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てのひら地蔵
作:森下里虎


 昔々の話である。
 とある街角に一つの地蔵があった。
 それは人間の手の平をかたどったもので、地蔵というよりはアートに近かった。
 しかし近隣住民を含め、その頃の日本人というものは『アート』という言葉からして知らなかったので、人々はそれを気味悪がって忌むものとしていた。
 しかし恐れるなかれ、それはいくら精巧にできていようがただの路肩の石である。

 恐ろしいのは人間の念というやつだ。
 ほらほらそんなに恐れると、ただの石でも力をもつぞ。

 数十年もするとその石は、そんじょそこらの地蔵よりもよほど力を持つようになっていた。
 他の地蔵と差をつけるために、石自身が己を『てのひら地蔵』と命名した。
 路肩に忘れ去られたようになっていたそれは、一段高い台の上に据え置かれて、まるで神々しいもののように認識されていた。
 ある日てのひら地蔵が町を眺めていると、向こうのほうから見窄みすぼらしい格好をした男が一人。
 その男のすがるような視線がこちらに向けられていたので、てのひら地蔵は何があるのだろうと多少の興味を向けて男の到着を待った。

 男はあかぎれだらけのごつごつとした指をよじり合わせて、一生懸命に商売の成功を祈った。
 そうして最後になって、ひとつの赤い饅頭まんじゅうをてのひら地蔵にそなえたのであった。
 それはとても美味い饅頭だった。
 ふかふかとしていてそれでいて柔すぎず、ずっしりと質感があり、中身も丁寧にこされた餡でいっぱいだった。
 優しげなその味わいは、まさにその男の人柄を表しているのだろう。
 てのひら地蔵は一度で気に入ってしまった。

 翌日から、男は毎日ここへ通うようになった。
 てのひら地蔵は男の願いをかなえてやることに決めた。

 どうやら巧い具合にご利益がついたらしく、男は目に見えて裕福になっていった。
 しかし饅頭の味は変わることがなく、てのひら地蔵を相変わらずいい気持ちにさせる。
 やがて町中のこどもらが赤い饅頭を手にするようになる頃、男の足はふっつりと途絶えた。
 何日も何日も待ち続けたが、ついに一月のときが過ぎ、埃だらけのてのひらがかさかさに乾いてしまった。

もう一度だけでいい、あの饅頭が食べたい

 その願いが通じたのか、次にてのひら地蔵の前に据えられたのは、またしてもあの饅頭。
 驚いて目を向けると、そこにはいかにも欲の匂いのする男がいた。
 あの饅頭の男ではなかったが、その男もてのひら地蔵に赤い饅頭をくれるのだった。
 それもいくつもいくつも、数え切れない程にたくさんくれるのだった。
 始めは一つで充分だったてのひら地蔵も、だんだんと大量の饅頭に慣れていった。

 その男は頼んでもいないのに地蔵の台を豪華なものに作り変えた。
 そのためにてのひら地蔵は屋根よりもずっと高いところから人々を見下ろすことができるようになった。
 そんなところに据え置いた後でも、その金の男は赤い饅頭をもってきた。
 店の品全てをかき集めたほどの饅頭の量に、てのひら地蔵はすっかりご機嫌になってしまった。

 てのひら地蔵は裏切り者の饅頭屋を見放して、望みの通りこの欲の男を幸せにしてやることにした。男の願いは際限なく、とても難しいものが多かったが、てのひら地蔵は全力で対応した。
 するとどうだろう、見る見るうちに饅頭屋は衰退して、ついにはぺしゃんこに潰れてしまった。
 その様子を空から眺めながら、てのひら地蔵は欲の男が饅頭を持ってくるのを待っていた。

 しかしいつまでたっても饅頭を食べることはできなかった。

 男はいろいろな食べ物を持ってはくるのだが、以前のように赤い饅頭を供えなくなったのだ。
 すこし考えれば当然のことである。
 あの赤い饅頭は饅頭屋が造りだしていたのだ。
 それが潰れてしまった今となっては、この男がどんなに手を尽くそうとあの饅頭を持ってくることなどできはしないのである。

 すっかり落ち込んでしまったてのひら地蔵は、ついうっかり男の運気を見放してしまった。
 そのことに怒った男はてのひら地蔵を高い高い台の上に置き去りにしたまま、二度と姿を現さない。
 こんなに来にくいところでは、だれも地蔵を訪ねはしない。
 てのひら地蔵はだんだんと朽ち果てていく台の上で、ただじっと町を見下ろすのであった。

 永い間そうしているうちに、人々のさざめきあいからある事実が知れた。

 突然ここを訪れなくなった饅頭屋――
 なんと酷い奴だと思っていたが、彼は急激に軌道に乗った商売についていけず、過労で倒れ、身体を壊していたのだ。
 それでもなんとか営業していたが、てのひら地蔵に饅頭を供えることは適わなかった。
 代わりのものを出せばいいのに、どうしても自分の手で供えるのだとこだわっていたそうだ。
 そうして一ヶ月が過ぎ、やっと体調も立ち直ろうとしたときに、あの男が大量に饅頭を買い占めた。
 その使用用途がてのひら地蔵への供物であると知った饅頭屋は、病み上がりの体で気張って饅頭をつくり、つくり、つくり……、
 そうして疲労が限界に達した頃になって、てのひら地蔵は彼を見放した。
 身体を病んでいたその男はすぐに死んでしまったのだという。

 裏切られたと憤慨していた地蔵だったが、実際にはこちらがてのひらを返すようなまねをしていたのだ。

 てのひら地蔵は泣きに泣き、やがてかさかさに乾燥してひび割れた。

 涙が風を呼んだのか、その日の午後強い突風が町を襲い、朽ち果てた台を押し倒した。
 地面に叩きつけられたてのひら地蔵は粉々に砕け散り、今度こそ本当の路肩の石になった。

[おしまい]


このたびはてのひら地蔵を読んでくださってありがとうございました!
このお話は黙念中(授業中)に思いついた話です。
どうやら心静かにするべき時間にもわたしの頭は飛んでしまってるようです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです!

感想・評価などいただけましたら泣いて喜びます!
またよろしくお願いします!













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