挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

61/78

第四十七話 政庁にて


 ― リナ視点 ―

 都市の南側は行政の街らしい。
 街の中央部では政庁、税務署、司法院、商工会議所などなど、まるで自由都市同盟の建築技術の粋を競い合うかのように背の高い建物が立ち並んでいる。
 そこからやや北に位置する商店街の人々が「どうせ日陰になるのなら」と開き直ったかどうかは知らないが、大通りは立派な屋根に覆われていた。
 雨や日差しに苛まれないという利点は地下街と同じだが、あっちが宵闇の中の幻想的空間なら、こちらは明るく開放的な街歩きを楽しめる。
 北の商人街が玄人相手の問屋、卸売で活気にあふれている一方で、この政庁街はお偉いさん方が立ち寄る高級喫茶店や仕立屋など、比較的豊かな市民相手の小洒落た商売が隆盛していたようである。

 そんな品の良い商店街を、職場の仕事着(ウェイトレス姿)で歩いていると、街の一区画先から粗野な男の叱咤の声が鳴り響いた。

「オラァ! アブねぇぞ!! ライセンス持ってない奴は下がれ、下がれ!!」

 通りには人だかりができていた。
 私は人垣をかき分け、事態をなんとか見聞できるところまで近づくと、野次馬の一人に声をかけた。冒険者の街ではあまり見かけない品の良いウェイター風の紳士である。

「何かあったんですか?」
「ああ、街中で魔獣が暴れてるんだ」

 おかしな話だ。
 町はずれならともかく、こんな政庁の目と鼻の先で魔獣の出没騒ぎなんて前代未聞である。
 一体、何のための城壁かと。

「んな馬鹿な……」
「馬鹿じゃなくて、河馬だよ。陵守の『火廣河馬(ヒヒイロカバ)』がなぜか市街地に迷い込んできたみたいなんだ」
「陵守の?」

 騒ぎに方へ視線を移すと数人の男たちが一匹の獣を取り囲んでいた。
 獣は実に珍妙な生き物だった。大きな頭はなんとなく四角く、体は牛や豚よりずんぐりむっくりとして、手足は短い。緋色の皮膚は実に固そうだ。時折、口を広げて包囲する男たちを威嚇するのだが、これがまぁ大きく開くこと開くこと。

「あれが河馬?」 

 ものすごく鈍そうな魔物である。凶暴そうにも見えない。
 昨夜、陵墓に行ったときは気付かなかったが。

「あんな姿をしているが、『火廣河馬』のレベルは5。都市で使役されてる使い魔のなかじゃ、飛竜の次に強いらしい」
「え? あれって使い魔なの?」
「陵守で飼われている。普段はおとなしいのだが、水中だと蜥蜴族も勝てないという怪物さ。こいつらがいるから御陵には近づけない。それが何故かしら、市街地に迷い込んで来たんだよ。あれはたぶん術者の制御を外れて我を忘れてるなぁ……」

 ほうほう。そーか、水の中にいたのか。
 空から近づいたんで気づかなかったな。ちなみに帰りはステラを担いで、水の上を走ったのでその時も気づかなかった。
 それにしても陵守じゃ、レベル5の魔物なんて飼ってるのか。たしか4以上の魔物を使役する術は機密指定。もしかしたら、クマにも応用できるかもしれない。あとで、ステラに聞いてみるとしよう。
 野次馬の紳士は頼んでもないのにいろいろと解説してくれる。

「ああやって居合わせた冒険者のパーティーが囲んでいるが……」
「倒せないの?」
「粋がってるはがあれはまだ駆け出しだろ? レベル5の魔獣は、中級以上じゃないと討伐は難しい」

 口ほどにもない冒険者たちのご活躍に、少々落胆した様子でコメントする野次馬紳士。
 冒険者のパーティは5人。全員若いヒト種の男だ。
 レザーアーマーを着こんだ剣士が2人に槍使いがいて、この3人が主力らしい。
 剣士の一人は盾を構えて、河馬の注意を引きつける役。あとは、弓使いと魔術師が一人ずついて、この二人は一歩離れて対応。今回はあまり役に立ってないようだ。
 というか、傍から見ててもあまり連携が良くない。

「その上、火廣河馬は御陵と聖殿を守る天子様の御使いだ。捕まえるならともかく、殺生はまずい。あの程度の初級冒険者じゃあ、まず無理だろうなぁ」

 たしかに討伐より捕獲の方が難易度は上がる。
 河馬を取り囲む冒険者たちは、剣、槍、盾を振って威嚇するだけ。弓使いも弓をつがえず、板で河馬の視界を塞ごうとしているだけだ。

「上手いこと魔術で眠らせて巫女さんに引き渡足せればいいんだが……」

 しかし、特にあの魔術師はこういう経験がないのだろう。オロオロと立ち尽くすのみである。だが、そんな魔術師くんをリーダー格の男が怒鳴りつけようとしたときである。

「何してる! このノロマ野郎! さっさと魔術で眠らせ……ぐはぁ!」 
「た、隊長……がはぁ!」

 油断大敵。河馬から目を話した瞬間、パーティの包囲網は攻城鎚のような強烈な突進であえなく突き崩された。冒険者たちを蹴散らした赤い水棲の獣は、ドドドドドっと地鳴りのような足音を響かせてこちらへ猛然と迫ってくる。

「うわぁ!」
「ヤバい、ヤバい!! 逃げろ!」

 よほどヤバいのか、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う野次馬のみなさん。
 橋の欄干や街灯によじ登り、難を逃れようとする面白い人までいる。
 たしかに図体に似合わずなかなか走るのが早い。一見間抜けだが、上に逃げるのは賢い判断なのかもしれない。あの巨体ではさすがにジャンプはできないだろう。

「やばいよ! お嬢ちゃん。早く高いところへ!」

 河馬は唯一残った私を標的に突撃してきた。……だが慌てることはない。

「大丈夫よ。このくらい」

 猛獣といっても、心なしか何かにおびえているような暴れ方だ。
 経験上、こういう魔物を黙らせることはどってことはない。

「ぶもーーーーー!!」

 雄たけびをあげて突進する河馬。
 私はその場で跳躍し、空中で体をひねるとその巨体の上に飛び乗った。馬乗りではなく、曲乗りだ。
 そして河馬の硬い頭頂部に手を当て、『波動』でその脳を直接揺す。もちろん死なない程度に手加減はして…。
 私が魔法を放つと、全力疾走中に平衡感覚を失った河馬は、無残にも青果店の中に突っ込んだ。
 直前に飛び降りた私は、華麗に着地。
 河馬が突っ込んだ店の棚が壊れ、ガラガラと崩れ落ちる音が収まると、人々が覗き込むように顔を出した。

「あ、もしかしてこのお店の人?」
「あ、ああ……」

 山のようなりんごに中に頭を突っ込んで動かなくなった河馬を見て、呆気にとられながらもうなずく果物屋の店主。

「悪いわね。売り物台無しにしちゃって、生憎いま弁償できないんだけど……」
「こ、殺しちまったのか?」
「ううん、軽い脳震盪よ。手加減はしたわ」

 頭蓋の中の脳が受けるダメージは、ヒトも魔物もそうかわりはしないという。この程度で充分だろう。

「それより、いつ目を覚ますかわからないから、今のうちに縛るなり檻にいれるなりにした方がいいと思うわよ?」

 私がそう告げると、やがて呆然とした人々から歓声が沸き起こった。

「凄いじゃないか! お嬢ちゃん!!」
「あ、あの子……何者だ?」
「知らないのかい? 旅籠のウェイトレスだよ。ミリィちゃんの後輩の…」
「ああ、あのアマルダの店の!?」
「そういやいたなぁ!」
「それより、見事だったぜ! 今の」

 まぁ、悪い気はしない。
 少し離れたところで唖然と立ち尽くしていた冒険者パーティに、威勢のいいおばちゃんが檄を飛ばす。

「ほらほら、アンタ達、何してんだい! 女の子がここまでやったんだから、その河馬を縛っとくぐらいしなさい!」

 そういわれて、口ほどにもない駆け出し冒険者の5人は、面目なさそうに作業を開始した。雑貨屋さんにロープを提供され、動かない河馬の巨大な身体の下に縄を通そうとするが、悪戦苦闘しているようだ。
 ………ふと思ったが、あんな巨体、縛るだけでいいのだろうか?
 見てると、あまり手際が良くない。

 まぁ、いいか。冒険者(プロ)なんだし、きっとうまくやるだろう。
 手柄は譲る。同時にもし弁償の話とかになったら、こいつらに建て替えてもらう。ギブ&テイクである。
 私は、軽い足取りでその場を後にした。


   *   *   *


 さて、私がなぜ『政庁街』を歩いていたかというと、仕事だからである。
 表向きは、お爺ちゃんのお使いだが、差し金は巫女姫ステラ・ブランシェだ。
 どうやら、ステラがお爺ちゃんに何か頼み事をしたらしい。
 一応、お爺ちゃんは旅籠のお客様だし、私はそこの従業員なのだから、お客様のご要望をお断りするわけにはいかない。また、野暮用とはいえ、今私が抱えている『ミッション』の手がかりになるかもしれないので快くお使いを引き受けたのだ。

「え? 市長に、ですか?」

 政庁のインフォメーションカウンターに座る受付嬢は、予期していなかった質問に少々困ったという顔をした。

「そうです」
「あの……失礼ですが、どちら様ですか?」
「ああ、私、冒険街の宿屋『アマルダの旅籠』に勤務するリナ・スタンレーと申します。本日は当店に滞在中の賓客、剣聖シュナイデル・ファルカ様より、言付けを仰せつかりまして………」

 政庁の『いんふぉめーしょん』というカウンターに座る受付嬢に、ファルカ家の紋で封印された書簡を見せる。

「『これを市長に届けるように』と」
「………しょ、少々お待ちくださいませ!」 

 受付嬢の一人は足早にカウンターを出て、上司と思われる中年の男と相談を始めた。幾つもある窓口に受付嬢が座り、渡された整理券の番号順に客を呼び出していた。そう。ここでは市民が『お客様』なのである。地位が高かろうと高額納税者であろうと受けるサービスは同じなのだ。
 待つように言われた私は、近くに誂えられたベンチに腰掛けて、吹き抜けの天蓋を見上げる。
 小さな子供並の感想だが、『すごい建物』だ。かつて帝都の大聖堂から来訪したある枢機卿は、立派すぎるエントランスホールを見て『天帝聖下への冒涜』と激怒したらしい。たしかに逸話通り窓口にしては立派過ぎる作りだ。王宮の『謁見の間』よりも訪れる者を圧倒する。
 貴族の感覚から言えば、行政手続きなどというものは従者がやるべき雑事であり、このような壮大な空間は必要ない。フラグルの森にあったような掘っ立て小屋でも事務手続きはできるのだから、無用な長物のはず。
 なのに観葉植物飾ったり、キラキラ輝く観賞魚が泳いでいたりする。あげく、噴水が時刻を表示したり、定刻になると機械じかけの楽隊が音楽を演奏したりと、驚くことばかりだ。
 物珍しさにキョロキョロしたり、驚き呆れて口を開けてぽかんと見ているのが外交でここを訪れた貴族らしき連中やその従者であるというのが実に情けない。

「お待たせしました。ミス・スタンレー。こちらへどうぞ」
「はーい」

 先ほどの上司らしき中年男性に呼ばれ、『職員以外立ち入り禁止』の扉をくぐる。さらに通路を進み、応接室に案内された。テーブル正面に花が生けられている以外は飾り気のない応接間だ。カレンダーと整理整頓と書かれた張り紙はさすがに装飾品ではないだろう。
 腰掛けるように促されたので、革張りのソファーに座る。派手さは全くないがこの都市の職人の手によるものなのか、作りと座り心地が実にいい。
 職員にコーヒーで饗され、それをかき混ぜていると。

「お待たせいたしました」

 と、女性職員が現れた。
 パリっと糊の効いた上着にタイトスカート。縁無しメガネの頭良さそうな人である。 

「はじめまして、ゼフィランサス政庁の上級職員のエヴァンスといいます。ゼフィランサス市長ジェファーソンの書記官を務めております」
「リナ・スタンレーです。よろしく」

 軽く頭を下げられたので、私も立ち上がって応じる。
 やがて係の人がエヴァンスさんにもお茶を持ってきた。

「スタンレーさんは、剣聖ファルカ様からのお手紙を言付かった、と?」
「はい。そうです」
「残念ですが現在、市長は会議に出席しております。よろしければ、私がお預かり致しましょう」
「いえ、直接手渡して欲しいとのご要望なので、待たせていただきたいのですが………」
「直接……で、ございますか?」
「はい。その場で返事を聞いてきて欲しいとのご要望なのです」

 もちろん嘘だ。そこまでは言われていない。
 けど、こちとらガキの使いではございませんのでね。せっかくだから実際、市長に会って面識を持っておきたい。思いっきり勿体ぶっておこう。

「お客様のご要望に可能な限りお応えすることが、当店のモットーでございますので」
「さ……左様でございますか」

 エヴァンスさんは笑顔を装ったが、一瞬、迷惑そうな顔をする。
 どこかの本で読んだのだが、演技でなければ人間の本心というのは一瞬だけ顔に出るらしい。逆に一秒以上の表情ならば、それは『お芝居』だという話である。
 まぁ、すぐに片付くはずだった来客が『長っ尻』をはじめたらそりゃあ迷惑か。無理もないな。

「ですが、スタンレーさん。旅籠のお仕事の方はよろしいのですか? 会議は長引くかもしれませんが」
「今はちょうど昼休みですし、これは大切なお客様のお使いなのでお仕事の内です。長引くようなら遅刻の理由を上司に説明すればいいだけですから。……でも、もしご迷惑でしたら出直しますが?」
「いえいえ。そのようなことはありませんわ」
「そうですか。では、ここで待たせて頂いてよろしいのですね?」
「はい。ごゆっくりなさってください」

 おし。言質取った。
 これで午後のシフトに遅刻しても『引き止められた』という言い訳が立つ!
 ……まぁ、それは些細な事だが。
 ティーカップに口を付けると、エヴァンスさんは世間話を始めた。

「ファルカ様はやはり今日もお忙しそうですか? 先日もこの政庁にいらしたのですが…」
「はい。今日はお知り合いを訪ねると言われて外出されました」

 ボケた爺ちゃん相手に一つ一つ慇懃な敬語使うって面倒だね。
 このエヴァンスという人はカップの握る手の形と角度も極めて正しい。こういう細かい作法に気をつけてる人は、この都市には少ない。たぶん貴族ともお付き合いのある人なんだろう。上級職員は外交もやるらしいから当然か。
 それより、この人こそ仕事しなくていいのだろうか? 私とお茶してることが上級サマの仕事というわけでもあるまいに。
 扉がノックされてドアが開く……。

「エヴァンス書記官。ちょっと……」

 ほーら、部下の方が呼んでますよ。

「なんです?」

 部下の人が視線を下に落とすと、扉の隙間から灰色の猫が入ってきた。
 普通の猫ではない。
 背に女の子が乗っている。猫の背中に乗れるくらいだから、どれくらい小さい女の子かは想像できるだろう。
 小人族の女の子だ。
 髪はウェーブのかかった緑色。その配色にマッチした淡い赤のチュニック。動き安そうなミニチュアのズボンやブーツはやはり自前で作ってるんだろうか? 女の子はまるで騎乗の伝令兵かの如く、凛とした姿勢で精一杯の声を出す。

「黒猫伝報です! ロゼッタ・エヴァンス様へメッセージを預かっております!」

 猫は灰色なのに黒猫伝報とはこれいかに。まぁ、『黒猫』っていうのは社名なんだけどね。最初私も驚いたが、このゼフィランサスでは小人族だって働いているのだ。
 黒猫伝報とは小人族が運営するメッセンジャー企業である。小人族が使い魔の猫に騎乗し、塀や屋根の上、床下、狭い建物の隙間といった移動経路を縦横無尽に駆け巡り、伝言を届けてくれる。商人や冒険者たちは都市の中で仲間とメッセージのやり取りするのに大変重宝しているそうだ。しかも、お値段リーズナブル。
 小人族は、衣食住に金がかからないから人件費が安くて済む。猫だけではなく、長距離を移動するのに隼、夜間を飛ぶのに梟も使い魔として使役しているという。

「カイル・フラットレイ様からです」

 小人さんの口から、知った名前がでてきたのには驚いたな。
 一緒にフラグルの森に行ったフラットレイとは、世の中は狭いものだ。それともフラットレイの顔が広いのだろうか?
 女の子は背中に背負った筒から、丸めた紙を取り出す。 
 それをロゼッタに手渡そうとするが……。

「その場で読み上げてください」
「よろしいのですか?」

 私の方を一瞬見て、念を押すメッセンジャーさん。

「フラットレイさんからなら、公務には関係ありませんから」
「そうですか。では……」

 ミリィから聞いた話だが、黒猫伝報はスピード重視の伝達手段である。漏えいして困るような情報は送らないというのが慣例なのだそうだ。つまり、私に聞かせてもどうということはないメッセージなのだろう。
 女の子は読み上げた。

「タクミファルカ タイホサル シエンヲモトム」

 それを聞いたエヴァンス女史は、閉口したまま咳き込んだため、口に含んだミルクティーを鼻孔から盛大に噴出したのだった。

 ……………てか、アイツは一体何をやらかしたんだよ?
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ