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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第四十一話 潜入

 ― リナ視点 ―

 すでに日は沈んだ。しかし、冒険者の街が眠りにつくにはまだ早く、街灯や屋台の灯りで冷めぬことのない人々の活気が伺い知れた。
 私は今、都市の北西。冒険街にそびえる給水塔に登り、都市の夜景を見下ろしている。
 貴族たちが城郭の外に見栄を張って建設した高層建築物を除けば、ここは都市の中で一番高い場所である。

「なるほど確かに絶景だわ」

 闇夜に浮かぶ街の明かりはなかなかにロマンチックだ。着飾った年頃の男女なら、しばらく一緒に眺めていたい気分にもなるかもしれない。だが、今私は黒装束に身を包み、夜になるとやたら目立ってしまう髪と顔は、黒布で覆った優雅さの欠片もない姿。誰がどう見ても完全な『曲者』だ。 
 地上30メイルともなれば障害物もなく、風が強い。この季節なら南東から風が吹くらしい。冒険街から、星天陵を望めば、向かい風だ。イケるだろう。
 私は『強化』した視力で陵墓の方角を覗く。

 『聖殿』らしき建物がある。
 木材を巧みに組み合せ、水上に形成された高床式の家屋。いくつもの屋根と柱の間に、いくつかの人影を確認することができた。
 丈の長いスカートのようなものを履いたあの人たちが、『陵守巫女』なのだろう。

 『聖殿』は陵墓を囲む南側の濠の上に建てられている。
 水で隔てられているが、人々の居住区と目と鼻の先にある。
 城壁もない。中にいるのは女ばかり。
 建物はあけっぴろげで、入口は薄板と紙でできている。
 一見すると無防備で、侵入など容易………と『馬鹿』は考えるかもしれない。

 実際には侵入など容易ではない。空中にも、水中にも、幾重にも非常に厄介な『結界』が張られている。その規模と密度は『聖殿』と呼ぶに相応しく、一種の要塞だ。聖殿の周りを光虫のように魔力の光が飛び回っている。
 常に不規則に動く、光の球。まるで生き物のように動くあれは、おそらく探知魔術だ。もっとも特殊な魔道具を使わなければ平民には見えない魔力の光。感知できるのは、そこそこランクの貴族だけだろう。
 あれに触れれば術者が『異物』の侵入を検知し警報が鳴らされる。

 その数。まさしく雲霞のごとくである。侵入どころか近づくことも困難だ。小舟で近づこうにも、潜水して近づこうにもどれかに触ってしまう。

 ……………だが、行ってみる価値はあると思う。
 聖骸があるのは陵墓らしいが、私が見る限り聖殿の方が警戒が厳重だ。『禁書』とやらがあるとしたら、あそこが一番確率が高い。

「やっぱ、確率の高いところから調べていくべきよね」

 今回はただの下見だ。何かを盗もうってわけじゃないのだから、別にハズレてたって構わない。
 咎められたら、飛行魔術の実験に失敗しましたとでも言って誤魔化そう。

 作戦を決行するに当たり、私は道具を用意した。
 まず、勤務先の廃棄物置き場から、ボロシーツと竿竹を拝借。冒険者(お客様)の汗とか体液とかしみ込んだ品物だが、一応洗ったしこの際贅沢は言うまい。そのシーツを私の体がすっぽり入るぐらいの大きな二等辺三角形の形に裁断し、二重にして頑丈な糸で縫い合わせてある。端はすべて折り返して丈夫に縫製した。折り返した三角形の両辺に竿を通し、頂点の部分で針金で固定。これで少々の風で破れることはないだろう。さらに中心から折れないように真ん中をもう一本の竿を括り付け、十字を描くように真ん中にもう一本を固定する。この二本をつかんで前後左右の角度を操作するのだ。
 さらに、効率よく風を捉えるように街の雑貨屋で買ってきた深緑色の防水塗料を両面に塗り付け、目を塞ぎ、魔法で温風を送って乾かす。この塗料はフラグルの森に生える『なんとかの樹液』から作るそうだ。 

「うん、上出来!」

 即席の凧《カイト》。この給水塔の上で、それを立てると、わずかな風でも体ごと持って行かれそうになる。職人が作ったものではないので造りは雑だが、多少のアンバランスは魔法で調整すればいい。凧を夜空にかざし、私は唱えた。

我が(Auxilium)進路を(Ductu)示せ(Spirius)風の導き手(Nausicaa)…」

 呪文に唱えた瞬間、私の中の青き血が励起し、魔力が迸る。
 貴族は流れる血が実際に青いというわけではない。魔力を行使する瞬間、体内を流れる血潮が()()()には青い光を放って見えるだけだ。実際は平民と同じように血の色はちゃんと赤い。
 だが、それでも平民と貴族で明確な差別化がされるのは、使用できる魔力に雲泥の差があるからだ。

 貴族は、奇跡を起こすのに『術』を必要としない。
 自らの力のみで自然を操作できる。
 自然を火、水、土、風の四大元素に分解し、それぞれの元素に干渉して事象を支配する。
 反復練習次第でありとあらゆる事象への干渉が可能となる。実力者ともなれば、呪文すら必要としない。
 これが『第一魔法』。貴族という存在が、『万物の霊長』たる由縁だ。まぁ、それぞれと元素とは相性があり、私が無詠唱で使えるの元素は今のところ限られているのだが。

突風(ウェントス)!」 

 私は突風を呼び、凧で追い風を受け止める。
 初速さえつければあとは上昇気流を捉えるだけだ。

 私は、「行ってみたい」と思ったら実際に行ってみるタチだ。「やれそうだ」と思ったら、やってみるタチだ。「ダメだ」という奴がいても、知らん。
 とくに理由はない。
 他人に褒められなくても別にいい。誰かから与えられる価値観ではどうせ満足ができない。そういうタチなのだ。

 眼下に広がる街の灯りを見下ろしているうちに、私はいつの間にか給水塔の倍ほどの高さにまで上昇していた。 


 陵墓、上空。
 眼下には渡り廊下でつながる緩やかな屋根の建物。
 通称『聖殿』。

 平民には見せてあげられないのが残念だが、光の玉の結界に包まれているようで、とても綺麗だ。光りの球は魔素の流れに乗って渦を巻くように聖殿を回遊していた。
 つまり、渦の中心の結界は薄い。真上からなら侵入できる。

 私は、聖殿の直上でカイトを手放した。
 続いて……

大地よ(Terra)わが身を(Lorem)手放(ipsum)(remissio)………(nis)
 『軽量化』の魔法。
 空気抵抗を受けて、落下速度が低下する。
 ルートはなんとなくわかる。
 魔素の流動で光の球(センサー)の揺らぐ。その動きを読めばいい。光の球の間に生じるわずかな隙間をぬって、空中で猫のように身をひねり、降下していく。
 私はやがて結界に入り、渡り廊下の屋根の上にほとんど音も立てずに着地した。カイトは、しばらく頭上を滑空し、緑の生い茂る陵墓へ墜落した。

 計算通り。
 かくて、侵入には成功した。
 梁となっている巨大な丸太にぶら下がり通路に降りる。

 年季の入った木造建築。
 華美な装飾は存在しない。だが決して粗末ではなく、建材の一つ一つが精緻に作られており、むしろ一種の『神殿』のような荘厳さすら感じられる。森厳の静寂というものなのだろうか。ヒトの叡智を誇示し、訪れる者を圧倒するべく作られた作られた石造りと巨大建築とはまたひとつ違った神聖さを演出している。

 さて、レオナルドの話では、陵守巫女は、農夫や猟師から奉納品として陵墓に納められる穀物や魚の干物などを少しずつ消費して質実に暮らしているという。巫女たちは基本的に聖殿の外に出てくることはなく、生活必需品等は日に一度、決まった時間に桟橋から船が出て、北の市場まで買い出しに赴き、御用商人から買い付ける。もちろん質素な生活であるからこそ、貴族にくらべれば微々たる消費だそうだ。
 こうした質素倹約の精神は、第三修道会に近いが、彼らとは違い『陵守』は布教活動をすることはないらしい。

「おっと……」

 私は即座に柱の陰に身を隠す。
 渡り廊下の突き当りにある建物の入り口。何やら物々しい扉の前に二人の巫女が立っていた。
 見張りだ。
 危ない危ない。ついつい物見遊山してしまった。

 さて、このままでは拙い。
 聖殿の中は見通しが利く。
 柱の陰に隠れようにも、屋根の上を移動しようにも、燭台の魔光石の灯り照らされ、前後左右いずれかの角度からは影が映ってしまうのだ。
 ふと、下に目を移す。池が増水しても浸水しないようにするためだろう、建物は桟橋よりもかなり高床に作られていた。そのため床下には移動するのに充分なスペースがあった。
 このルートなら通れそうだ。
 床下に林立する支柱をサルのように枝渡りしながら、建物に近づく。

 本殿の下は石垣になっていたので、移動できるのはここまでのようだ。
 ちょうど見張りのいた場所の真下まで来ると、

「大変ですねぇ。徹夜ですよ。絶~対、美容に悪いですって、あーやだやだ」
「アンタは楽でしょうが……。ただ寝ないで突っ立ってるだけなんだから」
「でも~」

 彼女たちの会話が聞こえてきた。
 どうやら新米巫女と、その先輩コンビの不寝番ようだ。
 ウチの旅籠でも似たいような会話をたまに聞く。
 左腕一本で全体重を支え結構無茶な体制になりながらも、魔光石の光が差し込む床板の節穴からのぞき込むと、ノッポ巫女とチビ巫女がそこにいた。ノッポは20歳手前。チビの方は10代前半だろう。ふたりとも億劫そうな顔をしていた。

「一番大変なのはあの子よ?」
「あたし選ばれなくてよかったです。岩戸籠りって、これ毎年やるんですか?」
「当たり前でしょう? 都市全体にかかわる大切なお仕事だもの。基本は年に一度。異変が起これば任命されてほぼ毎月」
「かっはぁ~!」

 岩戸籠り。
 筆頭巫女は巫女姫と呼ばれ、外部からの干渉を一切絶ち聖骸の安置された陵墓の中で生活する。一か月の時間をかけて天子と対話するらしい。それは一種の予知魔術で、優れた巫女は都市に降りかかる災難を事前に察知することもできるのだそうだ。
 想像を絶する荒行。私なら耐えられない。一か月も即身仏(ミイラ)と一緒とか。

「巫女姫が複数任命されて、代わり代わり岩戸に入るわけ」
「いやああああ! やめてくださいよ~」
「声が大きい」
「あ、すみません」
「まぁ、私達みたいな下っ端は御聖骸近づく機会なんてないから安心なさい。そもそも、シャーリー。あんたどうしてここ来たの?」
「え?」
「岩戸籠りが大変な行事だって常識でしょうが。巫女を拝命してからそういう愚痴はみっともないわよ?」
「陵守のありがたみはよーくわかってます。三食寝床付きで読み書き手習いも面倒見てくれますからね」
「そう、ならいいわ」

 この二人は仲がいいらしい。
 交代の時間までずっと突っ立ってるわけだから、こういう話でもしなければ間が持たないのだろう。

「エリーナ先輩はなんで巫女になったんですか?」
「ここの温泉に入るのは美容にいいって評判だからよ」
「おおぅ! マジですか?」
「ホントよ。御聖骸の魔力で陵墓から湧き出す秘湯をここまで引いてるの。肌年齢が10歳は若返るっていう奇跡の温泉。巫女頭だってあれで38だってよ?」
「う……うそ?」
「ええ、本当よ。陵守の一族の特権ってところかしら?」
「で、でもそれって、御聖骸の出し汁ですよね?」
「っ……!!」

 結構下らない会話である。
 まぁ、こんな下っ端連中の会話の中には機密情報なんてあるわけないか。禁書の在処を知ってるとすれば、この教団を経営する『陵守の一族』という連中だ。
 話を聞く限り、『巫女』といっても彼女たちは第七天子の敬虔な信者というわけでもないらしい。この二人が少数派なのかもしれないが、結構打算的な考え方をして雇われている巫女もいるということだ。まぁ、選民意識ありありの極右的第一信徒やら、信仰心が術力に直結するため荒行に明け暮れる第三信徒やらに比べればまともな神経をしてると思う。
 宗教家という連中は、信者に苦行を強いて贅沢三昧してるのが世の常である。

 と、ここでもう一つ足音が床板を磨るような聞こえてくる。

「エリーナ、シャーリー」
「「は、はい」」

 落ち着いた大人の女に声を掛けられ、二人が緊張して返答した。
 この穴からは角度的に見えないが、どうやら声の主は二人の上司らしい。

「御陵の見回りに行って来なさい」
「え?」
「あの……、今から、ですか? 巫女頭様」

「ええ、『今すぐに』です。仕事中に無駄口を叩けるほど元気が有り余っているのでしょう?」

 なるほど、『巫女頭』とやらは鬼教官らしい。職務怠慢の二人への懲罰というわけだ。
 顔は見えない。女将さんぐらい貫禄があるが、どことなく上品な声である。

(このばか!)
(ご、ごめんなさい)
「アナタもですよエリーナ。38で失礼しましたね?」

 あら、ぐう地獄耳だわ。このおばさん。

「あの……、巫女姫さまの不寝番は?」
「ここの番は私がします。あなた方は御陵を一回りしてきなさい。何事もなければよいのですが」
「わ、分かりました」

 冷徹な声で命じられ、足早に立ち去るチビとノッポ。それだけ偉いのだろうか?
 ん? まてよ?
 たしか陵守巫女は10代で雇われ、10年ほどで引退する筈。
 つまり、ベテランだって、20代中盤ってことだ。
 38歳でも巫女やってるってことはということは、もしかして、このおばさんが『后妃の一族』か。

「…まったく、最近の若い子は」 

 『巫女頭』は、第一天子の陵墓の碑文にも書き込まれていたという太古からの愚痴を呟きがら、扉の前に陣取った。
 つまり、つい先ほどまでチビとノッポが立っていた場所。ちょうどこの節穴から見える位置だ。やっと人相がわかる。
 節穴をのぞき込むと、そこにいたのは確かに若い。まだ20代前半ぐらいにしか見えない女性だ。縮れのない深緑色の長い髪を背中まで伸ばして、先端だけを束ねている。着ている服は先ほどの二人と似ているが細部に意匠が施されている。軍服の襟や肩に、星とか線とかが増えるようなものなのだろう。

 さて、どうしようか?
 禁書の在処に心当たりがありますかー? なんて、直に聞くわけにもいかないしな。

 聖殿はすっかり寝静まっていた。
 水音と陵墓の草叢から聞こえる虫の声ぐらいしか聞こえない。
 まぁいい。
 今日のところは、『后妃の一族』とやらの面を拝めただけで良しとするか。 
 私は早々と撤収を決めた。


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