを素早く察知する。
「敵本陣の周りが慌ただしくなってきていますね……」
「あぁ、どうやら今日中にケリを付けたいみたいだな……何を焦っているんだか……」
亮真はケイルと言う人間を知らない。
当然ケイルがゲルハルト公に自ら進んで出陣を願い出た事も知らない。
だが彼の用兵から何かに焦りを感じている事だけは判る。
(門の有る南北と中央の3か所は空堀を渡りやすくしているとはいえ、何の準備もしていない部隊が超えられるはずもない。それが判らない程に愚かなのか?……いやそうじゃない。たぶんこっちの防御を甘く見たんだ。数で威圧すればこちらの心が折れると踏んだ。だから強引に攻めて来た……だがなら何故兵を引かない?……幾ら農民の命が軽いからと言って無駄にするとは思えないが……)
幾ら人の命の軽い世界とはいえ、農民が減れば税収にも影響を及ぼす。
確かに大事にはしないだろうが、むやみに消費するとは思えない。
相応の理由がなければ。
(何を焦っている?こちらの増援の到着か?いや……向こうだって行軍に時間がかかることは判っている筈だ……となれば)
「おい!ケイルってのを知っているヤツはいるか!?」
「は!私はよく存じております!」
亮真の声を聞き、そばにいた騎士の一人が手を上げた。
「どんな性格だ?」
「そうですなぁ……非常に利己的で狡猾で腰抜けの卑怯者で……」
亮真の疑問に其の騎士はケイルを吐き捨てるかのごとく罵倒することで答えた。
まぁルピス王女を裏切ったのなら、王女に忠誠を誓う騎士からは蛇蝎のごとく嫌われるだろう。
(どうもこいつ等の言い方は偏った評価をするんだよなぁ……)
この辺も亮真は不満であった。
ケイルを嫌うのはいい。
だが其の能力を正当に評価できなければ戦には勝てない。
好きな人間だから彼は強い。
嫌いなヤツだからアイツは弱い。
個人の好き嫌いと其の人間の能力はまったく無関係である。
だがローゼリアの騎士はその辺の分別が著しく劣っていた。
つまり未成熟な子供なのだ。
利己的というのはおそらくリスクとメリットを量ることが出来るということだ。
狡猾というのは思慮深いということだろう。
臆病者という評価も視点を変えれば慎重な人間ということである。
悪意を持ってみるかどうかで人物の評価はガラリと変わる。
(だが……どういうことだ?それだと完全に別人ということになる……そのケイルってのが指揮を執っているんじゃないのか?)
亮真は騎士の評価と目の前の状況を比較するとどうしてもケイルが指揮しているとは思えなかった。
そう、次の言葉を聞くまでは。
「アイツはプライドが高く傲慢で大口を叩くヤツでした!」
「?プライドが高くて大口を叩く?……ちなみにどんな大口を叩いたか内容を知ってるか?」
「は!あれは今から4年ほど前でしょうか。当時ローゼリア王国で天覧武術大会が開催されまして……」
この騎士の言葉を要約するとこうなる。
4年前の武術大会で当時優勝候補といわれていたミハイルを1分で破って見せると豪語した挙句、逆に第一回戦でぶつかった際にたった一太刀で剣を弾き飛ばされミハイルに負けたらしい。
なんでも酒場でローゼリア王国一の騎士は誰かという話題から出た大言壮語らしいが……
「私もその場に居ましたので間違いありません。」
「ちなみにケイルの腕前ってのは公平に見てどうなんだい?お話にならないほど低いのか?」
問題はその大言壮語を吐くに値するだけの能力を持っていたかどうかである。
勝負事は運不運も影響する不確定なものである。
だからケイルが負けた事が直ぐに彼の能力を証明はしない。
極端な話、ミハイルよりは弱くてもケイルが国内二位の実力の持ち主なら彼の言葉は愚か者の寝言ではなくなる。
亮真の言葉を聞いて騎士は顔を歪ませた。
つまり言いたくないほど良い腕だと言うことである。
(成る程……ケイルは少なくとも馬鹿じゃない……ミハイルに負けた事でこいつらはケイルを侮っているらしいがローゼリア王国一を目指しても恥ずかしくない実力はあるって事だ。)
此処まで考えた亮真は気がついた。
(そうか!自分に自信があるケイルはゲルハルトに調子の良い事を言ったんだ。私に任せてくれれば敵軍など直ぐに蹴散らして見せますとか何とか……それなら理解できる……敵があれだけ焦っている理由が……そうか……ならこちらの策もやり易くなったな。)
亮真はケイルの置かれた状況を正確に把握した。
裏切り者というからには貴族派での立場は相当に脆い筈だ。
自己の立場を強化するために功績を欲して無理をする人間はよく居る。
(クククッ……向こうがその気ならこっちも安心して策が使える……)
亮真はケイルの用兵に裏が無いことを確信すると準備した策を使うことを決断した。
「伝令!これから敵は南北と中央の3箇所を同時に攻め寄せるはずだ。予定より早いが第一段目の策を使うとボルツとリオネに伝えろ。サーラには北に移動して合図を待てと言え!」
「はっ!」
亮真の指示を受け騎士はサーラの元へと走り出す。
亮真は回りに居る騎士達を率いて前線を守るローラの下へと向かった。
「いい?もっと速射の速度を上げなさい!敵は無数に居るんだから!」
ローラの守る中央の門もまた大激戦が繰り広げられていた。
敵兵はまさにイナゴの如く門へと押し寄せる。
「不味い!槍隊前へ!……突け!」
矢の雨を防ぎきり再び柵の前へ農民兵がたどり着く。
ローラは何度目かの命令を再び槍隊へと命じた。
「ローラ様!敵の数が多すぎます……このままでは……」
ローラのそばに居た騎士がそんな泣き言を言った。
切れ目の無い敵の突貫は、防衛に携わる騎士達の神経へ多大なストレスを与えていた。
逸れも当然だろう。
「黙りなさい!私達のどこが劣勢です!私達は亮真様の指揮の下で誰一人として失わずに門を守っているではありませんか!」
ローラの指摘どおり、亮真の作戦は今のところ上手くいっている。
堀と柵で相手の進軍を阻むみ、敵の兵力を3箇所の門に集中させることで少ない兵力を効率よく運用する。
そして矢に因る遠距離攻撃を行い安全な柵の内側から敵兵を射殺すことで敵兵力を削る。
騎士の個人技を完全に禁止し、隊としての連携を強化。
各騎士たちが、相互に援護することで死傷率を下げる。
騎士達には不評であったが、ローラは亮真の作戦を高く評価していた。
そしてローラは幼き日の思い出に残る彼女の父親の姿を必死で思い起こしながら彼を叱咤した。
『ローラ覚えておきなさい。上に立つ人間は決して弱みを見せてはいけない。怖くても、逃げ出したくてもそれを表には出さずどれだけ毅然としていられるか。それが上に立つ者の資質だ。』
どれほど亮真の作戦がすばらしかろうと、此処でローラが弱気なところを見せれば戦線は一気に崩壊しかねない。
戦場で最後にモノを言うのは人間の精神力である。
彼が吐いた弱気な言葉をそのままにすれば、其れは毒のように全体に広がり隊の士気を下げてしまう。
「そのとおりだ!敵はもう直ぐ全滅させる!それまで持ちこたえるんだ!」
「亮真様!」
ローラは驚きの声を上げた。
亮真は中央の門を守ってはいたが全体の指示も出さなければならない。
其の為前線には出ずに少し離れた本陣で指揮を執っているはずなのだ。
「敵の本体が動く……おそらく一気にケリを付ける気だな。」
「其れで……やけに敵からの圧力が強まったと思いました。」
ローラは頷いた。
「だと思ってな、俺も前線で指揮を執る……」
亮真の視線が前線に向けられる。
今のところは特に問題はなさそうである。
「大丈夫なのですか?……其の……リオネさん達の方は?」
「あぁ。そっちの伝令は既に出した。後はサーラへの合図を何時出すかだけだ。」
「よろしいのですか?……其の……いま使ってしまって…」
亮真の言葉を聞いたローラが尋ねた。
其の策は敵の本体が出陣したときの足止め用のはずだ。
「あぁ。予定より早いが敵さんが死にたいって言うんだ、仕方ないだろう?……それに殺せるときに殺した方が後々楽だしなぁ……なぁに、手はまだある。大丈夫だよ。」
亮真は酷薄な笑みを浮かべた。
其れは愚かな指揮官と逸れに率いられた哀れな兵達に送る嘲笑だった。
兵数の劣る亮真達は勝つために2つのことを重視しなければならない。
1つ目は自分達の損害を極力減らすこと。
2つ目は自分達の士気を落とさないこと。
堀と柵に守られている今、1つ目の損害を減らすということは十分に達成できている。
だが2つ目の士気を落とさないということに関してはどうか?
正直に言って最低ラインがギリギリ保たれているだけだ。
これは致し方ないといえた。
士気とはどうしても攻撃側のほうが優勢になる。
守るより攻めた方が心理的なストレスは軽いのだ。
それに亮真の指揮している人間は用兵以外はルピス王女から指揮権を委託され騎士である。
流れ者の亮真に対する信頼は決して高くない。
防衛戦で一番重要な指揮官への信頼が低いのだから士気は当然低くなる。
今はまだ損害が出ていないため亮真の指揮に従ってはいるが、どこかの門を破られれば亮真達が敵を押し戻すだけの気力は保てないだろう。
だから亮真は騎士達へ戦果を示さなければならない。
自分の指示の正しさと共に。
「良いか!もう少しだ!もう少しの辛抱だぞ!」
「「「うぉぉぉぉぉおお!」」」
指揮官の激励に騎士達が答えた。
「何をしている!まだ破れんのか?!」
ケイルが苛立ち紛れに叫んだ。
騎士2千名を前線に出したのだ。
彼は直ぐにでも柵を引き倒し敵陣の中へ切り込んでくれるものと期待していた。
だが、いまだに亮真達の守備を突破することは出来ていない。
彼は空堀内に自らも足を踏み入れた。
自ら死地へと足を踏み入れたのだ。
そしてそれを見逃す亮真ではなかった。
「今だ!サーラへ合図を送れ!」
亮真の指示が彼の後ろで待機していた傭兵へと伝わる。
火矢が天高くへと打ち上げられた。
それはこれから起こる虐殺を告げる狼煙となった。
「お嬢!御子柴様の合図ですぜ!」
サーラの下に付けられた傭兵の一人が南に空に打ち上げられた赤い光跡を指差す。
「こっちの準備はどう?水量は!?」
「大丈夫ですぜ!いつでもいけまさぁ!」
テーベ河の川岸にUの字型に設置された堰が、河の流れを一部阻害している。
流石に豊富な水量を誇るテーベ河。
堰が出来てから僅か3~4時間足らずでは有るが、空堀を満たすには十分な水量が蓄えられていた。
「堀を水で満たすくらいの量は十分でさぁ!」
「いいわ!やって頂戴!」
「「「へい!」」」
サーラの号令の下、傭兵達は一斉に詠唱を開始する。
「「「大地を司りし精霊ノームよ。汝の加護を受けし我が求めに応じその姿を変えよ!」」」
「良い!陥没させるのはテーベ河と空堀の間にある地面20Mだけよ!目測を間違えないで!」
「「「大地陥没」」」
傭兵達の手が一斉に大地へと叩きつけられた。
バシャァァァアア!
堰き止められたテーベ河の水が出口を見つけ、一気に空堀へと流れ込む。
今まで押さえつけられた鬱憤を晴らすかのように。
其の音に気がついたのは、北側を攻めているある農民兵だった。
周囲は喚声と怒号が響き渡り渡っている。
だが彼の本職は狩人であり目も耳も職業柄かとても鋭かった。
「おい!何か聞こえなかったか?」
彼は戦闘中でありながら隣の同僚に声を掛けた。
彼の脳裏に嫌な予感が過ぎったからだ。
「馬鹿!しゃべってる暇があるか!死ぬぞ!」
話しかけられた人間は同郷の人間である。
其の為か罵声ではあったが彼の言葉に返事をしてくれた。
柵の内側からはボルツが指揮する騎士団が矢が雨のように叩きつけてくる。
そんな状況で話をしようというのだから彼は相当に命知らずである。
「いや!本当に聞こえなかったか!?」
「何を言っているんだ!今はそんなことに気をとられている場合じゃないだろう!」
同郷の男の言葉は正しい。
戦場で目の前にある戦いから目を逸らした人間が生き残れるはずも無い。
だが彼は自分の感じた予感を捨て切れなかった。
彼は視線を北へと向けた。
そして見てしまう。
水の壁が空堀の中を満たしてゆくのを。
「み……水だぁぁぁ!」
彼の口から悲鳴が漏れる。
空堀一杯に満たされた水の壁が自分のほうへと押し寄せてくるのだから其れは当然の叫びだった。
戦場の喧騒がピタリとやんだ。
誰も声を上げる人間は居ない。
その場に居る兵士達の耳にも水の押し寄せる音がはっきりと聞こえる。
其れは彼らにとって最後の審判に吹き鳴らされるという天使のラッパにも似た死の音色だった。
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