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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第四十三話 三日月と巫女姫


「ねぇ、リナ。あんた昨日、どこ行ってたのよ?」

 朝食の後、昨夜の不在を不審に思ったのか、ミリィ・ロックウェルに尋ねられた。

「……聞き込み調査に決まってんでしょ」
「ウチは夜間外泊は禁止なのよ?」
「知ってるわよそのくらい。ちゃんと帰ってきたでしょう?」
「午前様だったでしょうが!! ……って、コラ! 待ちなさい」
「……私の進路に立ちふさがるとはいい度胸ね」

 壁があったら遠慮なく殴って壊すぞ。私は……

「年長者に対する口の利き方かそれがっ!」
「はん!『敵』に年長も糞もあるかっ!! クビだっつーならソッコーで辞めてやるわよ!」
「はいはい。そこまで……」

 ここで女将さんの仲裁が入る。「ソッコーでやめてやる」の下りは聞かなかったことにしてくれたらしい。まぁ、売り言葉に買い言葉だからね。

「あんたたち、ケンカするのはいいけど、お客様の前で醜態晒すんじゃないわよ」
「「わかってます!!」」

 ふたたび喧嘩別れし、廊下に出たところで同僚とすれ違う。
 早朝組。たしか名前はロッテという。
 ロッテは私と歳は同じぐらいで、この旅籠で住み込みで働いている。
 今この旅籠に泊まっている唯一のVIPへの朝の給仕は、だいたいこの娘が担当していた。
 ロッテは焼き立てのパンをカートに乗せ、昇降機を待っていた。

「ねぇ、それもしかしてお爺ちゃんの朝食?」
「ええ、剣聖様のお食事です。剣聖様がクロワッサンを食べたいとおっしゃられましたので、今日の朝食に多めに……」
「あ、それ私、持ってくから」
「え?」
「実はさ。私、あのお爺ちゃんに折り入って聞きたいことがことがあるのよ。代わって欲しいんだけど」
「で、でも……」

 私はうろたえる彼女に詰め寄った。こういう時は気合で何とかなる。

「お願い」
「は、はい」

 こうして私は彼女に給仕のお役目を特別に譲ってもらった。
 この子が悪いわけじゃないのだが、この旅籠の従業員って女将さんとミリィに頼りっきりなところがあるからね。まぁ、相手に強気に出られるとどうしていいかわからなくなるんだろう。明確に『敵』だと認識できる相手になら、この子たちも割と毅然とした態度を取れるんだろうけど。
 ……………もちろん、いじめてるわけじゃないわよ?

 アマルダの旅籠にはVIPと従業員のみが使用できる昇降機がある。
 天井に据え付けられた滑車に籠と分銅を吊るし、大人10人を一度に運ぶことが可能なのだ。吊り下げられた分銅は質量自在合金とよばれる特殊な金属で創られており、魔力を通すだけで質量が変化する。魔石の力を励起させて接続すれば分銅は重くなるため、平民にでも大荷物を上げ下げすることができる。
 操作レバーは3つ。籠を階に固定するレバーと、ブレーキと、分銅の重量制御レバーだ。上に上がるためには、まず重量制御レバーで分銅の重さを籠より少しだけ軽くなるように調節し、続いて固定レバーをリリース。そして、ブレーキをゆっくりと緩める。壊してしまえば業務に支障がでるため私も最初は触らせてもらえなかった。
 まぁ、私の場合は籠の方の重量を魔法でコントロールしちゃえばいいんだが。
 動滑車を使った昇降機は数百年前に考案され、私の実家にもある。だが、こういう籠の中から分銅の質量を操作する昇降機ではない。腕力で引き上げるタイプだ。それに比べてこの昇降機は給仕係の女の子一人で、最上階まで荷物を運べるという画期的な仕組みなのである。

 私はクロワッサンとベーコンエッグ、ティーセットの乗ったカートを押して昇降機を降りた。最上階を利用する客は、大手商会の重役やクランマスター級の冒険者などだが、本来なら貴族が宿泊してもおかしくない内装だ。まぁ、貴族御用達の宿泊施設は他にあって旅籠の組合で客層がかぶらないようにしているんだとか。
 現在の宿泊客は自由都市ゼフィランサス伝説の偉人である。

「失礼します。お客様」

 両開きのドアを厳かに空けると日当たりの良い窓際の椅子に座ってまどろんでいたのは白い髭の老人・剣聖ファルカである。

「おお……朝餉かねぇ?」
「はい」

 周囲を見渡すともう一人の姿がない。隠れているんだろうが。

「隠れる必要はないわよ? 私だから……」

 私の声に反応してクローゼットの扉が開いた。
 中から出てきたのは栗色のショートカットの少女。目はパッチリとしてかわいらしい。
 私が普段着に使っているミリィ・ロックウェルのおさがりはちょうど良いサイズだった。
 少しおっとりとしているが、自分から侵入者についてきたことを考えれば見かけによらず決断力はあるのかもしれない。

「朝ごはん、食べるでしょ?」
「うん」

 少女はかくまってくれた老人と対面の椅子に座る。
 私がテーブルの上にベーコンエッグとクロワッサンを並べると、すこし申し訳なさそうな顔をした。
 少女の名はステラ・ブランシェ。
 役職は陵守の巫女姫。
 端的に言えば、昨夜、聖殿に侵入した私が運よくお持ち帰りできた戦利品である。


   *   *   *

 昨夜のこと。
 満点の星空の下、微かな水音と蛙の鳴き声に囲まれて、私はその子と話をしていた。

「禁書の在り処…ですか?」
「そう! 私が知りたいのはそれなのよ!」

 ここは聖殿の屋根の上である。私はそこで一人の少女に見つかってしまった。
 何を隠そう。この聖殿の巫女姫ステラ・ブランシェである。
 最初見つかった瞬間、人を呼ばれるかと焦ったが、彼女にはそんなつもりは毛頭ないらしい。
 不思議な感じのする娘で、ついつい隣に座って話し込んでしまった。
 眠れないから星を見に屋根の上に登っただけだという。

「……というのは嘘で、ここから逃げる方法を考えていました」

 ステラはあっさりと白状する。
 その気持ちはよくわかるわ。この年で鳥籠の中っていうのは酷い話だ。
 私が意気投合して見せると……。

「そんなことはありませんよ? みんないい人たちですし。このお役目には誇りを持っています」
「じゃあどうして?」

 彼女は遠くに輝く街の明かりを眺めながら告白した。

「ある人に会って伝言を伝えねばなりません」
「伝言?」
「それが結構大変な用件でして……」
「なんでよ?」
「伝言の主は天子様だからです」
「は?」
「伝言というより啓示です」

 そういえば巫女姫って聖骸と交信することで、予言みたいなことまでできるんだけ? 啓示に従わないと災難がふりかかるとか。その啓示を聞くために祭祀を行うのが陵守だと聞いたが、それがなんで屋根の上で星なんぞ眺めてるんだろう?

「遣いを出したらしいじゃない。アンタお姫様なんでしょう?」
「それができたら苦労はしません。相手に動いてもらうことが必要なんです。それに、こんな啓示は異例中の異例ですから、人伝(ひとづて)に伝えてもだれも信用したりしないでしょう。ですから、私が直接伝える必要があるんです」

 よくわからんが、そういうことらしい。
 天子に「余人に漏らすな」とでも言われたのだろうか?

「どういう要件?」
「ふふ、初対面の相手を無条件で信じるほど、私は不用心じゃありませんよ?」
「なによ。さっきぺらぺらしゃべったじゃない……」
「これは独り言です。全部本当ではありませんので、あなたが他人に漏らしても与太話にしかなりません」

 この子、いい根性しとるわ。

「けど、貴女が悪さをするためにここに忍び込んだという話は信じますけどね……」

 ステラは黒ずくめの私を見てそう断言する。

「どうしてよ?」
「天子様に教えていただきましたから、「あなたがどういう人か……」
「はっ! 天子様がそんななんでも御見通しなら、警備隊は要らないわよ!」
「ふふふ、天子様はなんでもご存知なんです。そんな全知全能の方がいうくらいですから、貴女はたぶんいい人です」

 うわぁ、宗教怖いな。
 正直、「信じる者は救われる」ってフレーズとか私、一番嫌いだわ。
 信じない奴は救わないってことなんだからな。
 私が疑っていると、ステラはずいっと顔を近づけて言った。

「ここに忍び込んだのは子熊のプータくんを助けるためですね? リナ・スタンレーさん。でもそれは偽名で、ご実家はゼイレシアの方にあるんでしょう? 本名は………」

 ステラはこの町に来てから誰にも名乗ってない私の本名を言い当てた。

「……って、何者なのよっ! アンタ!」
「ああよかった。やっぱり貴方がリナさんなんですね!? いままで覆面なんてしてらしたので確信できませんでした」

 狼狽した私をみて、ステラは満面の笑みを浮かべる。
 くそ。カマ掛けられたのか。
 その後、彼女は無邪気な笑顔でとんでもないことを言い出した。

「リナさん。折り入ってお願いがあります。私を連れて行ってくださいませんか?」
「は?」

 私が彼女の言葉に呆気にとられた、ちょうどその時である。
 寝静まった聖殿に非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
 ち、しまった。

 どうやら陵墓の見回りに行ったノッポとチビが凧を発見。そして、寝所に巫女姫がいないことが発覚したらしい。やがて、屋根の上で密談してた私たちが見つかり、私は無念にもあきらめざるを得なかった。

 『穏便にことを運ぶ』という当初の目的を……


   *  *  *


 さて、時刻を今に戻す。
 焼きたてのクロワッサンを並べると、ステラは感激していた。

「わぁ、クロワッサンなんて何か月振りだろう」
「聖殿じゃ、何食べてるの?」
「五穀ごはんとか、干物とか、葉物の吸い物とか……」

 質素だな。
 仮にもお姫様ならもう少し贅沢しても罰は当たらないと思う。だが、聖殿は天下の浄財で運営されているのだから質素倹約があたりまえなんだと。

「そういえばクロワッサンってどういう意味なのかしら?」
「さぁ?」
「『三日月』ぃじゃよ」
「へ?」
「遠ぉい国の言葉じゃそうでなぁ……」

 ふーん。三日月か。
 確かに三日月に見えなくもないが。ひょっとして聖剣の名前にちなんでのことなのか?

「一つもらおうかのうぉ、あとはぜぇんぶ食うてええよ」
「え? で、でも……」
「儂はいつでぇも食えるからのぉ…」

 剣聖は三日月を朝日にかざし、感慨深そうに眺めていた。

「昔ぃを思い出すのぉ……兄ぃが満足いかぁん、と言うて…何べんも焼き直しとってなぁ」
「お爺ちゃんのお兄さん、パン職人だったの?」
「にゃむ…たぁくさん焼いとったぁ……焼くたんびに小さな子に配っとってなぁ」

 いい兄貴だな。当時は食い物がなくて大変な時代だったと聞くが。
 クロワッサンを眺めたままお爺ちゃんが動かなくなったので、私はステラに早く食べるように促す。
 彼女がここにいることを人に見られたらコトだからね。

「……ありがとうございます。それでは頂きます」

 ステラは厳かに手を合わせた後、パンを二つにちぎってかぶりつき、屈託のない笑みを浮かべた。

「ん~! やっぱりおいしぃ!!」
「好きなの? クロワッサン」
「はい。外はさっくり、中はふわふわ。香ばしいバターの香りがたまりません!」

 うん。私も好きだ。
 結局クロワッサンは私とステラで全部食べてしまった。
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