挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

68/78

第五十三話 激突

 
 実に光栄なことだ。俺は、今、『癒し姫』エグゼリカの治療を受けている。
 俺は、バカが空中に蹴りあげた哀れな男一人をダイビングキャッチした。そのせいでケガをしたのである。まぁ、キャッチというより自分の身体を無理やりクッションにしたのだが。

「大丈夫か? 本当に、大丈夫か?」

 その『哀れな男』というのがここの心配そうに声をかけ続けるショッ◯ーの戦闘員さ。彼もいろいろ気苦労が絶えないのだろうな。担架で運ばれながらサムズアップで応えてやると、安堵した顔でワッパを掛けられて連行されていった。

 さて、俺の容体だが、エグゼリカが言うにはどうやら肋骨をひびが入っているらしい。
 無理もなかろう。俺はまだ8歳である。

「あなたどういう鍛え方をしてるんですか?」
「『どういう』と言われましても……」

 俺は当たり前な鍛え方しかしてないぞ。
 毎日ランニングとストレッチ、その他基礎体力づくりを続けているだけである。甲子園常連高校の野球部のごとき、スポ根トレーニングは生涯やる気はない。

「大人一人を空中で受け止めて、そのまま地面に墜落なんて、普通は臓器の一つや二つ破裂しても可怪しくないんですけどね?」
「破裂してて欲しかったんですか?」

 そんな俺の不平不満の呟きをかき消すように、『ばちーん』と派手な音が木霊する。背中びんたでもみじマークをつけるのが彼女的には治療完了の証らしい。
 痛ぇよ。スイーツ。

 だが、さすがは癒し姫様。治療は一瞬だった。
 これはかなり異常な現象だ。
 魔法・魔術が幅を効かすこの世界でも、重傷者の治療には高度な知識とスキルが必要となる。複雑骨折した手足などを治癒魔術で強引に回復させても、障害が残るのである。
 冒険者試験でのロゼッタが人命を救えたのだって、ヘルムートたちとの連携があったからだ。治癒魔術ができたからって何でも治せるわけではない。
 しかし、エグゼリカの『魔法』は、まるでゲーム世界のそれだ。HPが回復していくかの傷が如く治っていく。
 蛍雪の功を重ね、技術を身に着けた医学博士たちも笑うしかないレベルであろう。

 治療が終わると背中周りを入念にストレッチ。
 俺は、上着を着て、大ぶりなグルカナイフを腰にぶら下げる。
 そして、医官たちの目を盗んで天幕を飛び出し、リナの後を追うように冒険者ギルドの正面入口に向かって走りだした。

 なぜリナを追うのかって? 
 まぁ、あのアホはどうでもいいんだ。
 問題は、あのアホが俺の知り合いと衝突すると、間違いなく怪我をさせるということだ。あいつ、たぶん兵隊を攻撃ボタン連打で倒していけるモブとしてしか思ってないからな。

 軍警は我も我もと突入しようとする血の気の多い民間人を制止するので精一杯だったらしく、最初から立入禁止区域の内側にいた俺達は止められはしなかった。

 …………そう、俺()ね。

「なんで付いていらっしゃるのですか? エグゼリカさん」
「お芝居だからあの人達はテロリストじゃないんでしょう?」

 バリケードを飛び越える俺に、軽々と追従するエグゼリカ。
 意外と足が早い。トムソンガゼルみたいにぴょんぴょん飛びながら走ってる所を見ると魔力放出で推進しているようだ。しかも障害物があれば、魔力で空中に足場を作ってそこも蹴ってる。二段ジャンプだ。器用な奴である。

「他の負傷者は?」
「さっき治してきました」

 どうやらエグゼリカはベホマズンの類の大技を使ったらしい。癒し姫が本気だしたら、ざっとこんなものである。
 でも、ちょっと自重してほしい。
 政庁や魔術師ギルドとしても、彼女に何かあったら困るだろう。詰め腹を切らされる人間が、一人二人いてもおかしくない。

「まぁ、いつもはこんなことはしませんよ。第七天子様もおっしゃってるじゃないですか。『医師にちゃんと経験を積ませないといざとなった時に使い物にならない』って!」

 『俺』はそんな上から目線でモノを言った憶えはないんだが?

「それに、怪我人がいるとしたらむしろ建物の中ですからね」

 あ、それもそうだね。
 たったいま、危険物が中に入ったからね。
 あれを止めるのは大変だ。俺の説得では無理かもしれないが、友達のエグゼリカの説得なら聞くかもしれない。
 良い判断だよ。スイーツ。

 盛大に破壊された正面入口に侵入する。
 建物に入るとエグゼリカはただちに探知魔術で周囲を探った。彼女の魔力によって魔素の粒子が発光し、一瞬だけ空間の隅々までを覆う。
 全力疾走しながら、これだけの探知結界を展開できるなんて結構呆れたキャパシティである。しかもレスポンスを拾うのが速い速い。

「反応ありです! 地下3階の『闘技場』に人の気配が集まっています」

 冒険者ギルドの地上に見えている部分は、正に氷山の一角だ。その中枢は地下にある。
 冒険者ギルド本部の地下は、広大な『人工ダンジョン』となっており、より深く降りれば降りるほど、魔素濃度が高くなる仕組みだ。魔素が濃ければそれだけ強大な魔物を飼うことができる。冒険者ギルドでは地下のダンジョンで様々な魔物を飼育・繁殖させ、魔物の生態研究や戦闘訓練に利用している。
 闘技場とは、その魔物と戦わせるコロシアムみたいな場所である。俺が弓術部門の試験で鎌土蜘蛛と死闘を繰り広げたとき、剣術部門でを受験したバルッカ・キースリングは、そこで骸骨兵相手に実戦形式のテストを受けていたらしい。

「じゃあ、人質はそこ?」
「そうでしょうね。どうやら乱闘になっているようですが……」

 リナがあの大魔力で暴れまわったら、ヘルムートたちは絶対大怪我をするだろう。
 あいつはキレると相手が幼児だろうが、畜生だろうが見境ないからな。ショッ◯ーの皆さんはマジでご自愛しててほしい。
 俺はエグゼリカのナビに従い、脚力に物を言わせて、観客席からのショートカットを敢行することにした。

「何者だ! 止まれ!!」

 三角跳びで踊り場のカーブを曲がる俺達の進行方向に、軍警備隊の兵士が現れた。
 数は三人、うち一人は他より頭ひとつ図体が大きい。彼等はショートソードを構え、警戒態勢をとった。こいつらに引き止められたら面倒だな。しかたない、邪魔をするようなら気絶させるか。恨みはないが大事の前の小事である。
 俺は疾走しながら、拳を構えた。
 しかし、図体の大きい兵士は、敢えて非武装のママ両手を前に出して俺たちを静止しようとしていた。

「待て、お前たち! 止まれ! 止まるんだ! 小僧!!」

 その声の正体にきづいて俺は構えを解いた。兵士たちも剣を下ろす。
 大男が兜を取ると、そこにあったのは知り合いの顔である。武骨な輪郭。短く刈り込んだ髪に太い眉毛、目は細いがそれ以外の顔のパーツが全部でかい。
 まぁ、あんましおっさんの人相を描写してもしかたないので、名前を言おう。

「ヘルムートさん!」

 俺は、エグゼリカの手を引いて急ブレーキをかける。
 彼女も何か『必殺技』の予備動作に入っていたらしく、急には止まれなかったのだ。横方向の運動量が急転換して縦方向へかかり、上空へジャンプしてしまう。

「きゃあ!!!……って……あ、どうも兵士さん」

 空中で身を翻し、隣の兵士の腕の中にお姫様だっこで納まってしまうエクゼリカ。
 わざとやってるのか、このスイーツは。

 両隣の兵士も兜を脱いだ。
 ふたりとも試験の時に会った覚えがある。彼等は同盟の兵士ではなく『傭兵』だ。この事件の首謀者に雇われた戦闘員である。やはり、軍の制服に着替えているところをみると、どさくさ紛れに逃げる算段だったらしい。
 だが、それならなぜこんなところでぐずぐずしているのか。

「何やってるんです?」
「見てわからんか? 歩哨だ」
「突入した人たちがいたのでは?」
「ああ、あいつらなら……」

 視線で自分たちが守る扉を指すヘルムート。それは映画館やコンサートホールのような観音開きの重厚な防音ドアだった。この中に入ったらしい。
 だが、俺が把手に手を掛け、扉を引こうとすると、ヘルムートがそのでかい手で抑える。

「悪いが、今、お前たちを中に入れる訳にはいかない」
「なんでです?」
「上から命令されててな」
「僕らより前にここに来た連中は通したんですか?」
「ああ、同じように説得したが、行き違いがあってな。仕方なくみんな中へ通した」

 なんだそりゃ?

「『通すな』って命令されたんじゃなかったんですか?」
「上からの命令は『なるべく通すな』だ。手に負えない連中は仕方ないが、できる分は止めないと俺達がここにいる意味がなくなるだろ?」
「なるべく通すなって……?」

 俺が再び開けようとする扉を、力づくで抑えるヘルムート。

「人の話を聞け、小僧。人質を助けたければ裏へ回れ、資材搬入路から入って連れだしたほうが安全だ」
「人質の心配なんて最初からしてませんよ! ヘルムートさんたちがいるのに人質に危害加えるわけないじゃないですかか!」
「む……そ、そうか?」

 いやいや、照れてる場合じゃなくて理由を教えてくれよ。

「僕は暴走した冒険者と傭兵の皆さんが全面衝突しちゃう事のほうが心配なんです」
「それも心配ない。頃合いを見て俺達もずらかるし、無理なら大人しくお縄につくさ。逮捕されても放免される。最初から軍と話はついてるんでな」

 これは予想通りだ。「人質を守れ」と命令されていないところをみると、やはりフライアの目的は最初から時間稼ぎ。そんなことは今更どうでもいい。
 問題は、『奴』が暴れる気まんまんで建物の中に突入してるということだ。下手すりゃ死人が出る。ジュリア・フライアは果たしてそれを想定しているのか、いないのか?
 いやムリだろうな。
 あんなの予想できるわけがない。常に最悪の事態を想定していても、きっとその斜め上をいくんだろう。

「じゃあ、なんでここを通るのを邪魔するんですか?」
「この先は闘技場だ。ダンジョンで捕まえたり、ギルドの地下施設で人工的に作ったり、繁殖させた魔物を解き放って、戦士が実戦経験を積むための場所だ」
「んなことは知ってます」
「今、中には一匹のバケモノが放たれている。中に入った連中はそいつと戦っているのさ」

 そりゃ、助けなきゃアカンのじゃないだろうか? もちろん、キチ〇イ以外だが。
 とりあえず、中を確認しようと俺は再び扉に手をかけた。だが……。

「まぁ、まて! 今、桟敷席や観客席のシールドは降りていない。そしてこのフィールドには『結界』が張られている」
「結界??」
「そいつは結界の中に入った者を見境なく襲うようになってるそうだ。この扉から入った瞬間、襲われるかもしれんぞ?」

 なんだろう結界で魔物を操るといえば、巫蠱術の類か?
 『第二』に属する魔術は、俺も詳しくはないのだが……。

「一度中に入った人間はそいつに斬られるしかない。逃げようとすれば追ってくる。俺達が扉を抑えてるのはな。そのバケモノを外に出さないためだ!」
「なんですかそれ?」
「上は『切り札』だといっていたが、詳しくは知らん。魔術のことはよくわからんので、俺は意見具申もできんのだ」
「ヘルムートさん。『あの女』を信用するんですか?」
「仕方ないだろう? 信用も何もそういう契約だ。兵士は『上』が白だと決めたら、カラスだって白いと思わなきゃいけない。上の判断が危険だとわかっても、一旦命令が下ってしまったら逆らうことは許されんのだ!」

 シビリアンコントロール下の自衛隊みたいだな。精鋭の証かもしれないが、ご苦労なことである。

「人を食い殺す類の獣ではないらしい。そういわれなければ俺も賛同していない」

 フライアが用意したということは、鎌土蜘蛛みたいに獲物を生きたまま捕らえるタイプの魔獣なのだろうか? 

「ちなみに『上』って誰です? 市長ですか? アマルダさんですか? それとも巫女姫ですか?」

 図星を表情に出すヘルムートだが、否定はしなかった。

「そこまでわかってるのなら訊かんでくれ」

 そしてヘルムートは、バールのようなもので扉に閂をかけ、扉を背に腕組みして蓋をしてしまう。彼はどうあっても俺は通さぬ気構えのようだ。まるでゲームスイッチが入らないと、レベル99の勇者が押そうが引こうが最強魔法を唱えようが動かないRPGのイベントキャラみたいな断固たる態度である。

「あのすみません。ヘルムート……さん?」

 ここで、エグゼリカが会話に割って入った。

「………ん? ああ。あんたが噂の『癒し姫』様か、いろいろと面倒をかけている立場で申し訳ないが……」
「いえ、そんなことはどうでもいいんです。金髪の女の子はここを通りましたか?」
「金髪の? ……ああ、旅籠でお前と一緒にいたあの元気のいいウェイトレスか」

 ヘルムートは数秒間考えこんだ。

「………すまんが、俺は確認していない」
「……やっぱり」

 エグゼリカが一人得心しているが、なにが、やっぱりなのだろう?

「中からはリナちゃんの気配は感じません」
「え?」

 ナニィィィィィ!!!
 ここだと言い出したのはお前なんだが? スイーツ。
 奴の首根っこを押さえなければ意味がない。他のメンバーならあの性悪エルフどうにかするだろう。
 だが奴だけは、止めねばならんのだ。
 もちろん、『エグゼリカ』がっ!

「ごめんなさい。さっきは人数が多くてわからりませんでした。でも今は……」

 向こう側を透視しているかのように、扉に目が釘付けになりながらエグゼリカは告げた。

「中の気配の数がどんどん減ってます」

 と、いうことは………

「中に入った連中がどんどんやられてるってことですか? その一匹の獣とやらに」
「ええ、…‥…あ、危ない!」
「え?」

 その時、エグゼリカが咄嗟に叫んだ「危ない」に反応できたのは俺だけだった。


    *   *   *


 非常用の魔石照明が薄暗く足元のみを照らしていた。
 地下から一気に最上階に向かうエレベータの中にいるのは3名の男女である。

「あの。よかったんですか? これで……」

 巫女姫ステラ・ブランシェは、己の手を引く金髪のエルフに向かって不安そうに問う。自分自身が言い出したことが発端だと思っている彼女は、責任を感じざるを得なかった。

「いいんですのよ。この作戦を考えたのは私たちなのですから」
「でも……」
「間違っても死者は出しませんわ。依頼した以上、冒険者をもっと信用なさってくださいませ」
「………はい」
「それよりも巫女姫様は早く聖殿にお戻り下さい。後のことはすべて我々が始末をつけます」

 追従する市長ジェファーソンが、幹部権限でしか使用できないエレベータを操作しながら、ステラに微笑む。
 最上階で降りて扉を開けると、そこには巨大な魔獣が控えていた。今、出番の到来を察し、己の翼膜を広げ、嘶きの声を放つ。

「慌ただしいお越しですな」

 轡をはむ飛竜の頭の横に、飛竜乗りの軍装をした一人の女性が立っていた。

「言いっこなしですわ。
 あなたにはこのような不測の事態に備えて、待機してもらったのですのよ?」
「そうだったな」

 堅苦しい挨拶を嫌うジュリア・フライアに対しては、カーミラは友人としての態度をとった。だが、同盟有事における最高指揮官が背後から現れると、敬礼を以ってそれに応じた。

「カーミラ・グローベル中尉。手筈通りお願いする。巫女姫様を聖殿までお連れするように」
「はっ! 了解しました」
「巫女姫様。これより後は、信頼できる者を連絡係として聖殿に遣わします。できるだけ密に。何か啓示がありましらその者にお申し付けください」
「はい……。ありがとうございます。市長閣下」

 ぺこりとお辞儀するステラ。
 たしかに、聖剣が奪われたなどという大問題はステラ一人が背負うべきことではない。
 だが、その捜索にあたり、もっとも働くべきは自分である。ただちに岩戸に入り、ボルス・アトリフの足跡と聖剣の行方を追わねばならない。
 硬い意志を胸に、ステラは小さな手を握りしめる。

 カーミラは軍隊仕込みの機敏な動作でハンドルを巻き上げ、門を開けた。地上13階ともなると、都市の外壁より背が高く、吹きさらしの風でフライアの長い金髪がたなびく。

「さぁ、参りましょう……」

 だが、彼女が手綱を引いて屋外に飛竜を出そうとした時である。その涼気は、一瞬にして熱風へと変貌した。

「きゃあ!」
「なんだ!?」

 爆風と共に巻き上がり、灼熱の礫が舞い落ちる。
 冒険者ギルド屋上の床は熱で無残にも溶解している。ステラとジェファーソン、カーミラには何が起こったのかわからなかった。
 だが、一人、ジュリア・フライアだけは、爆炎の中で仁王立ちになる一人の少女を見据えていた。

「…………随分、コケにしてくれたじゃない?」

 狂気に近い、覇気を込めた眼差し。凶獣の殺気に近い敵意。
 軍人であるカーミラがその身に畏怖を覚えるほどの魔力の奔流。炎は彼女が一歩を踏み出すに、恐れ多き主を迎えるがごとく道を開ける。

「リナ……さん」

 皆が言葉を失ってその姿を凝視する。しかし、ジュリア・フライアだけは飄々と対峙していた。

「まぁ、あなたでしたの?」
「ふん!」

 威嚇として打ち鳴らす拳の音に反応して、美貌のエルフは不敵にもその艶やかな唇の端をつり上げた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ