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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第四十六話 紳士

 昼下がりの冒険者の街。
 濠の水を市街地へ引き入れる水路から、一人の濡れ鼠が這い上がった。
 夏の日差しを浴びた石畳の上をペタペタと歩き、上半身に来たものを脱ぐと力を込めてそれを絞る。
 一体、どんな『濡れ鼠』かって?

 ああ、俺だよ。こん畜生!
 『濡れ鼠』で悪いか!? 弓矢で『ハリネズミ』にされるよりマシだろうが! スットコドッコイ!
 キチ○イ巫女どもの猛攻をしのぎ、なんとか聖殿から市街地まで泳いできたんでい。

 俺は聖殿の中、巫女さんに追い回され、たまらず濠へ飛び込んだ。
 そこには河馬がいた。
 複数。というか群団で。
 たぶん水中から侵入してくる敵を排除するため飼育された使い魔なのだろう。これがまた厄介な連中だったのだ。

 河馬は強い。
 強力無比な顎と、あの巨体に加え、地上でも水中でも移動速度は人間をはるかに上回る。
 実際、アフリカでは河馬は二番目に犠牲者を出してる動物らしい。
 凶暴なのだ。

 まして、番犬がわりの『使い魔』である。
 戦闘用に調教された正に水辺の殺し屋だ。そんな化け物に俺は水中戦を強いられる羽目になった。

 つーか、やりすぎだろ陵守。
 なんでそんな下らねぇことに仕事熱心なんだよ!

 とにかく、俺は自分の持てる魔術を駆使して何とか脱出してきたのだ。

「………おい。坊主、どうした?」
「あ? んだよ。オッサン!」

 日ごろは紳士な俺でも、さすがに今日みたいに散々な目に合うと理性が維持できないらしい。
 心配して声をかけてきた行商人に対しても、邪険に受け答えしてしまう。

「水泳だよ、悪いかよ!?」
「悪いも何も、お濠や水路で泳ぐのは御法度だぜ? お前さん」

 …………そうだったな。さーせん。
 この都市の連中は陵墓には敬意を払ってる。水浴びが好きな種族だってちゃんとルール遵守して違法遊泳なんてしないのだ。
 どっかの宗教法人とはえらい違いだよ。

「そもそもお濠で泳ぐたぁ、命知らずだなぁ。陵守の河馬ってやつは凶暴だぞ? まぁ、市街地まではこないが」

 ああ。いたな。
 めちゃくちゃ凶暴だった。
 固有精霊に『大雪山おろし』を憶えさせてなかったらと思うとゾッとするぜ。
 育ててよかったゲッ◯ー3。
 ……もう使う機会はないだろうけど。

「ん? 誰かと思えば、昨日の坊やじゃないか?」

 昨日の?
 ああ、そういえば。
 こちらも誰かと思えば、昨日ロゼッタをいじっていた的屋のおじさんである。
 今日は冒険者街で露店を開いているようだ。
 扱ってる商品が冒険者のニーズに会っていないのか、昨日より客足が芳しくないが。

「どうしたんだい、その恰好は? ママとケンカしたってのかい?」

 わが子をこんな目に合わせるママは、さすがに児童相談所に通報されるわな。
 この都市にそういう行政機関があるのかどうかは知らないが、一応、ロゼッタ(ママじゃないが)の名誉のために否定しておくか。

「ママじゃありませんよ。刃物振り回すおばさんに襲われたんです!」
「ええ!? ……そ、そりゃあ、おい! とんでもなくあぶないおばさんだな!」

 だよなー。殿中で刃傷とか浅野内匠頭じゃあるまいし。

「ですので、水の中に飛び込んで逃げてきたという次第です」
「坊やも気を付けなよ? 最近、あぶない奴が多いからな」

 たしかに最近多いよな。あぶない連中。
 特になぜか俺の周囲に……。

「まぁ、ホントか方便かはしらないが…」

 そのとおり。半分本当で半分方便だ。いい勘してるじゃないか。
 どこかかみ合ってない会話をおじさんと続けていると、おじさんはずぶ濡れの俺を見かねて手ぬぐいを一枚差し出してくれた。

「これ使いなよ」
「でも、これ売り物なんでしょう? あいにく、いま手持ちがなくて……」

 荷物も財布も聖殿に置いてきてしまった。

「なぁに、お代はいいってことよ。どうせ売れ残りだ。一枚ぐらい気にするこたぁない」
「あ、どうも」

 奇特な人だ。
 次、この人の露店を見かけたら、必ず何か買うことにしよう。
 うーん。しかし、困った。
 手ぬぐい一枚じゃ帰れないぜ。なにせクルリス村は、50キロも北だからな。
 聖殿は土足厳禁だから、そこから逃げてきた俺は、今靴も履いてない系なのだ。

 ……というより、俺って陵守から指名手配されてないだろうな?
 冷静に考えれば、あれは短慮だったかもしれない。理不尽だろうと何だろうと陵守は『聖殿』や『陵墓』で発生した犯罪に関して捜査権と逮捕権を有している。たとえ冤罪だったとしても、武器を突きつけて一時的に容疑者を拘束することが法律で認められている。その捜査を邪魔することは公務執行妨害に当たるのだ。巫女さんたちがド素人だとしてもそれが法律だ。

 つまり、俺が畳返しや小太刀を奪って反撃てしまった以上、あのキチ○イ巫女頭のやったことも違法ではない。公務執行妨害が成立してしまうのだ。
 陵守がそうお上に訴えられると下手すりゃ警備隊も見逃してはくれないだろう。もし、城門に張り込まれてたら都市から出れない。 
 困った。

「ところで、さっきの見たかい?」

 考え込んでいると、おじさんが急に話を振る。

「……なにをです?」
「さっきの凄いやつさ」
「凄い奴? 僕は水の中にいたんで何も見てないんですが………」
「あ、そうかい。見てないのかい」

 「そりゃ残念だ」と、おじさんは小さな目玉をぱちくりさせて、楽しそうに語る。

「何かあったんですか?」
「いやぁ、聖殿の方にね…。そりゃあもう凄い水柱ができてたんだよ。城壁よりもでかい奴さ。もう凄いのなんのって!!」

 「凄い」を連呼するおじさん。
 よほど、凄かったんだろう。
 その水柱はたぶん俺の固有精霊が放った『大雪山おろし』だ。
 EN消費が激しすぎるので、多用できません。

 周囲を見回すと、町の人が騒いでいる。濡れ鼠のことなんてだれも気にも留めてない。
 「ドジな子供が水に落ちた」ぐらいの認識だんだろうな。
 足早に陵墓の方に向かう人々の会話に耳を傾けると…

「おい。聖殿の方で何かあったらしいぜ?」
「河馬が死んだ魚みたいにプカプカ浮かんでたってよ」
「ホントかよ!?」
「行ってみようぜ!」

 などという会話が聞こえる。
 ……やりすぎたか。

 公務執行妨害に加え、動物虐待まで罪状に加わったらたまったものではない。俺は出来る限り水切りした上着に袖を通すと、人々とは逆方向に裸足で歩き出した。


    *   *    *


 俺は、アマルダの旅籠に戻ってきた。
 戻ってきたといっても、こっそり窓から侵入させてもらった。
 他に選択肢が無かった。フラットレイやカーミラのお宅に転がり込んでも迷惑がかかる。余人は巻き込みたくない。
 なにしろ相手は腐敗した陵守だ。
 まずは爺さんに相談し、穏便に解決する方法を考えてもらおう。

 陵守は『逮捕権』を持っている。公権力として。
 向こうがどういう出方をするかわからないが、あまり横暴な出方をするのなら、巫女頭セリア・ウィーゼルがほのめかした墓守の利権濫用について、俺が告訴することになるかもしれない。爺さんの七光りを頼る他はない。

 別に爺さんに言いつけてその虎の威を借ろうってわけじゃない。
 トラブルに直面したら、報告、連絡、相談が常識だろ?
 何でも俺個人で決めてしまえば、責任は全部自分が背負わねばらない。しかし、報連相ちゃんとをやることによって、責任は知らせを受けた『偉い人』が肩代わりしてくれるのだ。

 まずトラブルに見舞われた俺は保護者たる爺さん、剣聖ファルカに報告する。
 剣聖ファルカは『偉い人』のお知り合いの中で、信用のおける信用のおける人物を吟味し、その人に連絡するだろう。
 そして、そのお偉いさんは高い給金で雇ってる優秀な参謀たちと相談した上で決断を下すのだ。
 いたって真っ当なアプローチである。報連相は義務です。市民。

 爺さんは有名人だし、都市のお偉いさんにも顔が利くので、事情を話せばなんとかしてくれるだろう。何より聖剣『三日月』の担い手であり、聖骸守護の第一人者だ。発言力もそれなりに期待できる。

「おじゃまします」

 俺は窓からこっそりと侵入に成功した。
 誰もいないスイートルーム。爺さんは留守らしい。まぁ、最近昼間は仕事で出歩いていることが多かったからな。今日もそうなのだろう。
 とりあえず服が濡れているので着替えることにする。
 俺は部屋を見回した。

「たしか、浴衣(バスローブ)があったはず」

 カリスマ女将が取り仕切るこの旅籠の従業員教育は実にしっかりしてる。
 爺さんの留守中に、清掃もベットメイキングも完璧に行き届いていた。
 ならばクローゼットには新しい浴衣を用意してくれてるはずだ。
 サイズは合わないだろうが、ないよりはましである。
 そもそも、俺は爺さんが帰ってくるまで外を出歩く気もないんだからな。

 俺は誰もいない客室で服を脱いだ。
 もちろんパンツも濡れてたので脱いだ。
 そして、浴衣を取り出すべく観音開きのクローゼットを無造作に開けたのだ。

「…………」
「ど、どうも……こんにちは……」 

 挨拶したのは俺ではない。
 クローゼットの中にいた茶色いショートカットの可愛らしいローティーンの少女である。 俺は、あまりのショッキングな出来事に沈黙したままだ。

「あの? どちらさま……ですか? あ、あの! 私はステラ・ブランシェっていいます!」

 目のやり場を捜索しながら、怪訝な声で尋ねる少女。
 見ちゃいけない現場を見た家政婦のように、気まずそうな表情である。
 つか、陵守の鬼婆さまが血眼になって探している巫女姫が、なんでここにいるんでしょうね?

 俺はなんか一瞬で投遣りな気持ちになりました。恥とか外聞とかどうでもいいや、っていう。
 俺は悟りを開いた僧侶のように微笑みながら、こう答えた。

「…………変態という名の……『紳士』だよ」
「は、はぁ……」

 こうして俺は巫女姫ステラ・ブランシェと初対面を果たしたのだった。
 フルヌード姿で……。 
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