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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第四十九話 黒幕

 ヨーロッパあたりでやると、冗談半分でも即追放されそうな敬礼。
 どっからどう見ても、某『悪の秘密結社』である。
 それはギャグでやっているのか?

 食事処には10名弱のお客がいた。いずれも冒険者だ。突然の奇襲に先手は打たれたものの、彼らは果敢にも反撃を試みた。
 しかし、痴女の号令の下、アマルダの旅籠の食事処は、あっというまにその戦闘員たちによって制圧されてしまった。

 冒険者たちも健闘した。ある者は殴りかかり、ある者は非常時と察して剣を抜いた。
 しかし、どうやら黒ずくめの戦闘服は拳も剣も効かないらしく、おまけに一人ひとりが大相な怪力の持ち主のようだ。そもそも敵は約一個小隊。数にしてほぼ4対1。多勢に無勢だ。
 それでもなんとか戦線を立て直そうとする猛者もいたが、女頭目が鞭を振るうや否やふっ飛ばされ、壁にたたきつけられてしまう。
 あの鞭はマジックアイテムか?

 女は俺とリナが動こうとすると、こちらも牽制してきた。

 即座に跳躍して回避はできたが、俺達のいた場所は女の鞭によって破壊される。鞭は壁に穴を開け、柱の木材を粉砕し、土埃を上げて標的を追尾してくる。
 マシンガンってレベルじゃない。
 くそ。壁に張り付くことも机の下に隠れることもできん。

 こうなったら、戦闘員を盾にするしかない。
 俺は一番図体のでかい戦闘員に接近戦を挑んだ。やっつけようとは思っていない。彼に飛び蹴りを放ち、間合いに入り込み、つかず離れず一定の距離を保つ。
 目論見通り、鞭の攻撃はやんだ。
 乱戦の最中、『彼』と目が合った。どこかで見た背格好だ。覆面姿の『彼』も踊り階段の中腹で俺と対峙して、狼狽した。

「ステラッ!!」
「うふふ、捕まえた」
「ちょっとあんた! ステラを放しなさい!」

 一方、リナの視線の先にはステラがいた。
 ステラは黒タイツの不審者軍団を率いる、女司令官に捕えられて……。

「や、やだ!」
「うふふふ、手こずらせてくれたわね? 子猫ちゃん……」
「放せしなさいっつってんだろうが! この変態がぁぁぁ!!」

 人目もはばからず、セクハラを始める痴女にリナは攻撃を試みるが、唸りを上げる鞭に捕まり、ベーゴマのように錐揉み状になって墜落した。

 さて、ここから痴女は、衆人監視の前で信じがたい暴挙に出た。
 捕まえたステラの耳元で「もう逃がさないわよ」などとささやきながら、首筋に舌を這わせ、太ももをまさぐるなど、猥褻行為を開始したのだ。
 そこら辺の描写は天子時代に定めた都市の児童ポルノ規制条例という大人の事情により、省略(キングクリムゾン)したい。
 正直、俺自身はペドフェリアではないし、もう齢とって落ち着いたんで、その程度のシチュエーションで興奮したりしない。
 だが、戦闘員のみなさんnには刺激が強すぎたらしい。全員あんぐりと口をあけ、あるいはカピバラのように鼻の下を伸ばして傍観しているのみである。全身タイツは下半身の膨張まで確認できてしまうので、何人かは海老みたいになってしまっていた。

 おかげさんで空気変わったな。
 やがて、くてん、と糸の切れた人形のように動かなくなったステラ。
 痴女は「続きはベッドでね」などと扇情的なセリフを囁いて、彼女を装甲車に放り込む。そして、先ほどの巨漢の戦闘員に向き直り、命令した。

「さぁ、ポチョムキン! ターゲットは確保完了! 撤収するわよ!」
「し、指揮官殿……」
「ポチョムキン! 返事は『イーッ!』でしょ?」

 ポチョムキンっていうのはたぶんあの巨漢戦闘員のコードネームだろう。覆面をしているが体格といい、仕草といい、たぶん『あいつ』に間違い。
 そして、この痴女にも覚えがある。嫌な覚えしかないけどな。てか、お前、レズだったんかい。

「何やっとんですかーーーーッ!!!! アンタはーッ!!!」

 廃墟と化した一階に、聞き覚えのある怒号が鳴り響いた。
 俺も言ってやりたい。
 ………お前こそ何やってんだよ。ヘルムート。


     *   *   *


「殺す」

 ……とミリィ・ロックウェルは心の中で思ったが、その時スデに敵の作戦行動は終わっていた。
 彼女はドリフのコントかと思うほど、小麦粉を頭から被り、熱り立つ。
 旅籠の一階は、壊滅状態である。
 悪の秘密結社はアマルダの旅籠をさんざん損壊せしめた後、再び二頭の犀が牽引する装甲戦車に乗り込み、冒険街の大通りを蹂躙制覇しながら撤退した。
 あんな巨大な騎獣が暴れ狂って、死者がいなかったことが奇跡かもしれない。
 いや、あの女のことだ。全部計算づくか…

 あの痴女はジュリア・フライアだ。
 ほかに考えられん。 
 おそらく、ジュリア・フライアは陵守からの依頼を受け、ヘルムートたちを雇い、巫女姫ステラを連れ戻しに来たのだろう。
 装甲車で突撃してきた意味は分からないが、あんなキチ◯イの動機を一々推理してられるか。バカバカしい。

 やがて、この旅籠のアレック・ボーンを始めとする常連さんたちも事態を聞きつけ、駆けつけてきた。「黒ずくめの賊がアマルダの旅籠に殴りこみを掛け、女児一人を誘拐して行った」などという上っ面な話を聞いた冒険者一同は、まるで縄張りを侵された戦闘民族のごとく激昂する。

 その『黒ずくめの賊』が誰で、『誘拐された女児』というのが誰なのかはこの際、皆どうでもいいのだろう。誰一人、尋ねる者はいなかった。

「聞いたか? 皆!」
「仲間への侮辱は……我らへの侮辱!!」
「年端もいかぬ女児をかどわかすとは、筆舌に尽くしがたい外道よ!」
「取り戻すぞ!!」
「「「おおおおおおおおお!!!」」」

 戦士たちは咆哮した。

 『正義』とは本来、誰かを攻撃するための口実だ。そんなものが大好きで常日頃から口にしてるような奴は、暴力も大好物なのだ。機会さえ与えられれば彼らは嬉々としてそれらをワンセットで振り回す。
 ……人、それを脳筋という。

 いつの間にか、リナはそのビッグウェーブに乗っかって、共に雄叫びを上げていた。
 元はといえば自分のせいなのに、機を見るに聡いというか、狡猾というか。俺は半壊した階段の上に腰を掛け、頬杖を付いてそれを眺めていた。

 そこへ、新たな伝令が舞い込んでくる。

「大変だ!! 黒ずくめの連中が……」
「何だ?」

 聖戦に臨む男たちは振り返る。息を切らした彼が持ってきた知らせが、重大であることを察したからだろう。

「黒ずくめの連中が……ぼ、冒険者ギルドを武装占拠した!!」
「な、なんだとぉぉぉっ!!!!!」

 ……ほんと、あのキチ◯イは何を考えてるんだろうな。


   *   *   *


 黒ずくめの男たちが、彼らの指揮官の統率力を示すかのごとく一糸乱れぬ姿勢で右手を掲げていた。

「オーーっホッホッホッホッホ!!」

 そんな男たちが整列する大理石の床の上を女頭目はハイヒールブーツで闊歩していた。
 いま、冒険者ギルドのエントランスホールは、百名余りの黒ずくめの覆面男たちで占拠されていた。
 ギルドの職員たちは捕縛され、一ヶ所に集められている。隙を見つけて武器を奪おうとした男性職員は、女頭目の命令で磔刑に処された。
 エントランスホールの正面に、猿轡を噛まされ、パンツ一丁で晒し者にされたのである。
 恐怖と羞恥心で人心を支配するという徹底したテロルであった。

 そんな勇気ある若者を一瞥し、彼女はまるで自らの美を魅せつけるファッションモデル日のごとくブーツを鳴らして会長室に赴く。
 そこにいた『その日最も重要な人質』が嘆きに近い大声を上げた。

「お前たち!! こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」

 歴代の上級冒険者たちが取り揃えた素材を、名工たちが匠の誇りをかけて加工した超一級品の品々。そんな贅を凝らして調度品に囲まれた会長室で、革椅子に縛り付けられのは、冒険者ギルド会長。テリー・サウストンである。
 切りそろえた顎鬚、顔のほりが深い。50を超える初老であるが、上質な紳士服の下から盛り上がる逞しい肉体は、かつて自身が豪腕を振るった冒険者であるということを証明していた。

「思っていますわよ?」

 そしてその場で彼女は被り物を取る。

「………ッ! ジュリア・フライア!?」

 サウストンは被り物をとったフライアに仰天したが、恐怖心は払拭され、やがて「コイツの仕業か」と頭を抱えた。

「何の真似だ!? これはっ!?」

 サウストンは自力で、縄を解いた。それぐらいのことはできなければ冒険者たちを束ねることはできない。
 語気を荒らげるサウストンに、フライアは飄々と対応する。

「ミッションです。お静かに、会長閣下」
「ミッションだと?」

 ミッションに際して、冒険者はギルドから各種サービスを受けることができる。
 スタッフ求人斡旋。ダンジョンや魔物の情報の提供。物資の信用買い。資金融資。必要ならば要人の保護。船の手配。国外で活動する場合は、政庁経由での外交的な根回し。
 しかし、これらのサービスを利用するためには、仕事の内容、そして成果をギルドに報告する義務がある。これはギルドという組織が犯罪に利用されないための配慮である。これは初級冒険者やギルド職員に至るまで徹底され、いかに低ランクのミッションであろうと、冒険者がギルドへ虚偽の報告を行うことは許されない。違反すれば軽ければ罰金、重ければ、ライセンス停止などの処分が言い渡される。そして、ギルドの信用を著しく傷つけた場合は、冒険者が責任をもって処分するだろう。

「極秘ミッションですわ。閣下……」

 ただし、A級冒険者には特権があり、ギルドに報告せずミッションを受ける権限が与えられている。万が一ギルドそのものが犯罪行為に手を染め、自浄能力を失うほど腐敗しているようならば、誰かがそれを告発しなければならないからだ。

「だからといって、こんな真似は無いだろう!? 一体誰の差金だ!?」

 サウストンは手を振り上げリアクションした。演説屋の職業病だ。

「儂じゃよ……」

 そのとき、『黒幕』が会長室のドアの外から黒幕の声がした。
 長く白い髭を揺蕩えた老人である。片手を12歳ほどの少女に握られ、彼女を杖代わりにようやくたちあがれているのではないかというゆっくりとした足取りで、ゆっくりと部屋の中へ入ってきた。
 老人は、少女に誘導され、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。

「フライアには……儂が、頼んだ」

 ジュリア・フライアも淑女として恭しく礼を取る。
 現在冒険者たちのトップに居るサウストンであっても、この老人の前には傅かざるをえない。
 剣聖シュナイデル・ファルカ。
 彼こそがフライアの真の依頼人だったのである。
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