異世界召喚1日目【脱出】:その4
時間は少し遡る。
召喚の間から連れ出された怪我人とは亮真のことだ。
彼は賭けに勝ったのだ。
当然ながら、ある程度の勝算は持っていた。
床一面に飛び散る血で彩られた部屋と、5つの死体。
扉を破って入ってきた人間達に、冷静な判断など下せないであろうという亮真の判断は正しかった。
事実、突入してきた兵士達は血塗られた部屋の凄惨さに動揺したのだ。
亮真の最大の懸念は、兜を脱がせて顔を見られることだった。
もし顔を見らたら、兵士達に不振を抱かれたに違いない。
何しろ彼の顔を見知った人間など誰も居ないのだから。
また、その場は逃げられたとしても、顔を知られれば逃亡するには著しく不利だ。
だが、突入してきた女と男がお互いの名前を呼んでくれたのは天の助けと言えた。
ロルフは自分の名前を呼んだというその事実によって警戒心を薄め、亮真を医務室に連れて行くように指示したのだから。
ロルフは自分の名前を呼んだ段階で味方と判断したのだ。それが亮真の知略だとは夢にも思わずに。
「ぐ……ごほ……ごほ」
亮真は担架の上で咳き込んで見せた。
「おい! しっかりしろ! 直ぐに医者に見せてやるぞ!」
「ああ! もう少しの辛抱だ! 良いか! 意識を保つんだ! 気を失ったりするなよ? 死ぬぞ!」
担架を運ぶ兵士達は、口々に亮真を励ます。
彼らは純粋に、担架に横たわる兵士を仲間だと思い込んでいた。
亮真も必死で苦痛を訴えた。
彼は別に役者を志した事など無かったが、人間必死になると大抵の事は出来るらしい。
まさに、ハリウッド男優並みの演技力を発揮して、怪我人の振りをする。
「よし! ついたぞ!」
そういうと兵士の一人が木の扉を叩いた。
「先生! 急患だ開けてくれ!」
数秒後、扉が内側へと勢い良く開かれる。
一人の若い男が医務室の扉のノブを掴んだまま大声で叫んだ。
「親父さん。急患だってよ!」
「聞こえてるわ! はよ中へ運べや!」
だが男は怪我人の治療を手伝う気が無いのか、そのまま医務室から出て行った。
「ほんじゃあ親父さん! 俺は休憩行ってくるぜ? 昼飯も食えなかったからな」
扉を出て行く若い医者の背に怒声が飛ぶ。
「おい! お前。怪我人をベットに寝かせるのぐらい手伝っていけや!」
だが若い男は聞こえない振りをして足早に去って行った。
「まったくしょうがね〜な! あの野郎!」
そういうと親父と呼ばれた中年の医者は、薬品や包帯の準備を終え兵士達の方を向く。
長年、医者として経験を積んで来たのだろう。話しながらも、手早く治療の準備を終えていたのだ。
「それで? 患者の容態は?」
「は! かなり危険な状態と思われます。」
「お〜お〜。血まみれだな? 何があったんだ?」
そう言いながら医者は亮真へと近づく。無警戒で……
其の瞬間!
ザシュ
医者の首から勢い良く赤い液体が迸った。
演技を止めた亮真の剣が、医者に首に襲い掛かったのだ。
再び血が亮真の鎧を赤く染め上げた。
亮真は一気にベットから跳ね起きると、呆然と立ち尽くす近くの兵士へと襲い掛かる。
今まで怪我人だと思っていた兵士達は、亮真の攻撃を避けることが出来なかった。
何が起こったのかまるで理解していない兵士の喉を剣が切り裂いた。
流石に、もう一人は呆然と立ち尽くしては居なかった。彼は外へ逃げようと医務室の扉へ向かって走る。
下手に戦わず仲間を連れてくることを選択したらしい。
亮真は咄嗟に腰の鞘を外し、兵士の足へと投げつける。
別に、兵士を攻撃するためではない。足に絡んで一瞬でも彼の逃亡を邪魔出来ればそれで良かったのだ。
ドシャ
運良く鞘は兵士の膝裏に当たり、彼はバランスを崩すと前かがみに床へと倒れ込む。
亮真は直ぐに駆け寄ると、鎧と兜の間に手を突っ込んだ。そして兵士の喉を後ろから腕で締め上げる。
兵士はのしかかってくる亮真を必死で撥ね付けようとした。だが、亮真の太い右腕が、万力の如く喉を締め上げると途端に動きが止まる。
抵抗が無意味な事を理解したのだ。
「ぎ……ぎざま……」
「悪いね〜〜。ちとお聞きしたい事があるんだよねぇ」
兵士に選択の余地など無い。
「ば……ばんだ……」
喉を締め上げられているせいで、兵士の言葉はかなり不明瞭だった。だが、意味が取れないほどでもない。
亮真はなるべく穏やかに兵士へと問いかける。
声を荒らげるより、穏やかに話す方が相手を威圧する事を亮真は理解していた。
「いやね。此の城から出たいんだけど、どうやって出たら良いのかな?」
極自然な口調。街中で道を訪ねるのと全く変わらない。
だが、それ故に兵士は恐怖を感じる。
彼は精一杯の抵抗を試みた。
「ぎざま……ごごがらにげばれるとでぼ……」
そういうと兵士は自分の喉を掴んでいる手を必死で叩く。
「あ〜悪い悪い。下手に大声出されると不味いんで悪いがこのまま喋ってくれや」
亮真は兵士の言葉を理解したが、逆に腕の力を強めた。
力が緩んだ瞬間に助けを呼ぼうとした兵士の狙いは一瞬で崩される。亮真に油断など無かった。
「ところであまり時間が無いんでね。早いところ教えてくれないかな?」
そういうと亮真は更に右腕へ力を込める。
兵士の顔が真っ赤に染まる。
「ぐぐ……ぐ」
「言う気あるか?」
亮真の問いに兵士は必死で首を縦に振る。このまま締め上げられれば、彼は間違いなく窒息死していた。
死への恐怖が兵士の心をへし折る。
「ごのままみぎのづうろをすすみ、ながにわをどおればじろのもんにでる……」
「出て右の通路を進み、中庭を通るんだな?」
亮真の言葉に兵士が頷くのを確認すると、亮真は腕に力を入れて喉をさらに締め付けた。
頚椎をへし折るくらいに……
「ぐ……ぐぐ」
バキッ
何かが砕ける鈍い音が、亮真の腕の中から響いた。
必死で亮真の体を押しのけようと、最後の抵抗をしていた兵士の体から力が抜けていく。
「悪いな」
亮真は締め上げていた腕を喉から外すと、眼下に横たわる兵士の死体を見つめて呟く。
それは、亮真の身を仲間だと信じ、必死で心配してくれた敵兵に向けて送れる唯一の言葉だった。
亮真は再び逃げるための準備に取り掛かる。
殺した3人の懐をあさり、金貨の入った袋を取り出すと鎧の腰につけた。さらに、沸いていた湯に包帯を浸すと、亮真の兜と鎧に飛び散った血を拭い去る。
血がこびり付いたままでは、あまりに人目を引きすぎからだ。
血を全て拭い去ると、亮真はベットにカーテン、薬品棚に保管されていた布と、医務室の中にある有りとあらゆる物に火を付けた。
燃焼しやすいものを選んで火をつけた所為で、火は瞬く間に医務室全体へと燃え広がる。
亮真は黒煙が立ち込めだした医務室を出ると、大きく息を吸い込んだ。
「火事だ〜〜〜火事だぞ〜〜〜!」
亮真の声が王宮内に響き渡たる。
オルランドは中庭からちょうど医務室の方へと歩いてきたところで其の叫びを聞いた。
「何!? 火事だと?!」
オルランドの顔から血の気が引いた。
王宮内で火事が起こるなど、一大事もいいところだ。
王族が暮らし、行政の中心でもある王宮が燃えれば、オルトメア帝国そのものに大きな傷を受けてしまう。
彼が顔色を変え他のも当然だった。
「火事だぁ! 医務室から火が出たぞ〜〜〜!」
「火事? 火事は何処だ?」
「医務室から火が出たぞ! 直ぐに水を持って来い!」
「いや! 宮廷法術師を呼べ!一気に消火させるんだ!」
「馬鹿な! 先ずは陛下と王族方を避難させなければ!」
兵、メイド、執事、多くの人間が必死で消火作業に携わる声が響く。
誰もが、声を張り上げ右往左往している。
貴重品を運ぼうとするもの。指示を仰ぐために上司を探すもの。消火しようとバケツを手に走る者。まさに混乱の坩堝と言ってよい。
そして、それとは対照的に貴族達は自らの兵を伴い、医務室の方から中庭へと必死な形相で逃げ出して来ていた。
オルランドは中庭の花壇に足を踏み入れ、一気に医務室へと駆け出す。
丹精に手を入れられた花々を踏み潰すのは罪悪感を覚えるが、今はそんな瑣末な事を気にしている時ではなかった。
自分が向かえば、直ぐにでも火を消し止める事が出来るからだ。
だがそれゆえに、貴族の兵にまぎれていた亮真に彼は気がつかなかった。近衛兵の鎧を着た亮真が貴族達に混じって、外へ出ようとしていた事に。
(このまま、こいつらに紛れて進めば抜け出せそうだな……)
亮真にしてみればうれしい誤算だ。自然と笑みが浮かんでしまう。
火をつけ、混乱のドサクサに城門を突破する事を考えていたのだが、貴族達が我先に城門へと殺到したのは予想外だった。
亮真の目に、城門から外へ逃げ出す貴族達の姿が映る。
「ふ〜。とりあえず何とかなったか……」
貴族達の流れに紛れ込む事で、亮真は兵士達に見咎められず、城を抜け出す事に成功した。
亮真は、たった今抜け出す事に成功した白亜の城を睨み付ける。其の威容に歯向かうかのように……
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