挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

53/78

第四十話 魔術師の秘め事

「固有精霊へは精霊語という『命令(コマンド)』を解釈して順番に実行。しかし、精霊語は人間には理解するのが難しいため、高級言語という人間に分かりやすい言語でプログラムを作成し、それを精霊語に変換する」
「ええ、その高級言語は……」
「待ってください。精霊語で命令することはできないんですか?」
「人間はそれを精神域でしか理解できないんです。声にすることも記述することもできません。そのためには、一つの魔術における工程をすべて理解している必要があり一々……」

 固有精霊を使った魔術について延々と講義を開始してかれこれ5時間である。あれだけ食いついていたカーミラも、専門用語のオンパレードについていけなくなり、早々にリビングを退散していた。
 若い秀才風のお姉さんと密室で本とノートを並べてマンツーマン授業というシチュエーションには、心ときめかないぬでもないが、あいにくこっちが教える側だ。
 正直めんどくさい。

「なるほど、わかりました。では続きを」
「まだやるんですか?」

 ロゼッタは極めて優秀だ。 
 上級公務員試験に合格した俊英だけあって記憶力も理解力もいい。
 なにより学習意欲がすごい。
 俺が教えた生徒の中では、おそらく一番の秀才だろう。
 ウィズレイは頭はよくても結構半端だったし。エデュワは正解にたどり着くまでトライ&エラーを繰り返すタイプ。シオンは頭の良さよりも勤勉さで少しずつ理解していくタイプだった。残り三人は体育会系で学問よりも直感重視だったので言わずもがなである。
 当時に比べて教育機関が充実し、知的水準が向上したこともあるだろうが、ロゼッタは天才の上に彼らより努力家なのだ。
 しかし、だからといって『良い生徒』とは限らない。

「続きはクルリス村についてからでいいじゃないですか」
「私はそう長いこと休暇は取れません。時間は有効につかわなければ」

 勉強熱心だね。 
 けど、こんな『教えて君』は迷惑だ。
 正直、出来のいい生徒、しかも『目上の生徒』に勉強教えるなんてスゲーやりにくい。
 自分より立場が下の生徒相手なら楽なもんだ。生徒の物覚えが悪くても大抵のことは「努力しないお前が悪い」で決着がつく。『先生』は生徒がドン引きしてようと知ったかぶって好きなようにしゃべりまくってりゃいい。だが、『目上の生徒』が相手ではそれが通用しないのだ。
 『生徒』の期待に応えられるだけの質疑応答できなけりゃ、「教え方が悪い」となる。理不尽だ。

「僕はもう飽きました。疲れました」
「まだ、たったの5時間ですよ?」

 5時間を『もう』と考えるか、『まだ』と考えるか。見解の相違である。
 ロゼッタは虎榜に名を連ねたエリートだ。徹夜勉強も朝飯前何だろう。
 だが、あいにく俺はいまどきの若い子なのだ。
 自分みたいなガリ勉基準で考えないでほしい。
 心身ともにもう限界だ。お外で遊びたい。
 運動神経が伸びざかりゴールデンエイジの子供を机に縛り付けて無理やりお勉強させるなんて、よくないよね!

「ちゃんと『教えてくれる』って言ったじゃないですか」

 言質を取って抗議するロゼッタ。

「とは言いましてもね。すでに『知り合い』として助力できる領分などとっくに超えていると思いますが? そもそも僕はお仕事じゃないんです。夕食までには帰すといいながら、結局夜になってしまったじゃないですか!」

 不意に窓の外に目を向ける。
 そこには、様子を見るためにフラットレイが放ったのだろう、オウムのピーウィがベランダに止まっていた。足環に手紙を携えている。「まだかかりそうですか? 妻が夕食の準備をして待っているのですが?」と。
 俺はあわてて返事をしたためた。「今すぐ帰ります。せっかくの奥様のご厚意なのに、ごめんなさい」と文を持たせて、カーミラ宅の二階の窓から放つ。
 なぜ8歳の俺が謝罪文をかかねばならんのか。公僕のわがままのために……。

「わかりました。今日の所はこれくらいで……」 
「フラットレイさんのお宅にはちゃんと菓子折りの一つでも手土産に、ちゃんとお詫びをしてくださいよ? ロゼッタさんのせいなんですから!」
「わかっています」

 ロゼッタはちゃっちゃとノートを畳む。それから別のノートを取り出して、先ほど俺が教えた内容を機械のような精密さでの高速筆写。
 うわー。優秀だこの人。
 これから数日間、俺はこの女に魔術を教えていかねばならんのだろうか。正直、気が重い。
 ロゼッタがわき目もふらず作業に没頭し始めたので、代わりにカーミラがフラットレイの家まで送ってくれるという。
 彼女は帰りがけこんなことを言った。

「あのロゼッタを相手に良くやる」

 褒めているらしいがうれしくない。
 まるで奇人変人の同類だと評されているようだ。

「あの人はいつもああいう風に傍若無人なんですか?」
「いつもではない。公務では周りに気を配れる方だ。だが、たまにああなる。プライベートで趣味に没頭しているときなどはな。ストレスが溜まってたりすると特に顕著になるらしい」
「なるほど」

 要するにオタクだな。魔術オタク。
 オタクといえばシンパシーを感じぬでもない。
 だが、オタク趣味なんてものはオ○ニー同様、隠れてコソコソとやるものだ。
 自分のオタク趣味を「世の中のためだ」などと公言するような奴は断固支持しない。まして、その価値観を絶対と信じ、平然と他人に押し付けるリア充属性のオタクは『害』以外の何物でもないな。公権を乱用する奴に至っては言語道断だ。
 まぁ、今日のところはあくまでプライベートだが。

「質問していいか?」
「ええ」
「ああいう知識は誰から習ったのだ?」

 誰から習ったのだ、と訊かれましてもね。

「独学です。本に載ってたから自分で実験して、詳しくなっただけですが」
「本当か?」
「信じる信じないはカーミラさんの自由です」

 案の定、疑惑のまなざしである。まぁ無理もないか。
 少々苦しいがそういうことにしておかないとな。もし疑われたら、「放浪の魔導師から教えてもらったが、口止めされた」という二段構えの作り話でごまかすとしよう。
 その次ぐらいならホントのことを言っても、首尾よく狼少年となれることだろう。

「ふっ、それは嘘だな?」

 ご名答。

「嘘ついてたって、陥れようってわけじゃありませんし、別にいいじゃありませんか」
「秘密主義者なのだな?」
「魔術を使う連中は大抵みんなそうですよ」

 魔術は儀典さえパクれば誰だって使える。だからこそ魔術師には秘密主義者が多い。
 『治癒』とか『解毒』とか『照明』とか冒険者の間で周知されている魔術ならともかく、工作系の魔術を人前で使う魔術師はあまりいない。飯の種だからだ。

「なるほど。たしかに魔術師という連中はなかなか腹の中を見せてくれん」
「ですねー」

 フラットレイもそうだしなぁ。ロゼッタも『大人の事情』という奴を教えてはくれん。ちなみに魔法使いになると、これが結構『あけっぴろげ』なのだ。
 なにしろ真似しようと思っても、容易にはできないから。

 町は夕焼けに染まっていた。商店は次々に店を閉じ始めたが、繁華街がにぎやかになるのはこれからだ。飲食店から香ばしい炊煙が立ち込め、仕事を終えた男たちが、酒と食事を求めて暖簾をくぐる。幅広く作られた水路沿いの通りには、屋台が軒を連ね、各々が客を迎え入れていた。
 ふと街の雑踏を眺めていると道の中央を通る水路の対岸に、知った顔を見つけた。
 真顔で考え事をしながら歩く金髪の少女と、その斜め後ろを呆れ顔で付いていくガタイのいい赤毛の男。珍しい組み合わせである。
 まぁ、なりゆきはだいたい想像はつく。女将さんの差し金だ。二人は俺に気づくことなく、夕暮れの繁華街の雑踏の中に消えていった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ