幼なじみの陽美の家にあがったのは久しぶりのことだ。
子供のころはあんなに仲が良かったのに……
中学生になった今では、お互いギクシャクして挨拶もままならない有り様。
陽美に片思いしている俺としては残念でならないが、思春期ってやつが邪魔してなかなか素直になれなかった。
そんな俺が今、陽美の家にあがりこんでいるのだ。
理由は、よくあるご近所付き合いってやつ。
親父が取ってきた春の山菜を持って参上したというわけ。
だが、今日はついてる!
陽美の家には、陽美と陽美の爺さん以外誰もいない。
しかも玄関に出てきた陽美が、「うーん、もうすぐお母さんが帰ってくるからさ、たー君ちょっと上がって待っててよ。何かお返ししたいし。ね、いいでしょ?」なんて言う。
天にも登る気持ちってのはこのことなんだろうな。
俺は内心の狂喜を押し隠すと、黙ってうなずいた。
こうして俺は陽美の家のキッチンに通され、椅子に座わった。
「あれぇ〜、じいちゃんがいたはずなんだけどなぁ。トイレかなぁ?」
陽美がつぶやく。
「ま、いっか……じゃあ、たー君、あたし宿題の残り片付けたらすぐに戻ってくるから。ちょっと待っててね」
俺は出来るだけかっこつけて、「お構いなく」と言った。
陽美がキッチンを後にすると、俺はテーブルの上にグラスが一つあるのに気付いた。
半分ほどシュワシュワと泡立つ液体が入っている。
(どうやらサイダーらしいな。爺さんはもう年だからサイダーなんか飲まんだろう。ってことはこれは陽美の飲みかけか)
俺は一気にそこまで推理していた。
(陽美の飲みかけサイダー……)
そう考えると何だかドキドキしてくる。
(あのグラスに陽美の唇がついたんだ)
ほんのり赤く、可愛らしい彼女のリップを想像すると、我慢できなくなった。
(も、もう駄目だ! 一口だけならバレねぇだろ)
意を決した俺は、ドキドキしながらグラスを手に取り、そっと口を近付けてみた。
(ああ、陽美と間接キス……)
ひんやりとしたガラスの感触が俺の唇に伝わってくる。
心臓がドキドキドキドキ早鐘を打つ。
一方、頭では間接キスを陽美とのマジキスに脳内補正中。
これで、(ああ、我が人生に悔い無し)となるはずであった……
だが、この時、俺はよせばいいのに欲を出してしまう。
つまり、唇をグラスに触れさせるだけじゃなく、中のサイダーまでも飲んでみたくなったのだ。
陽美の唾液が入ってるサイダーを飲めるチャンスなんてもう二度と……
俺は完全に変態モードに突入していた。
(ここまできたら、やるしかねぇ!)
俺は、泡立つ液体を少しだけ口に含んだ。
(……あれ?)
微妙な違和感。
すると……その時。
陽美のサイダーを味わう暇もなく、いきなり陽美の爺さんがトイレから帰ってきたのだ。
好事魔多し。
慌てた俺は、口に含んだ陽美のサイダーをいっきに飲み込む。
そして、何事もなかったかのようにグラスを元に戻した。
(まずいな……爺さんに見られたかな?)
だが、そんな俺の心配をよそに、爺さんはすたすたと俺の方にやってきてこう言った。
「よぅ、たー君。来とったんか?」
機嫌がいい。どうやらバレてはいないようだ。
「あっ、ども。お邪魔してます」
ホッとして、俺は挨拶を返す。
爺さんはにこやかにうなずきながら、「たー君ももっと遊びに来なきゃ駄目じゃよ。陽美も寂しがっとるぞい」なんて言ってくれた。
(人あたりの良い爺さんだ。これなら安心)
俺が愛想笑いを浮かべそんな事を思っていると、突然、爺さんが思いがけない行動をとりはじめた。
テーブルの上にあったあのサイダーが入った陽美の飲みかけグラスを手にとったのだ。
(ええっ! あのサイダー……ひょっとして爺さんのか?)
俺は自分の迂濶さを嘆いた。
そして、(その年でサイダー飲むなんて以外と若いじゃねぇか)と、心の中で苦々しくつぶやく。
(でもまぁ、爺さんと間接キスしたのは少々凹むが、別に死ぬわけでもないし……)
俺はなるべくポジティブに考えようとしていた。
だが、事態はさらに深刻だったのだ。
爺さんは、おもむろに口に指を突っ込むと、入れ歯を外した。
(な、何を……?)
予想外の展開。
爺さんはいったい何をする気だ?
すると、爺さんは……自分の分身(つまり入れ歯)を例のグラスに放り込んだんだ。
どきついピンク色の入れ歯は、液体に浸ってシュワシュワ景気のいい音をたてていた。
「あ、あの陽美のお爺ちゃん?」
「なんじゃ、たー君」
「このコップ……お爺ちゃんのコップ?」
「そうじゃよ、入れ歯専用のな。それがどうした?」
爺さんの言葉に、俺はガックリと肩を落とした。
そう、あのグラスの中身はサイダーではなかったのだ。
それは入れ歯洗浄剤……名をポリデントという。
俺の間接キスの味は爺さんの入れ歯味だったというわけだ。
今、俺の喉は焼けるように痛い……
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