異世界召喚1日目【逃亡】:その3
ギルドを後にした亮真は、約束どおり海鳴り亭へ足を向けた。
女将さんへ、登録が無事に済んだ事を報告する為だ。
「あ〜あんたかい。登録は出来たのかい?」
カウンターに案内された亮真の前に水の入ったグラスを置くと、女将は嬉しそうに尋ねた。
時間は午後5時過ぎ。
夕食時にはまだ時間が早い所為か、店にはまだ客が殆ど入っていない。
「ええ。女将さんに聞いて良かったですよ」
そう亮真が言うと女将さんに笑顔が浮かんだ。
「そうかい! それは良かったねぇ。あたしが教えた甲斐が有るってもんだ。……ところで夕食はどうする? ランチを食べてから、そんなに時間経ってないけど?」
女将さんは、壁に掛けられた時計に視線を向けて問いかける。
銀行での口座開設も、ギルドでの登録作業も、さほど時間が掛からずに終了してしまった。
人並み外れた体格を誇る亮真も、さすがにランチを食べてから1時間ちょっとでは、夕飯を食べられるはずも無い。
「う〜ん。さすがにちょっと……」
亮真は言葉を濁して自分の腹をさする。
彼の腹の中では、まだ、魚のフライが我が物顔で占領している。
「ま〜そうだろうねぇ」
うんうんと頷きながら、女将さんはふと亮真の服装に目を向けた。
亮真の格好に何か疑問があるらしい。
「ところであんた。荷物なんかは宿に置いてるのかい?」
「え? いえ特には……」
「え? あんた其の格好で冒険者やる気かい? 荷物とかどうするんだい? それに武器もないじゃないか?」
大抵の冒険者は、着の身着のままで、居る事が多い。
比較的高価な装備品は、宿屋に置いて置くより、身につけていたほうが安全であるし、不測の事態にも対応が出来る。
だから、女将さんが不審の目を向けたのは当然だった。
ここで亮真自分の格好へと眼を向けた。
シャツとズボンにマントを羽織った格好。きわめて一般的な服装と言える。ただし、街中の住人ならばだが。
(そうか……素手でやるつもりだったけど失敗したな……それに荷物か……隣町まで半日ってところだから、夜営の準備も要らないと思ってたんだけど……確かに準備しておいた方がいいか……)
「あぁ。武器は後で見に行こうと思ってたんですよね。荷物の方はもともと大して無かったし、ギルドで聞いたら初心者が請け負える依頼って町の近くばかりらしいんでまだいいかと思ってたんですけど……」
女将は呆れながらもどこか納得した顔をした。
「まぁ新人だしそう思うのも無理ないけどね〜」
「マズイですか?」
亮真の言葉に女将はため息混じりに話してくれた。
「冒険者の仕事は危険なものなんだよ?冒険者や傭兵の死亡理由で一番多いのは何だと思う?」
「なんです?」
「油断して格下の相手に殺されるのさ……確かにIランクの依頼は難しいものではないさ。女子供でも物によっちゃ可能だよ?でもね、冒険は何があるか判らないんだ。最悪に備えて出来る準備はしておかなくちゃいけないのさ……死にたくないのならね」
亮真は考え込んだ。
(俺はまだ日本に居るつもりだったんだな……そうだ!確かに俺は此の世界を知らない。追っ手もいるし何があるか判らないのに……女将さんの言う事はもっともだな……)
「すみません。女将さん。まだ心構えが足りなかったようです」
亮真は女将へ深く頭を下げた。
「よしとくれ。良いんだよ!……うちの店は昼は此の界隈の住人相手の定食屋だけど夜は傭兵や冒険者も相手にする酒場にもなるのさ。其の所為で多くの冒険者を見てきたよ……そんな中にはあたしに冒険へ行って来ると言って出て行って、帰ってこなかったりする子が居るのさ。理由を聞くと近場だと思って毒消しをもって行かなかったとか、魔法薬の補充を忘れてたとかそんな理由でね……やりきれなくてね〜〜〜」
そういうと女将さんはエプロンで浮かんだ涙を拭う。
今まで彼女は多くの冒険者を見てきたのだ。
その経験から善意で言ってくれた忠告で有ることは、彼女の表情を見れば一目瞭然だ。
亮真は忠告を聞きいろいろと準備をする事に決めた。
(俺は何も判っちゃいない。なら忠告には従うべきだ……ここは地球とは違うのだから)
「じゃ〜まだ時間もあるので先に準備してから夕食を食べに戻って来ますよ」
亮真の言葉を聴いて女将の表情が明るくなった。
「そうかい?……うん!その方が良いよ!……アンタ店の場所は判るのかい?魔法道具屋は大通りのギルドの先だよ。其処で魔法薬を買えば良い……武器鍛冶屋はこの店をでで右に曲がってそのまま進むとあるよ。そこの親父に海鳴り亭の女将に聞いてきたって言えば親身になってくれるさ」
まるで母親の様に親身になってくれる女将の言葉に見送られながら、亮真は店を出た。
自らの命を託す武器を求めに。
「おいオメエ何が欲しいんだ?」
海鳴り亭の女将より紹介された武器鍛冶屋は直ぐに見つかった。
外見は薄汚れていたが、店構えはかなり大きい。
店の裏のほうには大きな煙突が立っていて、其処から黒煙が噴出していた。
亮真が店内に入り陳列された槍や剣を眺めていると、カウンターに座った髭面のオヤジが亮真に声を掛けてきた。
「えぇと。なにか手頃な武器を……」
亮真の言葉に悪意は無い。
純粋にこの店に有る武器の中から、自分が扱えそうな武器を買いたいという意味で手頃な武器という言葉を使っただけだ。
だが亮真の言葉を聴いた瞬間、親父の顔色が変わった。
「俺が作った武器にも、俺が目利きして仕入れた武器にも手頃なんて武器はねぇ〜〜〜〜!帰りやがれぇ!」
親父の怒声が店内に響く。
ものすごい剣幕に亮真は圧倒されながらも必死で言った。
「す……すみません。海鳴り亭で聞いて来て……」
そう亮真が言うと親父の表情が幾分和らいだ。
「なんだおめえ。海鳴り亭の女将さんの紹介かい」
「は。はい!」
「ならお前は初心者だな?いや……だが其の面で新米なのか?」
親父が疑いの目を向けた。
まぁ亮真の体格は見事なものだし、顔もフケ顔だ。
新人と言われても、すぐには信じられなかったのだろう。
だが亮真は慌てることなく親父の言葉を肯定した。
年齢に関して疑われるのは何時もの事だ。
「えぇ。今日ギルドで登録してきたばかりです」
亮真がハッキリと言い切った事で信用したのか、親父は腕組みしながら大きく頷く。
彼の腕には火傷の痕が無数に付いていた。
武器の製造時に出る火花で負ったのだ。
それは、彼が熟練した職人で有ることを示していた。
「そうかい。まぁならしょ〜がね〜。だがな新米!他の店はイザ知らず俺の店で手頃だの適当だのって言葉は使って欲しくねぇな!」
亮真は近くに飾ってある一本の短剣を手にして聞いた。
「ひょっとして鍛造式で武器を作成する人は少ないんですか?」
親父の顔色が変わった。
「お前!判るのか!?」
「ええ。それなりには」
短剣には何度も何度も鋼を叩き折り曲げ不純物を取り出して作られた鍛造式で作られた刃物だけに現れる光沢と刃筋が見えていた。
「そうかい!いやぁ嬉しいぜぇ〜。近頃は大量生産で作れる鋳造式を採用する鍛冶屋ばかりでな。買う冒険者共もそれでいいと思っていやがる!鋳型に鉄を流し込むだけの鋳造式じゃ〜本当に良い武器はできねえのにな!」
亮真はこの親父さんの職人の誇りを見た。
だからこそ、手頃な武器が欲しいといった亮真を怒鳴りつけたのだ。
(なるほどね。女将が薦めるわけだ。確かに腕も悪くない。だけど)
亮真は親父の腕を認めたが、逆に有る問題に直面していた。
「それで?おまえさん何が欲しい?剣か?槍か?」
そうなのだ、ここには剣と槍、それに斧が置いてあるが、刀が無い。
(まいったな。やっぱり刀が無い……まぁなんとなく西洋っぽい雰囲気だったから期待はしてなかったけどな……)
それでも亮真は親父に尋ねてみた。
「片刃で反りがある剣ってありますか?」
親父は考え込む。
「片刃で反りねぇ〜〜……ひょっとしてお前さん、刀の事を言ってるかい?」
「あるんですか?!」
亮真はかなり驚いた。
町は西洋風の造りの上、兵士達が持っていた武器も両刃の剣だの斧槍だの西洋風の武器だったからだ。
「いや。悪いが俺の店には無いな」
親父は続けた。
「俺も知識としては知ってるんだがね。東方大陸で使われる武器さ。だが扱いにはかなり特殊な訓練が必要であまり他の大陸に輸出されないんだ」
「そうですか……」
「もしあるとしたら東部の港町フルザードの市場ぐらいだろうな」
「港町フルザード?」
「西方大陸一の貿易都市さ。あそこなら中央大陸経由で東方の品も手に入るからな」
亮真は正直困った。
(刀が無いとなると剣か?でも剣だと使い難いんだよな。それならいっそ槍にするか?いや……槍だと郊外ならいいけど街中だと厳しいしな。斧?斧ねぇ?別に斧が悪い訳じゃないけど……)
慣れない武器を使うと言うのは、自分の命を危険に晒す事に他ならない。
「お前さん。普通の武器じゃ〜ダメみたいだな……良し!なら俺のコレクションを見せてやる!其の中で使えそうなのがあるなら持って行けや!」
「え?」
「いや。俺が目利きして良いと思ったものや、冒険者が持ち込んでくる物の中には、作品としてはスゴイが扱いが難しくて普通の客に売れない物や、扱い方が判らない物もあるんだ。そういった武器を俺はコレクションとして集めているのさ!刀なんて知ってるんだ。コレクションの中にお前さんが使える物も有るかもしれん。有るならお前さんに譲ってやるよ!」
そういうと親父は亮真をカウンターの奥にある地下への階段へ誘った。
階段を下りた先には鋼鉄の扉が待っていた。
親父は懐から鍵を取り出し錠を外すと扉を開いて言った。
「さぁ入りな。お前さんの希望に沿う物が有るかどうかは判らねぇがな」
初対面の段階では新米だった呼び方が、いつの間にかお前さんへと変わっていた。
(どうやらある程度は認めて貰えたみたいだな……)
鍛造製と鋳造製の差が判る事を親父に言った辺りからか。
職人って奴は自分の仕事を認めてくれる客には愛想が良くなるらしい。
親父さんに促され入った部屋はかなり広い。
30畳以上あろうかという部屋の中には、いくつもの棚が並んでいた。
「右側の棚が剣で順番に槍、斧、弓、となってるんだわ。本当の名品でな。売る相手を選ぶ武器なのさ。それも相当な腕の持ち主をな」
そういうと親父さんは亮真を一番左の棚へと連れて行った。
「お前さんに見せたいのはこいつらさ」
そう言われ亮真は棚に置かれた品々に目を向けた。
まず目に入ってきたのは木製のトンファー、続いて三節根、ヌンチャク、サイ、さらには我媚刺と特殊な武具が並んでいた。
戦輪や特殊警棒なんて物まである。
(なんだこりゃ……なんでこんな特殊な物が……)
「どうだい?」
親父さんの問いに俺は首を振った。
「特殊過ぎですね……」
「やっぱりか……使い方も判らないか?」
亮真は首を振った。
「使うだけなら使えますけどね……尤も練習した事は無いんですが」
そういうと亮真はトンファーを手に持った。
フォン
トンファーが鋭く回転し風を切り裂く。
「おいおい。それでダメなのかい?」
親父が興味津津といった表情で亮真に尋ねた。
亮真はトンファーを元に戻して言った。
「ダメですね。基本的な使い方は判りますけど応用が利かないし何より1対複数の戦闘に向かないですからね。実戦じゃ使え無いんですよ」
亮真の答えを聞き親父は訝しそうに尋ねた。
「お前さん……タダの新人じゃないね?あんたのような客は初めてだよ。最初はタダの素人だと思ったのにさ。ところが言う事なす事普通じゃない……」
「イヤだな親父さん。俺はタダの初心者ですよ。俺の父に連れられてあちこち回ったおかげで他の人より知識が多いってだけでね」
亮真は苦笑いして答えた。
「そうかねぇ?……まぁいいさ。で?どうする?」
納得はしていないようだが、親父は亮真にどの武器を選ぶのかと催促した。
「う〜ん……」
生返事をしながら亮真は奥へと進んでいく。
(使えないわけじゃないけどなぁ。あまり特殊な物を使って目立つのも考え物だし……)
武器にはそれぞれ利点が有る。
だがその利点を活かす為には修練が必要だ。
それに、独特の形状を持つ武器は人目を引く。
追手が居る亮真としてはあまり目立ちたくないと考えていた。
「お!」
端の方まで来た亮真は、ある品に目を留めた。
両端に分銅と錘の付いた鎖だ。
長さは80cmほどか。鎖が細く服の中に隠しておける。
「そいつかい。異世界人が持ってきた鎖って話の物だが、そんな鎖でなにするのかね〜〜?」
親父が亮真の手にした鎖に視線を向けながら答えた。
「異世界人?!」
「ああ。この列の棚に置いてあるのはみんな異世界人が持って来たり作ったと言われる武器なのさ。」
なぜこんなに東西の文化が混ざっているのか不思議で仕方が無かったが、親父の話で亮真はようやく納得がいった。
大昔からさまざまな人種をランダムに召喚した所為だ。
(そうか!。文化が高かったり低かったりするのもそれでか!)
つまり召喚された人間が持っている知識の中から、この世界でも使える知識だけを使っているのだ。
銀行のカードがいい例だ。
おそらく召喚された現代人の誰かが、銀行の管理ネットワークこの世界で応用した成果だろう。
パソコンも無いこの世界で何を応用して、実現したかは知らないが。
逆に一部で羊皮紙を使っているのは、紙を作る技術を持った人が少ないか、手作業での製作で数が作れないため紙が高級なのではないだろうか?。
つまりこの世界の文化は一部では現代人並に高い水準であり、逆に其の知識を持ってなかったり、持っていても応用できない物は中世のままなのだ。
考え込んだ亮真に親父は話しかけた。
「どうしちまったんだよ?」
親父が亮真の顔を怪訝そうに覗き込む。
「あ!いや……ちょっと考え事を……」
自分の考えを隠すように亮真は鎖を手に取った。
(悪くないな……万力鎖は爺から習ってるし。隠し武器としてなら悪くない。だが……)
この世界ではあまり武器を隠す事に意味が無い。
何しろ剣や槍を携帯して大通りを歩けるのだから。
亮真は悩んだ末に、投擲武器として戦輪を選んだ。
直径5cmほどの円形の輪で淵が刃になっている。
CDの周りが刃になっていると思うのがイメージしやすいだろう。
コイツを選んだ理由は3つ。
1:円形で投げやすい。
2:投擲の型に居合いの動作を応用できる。
3:全面が刃のため、通常の投げナイフなどと比べ殺傷能力が高い。
4:そして暗器としても十分に使用できる。
亮真はこれを20枚抱えて言った。
「親父さん。コイツと剣を一本ください」
親父さんはちょっと驚いた顔をした。
「剣は気に入らなかったんじゃないのかい?」
「いや。とりあえず明日は依頼に行きたいんで」
「そうかい。まぁ急ぐんならしょうがね〜な。片手で使えるのを見繕ってやるよ」
「よろしくお願いします」
亮真は頭を下げた。
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