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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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幕間 追跡者フライア


 その日、陵墓を守る濠に、巨大な水柱が立ち上った。
 都市の人々が「何事か」と騒ぎ始めると、やがて聖殿に発生した異変に気づいたものも増えた。

 なにしろ陵守が秘術で従える水棲の怪物『火廣河馬』が、気絶し、腹を晒して対岸に流れ着いて来きたのだ。陵守の出先機関、『護陵神社』から『聖殿』に向けて、再三問い合わせの伝鳩を飛ばしたが、返答は『調査中』である。
 かえって異変が疑われてしまうのも仕方がない話であろう。

 さて、いよいよ異変を隠せなくなった聖殿では、ジュリア・フライアが仰向けに倒れる巫女頭セリアの腕の付け根を触診していた。

「ぐ……」
「命には別条はありませんが、鎖骨が折れていますわね」

 骨折程度ならば問題ない。治癒術師に診てもらえばすぐに治るだろう。
 しかし、このざまはなんだ? 
 畳が引っぺがされ、襖戸が蹴破られ、散々に荒らされた聖殿の一室で、セリア・ウィーゼルは苦悩を抱えていた。

「油断しましたか? セリア」
「油断など!」

 そう。油断など関係ない。単純な実力差だろう。
 彼を怒らせた。それだけだ。
 甘く見た覚えはない。セリアは畳返しを放たれた時から、自分と同格の使い手と対峙するつもりで戦ったのだ。油断ならぬ相手と判断したからこそ斬りかかった。
 しかし、潔く敗北を認めるにはあまりに悔しい負け方だった。自分が相手の実力を図り損ねたのだ。前もって、フライアに忠告を得ていたにも関わらず。

「まさか、『無刀陣』とはね……」
「『無刀陣』?」

 傍らでセリアを介抱していた背の高い巫女。エリーナ・ハミルはフライアが呟いた技の名前を聞き漏らさなかった。

「フライア様、それはどういう技なのですか?」
「原理は『手押し相撲』と同じですわ」

 誰でも知ってる子供の遊びだ。
 二人で向かい合い、お互いに掌をぶつける。バランスを崩し、足を踏み出した方が負け。
 むろん、自分より大きな相手を崩すことは難しい。自分と同じ程度の相手を崩すのにだって、思い切り腕を突き出さねばならないだろう。さりとて、力いっぱい腕を突き出したところを、相手に透かされればたちまち自滅する。
 そういう賭け引きのゲームでもある。

「鍔迫り合いの最中、相手が渾身の力で押し込む瞬間を見切って刀を手放す。相手の押しを透かすと同時に同時に踏み込んで、拳打を叩きこむカウンター技ですわ」
「つ、鍔迫り合いの最中に……」
「刀を………手放す?」

 迫りくる敵の刃に向かって踏み込み、拳を叩きこむ。御陵の守護者として武術の心得のある武装巫女たちは、それがいかに困難であるかを理解した。
 相手の踏み込みを察知していなければできない芸当だ。機先を予知したところで、頭を使って身体を動かしていては到底間に合わない一瞬である。その瞬きより短い刹那を見切り、刀を手放すという賭けに出るなど尋常ではない。握りを緩めるタイミングが早すぎても遅すぎても頭を割られるだろう。
 まさに神業だ。
 模擬戦でならば『試してみる』かもしれないが、実戦で命まで奪おうという相手に使える技ではない。そもそも斬り合いの最中に刀を手放すなど狂気の沙汰である。

「ほ……報告します!」

 伝令として走ってきた巫女シャーリー・フィールズに巫女頭セリアは激痛に耐えながらも身を起こし、詰問した。

「あ、あの…子供は?」
「………その……巫女頭様」

 膝を付いて頭を下げ、シャーリーは報告する。

「逃がしました。申し訳ございません!」

 少年はまんまと逃げてしまった。彼はセリアを退け、武装巫女を手玉に取り、剣林弾雨を掻い潜り、包囲を脱したのである。
 だが、いかに素早く逃げ回ろうと聖殿は水に囲まれた立地。濠の中には獰猛な火廣河馬が生息する。逃げ場はないはずだと投降を呼びかけた。
 しかし、少年は濠に飛び込んで逃亡した。
 飛び込む直前、シャーリーは彼に危険だと警告するが、彼は聞き耳を持たず、水中に身を投じたのである。
 シャーリーたちは慌てて桟橋から舟を出そうとしたが、水面に突如現れた巨大な渦に舵を取られる。直後、爆音とともに水柱が立ち上った。
 呆気にとられるシャーリーたちの前に空から落ちてきたものは、『火廣河馬』の群れだった、と。

「そ……そんな、バカな……」
「だから言ったでしょう? 陵守巫女の包囲を難なく突破できるのは、私か彼・ぐらいだと」

 少年が逃げおおせたという結果に、ジュリア・フライアは喜色を隠さない。

「まぁ、彼は下手人ではないでしょう。
 しかし、賊も彼と同格。だとすると陵守の手に負えまして?」

 敗北を悟った陵守の長セリア・ウィーゼルはしばし瞑目し思案した後、目の前の美しき冒険者に恭しく傅いた。

「ジュリア・フライア殿。陵守は協力を惜しみません。どうか巫女姫様をお助け下さい」
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