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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第五十四話 翁

 アマルダ・ロックウェルが、己のピークを悟ったのは二十代前半、今から十五年以上前になる。これは冒険者の平均から言えば、早いほうだろう。

 現代において一流以上の武芸者が身につける技は、体育学的な常識を遥かに超えている。それは、かつてこの地に降り立った武神・第六天子によってもたらされた『魔術』によるものだ。
 第六魔術とは強者へ至るための道標。ただし、それはすべての武芸者への福音と呼べるものではない。
 第六魔術は武人にとっての試練であり、戦士としての在り方であり、戦場における死生観。一言でいえば『兵法』なのである。

 いかに優れた戦士でも三十をすぎれば身体能力は衰える。それより後のキャリアを技術と経験で補い食いつないで行ける者はベテランと称される。ただし、この世界では、人の肉体の強さの要素は『筋力』だけではない。筋力や体力などは『気』の力で底上げできるのだ。
 衰えた筋力・体力を気の力で補い、老いてもなお血気盛んに冒険者を続ける猛者は少なくない。それが第六天子がこの世界にもたらした変革であり。この地における武人の理だった。

 『気』は万物に存在する。中でも人の体内で作用する精と神のエネルギーを『内気』と呼ぶ。
 血で受け継ぐ『魔力』とは違い、『気』の力は後天的なものであり、訓練によって鍛えることができる。女のアマルダが、力自慢の男たちを膂力でねじ伏せられるのも、彼女がかつて剣聖の下で、気功術のトレーニングを積んできたからである。
 『内気』は人の肉体の能力を数倍に増加させる。己の皮膚や筋肉を鎧にすることもできる。肉体の重量を操作して跳躍すれば、己に身長に倍する壁を軽々と跳び越えることもできる。さらには、才能のある者が戦場で行使すれば、一群をも蹴散らす一騎当千の武器として顕現するだろう。
 アマルダの『内気』は、千人を探して一人を見いだせるか否か、というほどの卓抜した素質だった。それほどの稀有さであれば、天賦の才と言って差し支えない。しかし、その才覚にも関わらず、彼女のピークの訪れは比較的早かった。

 アマルダ・ロックウェルには確かに才気があった。
 しかし、才気があったゆえに二十代半ばで己の限界を知った。
 才ありとはいえ、上には上がいる。
 この世界に天下無双は確実に存在する。そんな『英雄』と対峙できる機会を彼女は得られた。そして、そんな怪物と戦場で対峙した時、自分がそれに伍することなど到底不可能だと、若くして痛感したのである。

 『気』は後天的な才能だ。努力次第でみな身に着けられる。
 だが、『気』の修行は、初歩において一般的な訓練理論はあるものの、ある程度のレベルに達してしまえば、それ以上延ばすことは難しい。『気』というもの自体が個人で性質が大きく異なり、己の特性を伸ばそうとすれば誰も指導することができないくなるのだ。
 レベルが高くなればなるほど己にあった訓練法を探すことが難しくなり、みな伸び悩む。
 『天才』と呼ばれる者は、自己を向上させる道筋を見つけるのが上手い。だから、いかに後天的な能力とはいえ『気』の力もやはり先天性の才能といえるのかもしれない。

 アマルダ・ロックウェルの『気』は、筋力の強化に長じたところがあったが、それ以外の分野、剣に気を纏わせたり、己の気弾として外に打ち出すことはやや苦手であった。
 彼女は理論を学び、剣の形を反復した。肉体を酷使する訓練もやりつくした。百人の修行者のうち一人が到達するであろうレベルには、比較的早くたどり着いた。
 その上でアマルダは己の才能の壁というものを悟った。これ以上は達人の下で修行したからといって、乗り越えられるわけではない。
 そして、彼女の前には才能以上に決定的な壁があった。
 それは『武の極意』にして、最強を目指す者たちの前に立ちはだかる最大の壁だ。

 『気』の強さとは、内在するエネルギーの総量であると同時に、精神力そのもの。すなわち、「己は強い」と思い込めるメンタリティに他ならないのである。
 『気』とは自己暗示の産物でもある。「自分の体は鋼だ」という裂帛の気合があれば、武芸者の肉体は一時的にではあるが鋼同様の強度を持つ。
 一言でいえば、メンタリティ。
 それこそ、第六魔術の儀典(プロトコル)なのだ。武芸者が強くなるために必要なものは、自信と思い切りの良さである。
 だからこそ、戦士は、己の自信を確固たるものにするために訓練を重ねる。

 しかし、大抵の人間は、修行と実戦を重ねるにつれ、自分の限界を思い知っていく。
 経験豊かになるほど、圧倒的強者と戦場で出会ったとき、自分など鎧袖一触に屠られる雑兵に過ぎないということを知ってしまう。中途半端に才能があるからこそ、己の『身の程』を痛感してしまう。
 要するに『恐れ』を憶えてしまうのだ。そんな自己の限界をと向き合っていくうちに、大抵の武芸者は、やがて自分より格下相手にしか実力を発揮できなくなる。
 多少才覚があったとしても、アマルダ・ロックウェルでもその『大抵の人間』の一人だった。だからこそ、彼女は挫折し、早々と引退を決意した。自分が凡人の一人であることを認め、そして満足した。
 大きなケガをする前に引退し、店を構え、以来、アマルダ・ロックウェルは、冒険者のサポートに徹するようになったのである。

 冒険者を引退したことについて、彼女には後悔も未練もない。
 それは正しい身の退き方の一つだ。限界を知らない武辺者とは、別の見方をすれば、ある種の『狂人』なのだ。彼女はそれには及ばなかった。
 優れた女剣士にしてB級冒険者。それが剣士アマルダ・ロックウェルの最高到達点である。
 最強ではなかったが、それは冒険街の顔役の一人としては、最良の経歴だった。
 彼女はその上の領域、『最強の剣士』に到達した人外を知っている。
 彼のようにはなれないと思った。
 知っているから諦められた。


 この日、その男は大切な形見の品を盗まれた事を知った。

 十年間そのことに気付かなかった自らに憤りを憶え、静かに激していた。
 その鬱憤を晴らす。
 決して癇癪持ちではない。ただ静かに激情に任せて剣を振るうのみ。
 そして、その剣はあまりに人を斬殺するためにのみ洗練され合理化されていた。

 男は自身の剣の本質をよく知っていた。
 自分が剣を振るう動機は正義などではない。所詮、エゴなのだ。
 第三者から見れば、たとえ八つ当たりだろうと、そのエゴこそが彼を最強たらしめていた。
 剣は所詮『凶器』。何かを斬るために振るもの。斬りたいと思ったから斬る。理由などそれで充分だ。
 その男は、齢九十を超えても、己が最強であることを疑ってはいなかった。
 平時では好好爺であったとしても、戦が目前に迫れば、傲慢なまでの己の憤怒を剥き出しにして、嬉々として剣を振る。円熟に達したとはいえ、やはりその本性は『人斬り』なのだ。

 そうでなければ、『剣聖』という人外の領域に至ることはできない。

「では、いこうかのぉ……」

 貸し金庫から出した自身の愛刀の一振りを肩に担ぎ、剣聖は子供のように笑った。

 血気にはやったバカどもには気の毒だが、彼らに生贄の羊になってもらう他ないだろう。アマルダ・ロックウェルは、師の稚気に呆れながらも、闘技場に赴く彼を見送っていた。

 鏡のように磨かれた刀身に眼光が映る。

「――武士道ト云フハ、死狂フ事ト見ツケタリ――」

 自己暗示。
 それは武芸者の中でも禁じ手。
 呪文を発動儀典とする唯一の第六魔術。『剣聖』自らが己の限界を超えるべく作り出した、奥の手である。


   *   *   *


 エグゼリカが咄嗟に叫んだ「危ない」の真意を、俺だけが察知した。
 半分はまぐれだ。我ながらよく反応できたな、と思う。
 ……自画自賛してる場合でもないんだけど。

 頑丈な扉は、下手に閂がけされていたせいで蝶番が破壊され、こちら側に倒れてきた。けたたましい破壊音が混凝土製の壁に反響し、轟き渡る。
 エグゼリカは腕をかざし、防御結界を展開しようとしたが、彼女の魔法にリナほどの速射性は無い。俺は即座にエグゼリカに飛びついて覆いかぶさるように倒れ込んだ。
 俺たち二人は辛うじて難を逃れた。だが、扉の正面に立っていたヘルムートをはじめとする傭兵トリオは、不幸にも扉の下敷きになってしまっている。まぁ、うめき声が聞こえるので一応生きてはいる。
 さすが、傭兵。伊達に体鍛えてない。大丈夫だよな。うん。

 さて、扉が破壊されたのは、何かがふっ飛んできたからだ。

「が……は…」

 飛来物が聞き覚えのある声を放つ。正体は突入した馬鹿の一人。冒険者アレック・ボーンだった。
 その姿は満身創痍だ。彼の胸甲は袈裟懸けに割れ、血が流れていた。ご自慢の大剣は宙を舞い、少し離れた地面に突き刺さる。

「く………くそったれが…」

 大の男は、上体を起こすと臍をかむようにそうつぶやいた。
 どうやら強敵と闘い、敗れたらしい。ダメージを確認し、立ち上がろうとするが、激痛で立ち上がることはままならない。
 アレックは傷口を抑えながら闘技場の中にいる『敵』を見据えていた。

 アレックが飛んできた先は闘技場(コロシアム)の中。今立っている場所は観客席の中腹に位置する扉の一つである。中央に壁に囲まれたリングを見下ろす形で客席が囲んでいる。
 なんとなく血なまぐさいレイアウトだ。訓練だけではなく、賭け事やエキシビジョンマッチなどにも使用されるのだろう。
 闘技場のあちこちには男たちが転がっていた。中央で倒れる者、客席に突っ伏して動かぬ者。足の腱を来られ、うめき声を上げて倒れている者もいる。
 そういえば、センサーで中を探ったエグゼリカによると、突入した連中が何者かにバタバタやられてるって話だったか。あちこちで派手に暴れまわった跡がある。

 ふと、ただならぬ気配を感じた。
 闘技場の片隅で、男たちが一匹の『獣』を取り囲んでいたのだ。
 その『獣』の姿に、俺の視線は釘付になった。
 『獣』は、一人の小柄な人間のように見えた。体躯はここにいる俺以外の誰よりも小兵。舞台演劇の黒子のような漆黒の装束に、上腕と脛を光を一切反射しない黒い具足で覆っていた。
 そして、頭巾の下にから除くものは、相貌ではない。
 『翁の能面』だ。
 取り囲む男たちは、金剛流とかいう剣術道場の門弟たち。
 しかし、『翁』を追い詰めているはずの彼らの方が怯えを隠せていない。まるで手に負えぬ猛獣に対するようかのように足が竦んでいるのが見て取れる。

「……い、一斉にかかれぃ!!」
「「「せやああああああああっ!!」」」

 頭目の号令の下、男たちは、一気呵成に包囲網の四方より斬りかかる。しかし、放ったものは破れかぶれの掛け声だけだ。剣に闘気も帯びていない。
 案の定、彼等の刃は空を斬る。
 前後左右より襲いかかる太刀を影を残して躱し、白鞘から抜き放たれる紫電一閃。いや、八閃!
 音すら追いつく暇もない斬撃の嵐が、男たちに降り注ぐ。

「ば……ばかな……」

 そう声を漏らしたのは、あのいかつい顔をした道場主だ。格の違いを悟ったかのごとく、呟いた言葉を最後に、太刀を受けた4人は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「な……何なんです? 今の……?」

 エグゼリカが驚愕する。今の神業を目の当りにすれば、素人はたまげるだろう。
 俺もたまげた。
 最初の太刀で腕の腱を断ち、次の太刀で袈裟懸け、あるいは胴を凪いだ。
 それを四人同時にだ。
 剣術じゃねーよ、あれ。
 多重次元屈折とかそういう類の摩訶不思議現象だ。あと一閃で、九頭◯閃の完成である。

「ひ……」

 剣閃を免れた二人が、悲鳴を上げて後ずさる。
 そして、敵に背を向けて走りだした。肉食獣の間合いに入ったことを今更察した草食動物のように。
 だが、『翁』は逃げる脱兎を、超人的脚力で追い、背後より追い抜き様に斬り捨てる。
 十歩の間合いを一歩で無にする瞬発力。
 あまりに早すぎて、『翁』は返り血を浴びることすらない。

 エグゼリカが息を飲む。

 それはまさに『解き放たれた魔物』だった。
 まるで子鹿を仕留める豹のごとく。一抹の容赦もなかった。
 姿形は人間だが、たしかに、あれは人の域にいないレベルのバケモノだ。
 一体どうやったのか知らないが、そもそもアレックのような大男をふっ飛ばすこと自体人間業じゃない。

 『翁』は座頭市のように逆手で刃を白鞘に納め、その蒼白の面を俺たちに向ける。
 能面という言うのものは、光の当たり具合で人の微細な表情が現れるという。実に不気味だ。切れ長の瞼に開けられた穴の奥からは狂気じみたものしか感じられない。
 『翁』ほんの数秒の間、上目づかいに俺達を観察していたが……次の瞬間。『翁』は再び影を残して跳躍した。

「……くっ…下がっていろお前ら!!」

 アレックは剣を拾って立ち上がっていた。
 『翁』は一足で壁を飛び越え、怒涛のような勢いで客席の傾斜を駆け上がり、アレックに迫る。

「こ、こっちきましたーーー!!」 

 爛々と滾る殺気に、エグゼリカが絶叫する。
 草鞋が一歩を踏み出す度に、マシンガンでも放たれたような衝撃が床から伝わってくる。そして再び消えた。『翁』は白鞘を抜き放ち、頭上から倒れるアレックに刀を突き立てるように飛びかかった。

 アレックはダメージで身動きが取れない。
 駄目だこりゃ。

 正直、アレックとはいえ目の前でスプラッタなんて見たくない。俺はとっさに間に割って入り、腰のグルカナイフを抜き放ち迎え撃った。
 飛びかかる能面男と空中で刃を合わせる。刃と刃が交わり、火花が………………………………………………………………………………………………………散らなかった。

 なにこれ? ありえねー。
 刃を合わせた瞬間、柄から伝わってくるのは、肉厚の鋼の塊にヌルヌルと刀が通って行くという奇妙な感触である。
 そして、俺のグルカナイフは甲高く澄んだ金属音を立てて、切れた。
 折れたんじゃない。切断だ。

 ………おい。
 いやいや、無いだろ。これは……。 

 俺だってナイフに『剣気』を込めた。これでも鉄板くらいなら穴を開けられるんだ。
 この世界では剣士が武器に『意思』を込めることで、強度が増す。それが『剣気』だ。多少訓練は必要だが、誰にでもできるだろう。修行すれば鉄を豆腐のように斬ることだってできる。気を帯びた剣が互いにぶち当たれば、力量が及ばなかった方の剣が折れる。
 そう、『折れる』のが普通だ。
 鋼は折れる。鉄ならひしゃげる。そうだろ? 常識的に考えて。
 それを、まるで、お刺身ブロックに柳刃包丁を通すようにスぅパーーーッと。 
 日本刀マンセーも大概にしろよ。

 時間にして一瞬の出来事だが、俺の意識下で超スローで再生されるのは、絶体絶命の瞬間が目前にあったからだろう。
 巫女頭の時とは違う。火花すら立てず、滑らかにククリを切断した『翁』の太刀は、そのまま俺の首めがけて飛んできた。俺は刹那にのっけぞって頭をひっこめ、横なぎの斬撃を紙一重でやり過ごす。
 その時俺は、かの世界一なドイツ軍人の如く、すれ違う瞬間目撃し、理解した。あえて荒木っぽく解説すえば……

 それは得物の差ではないッ!! 圧倒的なまでの『剣気』の差ッ!!

 ……というやつだ。
 『翁』の剣気はまさに異質だった。

 言うなればウォータージェットだ。
 剣気が刃を立ち上り、怒涛のような勢いで疾走っていたのだ。
 普通、こんなことしてたら剣は砕ける。
 剣を『丈夫にする』のではなく、『斬る』という概念に特化した神業と呼ぶべき第六魔術の産物。人の為せる技としては究極だ。
 異質で、圧倒的な剣気。まさしく「研ぎ澄まされた」抜身のオーラ。芸術過ぎて俺に言わせりゃ、もはや変態の領域だ。

 すれ違い振り返ると、『翁』は着地を待たないうちに早くも前傾姿勢。
 突っ込んでくる気だ。

 俺は手足が短いので「剣士や格闘家相手なら懐に飛び込む」というのが、戦闘におけるとりあえずのマイセオリーなのだが、コイツ相手に接近戦などという選択肢は無いな。
 うん、絶対ない。
 コイツの間合いはヤバイ。
 その圧倒的破壊空間はまさにはぐるまてきすなあらしのしょううちゅうだ。

 俺は、着地と同時に横に跳んだ。
 しかし、『翁』は地表に弧を描いて猛追する。
 再び、空中で相まみえる。

 折れたナイフの柄を投擲し、『翁』が切り払った隙を狙って俺は即座に体を捻り、相手の体幹に渾身の力を込めて突き蹴りを食らわせた。お互いに矮躯。空中でぶつかれば、運動量は二分され、その反作用で距離がとれるはず。
 ………そのはずだよね? 普通。
 俺はそう思っていた。
 なのに手応えがない。相手の重心を捕えたはずなのに、蹴り足に残ったのは、まるで重さのない発泡スチロールを蹴ったような感触。

(…透かされた……だと!?)

 重心移動だ。自らの身体を軽くする軽身功と、重くする重身功の併用。右半身を重く、左半身を軽くすることで、軸の位置を正中線からずらしたのだ。
 落下中、つまり、無重力状態において、物体を押し出そうとするなら、力を重心に加える必要がある。重心を外せば対象は回転するだけだ。

 理屈はわかる。
 わかるが、ありえんだろ、一瞬でその身体操作術。
 もしかしたら、キンタマの皮で空飛べんじゃね?

 予想される次の一手に、俺の背筋(せすじ)が凍った。
 身動きのできない空中で、『翁』は俺の蹴りの勢いを利用し独楽のように高速回転する。その回転を利用して、刃は俺の死角から飛んできた。そして、キックを躱された俺は身体を伸ばしてしまったせいで無防備だ。

 再び世界が超スローモーションになって色が失われた。
 『翁』が不敵に笑う。愉快に笑っているように見える。仮面で素顔は見えないが、コイツ自身が放つ気配で、それが理解る。

 必殺の威力を誇る『翁』の輝彩滑刀は螺旋を描いて加速し、眼前に迫ってきた。

 うわー。こりゃ、死ぬかもしれんわ。

 こんな時だが、うんちくだ。
 人間の脳みそって、死が目前に迫るとそれを回避するため不要な情報を全部シャットダウンするらしい。そして、助かるための方法を記憶野から猛スピードで検索しようとする。それが、臨死体験の定番、『走馬灯』なんだとさ。
 うん、まさしく……それだよ。

 この時、『翁』の太刀筋と重なって見えた者は、90年ほど前に出会った一人の天才剣士だ。
 圧倒的強者に相対してなお、怯むことなかった生粋の冒険者。
 あの剣の申し子の面影だった。

 ……ああ、あの川の向こう側で手招きしてるローマ風の見知らぬ男は、きっとクレオパトラをコマしたあの男だな。
 
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