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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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幕間 傭兵たちの財政事情

 とある世界の中世時代では、『傭兵』と呼ばれる人々は戦闘のプロであると同時に、厄介な犯罪予備軍でもあったという。戦争が終わると失業し、たちまち山賊となって各地で治安を悪化させるのだ。

 しかし、このシュトラール大陸の傭兵団は無法者と化すことはない。
 少なくとも今の時代においては、そうなる余地がない。
 それは無論、彼ら傭兵が聖人君子の集まりだからではない。この世界の傭兵団も元はと言えば、街の破落戸や家業を継ぐ当てもない若者で組織された寄り合い所帯である。喰うに困れば盗みもしよう。しかし、そんな無頼を集めて作った軍事組織でも非合法集団にはなりえないという要因が、この世界にはいくつか存在するのである。
 まず、第一は『魔物』という要因である。魔物はダンジョンで発生するが、時としてその外へ出て生活領域を広げようとする。つまり、この世界の人里は魔物による生物災害に備えるため、兵力の補充人員を常に必要としていたのだ。『天敵』『捕食者』の脅威にさらされているからこそ、たとえ戦争がなくても兵士という職種には一定の需要が存在する。強力な魔物に立ち向かう兵士は常に死の危険と隣り合わせであるものの、戦場でその義務を果たす限り失業することはない。
 次に、傭兵団の代表者・出資者は『貴族』である。貴族でなければ戦闘集団の組織など社会的に許されない。そもそも傭兵業は武勇には秀でた貴族が、領主や商業を営む富豪相手に始めたビジネスなのである。もし旗下に野盗に身を落とすような破落戸がいた場合、『裏切り者』として速やか淘汰される。この世界の耕作地帯のほとんどは貴族の所有物であり、貴族は『騎士』であり『魔法使い』だ。その逆鱗に触れれば筆舌するに凄惨な粛清を受けることだろう。また、領主貴族や土地名主からの信頼を勝ち取ろうと、同業者、冒険者、騎士やその家臣団が先を争っての首取り合戦となる。野盗と化した傭兵など山賊ですらない。『落伍者』だ。『水に落ちた犬』である。落ち武者狩りなら、農民だって血気に駆られて参加する。たとえ飢えたとてしても盗賊に転職するのはさすがに二の足を踏まざるをえない。

 つまり結論をいうと、この大陸で『傭兵』といえば、非常にお行儀のよい連中なのだ。
 彼らは貴族や大手商会に雇われ、敵と戦う企業戦士(ビジネスマン)である。時には鉱山利権をめぐる領主間紛争に駆り出され、人間相手に戦うこともあるが、傭兵は決して依頼人を裏切らないし、敵側貴族の所有物(領地領民)に手をだしたりはしない。
 彼らはある意味、領地を持たぬ貴族が間接的に雇っている家臣のようなもので、その名誉を汚すような真似はできないのだ。盗むべからず、犯すべからず、焼くべからず。そして、貴族は殺傷すべからず。
 逆をいえば傭兵はそれさえ遵守していればいい。国の為だとか民の為だとか、大義名分は考える必要はない。戦いの意義は貴族様が考えてくださろう。敵になった者を憎悪する必要もない。
 そんな正々堂々とした兵士同士と剣を交えるフェアプレーな戦場だからこそ、一部で戦争が『貴族のスポーツ』と化してしまう弊害もあるのだが、鋼鉄の不文律のもと長い間戦場を駆けてきた傭兵たちは、いつしか戦人(いくさびと)としての矜持と、社会における一定の地位と名声を勝ち取るに至ったのである。

 都市郊外、貴族たちが住むオハラ区の近隣。傭兵団『黄金の鷲』は、そこに建てられた赤レンガの作りの倉庫を改修し、隊舎として利用していた。いまその事務室では書類が山積みされた机を挟んで、巌のような体躯の男が、同年代の上役と対面していた。
 互いに同僚ではあるが和気藹々という雰囲気ではない。

「それは一体どういうことですか?」
「言ったとおりだ。俸給が払えんのだ」

 弓兵隊長ヘルムート・フリーデンの問に、会計役の従士は不機嫌かつ不本意そうに返答する。ヘルムートを嫌っているわけではない。事務屋の自分ごときではどうにもできないジレンマが彼に悪態をつかせるのである。兵に給与が払えぬなどと、そんな恥も外聞もない通達など告げたくないのだ。
 従士とは騎士となった貴族に付き戦場に従軍する家臣のことだ。ヘルムートが所属する『黄金の鷲』、東部遠征団の代表者はネリス王国準男爵の爵位をもつブラスハルト卿である。だが、目の前の男は准男爵が抱える寄子の一人の騎士の、そのまた従士に過ぎない。せいぜいヘルムートのような分隊長格との雇用条件の確認・通達を任される程度の家臣であり、『上』の方針に意見できる立場ではないし、隊の深い事情や、機密情報まで共有されるほどでもない。

「………世の中。思い通りならんことなど、たくさんあるということだ」
「従士殿、戦場で理不尽が起こるのはみな承知しております。しかし、平時にもかかわらず約束の俸給が支払われないのであれば相応の説明を求めます。国に仕送りしてるやつだっているんですよ?」
「承知している。だが、私にも事態はわからんのだ」
「ならば、せめて手形を頂けませんか?」

 ヘルムートは食い下がった。
 手形があれば、それを大手商会に売却し、全額とはいかずとも当座の資金を工面できる。

「すまんが、私に手形を落とす権限などないのだよ。………私自身も先月から扶持を頂いていない」
「なんですと!?」

 驚愕するヘルムートを一瞥し、従士はハッと我にかえった。

「す、すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 従士に扶持を支払えぬなど、お家そのものが傾いているに等しい。噂になれば、主家の立場を苦しくなる。それを不用意に口にするなど言語道断である。

「………他言はいたしません」

 下士官兵としてあるまじき態度だが、ヘルムートは嘆息交じりに返答した。自分の所属する兵団が、それほどまでに期待を失する財政状況だったからだ。 
 その言葉に安堵し、従士は改まって、ヘルムートに告げた。

「ヘルムート・フリーデン隊長。貴君は部下全員を冒険者試験に合格に導いた。その腕前を見込んで頼みがある」
「なんでしょう?」
「我が東部遠征団の財政を少し助けてくれんかね?」
「……私ごときに何をせよと?」

 視線を落として従士が口を開く。

「言いにくいが、君の隊には、当面の生活費を自分たちでなんとかしてもらいたい。思うに、冒険者の資格があるなら人足よりはマシな仕事にありつけるのではないだろうか? 幸い、この都市は大陸中の冒険者の聖地だ」

 無茶を言ってくれるものだ。
 ヘルムートには自分が凡夫であるという自覚がある。
 冒険者の聖地だからこそ、競争も激しい。試験には受かったものの、『冒険者』の肩書で稼げるようになるには相応の訓練を積む必要があるとヘルムートも考えていた。村落防衛のため集団行動に重きを置く『傭兵』と、魔物を仕留めるべく少数でダンジョンに挑む『冒険者』では、基本戦術が根本的に異なるのだ。
 しかし、これ以上、この人に食い下がっても仕方あるまい。

「………わかりました」

 渡り鳥の自分に比べれば、従士として主君に使える彼の方が切迫しているだろう。累代の従士の跡取りの彼の前途には立派なレールが敷かれている。しかし、それは見方を変えれば自身の命運は主君と一蓮托生であるということだ。主家が倒れれば一族全員路頭に迷うしかない。彼も今が正念場だろう。

「来週までに予算の目途がつかない場合は、早めに言ってください。ギリギリまで追いつめられてから告白されたのでは、みなが身の振りを決める猶予もなくなってしまいますので……」
「………わかった。約束しよう」

 やや憔悴した表情で従士はゆっくりと首肯した。
 その言葉をひとまず信用して、ヘルムートは従士の提案に応じることにしたのである。


    *   *   *


 隊舎を出たヘルムートはその足で、冒険者ギルドに向かった。
 オハラ区から時刻表通りに水路を回遊する亀船に乗る。ありがたいことに亀船の運賃はギルドカードを見せれば無料だ。亀船に乗り城門に続く大橋の下の駅で降り、地下街経由で行くルートが最短である。
 城壁に囲まれた都市には冒険者専用の入り口がいくつもあり、カードを扉にかざすだけでさまざまなルートから都市に入れる。

 冒険者ギルドに着くと、さっそく掲示板に張り出された『依頼』を物色した。
 巨大な壁一面にずらりと依頼が並んでいる。
 Fランクの彼でも受けられる仕事は多くあるが、薬草の採集や鉱石の採掘など、報酬のよい仕事はやはり専門性も高い。結局、誰かに弟子入りしてノウハウを学ばなければできそうにない。
 ヘルムートは鏡面のように磨き上げられた御影石の床の上をノシノシと歩きながら、同業者に混じって仕事を探した。貼りだされているような仕事は特に急募でないものが多いらしく、報酬も低かった。しかし、ギルドから割のよい仕事を回してもらうには、こういった小さなミッションを一定数こなすことが条件だという。

(『都市下水道の魔物退治』ねぇ。やれるとしたらこれぐらいか? アイツら嫌がるだろうなぁ)

 などと呟きながらも、依頼内容を確認する。そんな彼に背後から声がかかる。

「そこにいるのは、ヘルムートか?」
「ん?」

 ヒト種にしては背が高く、肩幅の広い彼は、顔を見ずとも後ろ姿でわかるのだ。

「おお! お前か」

 振り返るとそこにいたのは、青髪の青年である。
 ピーター・ベイン。
 同期で試験に合格した傭兵だった。ピーターは以前の縁もあって、ヘルムートに気さくに話しかけてくる。

「妙なところで会ったな。てっきり西の方に帰ったのかと思ったが……」
「本隊に合流しようにもな……」

 隊の実情をうっかり口外しそうになり、ヘルムートはたくましい顎を触りながら苦笑いした。

「……いやいや、せっかく冒険者の聖地に来たのだ。経験できることはしておきたいだろ?」
「居心地がいいから離れたくないのではないのか?」
「まぁ、それもないとはいわん」

 ピーターが所属する傭兵団『三首竜』もこの街にささやかな拠点を置いている。
 上の連中は商売敵だが、下っ端同士なら同業者として馬が合うのだ。

「隊長さんは元気か?」
「ああ、ザリッツ隊長も依頼を受けて仕事に行ってる」
「そりゃあ冒険者としてか? 何の依頼を受けたんだ?」
「木材の運び出し作業さ。どっかの冒険者が無茶やらかして、原生林を大量に伐採しちまったらしい。周囲を見張りながら運ぶんで、冒険者が一定数いなきゃいけないんだと……」
「またずいぶん地味な依頼を受けたもんだな」
「ははは、熟練者が指導してくれるのならともかく、初心者ばかりで無茶なミッションを受けてやろうとは思わんそうだ」

 ピーターは笑いながら、肩をすくめた。
 西部の傭兵たちの間でも『冒険者の資格』というものに注目が集まりはじめて、20年ほどになる。たとえ単純労働であっても、冒険者ギルドが身元と保証してくれるというだけで、比較的良い稼ぎにありつける。日雇いの人足仕事など本来なら半分近くを元締めに搾取されるのだ。

「かくいう俺も用水路の護岸工事に行ってきたところさ」
「ピーター。冒険者になったのにわざわざそんな仕事を請け負うのか?」
「ああ、今ちょっと給与の支払いが滞っててな」
「ええ!?」

 『三首竜』も給与未払い。
 それを聞いたヘルムートは声を上げて仰天したが。

「ん、どうした?」 
「…………いや、何でもないんだ」

 ウチもそうだと言い出しそうになり、慌てて取り繕うヘルムート。

「ははは、おかしなやつだな。
 『黄金の鷲』じゃそういうことがほとんど無いとでもいうのか?
 だとしたらぜひとも乗り換えたいところだな」
「いやな。お前やザリッツは、魔物狩りの訓練がてらだとばかり思っててな。てっきり……」
「ああ、そういう意味か。まぁ、そうだとよかったんだが。今、西のほうで大規模な作戦が進行中で、こちらまで資金を回す余裕がないのだそうだよ」
「大規模な作戦?」

 もしかしたら、『黄金の鷲』も参加しているのだろうか?
 あるいは敵同士になっているかもしれない、などとヘルムートは思案を巡らせた。
 難しそうな顔で問いかけるヘルムートに、ピーターはあっけらかんと返答した。

「内容は知らん。金になるダンジョンでも見つかったんじゃないか? その支配権確立のために貴族様が人手を集めてるのなら有り得る話さ」
「おい、ピーター。余計なお世話かもしれんが喋り過ぎだぞ」

 ヘルムートはピーターをたしなめた。
 クライアントの事情や、軍団の作戦行動について、ヘルムートやピーターのような兵団下層構成員が詳しく教えてもらえないのには、こういった傭兵同士の横のつながりから漏洩するからである。
 上に信用されたければ、沈黙が金なのである。

「単なる憶測、流言飛語だ」
「上が給料を払ってくれないきゃ、そのぐらいの噂は自然発生するさ。運良く冒険者になった俺達は副業で食い扶持ぐらいは稼げるが、他の連中は日雇いで食いつなぐしかないんだぞ?
 『今の作戦が終わればまとまった金が入る。そういたら未払い分も合わせて多めに払ってくれる』……などと、まことしやかな儲け話でも吹聴しなければ借金もできない」
「まぁなぁ……」

 小さな町なら用心棒の仕事もあるだろう。だが、この都市は冒険者の聖地だ。十分治安が良い上に、自分たちより強い戦士などゴマンといる。巨漢のヘルムートがさらに見上げなければならない蜥蜴族や虎人族が街を闊歩しているかと思えば、一個中隊に匹敵するであろう蟲魔を涼しい顔で一捻りにする若干8歳の怪物(バケモノ)も存在する。
 連中が暴れだせば、十把一絡げの傭兵風情が徒党を組んだところで気休めにもならない。お呼びではないのである。

 ヘルムートたち傭兵にそれなりの地位があるのは『貴族』に雇われているからだ。
 貴族との御恩と奉公の関係があるからこそ、『名誉ある傭兵』としての社会的な信用はある。しかし、結局彼らも『衣食足りて礼節を知る』のである。食い詰めてしまえば規律が緩むのも仕方がない。

「やれやれ。結局は、金、金、金……だな」
「でかい儲け話でもあればいいんだが、そう簡単には転がってないだろうさ。鎌土蜘蛛の素材と冒険者ライセンスは棚から落ちてきたがな。ははは」

 などと、呆れた表情で談笑する二人。
 さらに、そんな二人の不意をついた方向から声をかける者がいた。

「儲け話ならありましてよ? お二人さん」

 女の声だ。
 商売女のような男に媚びた口調ではなく、貴族のように凛として、湧水のように透き通り、それでいて男を虜にするような魔性の声質。
 もし心当たりがなければ、思わず振り返り、その主を確認したくなるのは男の(さが)であろう。
 ただ、その声の主にトラウマに近いレベルで『心当たり』があった二人は戦慄した。

(振り返りたくねぇ!!) 

 不吉な予感に襲われた二人は、その声を聞かなかったことにした。そして、示し合わせたわけでもなく脱兎のごとく駆け出した。
 周囲も何事かと振り返る。大の男がふたりして、獅子の声を聞いた鹿のごとく人混みをかき分けて全力疾走した。

 しかし、気がつけば目の前に『それ』はいる。進もうとした方向にことごとく回りこまれてしまう。
 二人には何をされたのかまったくわからなかった。
 肩で息をする二人に涼しい顔をして彼女は告げた。

「知らなかったのですか? A級冒険者からは逃げられませんのよ?」

 少なくとも催眠術だとか超スピードだとか、チャチなものでは断じて無いのだろう。
 それがジュリア・フライアのなせる技なのだ。
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