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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第五十七話 幻拳

 
 武芸において、『強い』ということは、確固たる『自信』を持っているということに他ならない。
 訓練を積み、困難を乗り越え、自信を持てるようになって人は初めて成長できる。
 だが、どれだけ成長しようと、自信なんてものは消え失せるときも一瞬だ。

 鍛えに鍛えた高硬度の鋼が、一撃で脆くも叩き折られるように、挫折することはあるだろう。挫折した時、これから先どうかするかを考える。必要なリスクやコストを考えた時、誰しもが考え、自分の最終到達点をどこかへ定めてしまう。
 結局、みんな適当なところで他の道を見つけるのだ。
『最強の頂』にたどり着こうなんてほとんどの人間は思わない。そして、『強くなる』という目的が、いつしか『周囲に強いと思ってもらう』という目的に変わっていく。
 それは正しい。人間は社会性の動物だ。社会における人間関係の中で『立派な親分』『立派な親分の子分』という立ち位置に、喜びを見つけていく動物なのだ。人生は楽しくなければ意味が無い。『無様な道化師』になど誰がなりたいものか。コストを払い、リスクを背負うことが楽しいというやつはいない。

 しかし、例外もある。
 強くなるためなら、そのリスクを背負うことも楽しいという変わり者。己の成長が何よりもが何よりうれしいという愚か者。そいつは、人間が共通してもつべき機能のうち、何か致命的な一つが最初から壊れているのかもしれない。しかし、そのことに疎外感なんて感じない。きっとそいつには、剣を振り回して敵をなぎ倒している時も、己よりも強者に叩き潰されている時も幸福感しか感じない、異常な人間なのだ。
 そういう奴は地獄を乗り越え、高みへ、より高みへと上っていく。たとえ、端から見れば雲をつかむような無様で滑稽な姿であったとしても、そいつは振り向かず、ただ上だけを向いて登っていく。ただ空へ、果てしない上り坂が続いている限りだ。
 そして、この世界の理にはそんな上り坂が存在する。
 その坂を上り続けているうちに、いつしかそいつは、最強の座にたどり着いていた。

 嫉妬も怠惰も心得ている常人は、己のプライドを保つためにも、その遙かなる高みにたどり着いてしまった彼を、こう評価するしかなかっただろう。

 ああ、あれはたぶん『天才』だ。あるいは『バカ』なのだ、と。


  *   *   *


 二つに割れた俺の視界が、どちらも鮮血で赤く染まる。
 鋼を弾いたような耳鳴りが、長く長く響いていた。
 頭蓋を両断され崩れ落ちる俺を、『翁』は一瞥もしない。刃に付いた血を振り払うように、残心をとる。

 あまりに洗練された剣の形だった。

 心底バケモノだ。
 俺が死んだ後、こいつは一体、どれほどの死線を超えてきたのだろう? どれほどの強者を打ち倒してきたのだろう? 斬った相手は人のみに限るまい。吟遊詩人の歌が与太話でないのだとしたら、一個戦力に相当する竜や魔獣もこの男は屠ってきたのだろう。
 コイツは、かつて俺が飽きて捨てた冒険者の道を愚直なまでに突き進み、そして『最強の自分』へと上り詰めたのだ。魔力も特殊能力も何もなく、かつて俺が与えた一振りの剣のみで切り開いた。
 まさしく、生きる伝説だ。

 『翁』の奥の手、名付けるなら、幻視……いや『幻肢』の太刀と言うべきか。

 数十年にわたる修練によって、己の肉体に刻みつけられた記憶を呼び覚まし、再現させる。
 ただ、それだけの第六魔術だ。
 しかし、『翁』は術理など理解してはいない。
 魔術であるという意識すら、おそらくこいつにはない。
 ただ、体がそう動いているだけなのだ。

 『翁』の八臂は、まやかしではない。
 自己の太刀筋と体捌きのイメージが、実体化するほどの強烈な思い込み。
 それが成せる技だ。故に、使う本人も『己の手足だ』としか認識しない。
 相手は、一瞬であらゆる角度から同時に斬られたように錯覚する。斬られた瞬間、濃密なまでの殺気を受け、相手が遙かなる高みにいるという事実を魂魄に刻みつけられる。
 相手は倒れ、そして、『翁』には「イメージ通りに自分が斬った」という余韻のみが残る。
 それで勝負ありだ。

 ………普通ならな。

 『翁』の剣は、確かに俺の頭蓋を割った。そして、俺は、自身の『死』を確かに知覚していた。
 脳に感覚器官は存在しないが、研ぎ澄まされた翁の『剣気』が、己の頭蓋骨をえぐり、鼻孔の中に血の匂いがこみ上げ、意識が遠のいていく感覚を、俺は確かに感じた。
 この感覚は本物だ。

 だが、この時、『幻』を使ったのは『翁』だけではなかった。
 強くなるために必要な、「死に臨む」という第六魔術儀典。
 一瞬のうちに、俺の脳は経験情報をフル検索する。前世のトラウマから、痛々しい中二時代の思い出から、超常の怪物との一大決戦まで……。

 そして、確かに、思い出した。
 他の相手に対しては無理だっただろう。
 俺には、「コイツに斬られた」という記憶がある。コイツに介錯され、人生の幕を閉じたという記憶がある。
 その記憶を呼び起こし、俺は、自らの『(フェイク)』を作り上げた。『翁』はそれを斬った。

 この一瞬、俺たちは、斬ったこと、斬られたことに、お互い。何一つ疑いを抱かなかった。

 ただ、一つ違いがあるとすれば……。
 俺は『翁』とは違い、無意識ではなく意識的に『幻』を作り上げた。
 そして、それが破壊され、死を自覚しても、経験があるからこそ死線ギリギリに意識を保った。
 だからこそ、意識を断ち切るこの男の剣気に耐えられた。
 だからこそ、斬ったという余韻をコイツの残心に刷り込まることができた。

(また、つまらんものを斬ったな……爺さん)

 五感が息を吹き返す。
 刀の柄に手をかけ、幻を脱いで、俺はザン!と一気に踏み込んだ。

 勝負はここからだ。
 『翁』は動いた屍に、速やかに反応する。残心の刀を返し、そのまま振り下ろす。
 だが、『確かに斬った』という記憶と『それが動き出し反撃してきた』という現実のズレで、この人斬りマシーンにほんの僅かな隙が生じる。

 俺は、振り下ろされる剣聖の太刀を、最速の抜刀術で迎え撃つ。
 本来、抜刀術に『剣の速度が増す』という効果はない。
 抜刀術では、片手持ちにならざるをえない。剣速なら片手持ちより両手持ちの方が強いし、速いに決まっている。また、刀身と鞘には摩擦があるため、『鞘走り』などに意味はない。
 抜刀術が速く見えるのは、予測を上回るからだ。日本刀は刀身の太さが均一で緩やかな反りのある。
 この特性上、鞘から引き抜く動作がそのまま斬る動作になるのが最大の特徴だ。だからこそ、斬りかかってくる敵を、納刀した状態から迎え撃つことができる。いわば、静止状態からの『用意ドン』が速い。それが目にもとまらぬ早業に見える。 
 つまり、相手の想定を上回ることが重要なのだ。

 故に俺は小細工を弄した。
 一歩目は予備動作なしのロケットダッシュ。二歩目は軽身功を使い、己の重量を極限まで軽くしての急速停止。その一瞬で半歩下がると同時に鞘を引き、ブレーキングの慣性を利用し、刀を抜く。
 そして、引きぬかれた刀を体幹で振り回すように更に加速させた。この小細工が『翁』の想定速度をわずかに上回り、リズムを壊す。だが、『翁』は俺の急停止に反応し、剣の軌道を変える。狂ってもさすがは剣聖か。
 滑るように現れた白刃は、翁が振り下ろす刀と十字を描いて交差した。

 電光石火。
 唸りを上げる翁の剣気。何て銘かは知らないが、この高そうな刀もあの輝彩滑刀(ライトセイバー)の前には、蟷螂の斧。あっさりと両断されるだろう。
 だが、俺が狙ったのは、『翁』の親指の先の(はばき)である。
 鞘から放たれた太刀は甲高い音を立て、白木の柄に食い込む。
 『翁』が動きを止めた。
 俺は更に一歩踏み込み、鍔迫り合いに持ち込むが、『翁』も即座に態勢を立て直す。

 体格はまだ『翁』が上。
 『翁』が体重をかける。鍔迫り合いでは刀が負ける。
 巫女頭に負けた俺が、『剣聖』に勝てる道理はない。
 どうする? あの時のように『手放す』か? 
 ………否、それは悪手。

「八臂明王剣」

 能面の奥で、再び殺気が膨れ上がる。そして、その背からは抜身の刃を握る六本の腕が、翼のように生えた。
 『翁』には、これがある。
 幻肢による自己存在の倍加現象。こいつは両腕で鍔迫りながらも、六の太刀を振れるのだ。
 圧倒的な破壊力を誇る剣聖の太刀を、まだ六つも同時に解放できるのだ。
 俺がいた空間を包み込むように、兇刃が襲い掛かる。
 逃げ場はない。絶望的だ。

 だが、この時、俺は冷静だった。
 迫りくる六つの太刀がまるで舞い落ちる木の葉のようにすら見えた。
 今ならば、それを掴み取ることすら造作もない。

 先ほど、『幻体(フェイク)』を出してからだ。俺はなにかに吹っ切れていた。
 キレたわけじゃない。
 超人機メ◯ルダーじゃあるまいし、人間は怒りの頂点に達したって強くはなれない。 

 第六魔術の儀典(プロトコル)とは実に陳腐である。
 『己が強者である』という、揺るがぬ自信を持つということだ。
 『強くなりたい』という幼稚な幻想は男なら誰でも抱く欲望だ。しかし、『強くなりたい』では一生使えない。『自分が強い』と思わなければ、前に進めない。
 死線をくぐる。『強い』と思う。それがないなら、できるまで訓練する。
 少年誌のバトル漫画のような陳腐な思い込みだ。しかし、この世界では、そんな陳腐な『思い込み』が奇跡として顕現する。
 そして、これは十回やって一回成功するようなものではない。幼子が自転車の乗り方を覚えるのと同じで、自信を持ってしまえば、己の肉体はいつでも奇跡を呼び起こす。
 それが第六の魔術儀典だ。強者と戦い、経験を積めば、平民であろうと、貴族を超える力を身に着けられる。

 闘技場の大気に衝撃が走る。『翁』の斬撃はすべて、『俺』の二つの腕に防がれていた。

 その現実をみて仮面の奥から驚愕が伝わる。
 そして、俺が出した二つの腕を斬り落とすべく、さらに八臂を自在に操り、嵐のように斬りつけてきたた。多重同時に降り注いだ斬撃の嵐は、轟音となって共鳴する。

 ……………だから、なんだよ?

 俺は自身の『幻肢』をもって盾とした。
 幻肢は本来自分の肉体のイメージである。己の肉体のスペックを超えることはない。
 現に『翁』の幻肢は本来の肉体以上の速度・強度で、剣を振ることはできない。
 そのすべてが剣聖の太刀であれば、それで充分といえる。
 しかし、たとえ鋼鉄(はがね)すら切り裂く剣聖の太刀だとしても、俺の肉体のイメージは揺るがない。
 130センチせいぜいの俺の五体を背後から覆うように、身の丈184センチの幻肢が俺を守護する。

 同時に八つの斬撃の具現化するほどの強烈な想念。
 シュナンがこの技を習得するために、どれほどの修練を積み、どれほどの死闘を繰り返してきたのか。
 それが当たり前にできるようになるまでに、どれほどの時間を費やしたのかを俺は知らない。
 それは驚嘆に値する。だが……

 その刃は俺には届かない。
 『翁』の八臂すべてを止め、俺は静かにつぶやいた。

「そこまでやれた剣聖様が、性悪エルフの手先になって刃傷沙汰か?
 しがない町道場のオッサンとか、アレックみたいな雑魚相手に、刀振り回して暴れるだけか?」

 今の言葉が、爺さんに聞こえるかどうかはわからない。
 だが、前世の俺の形を模した『幻体』のせいで、そのセリフは前世の俺の声となって確かに響いた。
 『翁』の動きが止まる。

 そして、次の瞬間。勝負はついた。
 爺さんは『最強の自分』を作り上げるために、おそらく数十年を月日を費やしたのだろう。
 しかし、俺には『最強の自分』を作り上げる必要などない。『最強だった自分』を()()()()だけでいい。

「この馬鹿弟子があああああああああぁーーー!!!!」

 吹き抜けの天井にけたたましい炸裂音が響き渡ると、光りの当たり具合で表情を映し出すと言われる匠の伝統工芸品は、文字通り木端微塵に打ち砕け、舞い散っていた。

 ……まぁ、俺も、いささか腹が立ってたんだろうな。
 幻肢っていう第六魔術はイメージがそのまま形になるらしい。
 つまり、脳裏にちらっとでも思ったことを即実行してしまうってわけだ。
 『俺』の幻は、握り拳を固め、それは重量級の右ストレートとなって、まっすぐに標的に向かっていた。

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