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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第五十話 真相

「下がれ、下がれ! 下がれと言っているのがわからんのか!! 冒険者ども!!」

 軍の兵隊たちが物々しく冒険者ギルドを取り囲む。彼らの士気は極めて高く、一匹逃さぬという程の気構えであった。手際よく現場を包囲し、野次馬が入ってこれないように黄色いロープを張り巡らす。
 そんな精兵たちを強引にかき分け、指揮する少佐殿に対し言葉にもならない激情を叩きつけるものがいた。アレック・ボーンである。

「ああ? んだとコラァ!!」

 完全に『ヤのつく暇人』である。しかも三下のようなセリフだが、身の丈190に近いゴリラ男に恫喝されるとどんな奴でも怯むものだ。
 しかし、口ひげをたくわえた恰幅のいい少佐殿はそんなアレックに一切気後れせず、頑として反駁する。

「対テロ工作は我ら軍警(ポリス)の管轄だ!!」
「うるせぇ!! デブ!!」
「で……」
「ここは冒険街だ! 俺達の街だ!! 俺達に売られたケンカは俺達が買う!!」

 「冒険者の街(自分たちの縄張り)冒険者(自分たち)で守る。軍人(イヌ)に踏み入られたくない」というのは脈々と続く冒険者の矜持でもある。
 ただ、街の有事の際に采配を振るうべき冒険者ギルド本部が、かようにやすやすと占拠されていては軍に指揮権が取られちゃうのは仕方ないだろう。
 それから30過ぎて他人を外見的特徴で詰るのも人として恥ずかしい。

 少佐殿は占拠された政庁を指さして言った。

「貴様の目は節穴か!? これはケンカではない。テロだ!!」

 そして自らの軍服に縫い付けられた自由同盟軍の徽章を示し、胸を張る。

「つまり、都市秩序の守護者たる我々に対する挑戦である!! 冒険者は引っ込んでろ!」
「ああ!? テロ屋が町に入らんようにすんのがお前らの仕事だろうがああああああああ!!!」

 掴みかかるアレック。
 少佐殿も腹は出ているが、腕は十分太い。130キロはありそうだ。ガッツリ食ってガッツリ飲んでガッツリ鍛えた典型的なアメリカン・ポリスみたいな体型をしている。
 だがアレックはそんな巨漢の少佐殿を吊り上げる。XXX…(何個だっけ?)…XLサイズの男の足が宙に浮いた。少佐殿は襟首をつかむアレックの腕を何とか振り解こうとしたが、アレックはびくともしない。
 なんつー力馬鹿だ。馬鹿力ってレベルじゃない。力バカ(笑)だ。

 上官が暴行されているのを見て兵士たちが慌ててアレックに槍を向ける。だが、彼らの目の前には獣人たちが立ちはだかった。抜刀こそしていいないが、獰猛なる牙を剥き獣人特有の低い唸り声を上げた。
 一触即発である。
 だが、少佐殿はハンドサインで部下を抑止した。そして、宙吊りになりながらもアレックを睨みつけて警告する。

「…人質の命が……どうなってもいいのか? 貴様…」
「んだと?」

 偉いな。
 自分より立場の弱い人間を顎で使うのは簡単だが、自分より強い相手にもちゃんと一言もの申せるというのは美徳だと思う。少佐殿は腹は出ているがとても立派な軍人らしい。カッコイイぜ。まるでジ◯ンの精神が形になったようなオッサンだ。
 結局、事態はミリィ・ロックウェルによって収束した。アレックの後頭部を鈍器でどついて襟首を捕まえて、「どうもお騒がせしました~」と引きずっていったのだ。
 保護者は大変だな。しかし、さすが極道の女である。

「で、どうすんの?」

 やじうまの中に埋没していた俺に、隣で腕組みをする忌々しい金髪が俺に問うた。
 俺も問いたい。なぜ関係者でもない俺に問うのかと。

「何もしませんよ? 見てるだけです」
「あんたあの連中を知ってんでしょう? あのでかいやつと顔合わせてたじゃない」

 あの乱戦の最中、よく見てるじゃないか。
 いかにも、あの男は冒険者試験で世話になったヘルムートっていう傭兵だろう。
 でも彼の名誉のために否定しておいてやらないとな。
 おおかたあの性悪エルフの計画に巻き込まれたんだろう。可哀想に。
 バク転もできないのに◯ョッカーの戦闘員なんてとんだ羞恥プレイだ。

「生き別れの兄さんにそっくりだったもので……」
「嘘つけ」

 襟首を掴まれて至近距離から睨まれる。抜身の刃のような鋭気と確固たる意志を秘めた双眸には、彼女を直視できない俺の情けない横顔が写っていた。
 きゃーやめてー見ないで―。

「軍に任せてりゃいいじゃないですか」
「旅籠の客を蹴散らすようなやつよ? 兵隊ごときにどうにか出来ると思う?」

 兵隊さんをバカにするなよ。
 集団行動すらできないお前なんかよりずっと偉いよ。
 というか、まだいらんことに首を突っ込みたいのかお前は。

「じゃあ、リナさんには名案があるんですか?」
「頭目の女を私が潰す。私が観たところ厄介なのはアイツだけ。あとは烏合の衆よ!」

 肝の座った目つきでビッグマウスを叩くリナ・スタンレー(△)
 実現すれば今世紀最強のキチ◯イ決定戦だ。砂かぶり席は即日完売間違いなしの好カードである。
 ………俺は見に行かないけどな。柔道やレスリングならともかく、血反吐吐いたりする格闘技は基本的に見たくないんだよね。

「どうやってそれをやるんです?」
「私とアンタの二人で侵入すんのよ。あんたが雑魚をひきつけている間に、私がボスを叩く!」

 8歳の子供に数十人の敵兵をたった一人で足止めしろというバカ発見。 
 つくづくコイツは攻撃しか考えてないんだな。

「人質はどうするんです? 敵が自棄を起こして道連れにしようとしたら?」
「…………ん? 人質?」
「そもそも、リナさんは巫女姫の身の安全が第一のはずでは?」
「…………ああ!」

 思い出したように言うな。

「なら、大人しくプロに任せといた方がいいと思いますよ。そもそも、軍や冒険者には僕達よりも強い人もいるんです。そういう人たちがまだ動いていないってことは、きっと人質の安全の考えて作戦を立ててるってことですよ」
「うーむ」

 こいつにはもうすこし思慮というものを持ってもらいたい。
 ま、あの女の魔の手から救い出してやらなきゃならんのは、巫女姫じゃないんだろうけどな。


    *   *   *



「表はえらい騒ぎだねぇ」
「当然でしょう」

 赤毛の女将アマルダ・ロックウェルは会長室のカーテンの隙間から少しだけ表通りをのぞいた。
 すでに軍警備隊まで駆けつけ、二重三重の包囲網を形成しつつある。
 しかし、軍のトップと一部の冒険者が言い争いをしているのをアマルダは目撃した。おそらく指揮権について揉めているだろうと察し、心中で呟いた。

(アレック……あのバカなにやってんだか)

「冒険者ギルド本部の武装占拠など、前代未聞です」

 アマルダの背後から背の高い細身の男が声をかける。
 政庁のトップ。ゼフィランサス市長のアラード・ジェファーソンだ。

「軍警備隊には話は通してあるんでしょうね? 市長閣下」

 さらにその後ろから若い女が声をかける。
 ジェファーソンは嘆息し、眉間を指圧しながら答えた。
 調子に乗って太ももや下腹部を露出させまくったその女の格好は、目のやり場に困る。

「軍が下がれといっても冒険者たちは大人しく引き下がりますまい。
 軍が冒険街で仕切ろうとすれば、指揮系統の確認するのに時間がかかるはずです。とりあえず、徐々に人質を解放していけば、強引に踏み込まれることはないでしょう」
「なるほど、……それは名案ですわね。ポチョムキン!」
「イェス・マム!!!」

 無言のまま背後に立っていた巨漢の戦闘員が直立不動の姿勢で返答する。
 しかし、フライアは無言で艶やかな微笑を浮かべながら彼に近づき、その耳元で甘い吐息とともにささやいた。

「…………怪人バッタ男に昇格したいんですの?」

 その瞬間。巨漢の戦闘員はやたら薄暗い手術室の寝台に固定され、白いマスクをしたマッドサイエンティストたちに取り囲まれる自分自身を想像し、背中に汗を滲ませる。

「い、イッーーーー!!」
「よろしい」

 改めて正しい敬礼で返したポチョムキンに、フライアは満面の笑みで下命した。

「ネゴシエーターへの対応は任せます。子供、女性、身体の不自由なお年寄り、あなたが見て優先順位が高いと思う順に時間を稼ぎながら解放しなさい」
「イッー!!」

 ステラ・ブランシェは機敏な動作で走り去っていく『彼』の後ろ姿を、謝罪と憐憫の視線で見送っていた。
 大きな背中が心なしか夕焼けで煤けているようにすら見えた。今回、自分のしでかしたスタンドプレーによって、一番可哀想な目にあってるのは『彼』なのかもしれない。「ごめんなさい」と合掌礼拝してから、部屋へ戻る。
 ステラが部屋へ戻ったところで、ソファーに腰を下ろした剣聖は話を切り出した。

「紹介してぇおこう。えぇ~と……」
「ステラ・ブランシェです。陵守にて巫女姫を努めております。
 今回は皆様に大変なご迷惑をお掛けしました」

 ペコリと頭を下げるステラ。
 冒険者ギルド会長テリー・サウストンとは面識はないが、お互いの顔は写真などで知っている。とくに彼はステラが生まれる前はカリスマ的な冒険者であり、その著書も何冊か拝読した。
 たしかに、野趣と知性が融和した面構えは、冒険者よりも俳優かあるいは「強く紳士的な政治家」を上手く演出できそうな素材である。

「……どういうことなのか聞かせて頂きましょうか?」

 低音で響く声でサウストンは問う。
 だがをその言葉をアマルダが遮った。

「まず問いただしたいのはこちらの方です。サウストン会長」
「何をですか? アマルダ・ロックウェル」
「師は以前より、この本部地下に安置されている聖剣『三日月』……その保存状態を確認するための『金庫室』の利用を申請していたはずです。なにゆえそれを拒否なさるのですか?」

 サウストンは目を伏せて「そのことか」と嘆息した。
 だが、それはため息ではなく、深呼吸にほかならない。彼女の問いに一瞬狼狽してしまったことが自分自身にもわかってしまった。

「……拒否はしておりません。しかし、聖剣は我が同盟の宝重。金庫室より出すにはそれなりの準備が……」
「出しぃはせんよ。……儂がぁ入るだけじゃ。別に寄越せといぅわけぇではない」

 剣聖は即座に揚げ足をとって切り込む。

「本来の持ち主である師が入るのに、何か憚りがありましょうか?」
「それは………」

 口ごもるサウストン。
 その理由が彼の口から言いにくい内容であると察したとき、剣聖の行動は迅速だった。

「埒が明かんな。行こぅかの……」
「はい」

 ステラの手に支えられ、剣聖はゆっくりと立ち上がろうとする。

「お待ちください!」
「わけぇがあるぅなら聞こう。……『兄貴』の前でなぁ」

 細く辛うじて開いた剣聖の目は、確かな覇気を帯びていた。
 その眼光で睨まれた瞬間、まるで首筋に小太刀を突き付けられたように、背筋が凍る。歴戦の冒険者もその背を追って歩き出すしか無かったのである。


 *   *   *

 ドワーフ賊の工匠が心血を注いで鍛造した金剛不壊のハッチを開ければ、重厚な鍵付きキャビネットが並んでいた。この金庫室は最高ランクの貸し金庫。上級冒険者が難度ミッションの末に獲得した秘宝クラスのアイテムばかりが秘蔵されている。
 ハッチの前を腹心のアマルダが見張らせると、剣聖ファルカは、フライア、ステラ、ジェファーソン、そしてこのギルドの最高責任者であるサウストンとともに先へ進んだ。
 ギルドカードを差し込んで鍵を開けると、キャビネットから棺大の銀色の箱が引き出された。
 その中に入っていたのは白塗りの鞘に納まった一振りの日本刀である。真紅の下緒で結ばれ、まるで宝石のごとくビロードに包まれたそれは紛うことなき芸術品だ。しかし、そんな美しい刀に触れることもなく、一見しただけで剣聖ファルカは目を伏せた。見るに耐えぬとばかりに。

「……………やはりかぁ」

 そして箱を元のキャビネットに戻し、振り返った。

「『複製品』じゃの……」

 冒険者フライア。市長ジェファーソン。そして巫女姫ステラ。
 三人の視線がサウストンに集まった。

「どういうことだ? サウストン」

 ギルドの総責任者たるテリー・サウストンは目を伏せたままそれに答える。

「見ての通りさ。アラード。これが毎年の祭典で使われる『三日月』だ。『迦具土』もそうだろう?」

 それを聞いたジェファーソンは自らのこぶしてでキャビネットを叩きつけた。

「『禁書』とはわけが違う! 『禁書』が封印されているのは周知の事実。しかし、『三日月』はここになければならぬはず!! ギルドの長たるお前の責任でだ!!」

 激怒の声が金庫室に反響する。
 紳士である彼が突然声を荒らげたのを見て、ステラはビクリと驚いた。
 剣聖はその小さな手を握り、穏やかな声で話しかけた。

「よい。市長……」
「………しかし老師!」
「言うたぁであろう……わけぇを聞くと」

 白い壁と天井、金庫の中身の品物を確認するブースには4人分のテーブルと椅子が置かれている。唯一剣聖のみがそれに腰を下ろした。
 しばらく瞑目していたサウストンは真剣な面持ちで、剣聖に向き直り謝罪する。

「申し訳ございません。老師……」
「ぬしは……知っておったぁかや?」
「話には聞いておりました。ですが、私がこの金庫を開けたところで真贋を確認することはできませんので」

 聖剣は本来の担い手である剣聖ファルカにしか抜けない。
 しかも、サウストンは本当の聖剣の姿形を写真でしか知らないのだ。

「いつからじゃ?」
「10年前と聞いております。都市独立50週年の典礼行事のために聖剣は一時金庫より外に出されました。その式典の直後、聖剣は何者かによって奪われたと聞いております。以来のギルドの長は、『三日月』の捜索を至上命題にしておりました」

 10年前はテリー・サウストンは一介の冒険者に過ぎなかった。前線から退いて前会長の補佐になったのが5年前。会長に就任したのは昨年である。

「極秘ミッションですのでギルドの記録には残っておりません」
「……担当者は?」
「A級冒険者のボルス・アトリフ」
「ボルスが……最近姿が見えないと思っていたらそうでしたの……」
「最近ではなく、10年前からだ。フライア」

 その名前がでたところで、巫女姫ステラ・ブランシェが口を開いた。

「ボルス・アトリフ……」

 ゼフィランサスではその名を知らぬほどはいないほどの冒険者だ。現在の歳は38歳。肉体のピークは過ぎたかもしれないが、総合的なスキルで言えば最盛期を迎えたころだろう。
 その功績は輝かしいが、最近は国外に拠点を置いていたため、たまに見かけて話題になる程度であった。

「ボルス・アトリフは亡くなりました」
「え?」

 サウストンは言葉を失った。A級に上り詰める者は天の運、地の運、人の運、すべてに恵まれていなければならない。皆、超人の域に生息するバケモノ揃いだ。
 たとえ貴族と相対することになったところで、それに遅れをとるとはにわかには信じられない。

「バカな……最上級冒険者に最も近いと言われていた男が、死んだ? 一体どこで?」
「アウグスティア皇国。ジェノア子爵領です……間違いありません。私が岩戸にこもっていた炎月23日の午前1時32分。彼の『宿星』が墜ちました」

 極秘ミッションで最後に彼が最後に拠点を置いていた土地を巫女姫は、言い当てる。
 巫女姫の『岩戸籠り』はこの大陸すべての命運を監視する大魔術だ。彼女がいうのであれば、ボルスの身に何かがあったことは間違いない。

「ではやはり、聖剣はアウグスティアへ渡っていたのか……」

 サウストンは自分に言い聞かせるようにつぶやき、そして思考を巡らせた。
 不慮の事故や病に倒れたのであれば、ボルスの仲間がギルドに報せを送るだろう。
 もし、それがないということは、『敵』にすべて握りつぶされたということが予想された。

「私は彼が消える瞬間。その遺言を聞きました。強い思念です。
 自分たちはもうだめだ。けど、聖剣は何としてでも取り戻してほしいと。
 ……だから私は、どうしても聖殿を出て、剣聖様に会わねばなりませんでした。万が一、これが本当なら……」
「たしかに、あのセリアに話しても、聞く耳持ってもらえないかもしれませんわね。彼女は陵守の最優先に考える傾向がありますので」
「はい。でも、それが巫女頭の御役目なので悪いとはいえません。
 だから、聖殿に忍び込んいたリナさんを見つけた時、これは運命だと思いました。聖上がお遣わしくださった船だと」

 ステラは深く頭を下げる。

「………私が勝手に聖殿を抜けだしたことで、ご迷惑をおかけする皆様には本当に申し訳ないと思っています。ですが……」

 そんな彼女に市長と剣聖は紳士的に励ましの言葉をかけた。

「わかっています。巫女姫がお知らせくださらなければ、私達は気づくこともできなかった」
「儂も不覚じゃったよぉ……10年も知らなんだとはな」

 そして改めて詰問の視線が、サウストンに向かう。

「なぜ、10年も黙っていた?」

 市長の問いに、サウストンは観念したかのようにしゃべりだした。

「奪われたのは10年前の式典直後らしい。そのとき、ここから出された聖剣の警護を任されたのがボルスだった。式典が終わって、彼が目を離した一瞬の隙だったという。部下が殺され、聖剣が奪われたそうだ」
「『そうだ』だと?」
「ああ、伝聞情報なのでな。当時は私も一介の冒険者だ。ギルドの幹部ですらない」

 ジュリア・フライアも問う。

「なぜ、ボルスは他人を頼らなかったのでしょう? 当時、すぐに政庁や陵守を頼っていれば、まだ手はあったでしょうに……」
「ボルスは当時の市長チルリッチ氏の娘婿だ。市長はこれを公にはしなかった。当時の冒険者ギルド会長もな。自分たちの立場もあって、あくまでボルスにケツを拭かせたのさ。
 ボルスも自身の失態に責任を感じていた。岳父に「お前のせいだから責任をはたせ」と言われればそうせざるをえまい。そして、市長はこのフェイクを用意し、秘密を墓の中まで持っていった。
 ボルスと私は旧知の間柄だ。奴は自身の汚名を漱ぐべく、聖剣の奪還に人生をかけていた。私はこの話を3年前、彼から直接告白された」
「3年前?」
「チルリッチ市長が亡くなったときだ。ボルスにはギルド幹部として何度かサポートを要請されたことがある。
 捜索に必要な、船の手配や、貴族たちとのコネクションなどをな。おそらくボルスは急遽、後ろ盾が必要になったから俺に告白したのだろう。
 私も幾度か提案したよ。公にしてはどうかと。だがボルスは首を縦には振らなかった」
「……バカな」
「老師からの申請を受けた時、ボルスにも確認をとった。そして、あと一ヶ月でいいから引き延ばすように要請された。奴なりに聖剣に近づいていたのだろうな。10年間の苦労がようやく実を結ぼうとしていたのだ。いまさら口外などできなかったのだろう」

 それを聞いてジャファーソンは激昂した。
 ギルドマスターとしての責務をすべて今はなきボルスやチルリッチのせいにしているように聞こえたからだ。

「責任転嫁だ! お前がそれを黙っていたのは、お前の責任だ! お前はギルドマスターだぞ!? これは都市の一大事だ!」
「都市の一大事? それが何だ?」

 いままで瞑目したり、遠い目をしたりしていたサウストンはようやく戦士の双眸でジェファーソンを睨みつけた。
 テリー・サウストンは数多の荒くれ者たちを束ねる冒険者ギルドの長である。文官が大喝したところで、それに怯むような人物ではなかった。

「これは、冒険者ギルドと当時の市長が奴に依頼した『ミッション』だ。奴の腕を見込んで依頼した以上、すべては奴の判断に委ねられた。依頼人を引き継いだ者として、自らの保身のためにそれを反故にすることは許されない。それが冒険者の仁義だ!」
「仁義……だと?」
「アラード。所詮、政治屋のお前にはわからんかもしれんがな。冒険者には冒険者の流儀があるのだ」

 ステラを除いては、この場に文官は彼一人しかいない。
 剣聖ファルカも、ジュリア・フライアも、アマルダ・ロックウェルも冒険者である。
 人を裏切らない。約束を違えない。借りは返す。仲間は守る。
 時に人を斬ることもある冒険者にとって『仁義』は法律以上に重要なものだ。

「盗まれたと公表してどうする? お得意の外交交渉で譲渡返却させる目算でもあるのか? それとも軍を動かし実力行使で奪還できるのか? 貴族たちを相手に!
 下手に情報を流しては戦争になりかねない。それがボルスの最終判断だった。そして、それは正しかったと私は今でも思っている」

 さらにサウストンは畳み掛ける。

「そもそも、政庁のトップであるお前に伝わってないということは、当時の都市の重鎮たちでそう決まったということだ。
 それでも公表すべきだというなら、今からでもお前がやるがいい! できるのならな。それが現市長としてのお前の判断なら、私は破滅してもかまわんぞ!」

 ジェファーソンは閉口する。
 そこで今まで傍観に徹していた剣聖が口を開いた。

「……もうよい。理由(わけ)ぇはわかった」

 その仲裁で、ジェファーソンは舌戦の敗北を悟り、引き下がった。 

「お前は保身でぇ、黙っておったぁわけぇではなぃ……」
「はい」
「じゃが、責任はぁとってもらおう。わかっておるな?」
「もちろんです」
「……必要ならぁ協力はぁする」
「ありがとうございます」

 そして剣聖は冒険者ギルドそのものに、指令を下した。

「…………兄貴の形見じゃ、なんとしても取り返せ」

 それは決して裏切ることも、反故にすることもできない。冒険者ギルド始まって以来の、一大ミッションであった。
+注意+
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