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異世界召喚64日目【召喚されし者の絶望】その3:
窓から朝日が差し込んで来る。
ローラ達姉妹は顔を見合わせると、覚悟を決めたように亮真の部屋の扉を叩いた。
トントン
彼女達が手にしているのは、宿屋の主人に頼んで調理してもらった朝食を乗せた盆だ。
結局昨夜から夜が明ける今まで、亮真はただの一度も部屋から出ることはなかった。
夕食の誘いも夜食の差し入れも無視し、ただひたすらにアナマリアから借り受けた書籍をめくる微かな音がドア越しに聞こえて来る。
姉妹の顔にも徹夜明けの疲労が色濃く浮かぶ。
それはひたすら憑かれたように書籍を調べる亮真を心配してのことだ。
トントン
今度は少し強めに叩く。
調べ物の邪魔をする事は姉妹の本意ではなかったが、昨夜から夕食も夜食も食べず飲み物すら取っていない亮真を放っておく事は出来なかった。
「亮真様……?」
恐る恐るドア越しに声をかける。
やはり返事は無く、ページをめくる音だけが微かに聞こえる。
そしてついにその音も途絶えた。
「サーラ……」
「ええ……やるしかないわね姉様」
姉妹は顔を見合わせると、手にしたお盆を床に置き木製の扉へ向いた。
ドガッ!
武法術で身体強化された足が扉を吹き飛ばした。
「「亮真様!」」
部屋の中は闇に支配されていた。
窓からは木漏れ日が差し込んでいるにも関わらず、暗く冷たい。
そしてそれは部屋の奥に座る一人の男から発せられる何かが原因だった。
「亮真様……?」
サーラは恐る恐る問いかけた。
ドアを蹴破り侵入した姉妹に亮真は視線を向けず、ただ机の上を凝視するのみだった。
何度も何度もめくり続けたのだろうか、書籍のページは一部擦り切れており、汗が紙に染みつい皺がよっていた。
机の上と床には無数の紙が散乱しており、紙に記載されている名前にはすべて横線が入っていた。
(これは……ご自分が知っている神の名前を書き出して、それが書籍に記載されているかどうかを調べたのね……)
サーラがざっと見渡しただけでも数十枚の紙が散乱している。
「姉様……」
ローラが床に落ちていた2枚の紙をサーラへと差しだした。
紙には裏表にびっしりと名前が書かれており、その全てに横線が入っている。
そして良く見るとそれは全く同じ名前が書かれていた。
並び方も同じだ。
「これって……」
サーラのつぶやきにローラが頷く。
亮真は自分の知りうる限りの神の名を書き連ねると、書籍の中に記載があるかを調べ、ある者には横線を入れて消していった。
そして、すべてを消し終えた後再び間違えが無いか、記載漏れがないか、見落としが無いかと、再び同じ作業を行ったのだ。
そう何度も何度も何度も何度……有りもしない希望を探して。
「……無い……」
亮真の口から微かに言葉がこぼれる。
「亮真様?」
「俺は……帰れ無い……」
今度は姉妹の耳にはっきりと聞こえた。
「帰れない……帰れない……帰れない……」
亮真の口から漏れる言葉がだんだんと強く大きくなる。
それに伴い、部屋の中の闇は暗く深くなっていく。
「姉様!」
「ええ!」
姉妹は部屋に飛び込んでから強い違和感を感じていた。
二人が亮真に持っていたイメージは、強く冷静で冷酷です少し優しいそんな人間だった。
だが今目の前に居る亮真は、はかなく脆く不安定。
それでいて禍々しく恐ろしい、そんなイメージを持たせる。
二人はとっさに亮真の頭を胸に抱えこんだ。
まるで赤子をあやす様に。
涙に濡れる幼子を安心させるように。
「大丈夫です。亮真様。私たちが居ます。ずっとお傍に……ですから……」
どれほど時間がたったのだろうか。
いつの間にか部屋の中を覆っていた暗く重い空気は消えていた。
姉妹の胸の間から穏やかな寝息が洩れる。
「姉様。ベットに運んだ方がいいよね?」
ローラが亮真へ視線を向けて言った。
「そうね……ローラ、そっちを抱えて」
100Kgを超す巨体を抱えて、二人はなんとか亮真をベットへ寝かせる。
「これからどうする?」
ローラの視線が破壊されたドアへと向けられる。
「徹夜でお疲れだからきっと夕方まで目覚めないと思う。ドアの方は宿屋の主人に話をして少し大目にお金を払えばいいわ」
ローラは躊躇う様に言った。
「亮真様怖かったね……」
「ええ、でもそんな事は関係ないわ……私たちは亮真様にこの身をお助けいただいたの。だから私たちは亮真様の物。ただ亮真様の為に尽くせばいいだけ」
「うん、そうだね。姉様」
姉妹はそう言って頷きあうと、ベットで眠り続ける主人へと視線を向けた。
(ここはどこだ?)
亮真の意識は深い闇の中に居た。
暗く冷たく、心まで凍りつきそうな闇の中に。
(俺は……そうだ!。宿屋の部屋で調べ物をしていたはずだ)
少しずつ亮真の意識がはっきりといしてくる。
「ここはお前の心の中よ」
感情の無い無機質な声が聞こえる。
(心の中?俺の意識の中ってことか。?)
「そうだ」
(俺は言葉を出していないぞ?)
「心の中だからな。言葉など意味が無い」
(お前は言葉を発しているぞ?)
「いや、お前が自分でそう思っているだけだ」
(お前はなんだ?)
「俺か?俺はお前の最も身近に居る、最もお前を理解している存在だ」
(なんだそれは?)
「今はまだいい……それはいずれお前自身が答えを見つけ出す」
そう言うと声が亮真に問いかけてきた。
「お前は何を望む?」
亮真は少し考え、もっとも強い願いを言葉にした。
(俺は……帰りたい。飛鳥に、爺さんに、クラスのみんなにもう一度会いたい。元の生活に戻りたい)
「だがそれは叶わない。お前はそれを自分で確認したではないか」
声は無情にも亮真の願いを切り捨てる。
(俺は帰れないのか?もうあの生活に戻れないのか?)
「戻れない。可能性自体は0ではないが。恐ろしいほどの犠牲を覚悟するか、運にすがる以外に方法は無いだろうよ。お前も判っているようにな。後はその犠牲を覚悟して行うのか、諦めるのかだ」
(なんだ?何の事だ?お前は何を言っている)
亮真の問いを声の主は冷徹な声で切り捨てる。
「お前は全てを認識し理解ている……お前は、ただその答えを認めたくないだけだ」
(俺は……俺は)
「お前が憤怒を解き放つなら、この世界を滅ぼすことだって可能だ。無理やりこの世界に呼び出され戦わされる。これは誰の所為だ?」
(それは……あの爺と帝国の奴らの所為だ)
「違う。これはこの世界の成り立ち自体が問題なのだ。この世界はお前達地球出身者の犠牲を前提に成り立っている歪んだ世界だ」
亮真の答えを声は否定した。
(歪んだ世界……?)
「そうだこの世界は奪う事を前提にして成立している世界だ!壊せ。殺せ。犯せ。奪われたものを奪い返せ。お前にはその権利がある!」
(権利が……あるのか?)
亮真が声に頷きかけた時、声が世界に響いた。
「大丈夫です。亮真様。私たちが居ます。ずっとお傍に……」
それは暖かく柔らかで、安らぎに満ちた言葉だった。
それを聞いた時、亮真は意識を失い闇の世界から消えた。
「ふむ。我を解放せずに戻ったか……まあそれも良い。いずれ嫌でも選択する。我を従えるか我に飲み込まれるを……どちらであろうとそれはお前自身が決める事……我はお前自身なのだから」
亮真のいなくなった闇の中に無機質な声のみが響く。
< "フェザー文庫" >
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