異世界召喚103日目【揺れ動く者たち】その2:
「私はどうすればよいのだろう……」
返答の期日を明日まで伸ばしたベルグストン伯爵は、自分の執務室にこもりただひたすらに自問自答を繰り返していた。
「あの男……あいつの言う事は尤もだ……貴族派からの勧誘を受けた時になぜ気がつかなかったのだ……」
悔やまれるのはそこで有る。
もしベルグストン伯爵が傍観派のままであれば正直に言ってどちらが勝とうと関係なかったのだ。
だが甘い言葉に騙され貴族派に加担してしまった以上彼に取れる選択肢は2つしかない。
このまま貴族派に付くか騎士派に付くかのどちらかだ。
今更傍観派に戻れば今度は貴族派、騎士派の両方から狙われる事になる。
そしてもう一つの問題は、今回の話を持って来た人間が王女派だと言う事だ。
ベルグストン伯爵は王宮の勢力図に関して十分な知識が有る。
そういった知識が無い貴族が領地を保つことなど不可能と言ってよい。
だから今の騎士派は王女の支持母体でありながらその実権はホドラム将軍が握っているという事を、伯爵は十分に理解していた。
「あの男はメルティナ殿と一緒に来た……と言う事はあの男は王女殿下に直接繋がっていると見て良い。となれば……今回の勧誘は騎士派ではなく王女派へと言う事だろう。」
王女の決断如何では、貴族派との戦の後に王女派対騎士派と言う新たな戦いが始まる可能性が有るのだ。
劣勢な勢力の中にあるさらに小さな派閥からの勧誘である、躊躇して当然と言える。
「もし加担するなら全てを投げ打つ覚悟がいる……」
ベルグストン伯爵家と言う家名も、長年積み上げてきた冨も、それなりに治めて来た領地すらも投げ打つ覚悟が必要になるのだ。
「問題は王女殿下が勝てるのかどうかだ……」
全ての問題はそこに行きつくのだ。
王女派に加担して勝てるのか勝てないのか。
ベルグストン伯爵は決して王家への忠誠が薄いわけではなかったが、自分の家や家族を投げ打ってまでささげる忠誠心を持ってはいなかった。
だからこそ1月前にメルティナが勧誘しに来た時には、内心侮蔑していたし、その後に訪れた貴族派の勧誘にも乗ったのだった。
「あの時点では王女派が勝てる要素など何処にもなかったのだ……」
メルティナの勧誘方法は単純である。
ただひたすらにルピス王女の正当性と王家への忠誠を訴えたのだ。
勿論それらは重要な物ではあるが、傍観派の心を動かす要素には成りえなかった。
なぜか?
もし王家への忠誠や王女の正当性を重視する人間であれば、傍観派などに成るはずが無い。
メルティナが勧誘する前に王女へ忠誠を誓っているはずなのだ。
ベルグストン伯爵が聞きたかったのは王女に助力した際に王女は伯爵の忠義にどのような物で報いてくれるのかなのだ。
王女に加担するのは良い。
だが兵を動かすには武具兵糧に金がかかる。
兵が手柄を上げれば恩賞だって出さなければならない。
決して「御苦労!」の一言で済むわけではないのだ。
それがメルティナには判らない。
ただただ壊れたレコーダーの様に王女への忠義を訴えるだけ。
これではどんな貴族で有ろうと説得することなど出来るはずもない。
だからこそベルグストン伯爵は王女を見限った。
側近と言われるメルティナですらこれである。
王女のそばには人材がいないと判断せざる得なかったのだ。
そして貴族派からの勧誘に際しこれ幸いと乗ったのは当然と言える。
誰だって勝てる勝負には乗るものである。
それが権力や領地の加増という目に見える利権を示されればなおさらと言える。
だが此処で伯爵は大きく悩む事になる。
今日やってきた王女派の使者、御子柴亮真の所為で。
「アノ者がだれかは判らん……だが……切れる。切れすぎるほどに……」
御子柴亮真。
知恵者がいないと思われた王女派に突如として現れた切れ者。
昼間一回会っただけだが、あの男の状況判断能力は信頼できると言ってよい。
人当たりも良いし外交ではかなりの力を発揮するはずである。
そうなると王女派の今後も変わってくる可能性が有る。
貴族派は自分以外の傍観派にも同じような報酬をちらつかせて助力を募っているはずである。
だがあの男の話を聞いた後にまだ貴族派を信じる馬鹿がいるとは思えない。
となれば大きく王女派に取り込まれる可能性は大と言える。
同じように騎士派の中からホドラム将軍に不満を持つものを王女派に鞍替えさせる事も不可能ではないだろう。
そう、あの男の力が有れば王女が実権を持つ事も可能かもしれない。
だからこそ伯爵は悩むのである。
「アぁ……私はどうすれば……」
コンコン
「旦那様?夕食の準備が出来ました。御客様も既に食堂の方で御待ちになっております。」
決断の付かないベルグストン伯爵を正気に戻したのは、屋敷のメイドの声だった。
窓を見れば外はすっかり闇に覆われている。
亮真達との会見が終わったのは午後1時ごろのはずなので、ベルグストン伯爵は5~6時間も執務室で悩み続けた事になる。
「あ……あぁ……今行く。」
それだけメイドに言うと、ベルグストン伯爵は軽く身なりを整え食堂へと向かった。
「貴方?心配ごとですか?」
夕食を食べ終えて再び執務室へ閉じこもった夫を心配してベルグストン伯爵夫人が部屋へ入ってきた。
「何だお前か……どうもしないよ。どうした?こんな夜分に?」
伯爵は疲れを隠すようにそう言うと夫人をソファーへ座らせた。
「夕食の時の様子がおかしかったものですから……何か心配ごとですか?」
夕食に出された鳥の丸焼きはベルグストン家の料理人の得意料理であったが、伯爵はほとんど手を付ける事は無かった。
とても食事を楽しむような気分ではなかったからだ。
「いや……なんでもない。お前が心配するようなことは何も無いよ。」
「いいえ!そんなはずはありません。連れ添って20年ですもの……貴方の様子がおかしい事に気がつかないはずが無いじゃありませんか!」
夫人は夫の身を心から案じていた。
俗にいう政略結婚だったのだが、夫人は今年43才になる夫を深く敬愛していたし、夫もまた夫人を深く愛していたのだ。
「今日いらした御客様の所為ですか?」
今朝まで何でもなかった伯爵が昼過ぎから急に執務室へ閉じこもったのだ。
原因が彼らにあると思うのは当然である。
伯爵の顔を見て夫人は切り出した。
「もしかして……王宮の関係ですか?」
貴族の奥方といえど貴族同士の勢力争いと無縁ではいられない。
いやある意味、女同志の方がそういった物には敏感である。
ましてや王国の存亡にすら関わる様な話である。
伯爵の態度を見て夫人は確信した。
「貴方……夫婦ではありませんか……貴方の御力にはなれないかもしれませんが、少しでも其の苦労を分かち合えるのなら私に御話くださいませんか?」
夫人の言葉を聞き伯爵は心の内をぶちまけた。
誰かに胸の内を聞いてほしかったのだろう。
それほどまでに伯爵は思い悩んでいたのだ。
「私は政治に関して詳しくありません……ですが王女殿下が危機の今、貴方が殿下へ助力するならば勝利した際には決して貴方を粗略には扱わないと思います。」
伯爵の胸の内を聞いた夫人は躊躇いながらもハッキリと言った。
「それは判っている。だが問題なのはそこではない。私が助力したとして果たして王女殿下が勝てるかどうかなのだ!」
夫人に言われるまでもない。
劣勢の王女側には人材だっていないだろう。
だから勝てば重用される。
だが勝てればだ。
「貴方……貴方が王女殿下を勝たせて差し上げれば良いではありませんか?」
夫人の言葉に伯爵は凍りついた。
「貴方は才能豊かな方です。私は貴方に嫁いでから一度たりとも貴方の才を疑った事など有りません……私は貴方がこのローゼリア王国を担う御方だと信じております。だからこそ私は貴方が迷う姿は見たくありません!かつての様に自信を取り戻してください!12年前の貴方ならこの様な時に迷いなどしなかった!そう。かつての貴方なら……」
「かつての……私……」
ベルグストン伯爵の脳裏にかつての自信にあふれた自らの姿が浮かぶ。
12年前、当時30代前半のベルグストン伯爵は国内でも有数の有力者だった。
それが崩れたのは、夫人の父親であり伯爵の後ろ盾であったローゼリア王国宰相エルネスト侯爵がゲルハルト公との政争に敗れた時からだ。
エルネスト侯爵は領地没収の上、家名断絶。
殆どの血族はその際に王国内から追放処分となっている。
エルネスト侯爵の血筋で王国内に残っているのは、他家へ嫁いだベルグストン伯爵夫人とその妹のみである。
その結果ベルグストン伯爵は中央の政治から弾き出された。
彼の才能の有無は問題ではない。
彼がかつての政敵の娘を娶っている、ただそれだけの理由でベルグストン伯爵はゲルハルト公から睨まれてしまったのだ。
それから12年、伯爵はただ領地を守るために必死だった。
傍観派に属したのも目立たず嵐が通り過ぎるのを待つためである。
守りの心、それは少しずつそして確実にベルグストン伯爵の牙を鈍く錆つかせていった。
「かつての私なら悩まなかった……か。」
悩まなかっただろう。
自らの能力に絶対の自信を持っていたから。
(12年前の自分が今の立場ならどうしただろう?メルティナの勧誘など待っていただろうか?いや……否だ!私自らが王女派に率先して属し殿下の力になっただろう。殿下が勝てるか判らない?馬鹿な!判らないなら俺の力で勝たせるのだとなぜ思わない!)
夫人の言葉は、12年間ただ守りのみを考えていた男の心の錆を落とした。
そして若き日の野望と自信に燃えた心が戻ってくる。
「私が王女殿下に与すれば有るのは栄光か無かの二つしか無い。当然お前も運命を共にする事になる……構わないのか?」
「構いません。例え断頭台の露と消えようと私は貴方に付いていきます!」
夫人の決意を聞きベルグストン伯爵の心は決まった。
そして一度決断した伯爵が迷う事は無い。
勝つか負けるかを判断するのではなく、自分の力によって王女を王にすると決めたのだから。
「私はすぐにエルナンの元へ行く。外出の準備を手伝ってくれ。」
「今からですか?」
夫人は怪訝な顔をした。
既に20時を過ぎた時間である。
外出するにしてもあまりにも遅すぎる。
「そうだ。御子柴殿には返答を明日まで延ばしてもらっている。だが明日ただ単に助力すると言うだけではつまらないではないか。」
エルナン・ゼレーフ伯爵。
ベルグストン伯爵領と境を接する傍観派の貴族に一人だ。
そしてベルグストン伯爵夫人の妹を妻に迎えた人物でもある。
当然ベルグストン伯爵と同じように、ゲルハルト公から睨まれている。
(私が貴族派から王女派に寝返ったところで功績となるのは御子柴殿のみ……だがエルナンを王女派に引き込めばそれは私の功績となる。それにエルナンとは義兄弟……唯一信頼出来る人間だと言って良い。)
王女派に加担すると決断したベルグストン伯爵の頭脳は往年のキレを取り戻した。
ベルグストン伯爵がただ王女派に寝返っても評価されるのは寝返らせた亮真だけだ。
決して寝返ったベルグストン伯爵を評価するものはいないだろう。
だが、自分の寝返りと同時に他の貴族を一緒に連れて行けばどうか?
それはベルグストン伯爵の功績となる。
だから伯爵は寝返った後の王女派での立場を確保するためにも、決して失敗するわけにはいかないのだ。
「お前は明日出来るだけ御子柴殿を引きとめてくれ。良いな!私が戻るまで決して帰らせるなよ!」
「はい。御気を付けて行ってらっしゃいませ。」
夫人は往年の輝きを取り戻した夫を嬉しそうに見つめた後、深く頭を下げたのだった。
< "フェザー文庫" >
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。