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異世界召喚編
第1章第22話【奇襲】其の2
 異世界召喚7日目


 野営地を襲った烈風は天幕を切り裂き支柱をなぎ倒す。
 それはまるで巨大な刃が一刀両断に輪切りにするように陣内の天幕を切り裂く。
 数秒後、風が止み斉藤は体を起こした。

「殿下! 殿下!」

「私は平気よ……何が起こったの?」

 斉藤の言葉に斎藤の体の下に庇われたシャルディナが立ち上がり辺りを見回す。

「殿下御無事で……! しまった。それよりヤツは!」

 だが斉藤はシャルディナの言葉を無視し亮真の方へ視線を向けた。
 そこには見慣れない少女が居た。

「ご無事ですか? ご主人様」

 そう言うと少女は亮真の手枷に剣を突き立てこじ開ける。

「ああ。タイミングもばっちりだ。助かったぜサーラ。ローラは無事か?」

「姉は外の兵士達を始末しているころでしょう。ご主人様のおっしゃるとおり造作も無くかたずけることができそうですわ」

「あら。もう始末はつけましたわ。ご主人様」

 斉藤の後ろから別の声がする。

「殿下!」

 斉藤の声にシャルディナが反応し斉藤の背後を守る。
 丁度背中合わせになる格好だ。

「怪我はないか? ローラ」

「はい。風の法術を叩き込むだけで事は済みましたから。この方達、怪物モンスターは警戒しても法術による攻撃は想定して居なかったようですね」

 ローラの言葉に斉藤が怒鳴った。

「馬鹿な……法術だと!」

 これは斉藤もシャルディナにも完全に想定外の話だ。
 そもそも異世界人に仲間が居ること自体がおかしいのだ。
 其の上法術を使える者など。
 そもそもこの世界で法術を使える者は少ない。
 王国に仕えている者なら騎士階級以上。
 傭兵や冒険者なら一流と呼ばれる者達のみだ。
 なぜならこの希少性こそがこの世界の支配構造の根幹に位置するものなのだから。
 法術が使える。ただそれだけで使えない人間5人分の戦力にはなる。
 亮真に殺されたガイエスなどは、一軍に匹敵する。
 勿論、破壊力のある法術が使えるからといって必ず勝てるとは限らないのは、亮真がガイエスを殺したことにより既に証明されているが。
 どちらにしろ異世界に召喚されて間もない人間に法術が使えるはずが無いし、使える人間と知り合うこともありえないはずだったのだ。

貴様あなた達はいったい……」

 シャルディナの問いにローラが剣を構えながら答えた。

「私達はご主人様に仕える者。主の敵は私達の敵」

(この子出来る! それに……)

 ローラの構えを見てシャルディナの勘が警報を発する。
 彼女ほどの使い手は自分の部下達の中でも数えるほどしか居ない。
 だが実力ならまだシャルディナの方が確実に上だ。
 しかしローラの瞳に浮かぶのは決死の覚悟。
 シャルディナを相打ちとなってでも殺そうという決意だ。
 そして斉藤もまた同じ決意をサーラから感じていた。

(どういうことだ……何故これほどの使い手がコイツに加担するのだ。この世界に来てたかだか6~7日だぞ?)

 シャルディナ達にとって亮真を捕まえることは重要な命令である。
 だが、其れはあくまでもシャルディナ達が生き残った上での話しだ。
 斉藤とシャルディナのどちらかが死ぬか、あるいは重傷を負ってまで果たす任務ではないのだ。
 斉藤にしろシャルディナにしろ、帝国では非常に重要な地位に居る。
 国の存亡を掛けた戦場でならいざ知らず。
 こんな異世界人の一人を始末するために命を掛けるわけにはいかないのだ。

「斉藤……此処は引くわ」

 様々な損得計算が行われた末の結論だろうか。
 亮真達へ聞こえないようにシャルディナが斉藤へ呟いた。

「はい。これほど予想外の展開になってしまえば一度引くしかありませんね……ただ素直に引かせてくれるか」

「ええ……でも此処で死ぬわけにはいかない。ガイエスも死んでさらに私たちまで死ぬようなことになれば帝国の戦力が落ちすぎる……もし、そうなったら」

「周辺諸国も占領地もただではすみませんな……」

 周辺諸国を力で侵略してきた代償。
 帝国の戦力が低下すれば、押さえつけられてきた占領下の民や貴族が反旗を翻すのは目に見えている。
 いくつのも思案が斉藤とシャルディナ。2人の脳裏を駆け巡る。


「引きたいなら引いてくれてかまわないぜ?」

 亮真の言葉が膠着した状況を揺り動かす。
 いち早く返答したのは斉藤だった。

「馬鹿な……こちらが引く必要など無い! そこの女2人共々帝都に護送してくれるわ!」

「へえ? 命がけで俺達を捕まえるってのかい?」

 亮真の顔に嘲笑が浮かぶ。

「あんたらに命をかける度胸が無いことは、目を見れば判かるんだよ」

 目は口ほどに物を言う。
 視線やしぐさ、眼光からは其の人間の心の中が透けて見えるものだ。
 斉藤がサーラの目から決死の覚悟を感じ取ったのと同じように、亮真が斉藤の目から読み取ったとておかしくはない。

「ならどうだと言うの? 貴方の目的は私達を殺すことでしょ?」

「まあな。本来ならそれが一番良いんだけれども。この状況じゃあ……な」

 亮真が肩を竦める。

(やっぱり……こいつ私達を殺すつもりで捕まったのね。道理でおとなしく連れてこられた訳だわ……)

 シャルディナの背に冷たい物が流れる。
 先ほどから感じていたいやな予感の正体。
 其れは狩る者を狙う狩られる者の殺意だったのだ。

(確かに有効な手段だわ。私達は向こうが逃げるだけだと思い込み、私達に牙を向くなどとは夢想だにしなかった)

 その結果がこれだ。
 率いてきた兵の殆どは森の中に散らばっており、野営地の警備についていたものは先ほどの法術で全滅だ。
 もし斉藤の機転がなければ、シャルディナも奇襲で死んでいたかもしれない。

(でもこの状況……3対2なら向こうが有利のはず。この子達を捨石にすれば私達を殺すことは不可能では無いのに?)

「成る程な……殺したくないと言う事か」

 斉藤の言葉を聞きシャルディナが目を見張る。
 この状況で亮真が殺したくない人間。
 斉藤とシャルディナが対象だとは考えられない以上、残るのは2人しかいない。

「そういうことさ。2人とも俺の為に命を張る気だ」

 亮真の視線がサーラとローラへ注がれる。

「いくら俺が生き残る可能性が高いとはいえ、2人を犠牲にしてまであんたらを殺すわけにはいかないだろうよ」

(なるほど、それならばこの女達を盾に取れば。いや、この状況下では其れは無理だ。それに自分の命を犠牲にしてまでこの男が女を優先するとは思えん……)

「殿下。此処は致し方ないかと……」

 斉藤の進言はシャルディナの考えと一致した。
 いくら考えてもこれ以上の手段は無い。

「良いでしょう……此処は引かせていただきます。斉藤、剣を納めなさい」

 シャルディナの言葉を受けて亮真がローラ達に言った。

「ローラ、サーラ引け!」

 亮真の言葉を聞き2人が剣を収め、亮真の傍らに寄り添う。
 シャルディナ達が攻撃を仕掛けてきたら直ぐにでも亮真の盾となるつもりらしい。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。オルトメア帝国第一皇女の名においてこの場は引きます」

 シャルディナの言葉は真実の気持ちだったが姉妹の態度は変わらない。

「悪いな」

 亮真のほうが姉妹の態度を気にしたらしい。
 シャルディナへ謝罪してきた。

「まあ良いでしょう。この場は引くとして、今後貴方への追求が止むことは有りませんが其れは判っていますか?」

 これは当然だろう。
 シャルディナ達が亮真の捕獲を諦めて引くのは単にこの場の状況が不利だからというだけのことだ。
 極端な話、この場に数十名の兵士が居ればシャルディナ達が引くといった選択は有り得なかった。

「そりゃそうだろうな。そっちから見れば俺は犯罪者だろうから」

 亮真は悪びれずに言い放った。

「だが俺はあんた達に捕まるつもりはないぜ? あの爺を殺したこともあんた達を殺そうとした事も悪いと思ってないからな。だから追いかけるのはかまわないが命賭けるつもりで来な」

 亮真の言葉を聞き斉藤は我慢できずに尋ねた。

「君は日本で犯罪を犯したことがありますか?」

 斉藤は知りたかった。
 地球から召喚された直後の人間がこれほどこの世界の法則になじめるものだろうかと。
 この弱肉強食の世界は強さこそが全て。
 人権などという甘い思想はどこにも無い。
 踏みにじられたくなければ強くなるしかない。
 斉藤がこれらを悟ったのはガイエスに召喚され、やりたくも無い戦争に放り込まれ来る日も来る日もドロと血にまみれながら殺し合いをしたを何年も過ごした後だ。
 それほどこの世界と斉藤の地球での生活とはかけ離れていた。
 だからこそ、この世界に召喚されて1週間ほどしか経っていない亮真の考え方を知り愕然としたのだ。

「はぁ? なんだそりゃ。そりゃ立ちションくらいはしたことはあるけどな」

「いえ。そうではなくもっと重大な。そう……人殺しとか」

「無茶苦茶言うな……このおっさん。俺は至って普通の高校生だよ。まあ多少は古武術の嗜みがあるくらいでな。前科なんてとんでもない!」

「なら何故です? 何故人を殺して平然としていられるのです? 恐ろしいとは思わないのですか?」

 斉藤の言葉に亮真はやや考え込みながら答えた。

「俺は逆に聞きたいんだけどよ。自分の身を犠牲にしてまで俺の権利を自分の都合で侵害しようとするヤツの心配をしなきゃいけないものなのか?」

 斉藤の驚いた顔を尻目に亮真は言葉を続けた。

「俺はそうは思わねえ。侵害するのが向こうの勝手なら自分の身を守るのは俺の勝手さ。人を殴って殴り返されないを思うほど馬鹿じゃない。殴り返されると思うからこそ俺は他人を殴らない。相手に殴り返される覚悟を持つとき意外にはね」

 そう言い放つと亮真はローラ達に視線を向けた。

「さてと……俺の人生哲学なんか話してる場合じゃないないな……ローラ」

 亮真はローラに顎で天幕の入り口を指した。

「これ以上話していると兵士達が野営地に戻ってくるかもしれないしな。俺はさっさと国境を越えさせてもらうぜ?」

 ローラが天幕の入り口でシャルディナ達を牽制する。
 シャルディナ達の言葉を完全に信用しきっていないのだ。

「良いでしょう。お行きなさい。でもこれだけは忘れないことね。帝国は貴方を逃がしはしない。人相がばれた以上帝国領内には二度と踏み入れないと思うことね」

 此処で一息つきシャルディナの目に鋭い光が宿る。

「そしてせいぜい逃げ回りなさい。いずれ西方大陸は我が帝国によって統一される。そうなれば貴方の生きられる場所など何処にも在りはしないのだから」

 サーラを伴い天幕を出ようとする亮真へシャルディナが言葉の刃を投げつける。

「そうかい……なら、それまでに元の世界に返ることにするよ」

 亮真達は振り返らずに森の中へと消えていった。
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