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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第五十一話 猿芝居

「犯人たちに告ぐ! お前たちは完全に包囲されている! 武器を捨て、人質を解放し、すみやかに投降しろ!」

 すでに日が朱く差し掛かった冒険者の街に、魔道拡声器の不協和音が鳴り響いた。自由都市ゼフィランサスの常備兵力は5千。予備兵力を合わせて1万といわれているが、いまここには千人規模の兵士が動員されている。これが如何に前代未聞の一大事か想像できるだろう。
 装甲車が突撃し大穴が穿たれた正面入り口は、冒険者ギルドを占拠したテロリストたちによってバリケードが築かれている。
 ほんの一瞬だけ、バリケードの奥から顔を出した戦闘員たちは、軍警ポリスの通牒に物理で返答した。

「イーーッ!!」
「イーッ!!」
「イーーーッ!!」

 訓練された動きで火炎瓶を投擲する。規格的に、等間隔に、そして正確に……。
 軍の包囲網と彼らが占拠する建物の間に炎の壁が広がり、兵士たちの構える大盾には火の粉が降り注いだ。
 火炎瓶の火というものは消化が難しい。引火した液体燃料に水をそそげば、弾けて飛び散る。消火剤でも噴射しないかぎり、延焼を引き起こしかねないのだ。効果は覿面だったようで、炎は黒い煙を上げて燃え盛り、包囲網は投擲が及ばない距離まで後退せざるを得なかった。
 しかし、その目的は明らかに威嚇であった。やはり犯人グループに兵士たちを殺傷するつもりはないらしい。

 時は無為に経過する。そして時が経過するほど軍の包囲網のはぶ厚くなり、外側に更に人々が人垣を作る。野次馬はもちろん、新聞記者(ブン屋)、はたまた……

「我らは、金剛流トライス道場である!! 冒険者ギルドの武装占拠など都市の一大事!! かような事態に遅参しては末代までの笑い者! 粉骨砕身の覚悟で駆けつけて参った!!!」

 ……という、義侠心にあふれる一団も駆けつけて参った。
 金剛流というと、いつぞやのヘタレ侍たちなのだが、あのときの彼らはあくまで三役にもなれない下っ端。平隊士だ。
 侍たちを率いる初老の男性はその白髪交じりの総髪オールバック。黒い陣羽織をたすきがけにして、大小を腰に差し、眉毛の濃くて目力強い頼もしい面構えだ。
 他にもドワーフやエルフ、虎人族やリザードマンなど各種族の自警団。武闘派を自負する冒険者クランのみなさん。冒険者になる力もないのでとりあえず郊外に屯ってる不良グループ『テロリストしばき隊』なども続々と参戦を表明した。
 いろいろとカオスだな。
 現場指揮を任された太っちょの少佐殿は、そういった活躍できなきゃ実力行使で遺憾の意を示しかねない勇者な皆様を適当な位置に割り振り、手堅い包囲網を形成していった。そのせいで警備隊そのものが次第に身動きがとれなくなっているのだが、少佐殿はめげずに声を張り上げ、各部署の担当者を叱咤し、次々に指示を飛ばす。

「特別対応班はまだなのか? 一体、何をやっているかあの馬鹿ども!! 
 ああ!? なんだと!? 政庁から伝令!?
 本部の指示があるまで絶対に動くなだと!? ふざけるな!
 事件は会議室で起こってるんじゃない! 現場で起こってるんだ!!
 ええい! どいつもこいつも!!」

 すごいなー。怒るという行為には莫大なエネルギーが必要だ。素直に尊敬に値する。
 がんばれッ!! 少佐殿! 諦めたらそこで試合終了だ! 
 第七天子はきっと温かい目であなたを見守っているぞ。
 ……そういえば、あの少佐殿ってブッダになる前の安◯先生によく似てるな。デビル少佐と命名しよう。

 ギルド本部を占拠した悪漢共は包囲網が一定のラインを超えれば、火炎瓶による牽制をうける。テロリストたちはそれ以外は、沈黙を守ったままだ。

「下がれ! 下がれ! 道を開けろ!!」

 呼子笛の音が鳴り響き、包囲網の一角、現場の指揮をとる本部近くに一台の馬車が乗り付ける。
 物々しい警備の中、馬車から一人の少女が降り立つ。

「お待たせいたしました~」
「お待ちしておりました! セレスティ導師!」

 下士官が一個分隊を引き連れ、最敬礼で出迎えた。
 露出を抑えた通気性の良い生地のブラウスの上に白衣を纏い、前後左右に帯剣した男たちを侍らせ、彼女は登場した。
 『癒し姫』エグゼリカ・セレスティ。
 おそらく、医療チームとして出動を要請されたのだろう。
 いかつい男たちに護衛されながら、軍警のみなさんが群衆を力づくでかき分けて作った道を堂々と進む姿は、いかにも貴族然としている。凛とした眼差しで芸能人オーラ出しまくりだ。
 群衆の反応も悪くない。彼女はゼフィランサス市民にとって大切な『癒し姫』なのだ。隣のおばあちゃんなんてまるで観音菩薩でも見るような目で熱心に拝んでいる。
 エグゼリカの四方を固める男たちは、鋭い眼光で群衆ににらみをきかせながら姫君の進路を確保し、インペ◯アルクロスの陣形で本部の天幕へと向かう。

「おーい! エリカー!!!!」

 リナはお仕事に向かう彼女に、群衆の中から猛アピールしてレスポンスを求めた。
 おい。アイドルじゃねーんだぞ。仕事の邪魔すんなよスイーツ。TPOわきまえろ。
 エグゼリカはプライベートはスイーツでも、公の場ではちゃんと振る舞える娘なんだよ。

「あ、リナちゃーん!」

 前言撤回。やっぱりこいつもスイーツだった。
 立ちどまり、リナを見つけて無邪気に手を振る菩薩様にギャラリーのたちからはドッと大歓声。縁起のいいものが見れたとばかりにみなさん大興奮である。両手を広げて群衆を必死に押し戻そうとする軍警のみなさんまで、まんざらでもなさそうなのは何故だよ?
 ……というかこの状況でそういう盛り上がりって許されんのかよ。この街は。

 そんな狂騒の広場に、張りのある若い男の声が鳴り響いた。

「皆の者! 静粛に! 静粛に!!」

 見上げると、ギルド本館五階より張り出したテラスに覆面戦闘員が立っていた。
 その脇をやはり同じ格好をした男が二人、休めの姿勢で待機している。
 なんだろう。ヒーローショーでも始まるのかな?
 一段高いところに立った戦闘員は高らかに声明文を読み上げた。

「我々は悪の秘密結社『地獄の軍団』である!!」
「「「イーーーーッ!!」」」

 いきなり突っ込みどころ満載である。
 本来なら、こんなド派手なテロをやらかしてる時点で、秘密結社もクソも無い。仮にも秘密結社を名乗るならフリー○ーソンのように都市伝説と化すぐらい秘匿性が求められるはず。まぁ、これは笑うところだろう。
 戦闘員は、同僚が掲げるカンペをチラ見しながら、身振り手振りを交えて朗々と演説を始めた。

「私は、冒険者諸君に、このような状況で話すのは空しい!!
 しかしながら私は、冒険者というものを、この冒険者ギルドを頼もしく思ったからだ。こういうことを考えたんだ。しかし今、自由都市同盟は、経済的繁栄にうつつを抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ!! 今、自由同盟で、ただ一つ、自由同盟の魂を持っているのは、諸君たち冒険者であるべきだ!!!
 東部三国に比べ、自由同盟の国力は30分の1以下である!!! にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か!?」

 その後、彼は政治の腐敗だとか、官民の癒着だとかをテーマに、新聞の社説や論説でよく使われる「だがちょっとまって欲しい」的な論法を展開する。
 要するに自分たちは自由同盟のために決起したと言いたいらしい。
 なんと、悪の秘密結社は腐敗した冒険者ギルドに天誅を下すべく、決死の覚悟で世直しを決行した義士の結社だったのである。

「この都市は! いや、この国家は!! 冒険者たちの国であるべきだ!!!」

 やはり、演台に立つ覆面男の声も聞き憶えがある。
 共に戦った仲だ。
 しかし、聴衆からは罵声が飛ぶ。

「引っ込めー!」
「ふざけんなー、このテロリストが!!」
「俺らの『癒し姫』より目立とうとすんじゃねー!!!」

 非難轟々であった。
 ……なぁ、ピーターさんよ。
 あんたならそんなブラックな組織に就職しなくても、もっと輝ける場所があると思うんだ。俺。

「今こそ!! 立てよ国民!! 我々の願いが届かない場合は………」
「「「イーーーッ!!」」」

 戦闘員たちはみな腹に炸裂筒を巻きつけていた。

「我々の願いが届かない場合は、我々はこの爆弾でこの冒険者ギルド本部もろとも爆死する所存である!!我々の憤死を以って、国民の目を覚まさせるのだ!!!!」
「イーーーッ!!」

 『炸裂筒』とは要するに爆弾のことだ。
 戦闘員の一人が炸裂筒を人のいないところに放り投げると、それは派手な音を立てて爆散した。聴衆がみな身をすくめ、硝煙の匂いが立ち込める。

「これだけの火薬を使えば、お前たちを皆殺しにすることもたやすい!」

 たしかに、本物のようだ。硝石の割合も申し分なし。人が密集している場所の放り込めば皆殺しは無理でも大勢を殺傷できるだろう。人々はパニックを起こして後ずさる。

 一応、この世界には火薬があるし、銃や爆弾も武器として存在している。硫黄と硝石と木炭を混ぜて作る黒色火薬だ。
 しかし、あまり普及してもいないし、技術的に進んでもいない。
 黒色火薬の製法は前世の『俺』がこの世界に伝えたのだが、政治的に普及されることはできなかった。お祭りのときに景気付けに消費される魔法材として、魔術師ギルドなどに厳重に保管されているはずである。
 ギルド本部を爆破できるような量はさすがにないだろう。

「もはや、我が軍団に躊躇いの吐息を漏らす者はおらん!
 今、真の若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は改めて自由同盟政庁に対し、宣戦を布告するものである。仮初の平和への囁きに惑わされる事なく、繰り返し心に聞こえてくる祖国の名誉の為に!」
「イーーーッ!!」「イーーーッ!!」

 つか、あのカンペを書いたのは誰だよ。
 この試作一号機(ゼフィランサス)でそれをやるかっ! 心洗われちまったじゃねーかよ。

「だが、我々は義によって立ったものである!! 女子供を道連れにするのは忍びない! よって我々は!! 人質の中から女性、子供、お年寄り、および、身体の不自由な方々を順次解放する!!」

 ほー。偉いじゃないか。
 それともそういう作戦なのか? 性悪エルフよ。

「しかし、我々を甘く見ないことだ!! 
 我々『地獄の軍団』は恐怖の組織である!
 我々のせいで精神をやんでしまった人質もついでに解放する! 以上!」

 最後のは何かとってつけたような理由だが……
 精神を病んでしまった人質?
 ………………まぁ、アブない奴は何するかわからんからな。
 綿密な計画がそれで狂ったりしたことは、俺にも経験があった。


   *   *   *


「なんだこれは?」
「金庫室にあった骨董美術さ。このギルドが所蔵してた品物はある程度使っていいと依頼主様が仰せだ。落とすなよ? 気をつけて運べ」
「「イーッ!!」」
「こんなもの、何に使うんだ? ヘルムート」
「時間稼ぎのための脅しの一つだ。要求を呑まなければこういう重要文化財も爆破する、とな」
「俺にはよくわからんが、値打ちものなのか?」
「俺にもよくわからん。だが、これなんて第七天子様が自らお作りになったという国宝級の茶器だとさ。金銀で装飾されているわけではないが、コレクターの間では値段が付けられん程の逸品なのだそうだ」
「ほほう。国宝ね」
「この形がいいらしい」
「そういわれると、カッコイイような気もしてくるな」
「たしか銘を『平蜘蛛茶釜』とな」
「…平蜘蛛?」
「………ッ!!」
「……平‥…蜘…‥蛛‥…ふ、ふふふ…」
「…………………………まずい」
「……おい、ザリッツ。一体どうした?」
「平蜘蛛‥…ふふふふ…蜘蛛……ふふふ、あははははははははははッ」
(ヘルムート! ちょっとこっちこい)
「なんだ、どうしたんだ? ピーター」
「蜘蛛なんて……蜘蛛なんて………駆逐してやる、みんな……みんな……殲滅だ。はははは!」
(……一体、どうしたんだザリッツの奴は? 様子がおかしいぞ?)
(あー、実はな……ザリッツ隊長はあの日以来、蜘蛛アレルギーになってしまってな)
(蜘蛛アレルギーだと?)
(あれ以来、蜘蛛を目にする度に矢をぶっ放そうとするんだ。ほぼ反射的に)
(………おい! 聞いてないぞ!!)
(すまん。だが隊長にも名誉があるんだよ。しばらくしたら落ち着くから! ……たぶん)
(名誉とかいう問題かっ!!)「………おい、ザリッツ? 大丈夫か?」
「へ、ヘルムート、これ…爆破するんだろ? なぁ、するんだろ? くくく……ふふふふ…俺に、やらせてくれないか? ハァ……ハァ……」
(ハァ…ハァ…って…)「いや、爆破はしないから。それ、国宝だから……落ち着け! な?」
「でで、でも、するんだろ? く、蜘蛛だぞ? するよな? 平蜘蛛だもんなぁ、あは…くく、ふふふふふ…」
(ダメだ目が完全にイッてる!!)
(おい。これ、どうすればいんだ? ピーター)
(……しかたない。縛り上げて人質の一人として早々に放り出そう。たまたまギルドに来ていた冒険者の一人として…)
(え? いいのか? 隊長だろ? お前ところの)
(しかたないだろ!? ああなったら本気で自爆しかねんぞ? 俺は巻き込まれるのはゴメンだ。隊長の代役は俺がやるから……)

 後日聞いた話だが、急遽『人質』が一人追加されたのには、上記のような戦闘員たちの裏事情があったという。

   *   *   *


 さて、火炎瓶が投げつけられたり、炸裂筒が爆発したり正門前は大変なことになっているが、エグゼリカの反応を見て脈ありと勝手に錯覚したリナ・スタンレーは、混乱に乗じて医療班が待機する天幕の前までやってきた。
 当然SPに止められるわけだが、気配を察したエグゼリカが天幕の中から出てきて、さらに現場を混乱させる。

「あ、いいんですよ。兵士さん。その子たち、私の友達ですから」

 よくねぇよ。ちゃんと仕事しろ。導師。
 つーか、『たち』を付けんでくれ。まるで俺までこいつの同類みたいじゃないか。

 しかし、特別医療班の指揮官殿は寛大だった。まだ怪我人がでていないこともあって短時間だけ面会が許されたのだ。
 こやつめ、ハハハ。
 言ってみるもんだな。姫君のお言葉は『すべてに』とは行かずとも、ある程度は優先されるらしい。
 そもそも、命にかかわるような重傷者が出た場合に備えてエグゼリカはここにいる。軽傷者は別の班が対応するので、それまではリラックスしてもらわなきゃ困るんだとさ。
 これも彼女の腕が信頼されてのことなのだろう。
 俺たちは天幕の中に招き入れられた。
 天幕の中には医療器具がない。カルテを書く机と診察用の椅子とベッドがあるだけだ。
 エグゼリカの診療には、麻酔も消毒薬も必要ない。チートというか実にファンタジーなお医者様である。本当は白衣やトラウベも必要ないけど、これはオサレでぶら下げてるそうだ。
 俺ならちょっと不安になるな。まるでお医者さんごっこである。

「で、リナちゃんはどうしてここに?」
「友達が捕まってるのよ。なんとかして助けてあげたいんだけど、どうしたら良いと思う?」

 よく言う。人質の存在なんて忘れてたくせに。
 とりあえず口を挟んでおこう。また暴走されるのはまずい。

「何もしない方がいいと思います。リナさんは素人ですから」
「うるさいわね! あんたは黙ってなさいよ」
「悪事の片棒をエクゼリカさんにも担がせる気ですか?」
「なんで悪事になるのよ!?」
軍警(ポリス)のお仕事を邪魔するっていうのは法律上は『悪事』なんですよ。公務執行妨害っていう、立派な犯罪です」

 さらに彼女の自制を促すために、皮肉も言ってみる。

「………『無能な働き者』って言葉、知ってます?」
「ここの指揮官のことでしょう?」

 誰がどう見てもお前のことだよ!

「あんな脅しにビビッて手を拱いているなんて、無能もいいところだわ。安易にテロに屈することは、他国にテロを輸出するも同然なのよ!」

 それもお前の実家にこそ言ってやりたいよ。「人んちにテロを輸出すんな」ってさ。
 思わずため息が交じる。
 こいつを説得するのは骨であるが、なんで手を出してはいけないか、一応説明してやることにした。

「何もしなければ人質は全員無事に返ってきますよ。下手に手出しすれば彼らの身は余計危険になります」
「なんでよ?」
「あの連中には自爆する気も無いし、政治的主張が動機でギルド本部を占拠したわけでもないからです。……だから厳密にはテロリストとは言えないんですが……」
「は? あれがテロじゃなければ何なのよ!?」

 テロというのは恐怖や暴力で政治や民心をコントロールしようとする行為を指す。
 あいつらには政治を動かしてやろうという魂胆はないので、形而上学的にはこれは当てはまらない。まぁ、この際、そういう学術的な話はどうでもいい。

「ただ時間稼ぎに決まってるでしょう? あいつらはアマルダの旅籠の客を蹴散らすほどの力がありながら、誰も殺していない。完全な狂言だということですよ。あの女の考えそうなことだ……」
「あの女?」
「あ、ちょっと待った」
「え?」

 エグゼリカが制止の声を上げた瞬間、音が消えた。
 天幕の外の騒音はおろか、自分の鼓動の音や服の擦れる音、呼吸音や自分の口の中で呟く声すら聞こえない。
 完全な静寂だ。

(遮音結界か……)

 貴族が政治的な密談をするとき発動する魔術である。
 だが、無詠唱でやるか普通。

「はい。いいですよ。喋っても」
「あ、はい」

 会話はできるようになったが、外の雑踏音は完全に聞こえない。まるで放送室に入ったみたいだ。
 エグゼリカの心遣いなのだろうか?
 彼女は微笑みながらも真剣なまなざしである。
 『あの女』については『癒し姫』も知ってるということか。
 外の連中にそれが聞かれちゃまずいということも察しがついてる、と。

「『あの女』って誰よ」
「…………エグゼリカさんは、ジュリア・フライアっていう冒険者に面識は?」
「ええ、仕事柄、上級冒険者のみなさんとはよく顔を合わせます。とっても素敵な女性ですよねぇ~♪」

 後半は聞かなかったことにしよう。

「あ、ということは、やっぱり首謀者はフライアさんなんですか?」
「『やっぱり』ということはエグゼリカさんもご存知で?」
「まぁ、察しはついていました。あの人の好きそうな企画ですから」

 有名らしいな。

「実は、来る前に魔術師ギルドから言われていたんですよ。まぁ、出番はないだろうが、とある上級冒険者の要請なので言ってきてほしい……って」

 そうか。魔術師ギルドもグルか。これで決まったようなもんだな。
 導師とはいえ若輩のエグゼリカにまでそれとなく情報が回ってるのであれば、都市のお偉いさんにはすでに話が行き届いているのかもしれない。
 俺はエグゼリカに昨夜の出来事から説明することにした。

「昨夜のことなのですが、陵守の巫女姫ステラ・ブランシェが行方不明になりました。陵守は当初独自で巫女姫を捜索してましたが、今朝方、冒険者ジュリア・フライアに巫女姫の捜索を依頼することになりました。
 ちなみに昨夜巫女姫を連れ去ったのは、ここにいるリナさんです」
「名誉棄損だわ。私の時はステラが勝手についてきたのよ!」

 陵守の聖殿に不法侵入しといてそれはないだろうが。
 まぁ、いい。こいつは放っておこう。

「そんなことしたんですか?」
「…………それはいいから、話し続けなさいよ」

 憮然とした顔で肯定を示し、俺に話を続けるように促す脳筋娘。

「それで今日の昼過ぎ、ジュリア・フライアは自称『地獄の軍団』を引き連れて、アマルダの旅籠を襲撃。巫女姫ステラ・ブランシェを奪っていきました。
 でも、何を考えたのか。あの女はその足で冒険者ギルドに突貫して、そのまま武装占拠したというわけです」
「巫女姫を探していただけなら、意味不明な行動ですね」
「はい。ただ巫女姫が聖殿から何故抜け出したのかを考えれば。不可解でもありません」
「え? というと?」

 つぶらな瞳をさらに丸くするエグゼリカ。

「ステラが自分を迎えに来てくれるように頼んだんですよ。僕の爺さんとリナさんを介してね。ジュリア・フライアは陵守の依頼ではなく、ステラの依頼で動いたことになります」
「……え、まさか」

 今日の昼、リナ・スタンレーは爺さんのお使いで、政庁に手紙を届けている。

「市長は承諾したんでしょう?」

 そう。旅籠に隠れていたステラが外部に連絡を取ったとしたら、まず考えられるのはリナが市長に届けたという手紙だろう。リナは顎に指を当てて考え込む。

「ステラにとって用があったのは、おそらくこの冒険者ギルドだったんでしょう。ただし、誰にも知らせず秘密裏に赴かねばならなかった。だから、フライアはあえてテロリストによる立て籠もり事件を偽装したわけです」

 まぁ、フライアに関しては「ほかに方法があっただろ」とは思うがな。ショッ○ーをチョイスするあたりさすがに斜め上だ。

「……にステラちゃんは冒険者ギルド一体、何の用でしょうか?」

 『ステラちゃん』ときたか。
 まぁ、癒し姫なら巫女姫とは顔見知りなんだろうな。同じ『姫』だし。

「そこまではわかりませんね。ただ、誰かに用があるのなら、剣聖ファルカの名前で呼べばいい。だとすると、ギルドに保管されている貴重な品物か文書が目的かもしれません。
 まぁ、巫女姫やうちの爺さんが悪事に使うわけないと思いますけどね」

 ここまで大ごとにするということは、きっと、軍や政庁の偉い人も知ってるだろう。手紙を受け取ったのは市長。つまり、政庁のトップだ。ならそのくらいの根回しはできる。
 いや、根回ししてなきゃできないはずだ。

「また、爺さんと市長が共謀してるというなら、おそらくアマルダさんもグルでしょう。旅籠は盛大に壊れるわけですから、経営者には前もって話を通してないといけません」
「お、女将さんも!?」
「そもそも、アマルダさんの協力を取り付けなければ、旅籠の襲撃が失敗する可能性もあります。
 女将さん強いですからね。あの場に居合わせていたら、少なくとも一方的な制圧はできない。戦力は拮抗し、下手すりゃ死人が出ます」

 そう。女将さんも共犯者だ。
 まぁ、巫女姫が掟を破って町へ降りてくるくらいである。大切な旅籠を犠牲にしなければならないほど重要な案件なのかもしれない。もしかしたら、馬鹿がしでかした誘拐事件を有耶無耶にする目的もあったのかもしれないがな。
 自分の旅籠で雇ってる娘が、都市の最重要人物を拐したなんて大ゴトだし。

「要するに、この立て籠もり騒ぎは、都市の偉い人たちが企画した盛大な猿芝居だってことです。したがって人質はそのうち無事に解放されます」
「でも、ここまで大がかりなことやって、どうやって収集つけるんです? ドッキリ大成功~!! …とかやるんですか?」

 ドッキリだとしたら、ターゲットはあのデビル少佐か?
 まぁ、市民をパニックに陥れて大・成・功はないだろう。あの少佐殿は知らせてないのか。それとも知ったうえで芝居が上手なのか。
 まぁ、それはどうでもいい。

「収集はつけませんよ。逃げるだけです」
「どうやって? 地上も地下も逃げ場所はありませんけど…」
「おそらく、あの全身タイツ戦闘員は、いまごろ同盟軍の軍服かなんかに着替えてると思います。そして頃合いを見計らってあと一回大騒ぎを起こし、その混乱に乗じて何食わぬ顔で包囲網に参加する」
「あ、なるほど……」

 軍の突撃隊が踏み込むころには、人質だけを残し、テロリストは忽然と姿を消している……というわけだ。
 オー○ャンズ11と似たような手口だな。

「この現場にエグゼリカさんや、各種族の自警団に冒険者クラン。郊外の道場主まで呼び寄せてどんちゃん騒ぎにしたのはそのためですよ。たぶんフライアが情報屋を通じて煽ったんでしょうね。いまこそ立ち上がれ、とか。……この都市の市民は英雄願望が強いですから」

 襲撃のあと、あの旅籠に集まった従業員や客の中にも扇動者(アジテーター)がいたんだろう。女将さんの腹心であるバーテンのセバスチャンあたりが怪しい。
 この場から逃走に成功してしまえば、『地獄の軍団』なんて架空の秘密結社だから、捕まえようにも捕まらない。その上、巫女姫まで共犯者だから、陵守の力を以てしても追うことはできない。
 まぁ、「死人が出たわけでもないし、予算の問題もあるので放っとけ」という話にそのうちなるだろう。
 表向きは冒険者ギルドと軍が責任とって、即身仏みたいなお偉いさんを一人辞任させ、そして昇進人事。そこまでいったら完璧な出来レースだな。
 そんなことをエグゼリカと話しているうちに、リナが急に静かになっていた。

「…………」
「どうしたんです?」
「………もういいわ」

 そう一言、テンションの下がった声をぽつりと口にすると沈黙し、彼女は一人天幕を出ていった。
+注意+
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