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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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過去話2 英雄たちの黙示録

作中より70年ほど前のお話です。
 
「かまわん! 標的を確認したら打て!!」

 音速の火箭が、闇夜に吸い込まれていく。
 名前も知らぬ星の下、装甲車に取り付けられた重機関銃が暴力的な騒音を響かせながら猛然と火を噴いていた。ブローニングM2の一斉射は、圧倒的なストッピングパワーを誇る。ボンネットの裏から車両のエンジンを鉄くず変えてしまうほどの破壊力である。
 それにMINIMIや、M16を加えた制圧射撃。
 銃弾が障害物に当たって爆ぜる一瞬、狙うべき標的の輪郭が雷霆のごとく閃き、姿を映し出した。
 標的はたった一人である。

 この大陸辺境の土地に、異世界への扉を通って『彼ら』はやってきた。

 『この世界』は、彼らの祖国に大いなる利益をもたらすはずだった。
 現地の武器はせいぜい中世レベルの剣、槍、弓。住民が冬を超えるのも事欠くほどの食糧事情。原住民には、近代国家などという概念すらまだ持ちえない。ワンサイドゲームだ。この部隊だけでこの辺り一帯を制圧できるはず。
 彼らはそう高をくくっていた。
 もちろん、リスクはあった。犠牲は必ず出るだろう。
 だが、それより得られるリターンが素晴らしい。
 この地に眠るであろう手つかずの資源、未知の動植物。そして、市場(マーケット)。それらを支配しているのは前近代的な文明である。地球とこの異世界とをつなぐという不思議な現象に疑問は尽きないが、この現象も科学的に解明できさえすれば、我々の子孫にも千年の覇権をもたらしてくれるだろう。
 なにより『この世界』に自爆テロリストはいない。
 この世界に足を踏み入れた時、みなが興奮した。この大地の土を踏む行為は、月に足跡を残すよりもはるかに誇らしい。この一歩は、閉塞感をもたらしていた母国の経済の起爆剤になることは間違いない。
 ここで収穫できるすべてが、黄金よりも、ダイヤモンドよりも価値がある。
 まさに新天地だ。
 原住民に、多少の流血があったとしても仕方がない。
 これは未開の世界の蛮族に、『文明社会』という名の贈り物を与えるために必要な洗礼なのだ。そう説明され、納得した。命令され引き金を引くだけの兵士にとって、それ以上を考える必要などは無い。

 トラブルは主に二つ。
 一つは、この世界の環境下では、電子機器が使えなくなる場所、タイミングがあるということ。
 そして、もう一つは『敵』の存在である。
 現地住民たちとの接触などは、トラブルではない。多少の死傷者がでたしても、上の人間にしてみれば予定調和だ。それすら織り込み済みで彼らはやってきたのだ。

 真の脅威は、そう。
 今回のような、怪物(モンスター)の存在だ。
 凶暴な二足歩行の蜥蜴程度なら、圧倒的な火力で薙ぎ払えばいい。火砲を並べ、鉄と血の雨を降らせて鎧袖一触してしまえばいい。
 ただ、この夜現れた怪物は、想定をはるかに超える凶悪さだった。

   *   *   *

 標的は一人。
 しかし、その動きが止まることはない。
 誰もが驚愕した。野生の獣を想定したとしても、まだ速い。
 彼らとて人間の限界に挑んだトレーニングを続けてきた精鋭である。
 しかし、その限界をはるかに超えた敏捷性。跳躍力。反応速度。
 暗視装置で、そのすべてが解ってしまう。
 こちらの照準も引き金を引くタイミングも、最初から予見しているかのごとく躱し、間合いを詰め、そして……

「あああああっ!!! ぐあ!!」
「くそ!」
「……こ、こんなバカな話があるか!」

 刃物という原始的武装で、敵は仲間を次々に戦闘不能にしていく。
 包囲殲滅を試みていたチームが応戦する。
 しかし、あの白刃が煌めくたび、鮮血が舞い散り、銃を握った腕が飛んだ。ある者は腹部をなで斬られ己の臓物と対面し、ある者は一刀のもとに、光を奪われる。
 敵は、『再起不能の負傷兵』を量産する術をこの上なく心得ていた。
 負傷者に駆け寄った兵士の腕を、足を、敵は手にした凶器で容赦なく切断していく。

 やがて辺りは静かになった。
 もう銃声は聞こえない。岩場に苔のような緑だけが植生する荒野には、ただ、負傷した仲間のうめき声が聞こえるだけだ。
 すでに敵の接近を許している。様子に見に行った部下が帰ってこない。声を出して連絡を取り合うわけにはいかなかった。

「クラークソン…応答しろ、クラークソン!……」

 軍曹は無線にささやくが、反応はない。最悪だ。

 悪夢のような戦場で、時折聞こえる仲間たち嘆きを聞きながら、歴戦の兵士たちがみな恐慌状態に陥っていた。照準が合わなくなるほど過熱した小銃をかかえ、車両の陰や草叢の中に身を隠すしか術がない。 
 まだ近くにいる。
 なんてことだ。
 軍曹には、死線をくぐり抜けてきた経験が何度もある。死は常に想定してきた。しかし、だからこそ、歴戦の軍人である自分が、まるでシリアルキラーの犯行を目の当たりにした民間人のように震え上がるなど、想定できなかった。

 ふと、軍曹の目が反射光で眩んだ。
 振り返ると、人影がある。
 その装束に戦慄した。
 全身を光を全く返さぬ黒装束で覆い、その手にした凶器のみが月光を返していた。
 軍曹は反射的にM16の銃口を向ける。

「うあああああああああ!!!」

 しかし、次の瞬間、敵はすでに自分の煙草に火をつけるような位置にいた。
 そして、向けたはずの銃口がゴトリと、地面に落ちる。地に落ちた銃の半分に、自分の両手がくっついていることに気が付いたのは、その数秒後だ。

「あ……ああああっ!!!」

 小銃と両手が、音もなく切断されていた。
 その驚異に思考が全く追い付かない。『敵』は悲鳴を上げる軍曹を、装甲車を背に吊し上げた。

「がはっ」

 物量でも、戦術でも、兵器の差でもなく、たった一人のスーパーマンに攪乱されるなど、近代戦の常識では考えられない。
 いや、攪乱どころではない。
 敵の目的は明らかに自分たちの『殲滅』だ。
 たった一人で、
 たった一振りの剣で、
 自分たち全員を嬲殺しにするつもりなのだ。

 そんなことをを当たり前のようにできてしまう、バケモノが目の前にいる。 
 もう何も考えられない。一体、何をすればいいのだ? ここで何をせよというのだ?
 もはやこの身には、M9をこめかみに当てて引き金を引く指もない。
 絶望の中。敵は静かに何か言葉を口にする。

「アーユーコマンダ…………」

 あまりにも冷静な声だ。
 平常心を失った己の鼓動とともに、鮮血が止めどなく吹き出していく。

「オ前ガ指揮官カ?」

 それが奇妙な発音の英語であり、敵が対話を試みていることに軍曹が気付いたのは、出血のせいで意識が薄らぎ、恐怖心まで朧げになった時だった。
 力なく、うなずくと、彼は告げた。

「友達ノ……仇ダ」

 そして、三日月が振り抜かれる。
 その言葉が耳に届いたのが最後、軍曹の意識が二度と戻ることはなかった。

   *   *   *

 拍車を鳴り響かせ、若武者が数人の部下を連れて整然と歩いていた。
 若武者の名をウォルフラム・バウアーという。
 王侯より叙勲を受けた身分ではないが、若くして歴戦を重ね、将として風格を帯びた彼を、いつしか人は『竜騎士』と呼ぶようになっていた。
 平民を出自とする彼の鎧は、さほど華美ではない。
 本来、貴族騎士の甲冑は、分厚い鉄の板を貼りあわせて作るという。戦場で自分を強く大きくみせるなければならないため、格式の高い家の御大将ほど大切な命を守るために鎧は大きく、重く、そこに真鍮の螺鈿を施して華美になっていく。それを豊富な魔力で軽量化することで、ようやく人が着れる重さになるのだ。故にそういう鎧は貴族にしか纏えない。
 しかし、ウォルフラムの鎧は最強種の龍鱗でできているという。軽く、硬い鱗を、『皇蓑蛾』と呼ばれる蟲獣が吐く繊維で縫い合わせている。さらにその形状は、防御力がありながら、動きやすく、騎乗しながら弓も槍も扱うことができるほど洗練されている。まさに機能美を追求した末にできたものだった。

 歩哨にたつ兵卒に敬礼を返すと、竜騎士ウォルフラムは眉を寄せがら、洞穴を覗きこんだ。
 天然のものではなく、人工的に掘られたものだ。
 洞窟はガルガ族と呼ばれる部族の塒だった。今は、死臭が漂っている。
 ガルガ族は、爬虫人種の中でも最硬の鱗をもつと言われる、戦闘種族だ。
 成長したガルガの鎧鱗は、タネガシマの鉛礫でも傷つけることは難しい。だが、敵の炸裂筒は、そんなガルガの戦士すら、原型を留めぬほど破壊し、血と漿液をまき散らしていた。

「酷い」

 副官も思わず手で口を抑えた。
 貴族ですらこんな真似はしない。彼等の殺し方はもっと鮮やかだ。圧倒的暴力の持ち主であるからこそ、彼等はその力の在り方に芸術性のようなもを求めている。死者災害(デッドハザード)を防ぐためにも死体は処理し、『鎮魂の儀』を行うのが戦の作法である。
 しかし、この惨状はなんだ? 死者を虫でも潰すかのように打ち捨てている。
 ガルガ族を怒らせるためにやっているのか?

 一行は一人のガルガ族の亡骸が、何かを守ろうと覆いかぶさっていることに気づいた。そこに見えるのは幼い尻尾だ。おそらく彼は我が子を守ろうとしたのだろう。
 ウォルフラムはたまらず、歩み寄り、それを引き上げようとした。
 しかし、洞窟の中に踏み入る前に、前もって中を検分していた黒ずくめの小男たちが回り込み、両手を広げてウォルフラムを止める。
 小男たちは、「もう手遅れだ」とばかりに首を横にふる。小さな尻尾はぴくりとも動かない。

「竜騎士サマ、ドウカ、ここにはお入りになりませんヨウ……」
「そこまで俺はヤワではないぞ?」

 凄惨な現場を見て、臆したと思われるのが癪なので言い返したウォルフラムだが

「違いマス。毒があるかもしれナイノデス」
「毒だって?」

 クロマ族と呼ばれる彼ら亜人種は、学問に精通していた。主に第七天子が異界より取り寄せた書物を翻訳し、指揮官に助言するのが仕事だ。
 今回、彼らの助言なしでは同盟軍は敵に太刀打ちできなかっただろう。声変わり前の少年の用に甲高い声で、小男たちが口々に回答する。

「『劣化うらん』と呼ばれる毒が、天子サマの残されタ書物に載っておりマシタ」
「モシ敵の矢弾ニ仕組まれていタラ、お体を害しマス。解毒剤ハ効きまセン」
「ドウカ調査は我々ニ、お任せくだサイ」
「特に女子ハ害が大きいデス。近づかせないヨウニ……」

 ウォルフラムの隣に侍る女性副官にもそう告げた。
 クロマ族は小さく脆弱だが、嘘は決してつかない種族である。その彼らが言うのなら自分たちを慮ってのことだ。信じるしかないだろう。
 ウォルフラムは『指揮官』である。自分がすることは、皆が真似をするのだ。

「わかった。必要な物があれば言ってくれ。用意させる」
「感謝いたしマス……」

 竜騎士が素直に首肯すると、黒覆面の小男たちは、恭しく一礼し仕事に戻っていった。
 ここに自分のできることはない。
 ギリッと奥歯を噛み、彼は踵を返すしかなかった。

   *   *   *

 同盟から派遣された討伐軍の本陣は、ガルガ族の集落から1000メイルほど離れた場所にあった。

 しかし、討伐軍とは名ばかりだ。
 本来、領主や自治組織が派遣する『討伐軍』は、住民を安堵させるため、軍の威容を見せつけて追い返さねばならない。なのに、彼らの陣地は絶壁に囲まれた山間の窪地。しかも、その空間を空からも見つからぬように魔術で偽装していた。兵力もささやかなもの、せいぜい500といったところだ。
 なぜなら、今回の敵ばかりは、従来のやり方では戦えなかったからだ。
 討伐軍は敵の正体を知っていた。
 敵は『異世界』からやってきた者たちだ。城邑を襲う蛮族や野盗ではない。
 その動機は「食うに困って」ではないし、その手段は略奪ではない。
 もっと根本的な『進出』なのだ。彼らの動機に攻撃的なものはない。しかし、だからこそ、度し難いほどのエゴに凝り固まっている。
 討伐軍の指揮官はそう断言してはばからなかった。

 卓上に置かれた地図に駒を配置しながら、『軍師』は思索を巡らせていた。
 そして、天幕には入ってきた怒気に気づいて、冷静に声をかけた。

「報告書がクロマ族の調査団より上がってきたよ。ガルガ族の棲家に放り込まれたものが、『ぐれねーど』と呼ばれる炸裂筒の一種だとさ」

 竜騎士の気配は明らかに激している。
 ウォルフラムは、部隊の采配を任せていた『軍師』に尋ねる。

「シムナはどうしている?」

 長髪の『軍師』は歳は三十前後。ウォルフラムと同じような鎧を身につけ、その上に、純白の羽織を身につけていた。義兄弟の二人の間には上下はない。

「ここから西方約20キロメイルの砂漠地帯で、敵と交戦中だ」

 弓兵を模した駒が、西の砂漠地帯に置かれる。1メイルとは、兵隊が二歩進む距離である。

「シュナンは相変わらずだ。連絡は取っているが、どこにいるかわからん。まぁ、やつはスタンドアローンでこそ威力を発揮する。放し飼いでいい」
「増援を手配したほうがいいか?」
「いや、よかろう。竜だろうと騎馬だろうと足手まといだ。シムナの話だと、敵の鉄火矢の射程距離は500メイルには達するらしい。腕の良いやつはその倍はあるかもな」
「………兄貴の作った『タネガシマ』とは何が違う?」
「これだ」

 軍師は懐から取り出した何かを取り出し、弓兵の駒の隣に置いた。
 精巧にできた真鍮製の筒。その先端は椎の実のように尖っている。

「これは昨夜シュナンが敵から鹵獲したものだ。『5・56ミリNATO弾』というらしい。
 この弾丸は銃身の中に施された螺旋の溝にそって錐のように回転するんだ。銃口から飛び出すと空気抵抗をあまり受けずに飛んで行く。命中した時の貫通力も段違いだ」
「弾がこんなでかいのか?」
「飛んで行くのは先端だけさ。銅で出来ている。
 筒の部分は真鍮製で火薬が封入されている。これを機械仕掛けのタネガシマの中に次々に放り込んで、雨霰のように発射してくるんだ」
「………なるほど、怒涛のような爆発音はそれか」

 過日、ウォルフラムは屈強なガルガ族の戦士たちがなぎ倒されていく様を上空から観察していた。
 魔術で光を屈折させ姿を隠していなかったら、自分もやられていたかもしれない。

「まぁ、俺は『兄貴』の文献にあったから、予想はしてたがな……」

 軍師は小癪な事を言いながら、自分の副官に持たせていた、小銃をウォルフラムに手渡す。
 弾倉を外してあるので今は安全だ。しかし、銃という武器について基本的な知識があれば、即座にそれが如何に危険な武装であるか推察できる。
 ずしりと思い鉄の筒は、たしかに彼らの『兄貴』が作ったものよりも高度な技術で作られていた。

「驚くべきことに、奴らにとってはそれが歩兵の基本装備だってことだ。鋳鉄製の剣や鉈も同然。
 こっちに何丁持ってきているかは知らんが、『向こうの世界』には余るほどあるんだとさ」
「ふん。それがどうした?」
「どうしたではない、洒落にならんぞ。それ……こっちの有効射程はせいぜい50メイル、連射速度は二十秒に一発だってのに」

 そういいながらも、軍師は飄々と振るった。
 正面から戦えば負けは目に見えている。しかし、そんな敵と知っていながら、余裕綽々とばかりに肩をすくめる。ここで臆した様子を見せれば、この『竜騎士』を御することはできない。

「タネガシマなど何万丁並べたって戦にならん。対抗できるのはシムナの『闇水(クラミヅ)』ぐらいだ」

 自由同盟軍の必勝パターンは、独立戦争の時から何も変わっていない。
 シムナの狙撃と、シュナンの奇襲で、敵の頭か補給線を潰す。そして、浮足立った敵軍をウィズレイとウォルフラムが陸と空から畳み掛けるのだ。
 貴族を中核とする軍を相手にすれば、これが猛威を振るったが、兵卒の一人ひとりにこれほどの戦闘能力があるのなら話は違ってくる。
 いくらあの二人が強くても、一軍を屠れはしないのだ。

「エデュは?」
「敵に捕まった。街の住民を避難誘導しているときにな……」

 それを聞くと、ウォルフラムは血相を変えて、立ち上がった。
 魔術師エデュワ・ブリュンガーは彼らの義弟であり、同盟の幹部の一人である。

「何故それを早く言わん!」
「まぁ、聞け。わざとだ………」
「なに?」
「戦争に勝つために必要なものについて、『あの人』になんと習った?」

 こんな時に問答かと、ウォルフラムは不快感を顔に表す。
 しかし答えはわかっていた。
 竜騎士は「情報と兵站」と即答する。

「そうだ、戦争に限らず。その二つは絶対に必要だ。奴らもそれを知っている。俺たち以上に心得ているからこそ、こんな武器が作れる」
「……だから?」
「俺たちは、連中からその二つを奪えばいい。
 知ってるか? まず、連中のムセンキという通信手段は、魔素の濃い場所では使えない。だからこそ奴らは『情報』が何よりほしい」
「だからなんだ!?」

 ウォルフラムのセリフに怒気が孕む。

「だから、エデュワは埋伏の毒として送り込んだ」
「埋伏の毒だと?」
「あいつらは、まだこちらのことが何もわからない。エデュワがどういうやつかも知らないんだ。
 だから捕まえたエデュを懐柔して情報を聞き出そうとするだろう。地理とか言語とか魔術とかな。
 ……あいつは気弱そうだからな」
「……だが、性根は座っている。ウィズ。お前よりはな」

 ウィズレイは鼻で笑った。
 否定したのではない。ウォルフラムがエデュワを買っていたということが意外だったのだ。

「だったら、あいつの真剣勝負に水を差すな」

 そういわれれば、ウォルフラムは何も言い返せない。

「『シュナンに斬られた兵士の腕を繋げてみせたら歓迎された』とさ。
 奴らの言語、エイゴ…だったか? まぁ、いろいろお勉強させてもらってるそうだ。順調だよ。
 お陰であちらの技術レベルや、兵隊の命の値段もわかってきた……ククク…」

 手にした杖をかざすような仕草をすると、ウィズレイは不敵に笑った。こういう含み笑いをするからこそ、こいつはあまり人に好かれないのだ。
 エデュワとウィズレイはそれぞれ『武装』を持っている限り、遠くはなれていても互いに意思疎通が可能である。

「敵から兵站を奪うには、まず『穴』を塞ぐ必要がある。だからこそ、奴を敵の懐に潜り込ませた。
 『迦具土(カグツチ)』を使えば、『穴』を閉じることも、再び開けることも可能だろう?」
「危険だ!!」

 ウォルフラムは、義弟の悪癖をよく知っていた。ウィズレイは時折、知恵が先走り過ぎる。
 策士策に溺れる。
 常に目を光らせろと、彼の『兄貴』は遺言に残していた。

「あんな残虐な真似をする連中だぞ。
 それに戦場で捕虜になった時、もっとも凄惨な拷問を受けるのは、強敵ではない。裏切り者だ」

 ウォルフラムの懸念に、ウィズレイは断言にて返答した。

「奴らに主導権を渡すこと以上の危険はない。エデュワもそれは覚悟している」

 たしかに、ガルガ族のあんな姿を見せられた以上、同意せざるを得ないところだ。ウォルフラムは無言で肯定したのを確認し、ウィズレイは話を続ける。

「奴らの兵站は、俺達が総力を上げてでも潰す必要がある。しかし戦力的には、それでも分が悪い。
 時間もない。貴族共に繋がりを持たれると厄介だし、こちらから内応する奴が出てこないとも限らん。
 奴らのもつ武器が流通すれば、せっかく築いた泰平の世がまた危うくなる」
「だから内部から崩すっていうのか?」
「そうだ。
 奴らの懐に入って『穴』を閉ざす。そして、交渉だ。部下の帰還を条件に、敵将の首を要求する。
 指揮官の首を差し出せば、何回かにわけて全員を帰還させるとな」
「それじゃ、降伏勧告じゃないか。奴らの戦力なら国盗りだって可能だろう? 聞くわけがない」
「大事なのは向こうを不安にさせることだ」

 軍師は、湧き上がる笑いを噛み殺したような表情を浮かべた。

「今頃連中は、シュナンとシムナに恐れ慄いていることだろう。
 あの死神二人を敵に回せば、夜も眠れない。
 その状況で補給路まで塞がれたらどうだ? 敵将が一廉の人物で、部下の安全と引き換えに自刃を選ぶならよし。そうでなければ気の小さいヤツを唆して寝首を掻かせる」
「小心者なら、実際に行動は起こせない可能性もあるぞ?」
「それでもいいさ。最低限、仲間割れが起きたように偽装工作できればいい。やつらの腹の中には『迦具土』がいるんだぜ? 
 連中は貴族じゃない。魔術師の手口を知らない。連中の知らない方法でやれば疑心暗鬼に陥るはずだ」
「そこまでやるか……、じっくりとコトを構えるべきじゃないか?」

 ウォルフラムは『軍師』の悪辣さに呆れ、毒気を抜かれるばかりだった。彼は敵をとことん分断するつもりだ。

「ウォルフラム……俺たちの最大のアドバンテージは、魔術が使えることじゃない。
 『情報』だ。俺たちは、今、敵の正体を知っている。連中の強大さと強欲さを知っている。知ってるのに知らんふりをしているから、まだ辛うじて戦えてるんだ。アメリカっていう国について『兄貴』が残してくれた知識があるから戦えてるんだ。
 これは、連中が俺たちの存在をまだ知らない今だからできる作戦だ。今しか使えない。
 敵はこれから次から次へと兵を送り込み、物資を運び込んでくる。
 奴らも馬鹿じゃない。こんな武器を作る奴らだ。やつらはきっと、俺たちを研究し、対策を立ててくる。時間をかければかけるほど不利になるぞ? 
 シュナンも、シムナも手の内を完全に分析されたら思い通りには動けなくなる。そうなってしまったら、俺たちは絶対に勝てない。
 この世界で俺たち主流派じゃない。それに気づかれる前に勝負を決めるんだ」

 敵は勝つためならなんでもしてくる。彼らは異世界からの敵。勝つために世界まで作り変えてくるかもしれない。
 ウィズレイ・アーキスは直感的にそれを理解していた。
 だからこそ、敵があらゆる手を使えるようになる前に、勝負を決めてしまう以外、彼には選択肢がなかったのである。


  *   *   *


 ウィズレイ・アーキスがその手腕を遺憾なく発揮したのはそれから半月後である。しかし、この時の英雄たちの活躍が、公の記録に記されることは決してなかった。

 結果的に、彼らの作戦は成功した。
 そして、『穴』よりこの世界に足を踏み入れた敵は、約束どおり全員が国へ返された。

 全員の箇所を、幾つかに分けて。

 憎しみの連鎖を断ち切る方法が他にあるのなら、こちらが我慢することはない。
 強大な相手であればあるほど、軍師ウィズレイ・アーキスはあらん限りの悪辣な手を使い、敵を恐怖のどん底に陥れた。
 『穴』の向こうの世界の者たちが、二度と自分たちのテリトリーに入ろうと思わないように。
+注意+
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