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異世界召喚編
第1章第9話
 異世界召喚1日目【逃亡】:その1

 貴族達の流れに混じる事で、亮真は城門を通り抜けることに成功した。今、彼の前に中世ヨーロッパ風の町並みが広がる。

「おお!」

 おもわず感嘆の声が漏れるほど、其の町並みは整然と整理されていた。
 城門から左右に500メートル程まで立派な門構えの家々が立ち並ぶ。城から逃げ出した貴族達が其の中へ消えていくところを見ると、この地区に立ち並ぶのは貴族の屋敷なのだろう。
 城門から大通りをまっすぐ500メートルほど行くと城門が見えた。どうやらその向こう側が平民区域のようだ。
 屋根の大きさが格段に小さくなっているのが見て取れる。
 亮真はまず平民区域に紛れ込む事にした。身を隠すには人ごみの中が一番だからだ。
 近衛兵の鎧を着ている所為か、時折どこかの貴族やメイド、鎧姿の兵士とすれ違ったが、誰も亮真を見咎める者は居なかった。

 10分ほど歩くと城門までたどり着いた。
 城門は開け放たれており、跳ね橋も降ろしてあった。どうやら、有事の場合にのみ、門を閉じるようだ。
 亮真は城門の左右にたたずむ守衛に軽く会釈えしゃくをして通り抜ける。

 
 城門を出た途端、貴族地区には無かった活気と熱気が亮真の肌を叩く。
 其処には多くの人々が行き交い、様々な露天や店が立ち並ぶ。
 道は先ほど居た貴族地区のように石畳いしだたみではなく、道は土がむき出しのままで、建物も乱雑に立ち並んでいる。
 人々の服装はぱっと見た限り、ローブやマントを羽織った人々。鎧を着ている者。シャツとズボンだけの者。エプロンをつけたおばさん。と服装も性別も様々だ。

「意外と人が多い……それに……武装している奴が混じってるな……」

 そう呟くと、亮真の眼が一点を見つめる。人ごみの中に武装した人間が混ざっている事に気がついたのだ。
 彼らは明らかに国の兵士には見えない。中にはどう見ても犯罪者だろ!というほど凶悪な面構えをした者も居る。
 髪の毛の色や肌の色も黒、白、黄色と様々だ。髪の毛が青や緑なんて人間まで居た。
 髪の色や肌の色で周りから浮いてしまう事も考えられただけに、亮真はホッと胸を撫で下ろす。
 これだけ外見に統一性がなければ、亮真の髪や眼の色が問題になる事は、まずないと思われたのだ。

「さてと。とりあえず服だな……」

 亮真がそう呟いた後に、彼の腹が空腹だと抗議の声を上げた。
 なにしろ、昼飯を食べに屋上へ向かう途中でこの世界へ召喚された為、彼はまだ昼飯を食べていない。
 だが幾ら空腹であろうと、先に服を調達しなければならない。近衛兵の鎧兜のままでは、目立ちすぎる。
 不満の声を上げる腹をさすりながら、亮真は辺り看板へ眼を走らる。
 大通りを歩きながら、周囲を見回す亮真の目にドレスの絵が描かれた看板が飛び込んできた。


 メグ・レスターは其の日、不思議な客の応対をした。
 午後1時を少し過ぎた頃だっただろう。彼女が勤める洋服店に其の客は入ってきた。

「いらっしゃいませ!」

 いつもどおりの接客をしようと、評判の元気のよい声で出迎えたメグの前に、近衛兵の鎧兜を着けた男が立っていた。
 もちろん、鎧兜を着たまま買い物に来るお客は普通に居る。
 だが、近衛兵の鎧を着たままで来る客は初めてだ。
 冒険者や傭兵と違い、国の兵士が買い物をする際にはたいてい私服に着替えてくるからだ。
(買い物以外の用事で来たのかしら?)
 メグが思ったのも当然である。だが、陳列された洋服を眺めているのを見る限りでは、お客にしか見えない。

「何をお探しですか? よろしければ商品のご説明をいたしますが?」

 男を不振に思いながらも、メグは勇気を出して声を掛ける。すると、ごく普通に返事が返ってきた。

「普段着として使える物を上下一式、下着とフード付きのマント、あと革のベルトが欲しいんだけど」

(ずいぶん丁寧なしゃべり方をする人ね? この人近衛兵の鎧を着てるけど?)
 男の口調にメグは違和感を感じた。
 普段、この店に来る客の殆どは威張り腐った横柄な奴ばかりだ。特に、貴族や兵士は其の傾向が強い。
 だが、亮真にしてみればごく普通に受け答えをしたに過ぎない。流石に、平民に対する兵士達の態度までは予測できる筈もなかった。

「色にお好みはございますか?」

「黒でお願いします。」

「かしこまりました。ご用意いたします。少々お待ちくださいませ」

 別段、普通の客と違うところも無い。
 普通に欲しい商品を告げ、好みの色を言う。
 礼儀正しいところが、少し変わっていると言えば変わっていたが、メグは気にしすぎた自分が可笑しかった。
(洗濯でもして鎧以外に着る服が無かったのかも? あ! いけないサイズを聞くの忘れちゃった……まぁ良いか。大きめのサイズを幾つか揃えて持っていけば)
 そんな事を思いながら、要望の品を3つのサイズ毎に揃えて戻る。

「お待たせいたしました。こちらでいかがでしょうか?」

「それでいいです。包んでください」

(あれ? この人サイズを言わないけど?)
 着る物を購入するときに試着をしないで買う奴はそうは居ない。ましてやサイズの確認もしていないのだから、メグが首を傾げるのも当然だった。

「あのぉ……サイズはどうされますか? 」

 メグは幾分控えめに尋ねた。

「あ〜。サイズね……一番大きいサイズのでお願いします」

 如何にもさっさと買ってしまいたいと言う投げやりな態度だ。かなり怪しい態度である。だが、客が買うというのだからと、メグは不審を振り払った。

「かしこまりました。1000バーツになります。ただいまお包みますので少々おまちください」

 そう言って頭を下げ、メグがカウンターへ向かおうと後ろを向いた時、男が声を掛ける。

「あ〜ちょっとまって。急いでるんで金を預けるから、一緒に会計してきてくれないかな?」

 そういうと、購入するという服の上に貨幣の入った袋を置く。

「足りなかったら言ってくれる?」

(どっかの貴族のお坊ちゃんなのかしら? でも近衛兵の鎧を着ているし???)
 大抵こんな鷹揚おうような買い方をするのは貴族と決まっている。
(どう見ても貴族とは思えないのよねぇ? でもま〜いいっか! お金は払ってくれるみたいだし!) 
 メグは考える事を止めた。
 金払いの良い客は例え怪しくても良い客だ。そんな思いが彼女の心に浮かぶ。

「かしこまりました。少々おまちください」

 再び頭を下げ、メグはカウンターの方へ向かった。


「ふ〜」

 洋服店を出ると亮真は、人目もはばからず大きく息を吐き出す。彼には、買い物でこれほど緊張した覚えが無かった。
 メグに「お会計1000バーツです!」と言われて、貨幣を何枚出せば判らず、とっさに袋ごと渡して切り抜けた時には心臓が破裂しそうだった。だが、とりあえず目的の物は揃えられた。

「後は時間との勝負か」

 そう呟くと、亮真は再び大通りを城外へ向かって歩き出した。


「おばちゃ〜〜ん。本日のお勧めっての1つ〜」

 大通りの裏側、薄暗い路地に其の店はあった。
 店の名前は海鳴り亭。一見さんお断りのような、いかにも地元に密着した感じの店だ。
 だが、汚い外見とは裏腹に中は綺麗に掃除されており、客層も男あり女あり子供ありとかなりアットホームな店のようだ。
 時間は、午後3時を少し過ぎた辺りだろう。
 亮真はようやく昼飯にありつく事が出来た。
 彼はさっきメグの店で買った黒のシャツとズボンに着替えている。

(なんとか間に合ったか……)
 亮真は城外から戻ってきた時に城門のところですれ違った軍隊と、其れを率いていた人間達のことを思い出した。
 
 亮真は一度鎧を着た状態で城外へ出た。自分が城の外に逃げ出したと思わせるためだ。
 本来なら、わざわざ戻ってくる事無く、どこか遠くへ逃げるのが正解だろう。だが、地理も判らず装備も無い状況で、一体どうすると言うのだ。
 最低限の情報を取得した上で、どこに向かえば良いのか、其処はどれくらいの距離でどの様に向かえば良いのかぐらいは確認しなければ、其れこそ死にに行くようなものだ。
 それに、亮真は馬に乗れない。現代人の殆どが乗馬の経験を持たないように、亮真も馬に乗った経験など無い。
 街中で馬車を見かけたから、当然、追手には騎兵が含まれてくるだろう。
 徒歩と騎馬。いずれ追いつかれるのは目に見えていた。
 だから、亮真は一度鎧のまま城外に出たのである。
 
 帝国の連中は亮真の顔を知らない。
 唯一の手がかりは近衛兵の鎧兜だけだ。だからこそ、城外に近衛兵の格好をした者が出て行ったと知れば其れを追うはずだ。
 懸念は追手の準備が早く終わり、亮真が城を出る前に捕まる事だったのだが、天は亮真に味方したようだ。
 城外の人目に付かない木陰で鎧兜を脱ぎ捨て、買ったシャツに着替える。鎧兜は土の中に埋め、城内に戻ろうとしたところで追っ手とすれ違ったと言う訳だ。

「はいよ! お待たせ!」

 威勢の良い声と共に、テーブルの上に牛肉のから揚げに甘酢を掛けた物、白身魚のフライ、サラダ、パンと結構なボリュームのランチセットが並べられた。

 早速、パンと千切り、から揚げを頬張りながら、再び亮真は先ほどすれ違った追手を思い出す。
(かなりの切れ者がいるな。まさか追跡メンバーを騎馬だけで構成してくるとは思わなかったぜ……)

 亮真が城門をくぐり食事をするための店を探そうとした時、彼らは城の方からやってきた。
 先頭には4人の男女が居た。2人は既に見知った顔だ。
(ロルフとセリアだったな……)
 歴戦の武人としての風格が漂うロルフ。
 冷徹な知性を感じさせる法術師セリア。
 そして、気の弱そうな名前のわからない青年。
 だが、此の3人は侮れないが怖いという程でもない。
(問題はあいつだ……)
 金髪碧眼の女。
 亮真の見立てでは、女でありながらロルフとほぼ互角の武力を持っている。
 自分も武術を修行してきた為、他人の力量を見抜く眼は培っていた。
 
(しかも、あの目……あれは単純に武人ってだけじゃない……あれは……)
 あの冷静さと知性にあふれた目。セリアと似た空気を纏っているが、彼女には一つ決定的に違うところがある。
 経験に裏打ちされた自信。
 セリアが未熟な軍師なら、彼女は間違いなく円熟した将軍だ。
 幾多の修羅場を潜り抜けてきた目。それもロルフのように直接戦場で戦ってきた経験だけではなく、もっと深い戦略レベルの修羅場を。

 白身魚のフライを頬張りながら亮真は今後について考える。
(ここから逃げるのがかなり難しくなってきたな……)

 これが亮真とシャルディナ、後に西方大陸の覇権をかけて戦う二人の最初の接点だった。
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