挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

51/78

幕間 陵守の巫女姫

 
 虫の声が木霊す、森の中に伸びる石段を緋袴を履いた女性たちが松明を並べ照らしていた。
 松明の灯りは(やしろ)の奥、石段の終着点にある巨岩まで続いている。締め縄で飾られたそれは、日付がちょうど変わると同時に重々しい音を立てておもむろに開いていく。

 巨岩の扉が開き切ると、その深淵の奥から、狩衣に似た衣に身を包む一人の少女が現れる。
 年の頃は10を少し過ぎた程度の少女だ。肩まで伸びた茶色の髪をふりみだし、憔悴した様子で足取りのふらつく彼女に、緋袴の女たちは駆け寄り、肩を貸して石段を下りていった。

 小舟にのって水路を渡り、少女は直ちに聖殿に担ぎ込まれる。
 建物は水上に誂えた寝殿造で、ユネスコに登録された某世界遺産を彷彿とさせるだろう。

 聖殿内にはヒノキ造りの広い浴室があり、聖域より湧き出す秘湯が張られている。奇跡の温泉は、湯あみによって一か月分の疲れを洗い流すという。少女の体力がいくばくか回復したのをはかり、巫女頭は少女に尋ねた。

「巫女姫さま? 御宣旨はお下りになりましょうや?」
「………この近隣については特にありません」

 少女は肩までつかり、水面を見つめながら答えた。

 ここは、都市の中央。星天陵の麓には陵守の巫女たちが暮らす聖殿だ。
 陵守という組織は『巫女姫』を頂点とする女たちのみで形成され、現在は43人の巫女が陵墓の管理を取り仕切っている。
 現在の巫女姫は第16代目で、名前をステラ・ブランシェという。
 史上最年少、若干11歳の巫女姫であった。

 彼女が行っていた儀式は、当代の『巫女姫』が宣旨を賜るために毎年行われる『岩戸籠り』である。
 巫女姫は第七天子の聖骸が置かれた陵墓の中で過す。外部との接触を完全に断ち、30日間生存できる最低限の食料を持ち込んで凌ぎ、『聖骸』と対話を続ける。そして、一年の計を授かる重要行事なのだ。
 とはいえ、未来予知ができるわけではない。この儀式は星天陵を中心とした半径数百キロにおいて、地脈を流れる気に異常がないか検知し、チューニングする大規模魔術儀典である。もともとこの地は大地から湧き出す負の魔素を第七聖骸の力で中和することで調和を保っているのだ。
 もし、魔素の流れ乱れが有れば、近隣ダンジョンにおける魔物の増加、凶暴化などの警戒が必要となるだろう。
 「何もない」ということはこの上なき吉兆なのだ。

「ならば、本年の祭事は恙なく執り行えましょう。ホホホ……」

 艶めいた黒に近い深緑の髪を持つ巫女頭は、歯を見せないよう袖で口元を隠して笑った。

「ただ……」
「ただ?」
「西の方の地脈の流れに乱れがあります」
「……ということは?」
「領外において厄災が発生しているようですね。かなり遠く、としか解りませんでしたが…」
「………それは政庁に報告しておきましょう」

 術者である巫女姫に優れた資質があれば、より遠方の異変も検知できる。
 だが、あまりに遠くまでわかってしまうのであれば、政庁も混乱する。距離が解らないのであれば、陵守(みささぎもり)が報告しても、調査が行われることもないだろう。

「私が岩戸籠りをしている間、何か変わったことはありましたか?」
「さしたる厄災は特に………」

 湯から上がり、真新しい白い衣に実を包む。そして、侍る巫女たちが髪をとき直す間、ステラはニュースに目を通す。
 彼女が読むために、一月分の新聞が真新しいまま保管されていた。
 11歳の少女の嗜みとしては、いささか不相応ではあるが、外界から隔絶された『聖域』に住む彼女にとって、活字は唯一の楽しみであった。

「剣聖様が都市にいらしているのですか?」
「ええ、半月ほど前になりますが」
「何か御用があってこの都市へ?」
「さぁ、そこまでは……私もこの一月、世情にはいささか疎くなっております。姫様が籠られているのに、巫女が街を出歩いて噂話に耳をそばだてることなどできませんわ」

 剣聖ファルカの記事をまじまじと見つめる巫女姫。

「そういえば、聖剣の後継者はまだ決まっていないのでしたね?」
「左様でございます。いまだに担い手が『初代』である聖骸武装は『三日月』だけ。それだけ剣聖ファルカ様が壮健であられたということなのですが……、もしかしたら決まったのでしょうか?」
「候補者が決まったのであれば、『試練』の準備もする必要があるかもしれませんね。忙しくなります」
「そうですね。ですが、ステラ様……」
「なんです?」

 ステラは視線をあげ、巫女頭の顔をみた。

「本日はそろそろ、お休みになられてはいかがです? そうでなければ下のものが休めません」

 周囲には巫女たちが侍している。
 巫女姫は気づいていなかったが、もうすでに日付が変わっているのだ。

「ああ、そうでしたね。
 すみません。岩戸籠りの後は、どうも時間の感覚が狂ってしまって……」
「ええ、わかりますよ。では、まいりましょうか?」
「はい」

 巫女姫は20歳以下の女子の中から選抜される。
 都市のために重要な仕事を任される。さらに、選抜されれば勤続年数に応じて政庁から年金がでるということもあって、毎年数百人の少女たちが応募するのだ。
 候補者は養成学校で半年間の訓練を受け、その中から最も適正値の高い(最も『第七聖骸』と共鳴できる)巫女が巫女姫として、『岩戸籠り』の儀を行うのである。
 ステラ・ブランシェは若干8歳で巫女姫に選出され、今年で3年目。

 幼い巫女姫は御簾に囲まれた寝所に入り、眠れないままその瞼を閉じる。
 そんな少女に、巫女頭も自らも巫女姫たらんと門を叩いたほかの巫女たちも罪悪感を感じざるをえなかった。

(いくら、都市のためとはいえ、こんな子供に強いるような苦行じゃないわ。大人って残酷なものね)

 神事とはいえ、過酷な役目を素直に受け入れる幼い少女に尊崇の念すら感じながら、彼女たちは行事の後始末を始めたのである。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ