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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第四十四話 なんでお前がここにいる?

 激しい「喜び」はいらない。
 そのかわり深い「絶望」もない。
 「植物の心」のような人生を……
 そんな「平穏な転生」こそ俺の目標だったのだ。

 それが何でキチ●イ貴族娘と決闘したり、性悪エルフの策略につき合わされたり、人喰いタランチュラとバトルしたり、中の人が50代無職の畜生の身元引受人になったりせねばならんのか。
 ぶっちゃけ、暴力や闘争なんて大嫌いだ。
 タクミ・ファルカは、ただ静かに暮らしたいんだよ。

 まるで大河ドラマの大道具のような荘厳な広間。その中央におかれた椅子に腰かけて俺は深々とため息をついた。
 いやいや、荘厳な空間といっても誤解するなよ?
 間違っても『お客様待遇』ではない。
 どっちかというと、うそ発見器に座らせられた囚人をイメージしてもらいたい。

 俺は容疑者として聖殿に連行されていた。
 聖殿は星天陵の濠の上に建てられてた水上の木造建築だ。都市側から出島として張り出した陵守神社のさらに奥にあり、陵守巫女たちが生活している。

 巫女さんの一人が針の先で俺の指にちょっとだけ傷をつけて、羊皮紙に描かれた魔法陣に血判つける。
 その他大勢の巫女さんは武器を片手に羊皮紙をガン見していた。

 羊皮紙に描かれた魔法陣は魔力のマッチングを行うための術式である。人間の魔力というのは、一人ひとり異なっており、固有の波形を示す。もし魔法陣が光を放てば、俺が昨夜侵入した賊であるという物的証拠となる。つまり、科学捜査ならぬ魔術捜査というやつだ。まぁ、物証がなければ御白洲裁きなんてできないよな。やや前近代的とはいえ、一応ここは民主主義都市国家なんだし。
 逮捕の理由を聞くと、全ては教えてもらえなかったが、なんでも「昨夜この聖殿に賊が侵入し、なにか大切なものを盗んでいった」とか。それで陵守の巫女さんたちが血相を変えて、その賊をさがしているんだと。
 ただこのやり方は門外漢の俺から見ても賢いやり方とは思えない。

「一致しません」

 巫女さんたちは揃って嘆息する。
 がっかりさせて悪いが、当たり前だろ。俺は下手人じゃないんだから。
 賊が何を盗んでいったかはしらないが、そもそも8歳の子供が、聖殿に侵入できると考える方が頭おかしい。
 ……とは思いながらも、内心ちょっと緊張していたことを白状する。
 もし陵守が俺に無実の罪を着せるつもりなら、このテストでわざと反応が現れるように細工し、結果を動かぬ証拠として、でっちあげただろうからな。
 ああ、よかったよかった。

「魔力の痕跡を偽装する方法は?」
「巫女頭さま。それを言い出したら、市民全員が容疑者です」

 言っちゃ悪いが、無能だな。こいつら。
 他に方法ねーのかよ。

 俺への容疑はやや晴れたようだが、『陵守捜査本部(仮)』には依然緊迫した空気が漂っていた。
 陵墓は機密の塊だ。よって、都市の中で犯罪が起こった場合、ポリスが捜査を行うのだが、陵墓や聖殿に賊が侵入した場合、捜査権は陵守にあるらしい。
 しかし、都市の最深部に位置する陵墓でこうしたことはめったにない。そのせいもあるんだろうな。彼女たちの捜査の進め方はド素人そのものだった。被疑者に目星をつけたら片っ端から逮捕して、この方法であぶり出そうというのだ。
 犯人逮捕までに羊皮紙が何枚必要なのかと。
 …………まぁ、せいぜい頑張りたまえ。

「では、容疑も晴れたことですし、これで帰して貰えますか? 僕はこれからキャラバンを追いかけなければいけないんですが」

 と、俺が許可を求めると。

「お待ちなさい。帰郷は見送っていただきます」

 上司巫女がすまし顔で高圧的なことを言い出した。
 冤罪でここに連れてきたというのに、まだ拘留するつもりなのか?

「こちらへ」

 さすがに縄で縛られ、刃を突きつけられての連行ではなくなったが、いまだに自分たちに非はないと言わんばかりの態度である。
 ふん、取調べか。まぁいい。事情聴取的なものだろう。
 俺の無実は証明されたわけだし、あまり拘留が長引くようなら、ロゼッタがなんとかしてくれるだろう。その位の貸しはあると思う。もし、自白を強要されるようなら、断固たる態度をとって後々の語り草にしてやる。

 静々と歩く巫女さんに着いていくと、お座敷に通された。
 色鮮やかな錦鯉の泳ぐビオトープに臨む風情ある客間だ。
 そこには先客がひとりいた。先客は座敷の上座に座り、朝餉をごちそうされていたらしい。
 その姿を見て、俺は条件反射で呟いた。
 ………ファック、と。

「なんでアンタがここにいる?」
「あら? ご無沙汰ですわね」

 長い金髪。紺碧の瞳。
 外見だけを評価すれば、見目麗しいと言われるエルフの中でもことさらに美貌を誇っていいレベルだろう。アニメの中にしか出現しないような完璧な造形物だ。
 ただし、その頭の中には『良心』の代わりにくそ袋でもつまってるんだろうがな。

 性悪エルフこと、ジュリア・フライア。箸と茶碗で飯を食うには少々ミスマッチな容貌だが、作法はお公家かのごとくなかなか様になっているのが忌々しい。
 最近、俺にふりかかる災難はコイツがすべての根源のような感じがするのだが気のせいだろうか?
 彼女は視線を俺に向けたまま、大豆製発酵食品の乗った白いご飯を咀嚼し、嚥下すると……

「ごきげんいかが?」

 と白々しく、会釈してきた。

「よろしいわけあるか」
「ここの精進料理はなかなか美味しいですし。貴方もいかがですか?」
「僕にはアンタと一緒に飯を食う趣味はない」

 そもそも、ここは料亭じゃないだろうが。

「あら、残念。風流ですわよ。ここは……」
「最初の質問の答えを聞いてない。()()()()()()()()()()()()?」

 一呼吸置いて、ジュリア・フライアは答える。

「私も吃驚しましたわよ。朝一番に屋敷にやってきて逮捕されるんですもの」

 ふん。要するに第一容疑者か
 まぁ、こいつなら前科ありまくりだろうからな。
 さもありなん。

「私、なんのやましいこともしてませんのに」
「嘘をつけ。どうせ心当たりありまくりだろうが!」
「まぁ、ひどい。天子様に誓ってありませんわ」

 誓われても誰が信じるかっ! 
 断言してもいいね。
 こいつは『生前の俺』と同じ時代に生まれていたとしても、平然と他人を陥れただろう。
 そういうやつだ。

「そこにお坐りなさい。あなたにどういう容疑かかかったか聞きたくありませんの?」
「座ったら教えてくれんのか?」
「ええ」

 正直、陵守が8歳の子供にまで容疑をかけて拘留する理由には興味がある。
 俺は奴の対面に腰を下ろした。
 疑惑は晴れたらしく、給仕の巫女さんが恭しくお茶を淹れてくれた。
 ……俺と歳はあんまりかわらない。さすがに、このお茶を断るのは傷つけるかもしれないのでありがたくいただいておく。

「……で、なにがあったんだ?」

 俺はどっかりと腰を下ろし、ぞんざいに無礼な態度を取った。
 70年以上年長者だが、コイツにだけは長幼の序は無用だろうさ。

「昨夜、ここに賊が侵入したという話は聞きまして?」
「ああ、だろうな。詳しく聞いてはいないが、だいたいわかるよ」

 大方、軍警備隊(ポリス)にも言えないようなモノを盗まれたんだろう。そうでもなけりゃ、犯罪捜査に関しちゃド素人の陵守が単独で動くわけがない。

「その賊ですが、凄腕だったという話です。幾重にも結界の張られた聖殿になんなく侵入し、そして、陵守の包囲網を突破してまんまと逃げおおせたそうですわ。しかも、現場に駆けつけた巫女兵10名を気絶させて逃亡した、と」
「ほほう」

 巫女の中には冒険者並の腕前をもつ武闘派もいるそうだ。魔術が使える奴だっているだろう。それを含めて10名蹴散らしたか。しかも、死傷させたわけではなく、気絶させて逃亡……となると、そういうことができる実力者はそう多くはないだろう。
 アレックあたりだと、たぶん無理だ。

「まず最初に私が疑われました。日も登りきらぬうちから、屋敷に踏み込まれて逮捕されましたわ。酷い話でしょう?」

 お前の場合、前科もありそうだからな。
 自業自得だ。
 俺だって最初にお前を疑うわい。

「もちろん、私も先ほど魔術のお調べを受けました。結果、現場に残った痕跡は私の魔力とは一致せず、私の無実は証明されました。
 しかし、陵守は賊の侵入については公表したくないようですわね。「事件が解決するまで伏せたい」と逗留を求められました。やれやれですわ」

 内向きな組織にありがちだな。身内の失態は隠したいとか。捜査の手順が稚拙なのもそのせいだろう。
 他所に協力を仰いでたら、8歳の子供に疑惑をかけるような真似はしないだろうに。
 あの巫女さん程度が相手なら俺でも可能かもしれないが、現に俺にはアリバイもあるんだし。

「で、なんで俺が次に疑われるんだ?」
「それは簡単ですわ。他に同じようなことができる人間に心当たりがないか? と尋ねられたので、私が貴方の名前を挙げたからです」
「ぶっ…!」

 ……くそ、むせた。
 口に含んだ茶を某ハードボイルド検事みたいに盛大に噴き出してしまったじゃねーかっ!

「お・ま・え・の・仕・業・か・っ!」
「だってぇ、一人で逮捕されるなんて寂しいじゃありませんかぁ……」

 こいつも、俺に恨みでもあるのか。 
 ドッキリを仕掛けた芸能人みたいな悪魔の微笑を艶やかに浮かべるフライア。

「まぁ、冗談はこのくらいにしておいて……」
「こっちは冗談じゃねぇぞ! お前のせいで旅の予定がめちゃくちゃだ! どうしてくれんだよ! このボケッ! アホッ! カスッ!」
「……どうせキャラバンなんて平地でもせいぜい一日10レギア程度しか進まないでしょう? 飛竜を飛ばせばあっというまに追いつけますわ」
「うわー、嫌だぁ、この婆ぁ。相手の都合とか予定とかも聞かずに金に物を言わせて独りよがりな解決法をなし崩し的に押し付けるとか、嫌味な金持ちの典型だわー!」

 個人的意見だが、大物ぶって『本宮ひ○志』マンガの真似事する奴なんてさっさと死ねばいい。常識的に考えて、ああいう夢見がちな糞金持ちほど、問題の解決どころかむしろ事態を悪化させやがるからな。これは俺の前世の教訓なのだ。
 明後日の方向を向いて取り合わぬ俺。
 だが、ジュリア・フライアは俺の胸ぐらをつかんで、至近距離から威圧的な眼差しを向ける。

「話の途中ですわよ。………これ以上、ガタガタ抜かすなら……」

 な、なんだよ。その気色の悪い目つきは。

「……はは、どうするつもりだ?」
「舌入れてキスしますわよ?」

 オーノォー! 信じらんねーッ! なに考えてんだ。このアマ!
 たった今、しこたま納豆食ってたくせに、それでも女かよっ! 

「……ですから、冗談はこのくらいに、といったでしょう?」
「お、おう…」

 そ、そうだな。冗談ということにしておこう。
 深く考えると怖い。悪夢だ。
 インスピレーションが働いた時の『う◯みちゃん』みたいに目がマジだったからな。

「で、何が盗まれたと思います?」

 俺の襟首を解放して、尋ねるフライア。
 忌々しいことにすっかりこの女のペースである。
 やる気がないのでテキトーに答えてやることにした。

「さぁな、さぞ貴重な品なんじゃないのか? 聖骸とか?」
「御聖骸を盗み出すことはできませんわ。それに盗まれていたら、今頃、都市のライフラインが止まっていますわね」
「じゃあ、禁書の写本とかか……」
「陵守がそんなものを保有していたら、こんなぬるい警備ではないでしょう?」
「それじゃあ、きっともっと『とんでもないもの』を盗んでいったんだろうな。巫女さんたちの『心』とか」
「まぁ! ロマンチックな泥棒もいたものですわね」

 まぁ、この婆様ならそのロマンティックな泥棒もたらし込めそうだな。
 「ルッ●~ン♪」とか甘い声だしてさ。
 エルフはマジもんのサ〇エさんだからな。

「けど惜しいですわ」 

 惜しいんかい。

「……はっ、なら考えてもわかるか。あいにく俺は名探偵じゃない」

 俺も『体は子供で頭脳』は大人だが、残念ながらそこしか共通点はないのだよ。バーロー。

「だいたい、何を盗まれたにせよだ。そんな手練の泥棒……巫女さんたちがいくら走り回ったって捕まらんだろ。さっさと警備隊とかその道のプロに協力要請すんのが吉だと思うぞ?」
「まぁ、そうですわね。武芸や魔術の心得のある巫女もいるようですが、ほとんどが小娘。犯罪捜査にしても、ズブのド素人なのですから」

 そんな会話を給仕の巫女少女は、複雑な表情で聞いている。
 生意気な子供を見るような視線だ。
 まぁ、俺の方が年下だからな。

「そもそも、俺はそんな素人集団に捜査権なんて与えられてる方が疑問なんだが……」
「あら、いいところに気が付きましたわね?」

 ……なんなんだよ? 
 その幼児のテストに嬉々として花まるを描く赤ペン先生のような上から目線は…。

「陵守は一般的な犯罪捜査に関してこそ素人ですが、実際これまで軍や政庁に協力し、数々の難事件を解決しているのです」
「そうなのか?」
「ええ、陵守の巫女姫は『天啓』をいただけるからです」

 ん? 
 ああ、そうか。
 聖骸を利用した多次元事象観測魔術。
 ……あれがあったな。

 星天陵に納められている第七聖骸は、都市のライフラインへ魔力を供給しているだけではなく、いろいろチートな記憶・演算装置、冒険者情報システムのメインサーバーとしても機能している。
 だがその真のコンセプトは、地上に誕生したすべての人間の魔力波形を観測し、その発信源の座標や健康状態を常に記録する事象観測システムだ。
 統計的に俯瞰してみれば国家の政情の良し悪しをものすごく客観的に数値化できるし、対象を絞れば犯罪の捜査にも使える。犯人の追跡とかな。

 つーか、それがあれば侵入した賊の行方なんて一日でわかるんじゃないだろうか?
 ……当代の巫女姫が使い方をちゃんと把握していれば、の話だが。

「陵守は軍からも政庁からも絶大な信頼を得ています。巫女姫を擁する陵守に冤罪なんてものはありえません」
「ということは?」
「『巫女の心を盗んだ』というのはある意味とても惜しい回答ですわ」

 フライアがそう告げたとき、通路側の襖戸が開いた。
 現れたのは先ほどの上司巫女だった。
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