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宇宙工学的生命維持装置
作:壇 敬


5年も前のことよ。
あの人が1つの論文を提出したの。

「宇宙工学的生命維持装置」

そう題された論文は誰にも相手にされず、
闇に消えたとばかり思っていたわ。

彼の名前はライナス・ミューラ。
その名前を久しぶりに聞いたの。

それは環インド洋宇宙開発機構の
プレスリリースだった。

インド洋を囲む国々で構成された宇宙開発機関で、
既に軌道ステーションを持っているのね。
ステーションから発進する月着陸計画を
半年後に控えてる。

そんな中で、環インド洋宇宙開発機構は
彼の名前を持ち出してきたの。

ええ、スポークスマンは雄弁に語っていたわ。

「我々の、6ヵ月後の月旅行は序章に過ぎない」
「その後、月を周回する定期船を就航する」
「月基地を建設するためだ」
「もちろん、駐在員を派遣するのであるが…」

ここで、スポークスマンは一呼吸おいたの。

「その生命維持には…」
「ライナス・ミューラ博士の理論を用いる」

記者達はざわめいていたのを憶えているわ。

「博士が理論を提唱されて5年」
「我々は博士と共同研究をした」
「そして遂に実用実験を行う段階に来た」
「月基地建設でその応用実験を行う予定だ」
「これが成功すれば、火星や木星も夢ではない」

記者達は、トップニュースでこれを伝えたわね。
しかし、世界の反応は非難の嵐だった。

それもそのはずよ。

ライナス・ミューラの
「宇宙工学的生命維持装置」は、
宇宙船などの装置の話なんかじゃないのよ。

彼は人体改造を提唱していたの。

酸素の供給と二酸化炭素の排出を担う、
植物を改変した、一種のプラントを
体内に埋め込むのよ。

そして、地球圏外に出るためには、
宇宙放射線の問題を避けて通れないわ。

彼は、金属沈着因子という遺伝子を作り出して、
表皮にそれを発現させるというものなの。

どちらも奇想天外なアイディアだけど、
人道的に許されるのかしら?

環インド洋宇宙機構は、第1段階である、
「植物プラント」に目途が立ったようね。

え? 私は誰だって?

今の私は、アンドレア・ルーベンス。
昔の名前はミューラだった。
そうよ、彼の妻だった女よ。

そして、そう。
貴方の想像は、多分正しいわ。
私は、彼の被実験者1号って訳。

そうよ、もちろん不完全よ。
だけど、水の中には30分程度は潜っていられる。

それに日焼けもしないわよ。
第2段階の放射線保護機構も、
多少なりとも機能するから。

だけど、金属によってアレルギーが出たし、
肝臓と腎臓をやられて、病院通いよ。

被害者は私だけだと思っていたけど、
そうも言ってられないようね。

反対運動の旗手? 私が?
ウフフフ……。冗談は止めてよ。

5年前の彼なら聞いてくれたでしょう。
でも今はもうダメよ。
彼の暴走を誰も止められないわ。

それに不完全で不具合があるけど、
この身体、まんざら悪くはないのよ。

この身体になって、ひとつ思うことがあるわ。
人類も進化しなきゃいけないかも、って。
自然の力でなく、自らの力で、ね。

もう、この辺でいいでしょ。
じゃ、帰るわ。

さよなら…。


投稿2作目です。
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