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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第五十八話 大役

 人身事故のような縦回転は、コンクリート壁でようやく停止した。
 『翁』は動かない。

 死んでない……よな?
 さすがに親を殴り殺したっていうのは寝覚めが悪い。
 俺は、恐る恐る『翁』に駆け寄った。

 能面が割れ、ギャルのパンティーをモロ見した亀仙人のような表情で失神していたが……………息はしている。
 えーと、こういう時はどうするんだっけ?
 そうだ! まず、意識確認だ。
 頭を動かさないように、軽く頬を叩いたりして、まず呼びかける。
 呼びかけに返答があれば『意識有り』、刺激に反応があれば『半昏睡』、なければ『意識不明』だ。

「爺さん、爺さん!! 」
「あ……うぅ…」

 軽く頬を叩くと、反応した。

「爺さん! 職業は!?」
「シュナン……デル…ファウカァ…」

 目を回しながらだが、答えた。大丈夫。いつものミスターだ。
 とりあえず現状維持してると、アレックが満身創痍の巨躯を引きずりながら近づいてくる。

「手こずらせやがって……」

 お前が言うな……と思ったが、俺はもうツッこまない。
 馬鹿に説明するのはもうめんどくさい。
 とにかく、ヘルムートが帰ってきたら爺さんを担いでもらって、ここを出よう。

 そう思った時だった。俺たちが来たのと逆方向の観客席の扉がバンと開かれる。
 扉から出てきたのは、一振りの刀を腰に帯びた赤髪の中年女性。アマルダ・ロックウェルだ。

「師匠!!」

 アマルダは、ぶっ倒れた爺さんを見て驚愕していた。大股でずかずかと歩いてきて、アレックとすれ違う。そして、彼が「え?」と間抜けな声で振り返った瞬間だった。 
 振り向きざまにガコーン!と、目の覚めるような利き腕スマッシュ。
 斜め下から突き上げる容赦無い一撃が、アレックの顎に決まった。
 アレックはそのまま空を仰ぎ、大の字になってノックアウトである。
 ………救急隊の仕事が増えたな。
 まぁ、これだけ死屍累々なら、いまさら担架が一つ増えたってどうということはないかもしれないが。

「師匠! 師匠!!」

 失神する爺さんに駆け寄って呼びかけるアマルダ。
 俺と同じように爺さんの反応を確認すると、俺に背を向けたままで静かに俺に問うた。

「タクミ……これアンタがやったの?」

 ………いや、天罰じゃねーの?
 厳密に言えば、俺は手を出してないしな。
 少しばかり返答に窮していると、強かな視線を向けられた。

「どうなんだい!?」

 えー。
 もしかして、また怒られるの?
 「育ての親を打擲するとは何事か!」とか。
 それはちょっと理不尽だろう。
 ………よし。ここは負けない。

「はい! 殺されかけたので、殴り返しました」

 俺は、上官に意見具申する兵士のごとく返答した。
 ハッキリ言って、これ以上に正当な防衛理由はない。

「僕も訊きたいです。なんで、うちの爺さんがこんなところで刀振り回してるんでしょうか!?」

 それを質すと、アマルダは静かに睨み返してくるだけだ。
 アマルダはその『なんで』を知ってるはずだ。
 共犯者だ。だから答えられない。
 俺は理由をもう知っている。ショッ○ーのみなさんが逃げるまでの時間稼ぎを、『剣聖バーサーカー・モード』&『耐命の糸』結界のコンボでやろうとしていたのだろう。
 ……だが、さすが貫禄が違う。
 荒くれ共相手に店を切り盛りしてるだけあって、この程度の事では動揺しないらしい。

「理由を御存じならお教え頂けないでしょうか!? たった今、女将さんがアレックさんを殴ったように、僕も好きで殴ったわけではないのですから!」

 沈黙が続くので、こちらから揺さぶってみた。
 老い先短い老人にこんなバカなことやらせといて、俺を叱り飛ばす権利があるのかと、暗に訴える。

「…………まぁいい。話は後だ」

 あ、逃げた。
 アマルダは短く嘆息すると、踵を返し、爺さんを担いでそのまま足早に去っていった。

 デビル少佐率いる軍警の兵士たちが、軍靴の足音を響かせながらこの死屍累々のフロアにやってきたのは、それからまもなくの事だった。


  *  *  *


 さて、事態はようやく終息したのだが、一番大変だったのは医療チームだろう。なにしろ一個小隊が半死半生で担ぎ込まれたのだからな。
 ようやく急患の処置が完了し、俺も再度、医療チームの御厄介になる。
 天幕の下は消毒用アルコールの匂いで満ちていた。
 頭が痛いのでエグゼリカに見てもらうと、「気疲れ」との診断結果だ。
 それと聞いて「そりゃあいい、サボるにはちょうどいいくらいの体調不良だ。しばらくは雑務をお断りする口実に使わせてもらおう」などと邪なことを目論んでいたらエグゼリカが治癒魔法でちゃっちゃと治してしまった。
 つか、気疲れって魔法で治るんかい。
 薬用養命酒とかで長期的に治療するものとばかり思っていたぜ。
 そんな俺の不平不満の呟きをかき消すように、『ばちーん』と派手な音が木霊する。どうやら背中びんたでもみじマークをつけるのが彼女のマイ・プロトコルらしい。

「他の怪我人はいいんですか?」
「私を誰だと思っているんです?」

 もちろん、スイーツ(笑)。

「応急処置が必要な患者さんたちは、先ほど治癒して後方へ搬送させました。おじいちゃんも、あなたは一番軽傷だったので後回しにしました」

 優秀だな。スイーツ(笑)。
 有能だろうと、無能だろうと、働き者という人種は仕事を増やしてくれるので嫌いなんだ。俺は。
 どこぞの働き者は、建物の屋上で火炎竜巻を発生させたりするしな。
 あのあと、フライアにぼこぼこにされ、アレックと仲良く治療院に搬送されたらしい。ざまぁ。

「お爺ちゃんも運ばれてきました。見物していたら瓦礫が飛んできて頭ぶつけた、とかで」

 お、おう……
 齢が歳だからな。頭の中で血管が破裂したりとかしてないだろうな。

「命に別状はありませんでした。後遺症もないと思います」

 そりゃよかった。一安心だ。

 あれから二時間たった。
 軍警のみなさんは忙しそうだが、野次馬共はもう撤収が始まっている。
 癒し姫エグゼリカ・セレスティも、伊達や酔狂で来てるのだろう白衣を脱いで、荷物をまとめ始めていた。
 そんな中ふと、彼女は独り言のように尋ねてきた。

軍警(ポリス)はこの始末をどうするつもりなんでしょうね?」

 状況がここまでになってしまえば、「軍や政庁もグルだ」ということが一般市民にもバレるだろう。
 今頃、事件は会議室で起こってるに違いない。円卓で頭抱えてる右や左のオジサマたちの絵が目に浮かぶようだ。
 …………ほんと、どうするつもりなんだろ?

「失礼する」

 そこへ天幕のカーテンが開き、涼しい外気とともに人が入ってきた。誰かと思えば、この事件の現場指揮官であるデビル少佐である。デビル少佐っていうのは俺が勝手に呼んでるだけだが。
 出口近くにいた衛生兵が敬礼しながら話しかけた。

「少佐。如何なさいました? もしや、どこかお怪我でも?」
「いや、ここにいる人物に少し話があってね。それより負傷者の治療はもう終わったかね?」
「ええ。彼で最後です」

 「うむ」と頷くと、軍人らしい足取りで、まっすぐにエグゼリカの前に進んできたデビル少佐は、俺や他の医療スタッフを睥睨し、告げた。

「申し訳ないが、お人払いをお願いしたい。皆、数分間だけ外に出ていてもらえまいか?」

 どうやら少佐は『癒し姫』になにかお話があるようだ。
 直属の上官ではないが現場指揮官のお言葉である。働いていた医師や治癒師は手元を片付けて天幕を出て行く。
 なんだろうな? 作戦上重要なことかもしれないし、単なる詫びかもしれない。
 俺も早々に上着を纏って、寝台を降りた。そして、他の医官と共に退散しようとすると

「ああ、待ち給え。タクミ・ファルカくん」

 デビル少佐に呼び止められた。

「なんでしょうか?」
「私が、話をしたい相手は君なのだよ」
「はい?」

 なんと、彼が望むのは俺以外の退室であった。
 デビル少佐は着いてきた兵士たちに天幕から出て行くように指示すると、エグゼリカに向き直った。

「申し訳ないが、セレスティ導師。彼と話がしたいのだ。しばらく席を外していただけないかね?」
「いやです」

 空気読まないのか。敢えて読む気がないのか。
 笑顔で即答するエグゼリカに呆気にとられる少佐殿。

「治癒師が患者を放り出す訳にはいかないでしょう? そもそもこんな小さい子とふたりきりになって、一体何を吹き込むつもりなんですか?」

 これはエグゼリカの俺へのお気遣いなのだろうか?
 まぁ、客観的にみればそうかもしれない。

「私の患者に無茶をさせる気なんですか?」

 このセリフだけをきくとエグゼリカは『まともな人』にしか見えないな。
 デビル少佐は「むむ」と少し唸った後、是非に及ばず、とばかりに嘆息する。

「…………わかった。導師の意見ももっともだ。では、立ち会っていただこう。ただし、この話は他言無用だ」
「当然です。癒し手として守秘義務はまもります」

 ホントかよ? スイーツ(笑)。

「まぁ、当の僕はチクるかもしれませんが?」

 デビル少佐が目を見開く。

「いや、あたりまえでしょう? 
 そもそもわざわざ他人には聞かせられないような話をなんで未成年の僕にするんですか? 
 もしかして、それって非合法なことなんですか? 
 公務員からそんなことを聞かされたら大問題ですから告発するに決まってるじゃないですか」

 当の俺も大概なKYなのかもしれないが、釘はさしておかねばならない。
 何らかの責任が発生するような話なら、御免こうむる。

「他言されることが嫌なら俺に言わないでください。今回の茶番劇みたいにお偉いさんたちで勝手に決めればいいじゃないですか?」

 丸縁メガネの奥で、デビル少佐の眉毛がぴくりと動く。
 図星……ということは、やはりこの人もお芝居をしていたらしい。
 エグゼリカが横から口をはさむ。

「立て籠もり犯と軍がグルだって見破ったのこの子ですよ? それに腹を立てたリナちゃんがあんなことを……」

 導師。余計なことはいわんでいいんだ。
 というか、その言い方だとまるでこの事態を引き起こしたのが俺みたいじゃないか。案の定、デビル少佐がすごく恨みがましい目で俺を見ている。

「そうか、君が……」

 俺を恨むのはお門違いだが、デビル少佐は怒りの込もった視線で空気を凍らせたいらしい。
 まぁ、お気持ちはお察しする。
 大方、彼は上の作戦に疑念を抱きながらも、一生懸命お芝居してたんだろう。その苦労が一瞬で水の泡になれば、原因となった連中全員を殴りに行きたいだろう。
 でも、あんなネタまみれの演説聞かされりゃ、一部の人間は喜劇だと気が付くだろ。俺は悪くない。こんなアホな作戦を考えたやつが悪い。
 少佐は不敵な笑みで静寂をやぶった。

「ふん………すでに気付いたというなら、軍の機密情報を私が民間人に開示したということにはならんな? まぁ、冷静に考えれば聡い者なら子供でも気付く。ちゃちな作戦だったからな」

 ちっ……。そうくるか。

「……で、犯人は捕まったんですか?」

 エグゼリカの問に少佐は目を伏せて、首肯した。
 そして、その出っ張った腹をどでーんと出して語り始めた。

「我々軍警(ポリス)は冒険者ギルドを制圧。犯行グループ67名を逮捕し、人質全員を救出した」

 人質交渉で稼ぎ、『地獄の軍団』は突入時の騒乱に乗じ、人混みに紛れて逃げるつもりだったろう。バカが余計なことをしなければ、雇われただけのヘルムートたちは逃がせる算段だったのだろうが、こうなってしまったら捕まえないとまずい。
 こんな迷惑なテロを起こされた以上、首謀者を捕まえねば軍の沽券にかかわる。あるいはだれか偉い人が恥も外聞もなく「自分が企画しました」とゼフィランサス市民に焼き土下座するしかあるまい。
 ジュリア・フライア監修のミッションで政庁と話が付いているのなら、ヘルムートたちが本人が犯罪者扱いされることはないとは思うが。

「テロの首謀者一味は、全員逮捕した。
 みな捜査に協力的である。あの女幹部もな。ただし……」
「ただし……」
「今回の事件は組織的テロ事件であるため、一部の情報は秘匿される」

 なるほど、話が見えてきた。

「証人保護のため、彼らの本名は明らかにしないまま、『地獄の軍団』を壊滅させるまでは秘密裏に匿うってことですね」
「理解が早くて助かる」

 ようするに、ヘルムートたちは大手を振って街を歩けるってわけだ。
 地獄の軍団なんて組織は存在しないんだから。
 まぁ、あの性悪エルフは、いっぺん炮烙でも抱かされればいいと思うが。

「で、本題はここからだ」

 そう言って少佐が上着の内ポケットから取り出したものは、一枚のニュースペーパーだった。

   *   *   *

 締め切られた密室に二人が向かい合って座っていた。
 照明は手元を照らすのみ。
 一組の男女のシルエットが、暗闇のなかに浮かび上がる。まさしく、密談といっていいだろう。

「『聖剣』が奪われていたそうですね?」

 女が問うた。
 『奪われていた』という表現をすることは、すでに察しているということだ。

「ああ、十年前にな。おそらく『貴族たち』だ。前市長の密命を帯びて、ひそかに追っていた冒険者が消息を絶ったそうだ」
「聖剣『三日月』は、正統な継承者にしか使えないのでしょう? 一体、何のために?」
「さぁな、外交的なアクションは何もない。だが、何者かに奪われたことにしなければ、返還をもとめることもできない」
「それで、これ……ですか?」
「しかたないだろう? とりあえず公表しなければ……」

 文字通り『膝を突き詰めて話をする』ような距離だが、彼らのいる空間は割れないガラス(透明度の高い甲獣の殻)で仕切られていた。
 女が嘆息し、手元の照明を男の方の顔に向けると、異形の仮面が露わになる。

「えー、プロフェッサー・ゲルリッチ?」
「コードネーム……なんだそうだ」

 対面する男は高価そうなスーツに身を固めたマスクマンだ。その仮面は昆虫のようであり、悪の組織の幹部であることを示すかのように、角が生えている。
 しかし、その背格好と声に、ロゼッタ・エヴァンスは覚えがあった。
 調書に目を通すと、なんとまぁふざけたプロフィールが並んでいる。

「地獄の軍団、四天王の一人。なんでも私はIQ300の超天才魔術師らしい。そんな頭脳があれば、あの苦学生時代はなんだったのかと……」

 書類をバン、と机に叩きつけて、ロゼッタは目を伏せ、深く嘆息した。
 マンガ的に表現するなら、こめかみのあたりに青筋が浮き出るところだ。

「閣下!! そんなんで次の市長選はどうするんです!?」
「仕方ないだろう。逃走経路がふさがれてしまってたんだから」

 ロゼッタがいきり立つと、プロフェッサー・ゲルリッチはすでに遠い目をしていた。
 軍警に話はついているからいいものの、まったく、なんてことをしてくれたんだ。
 こんなことで市長に失脚されたら、腹心の自分の将来も絶望的だというのに……。

「……それで引き受けてくれるかね?」

 ロゼッタは片方の眉を一瞬ぴくりと動かして、返答した。

「ええ、構いません」
「ずいぶん威勢がいいだねぇ……」
「避けて通れぬ道であれば……。ここで怖気づくようなら出世なんてできませんでしょう? それに……」

 ロゼッタのもったいぶった言い方に、プロフェッサーは問い返した。

「それに?」
「前任者の尻拭いであれば、面倒なだけで、私にリスクはありませんからね」
「実に志が高いことだ」

 プロフェッサーは自分に負い目があるからか、それ以上口を開くことはなかった。
 ロゼッタは、密室を出て、長い廊下を靴音を響かせながら去っていった。

   *   *   *

 この世界にはテレビはないため、政庁発表などの情報は新聞によって伝達される。緊急ニュースがあれば、号外が無料で街に配られるわけだ。
 少佐殿が見せてくれた、ニュースペーパーは、たったいま刷られた号外である。

 その日、ロゼッタ・エヴァンスは政庁代表として、記者たちの前に立ったらしい。

「本日、『地獄の軍団』を名乗るテロリストによって、冒険者ギルド本部が占拠された。犯人グループ67名を現行犯逮捕したが、ギルドの金庫に保管されていた聖骸武装の一つ『聖剣』が失くなっていた。自由同盟軍警備隊は同組織に盗み取られたものとして、捜査を進めている。
 政庁は「この問題の対処に全力を上げるが、市民全員にも協力を要請する」と発表。
 また、剣聖シュナイデル・ファルカ氏の名前において、聖剣奪還のミッションが、全冒険者に依頼される模様。
 参加報酬、成功報酬については追って発表するが、このミッションに参加し、成果をあげることを『二代剣聖』の最低条件とする。聖剣の後継者足らんとする者は、すべからく当ミッションに参加してほしいとのこと。
 なお、ミッションリーダーは、シュナイデル・ファルカ氏であるが、高齢のため養子タクミ・ファルカを暫定の名代と……」

 最後の一文を読み終える前に、号外は俺の手からポロリと落ちた。
+注意+
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