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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第三十八話 精霊魔術

 ゼフィランサス市、軍人街。カーミラ・グローベル宅。

 カーミラの家は、2階建ての一軒家だ。
 日本では子供が生まれた一家の大黒柱が思い切って購入するマイホーム。そのぐらいのサイズである。一階にリビングやキッチン、風呂などがあり、二階に寝室……というのがオーソドックスなのだろうが。
 カーミラ宅はちょっとかわっていた。
 生活空間はすべて二階に押しやられ、一階のほとんどが巨大な『ガレージ』になっていたのだ。玄関からは見えなかったが、裏口には巨大な引戸式がある。そんなガレージの中へ俺とロゼッタは招き入れられた。

「ピィー!」

 部屋の隅、柵で囲まれたスペースに一匹の飛竜がいる。
 身体もハネも小さい。人が乗れるサイズではない。柴犬くらいの大きさ。
 幼竜だ。
 幼竜は長い首を持ち上げて、主人の帰りを待ちわびていたかのごとく翼膜を広げた。

「ああ、コイツはな……いま育てている竜だ。今の私の愛竜が退役するころには、コイツが活躍してくれるだろう。名前は、バールスという」

 滅びの呪文ぽいな。
 カーミラが指で触ると、幼竜は甘えるように額をすりつけた。

「いつごろになるんですか?」
「まぁ、10年ほど先だな」
「カーミラ、あなたそんなに飛竜乗りを続けるつもりなんですか?」
「ああ、生涯現役のつもりだ」
「結婚は?」
「考えていない」

 どうやら、カーミラ・グローベルは飛竜乗りらしい。
 そして、かなり変わり者のようだ。

「飛竜の現役期間は大体30年ほどだ。今乗ってる『アレスター』は、父から引き継いだ奴でね。いい竜なのだが」
「世代交代……ですか?」
「そういうことだ」

 現在、ゼフィランサスでは軍の管理の下、飛竜を繁殖させ、飼育している。
 飛竜は獰猛な魔獣で、飛竜が乗り手として気に入ってくれなければ、最悪ガブリと殺られるらしいのだが、この世界では事実上唯一の『空飛ぶ乗り物』だ。
 飛竜乗りを志す者は『竜科学校』という軍の養成所に入り、飼育方法や操縦方法、そして契約魔術を学ぶ。友好国からの志望者も受け入れており、毎年、国や諸侯から莫大な資金援助を受けた優秀な人材が門を叩く。つまり、ゼフィランサスは諸外国にも飛竜を売っているわけだ。カリキュラムの最後で、軍から充てがわれた飛竜と契約を試みるわけだ。
 乗り手が幼いころから飼い慣らしていれば契約成功の確率は上がるだろうが、なにしろ飛竜は成長するまで大体10年はかかる。自宅で幼竜を飼うという奴はほとんどいない。
 ガレージで飛行機を作っているようなものだからな。
 厩舎の中は魔素が濃い。
 どうやら結界魔術で意図的に濃度を高めてあり、ダンジョンに近い環境に調整されている。
 たしかに、飛竜は『魔獣』だからな。魔獣が生きていくためには魔素を摂取しなければならない。ダンジョンの植物や他の魔物や魔獣を捕食することで補ったり、地中や地中にできる魔石の結晶をたべたりするのだが、幼い飛竜にはこういう環境が必要なのだろう。

「では、さっそく実演してもらいましょうか」

 と、改まってロゼッタが言う。

「何をです?」
「貴方、何しにここへ来たのですか?」

 ロゼッタは部屋の片隅におかれた鉄筋の束や角材に視線をむける。
 ………ああ、強化形成魔術ね。
 そうだったけな。

「わかりました。……でも、何故『ここで』なんですか?」
「あの時は貴方は周囲の魔素を使って発動しましたよね? つまり、私が察するにあれは、魔素濃度が一定以上なければ使えない工作魔術です」

 一定以上の魔素が必要だ、なんてことはない。自分の中から出せばいいんだからな。もちろん、俺は貴族じゃないので、「そんなことはできない」ということにしておかなきゃ面倒だが。

「実演するのに公共施設を借りるつもりですか? 魔術師ギルドにばれたら大騒ぎですよ? このカーミラは口が堅いですが」

 すでになんかめんどくさいことになっていた。
 教えるというだけならプロトコルを書き写せばいいだけだと思うのだが……。

 いや、それやると問題が二つあるか。
 一つは、ファルカ家に秘伝が見つかったと噂になった場合、二匹目の泥鰌を狙う連中が集まってくるということだ。クルリス村の周囲に政庁や魔術師ギルドの調査員がうろつくようになるのは勘弁してほしい。

 もう一つは、財産管理の問題。
 俺が秘伝魔術を使えるのは、魔道書を偶然見つけたからということにしたとする。しかし、この魔道書は当然、爺さんのものだ。
 魔道書というものは他に誰も持ってなければ、写本であっても高値がつく。
 実は爺さんの遺産は、縁者で分配されることになっている。
 養子の俺が価値のあるものを勝手に持ち出したとあってはよく思われないかもしれない。あくまでも『口伝』ということにしておかなければならない。

「ロゼッタさんが見なかったことにする、というのは?」
「ありえません。私が都市の上級職員であるということをお忘れなく」

 フチ無し眼鏡を押し上げて静かに『出来る女オーラ』を放つロゼッタ。

「何もかもゲロってしまった方が身のためですわよ?」

 人を犯罪者のようにいうでない。
 つか、俺の場合、何もかもゲロったら文明社会にいられなくなるのだが?
 まぁ、しょうがないか。
 自分で言い出したことだしな。

「なら、噂になって調査員が僕のところにゾロゾロと押しかけられたりしないようにしてくれます?」
「そうならないための措置です」

 いや、確約しろよ。この公務員。

「ロゼッタさんが責任もってそうならないようにしてほしいんですよ。……『内緒にしておいてくれるなら』、という約束でしたよね?」
「善処します」

 あっそ。

「じゃ、帰ります」
「待ったー!!!」

 踵を返した俺の襟首を捕まえるロゼッタ。

「待ちなさい! 第七天子の秘伝なんて、一介の市民が保有していていいものではありません! もちろんタダとは言いませんからっ!! 政庁から予算もだしますから!」

 困ったクレクレだな。おい。
 技術は教えろというのに、自分は約束を守らんという。
 一体、どこのアジアだ?

「お金なんて要りません。提供するのは構わないから黙っといてくれって話ですよ」
「ではどうすれば納得するんですか!?」

 そうだな。こういうのはどうだろう。
 実際、ファルカ家の書斎には、いくつか魔術書が死蔵されている。
 かつての『俺』が残したものや、エデュワや、ウィズレイが残したものもある。おそらく、彼らの遺産を生前贈与で引き取ったのではないかと思う。傷んでいるものも多い。
 爺さんは読まない。その価値を知ってるのは俺だけだ。

「剣聖ファルカが、資料を提供して研究を依頼し、それをエヴァンス女史が見事を復元した、という流れでどうでしょう? アマルダさんに冒険者ギルド経由で依頼を出してもらってください」
「ミセス・ロックウェルに、ですか?」
「ええ、爺さんは財産の管理をアマルダさんに任せると言ってましたので、一言通しておかないと面倒なことになります」

 冒険者ギルドを通してログを残すことで、爺さんからの正式な依頼という既成事実をつくる。これなら「祖父さんが依頼し、俺がロゼッタの仕事に協力した」というだけで、誰の腹も傷まない。

「もしお礼をくれるのでしたら、ロゼッタさんのポケットマネーからください。足がつくのは困りますので……」
「……わ、わかりました」
「では契約成立です」

 俺は、ロゼッタと握手するとさっそく作業にかかった。
 ご教示なんてつもりはさらさらない。
 『やっつけ仕事』というやつだ。

「そういや、ロゼッタさんはそんなに魔術に造詣が深いのになんで弓術試験なんか受けたんです?」
「…………ファルカくん?」
「はい」
「大人には事情というものがあるのですよ?」

 ええ。事情があるのはわかりますが………

「それは一体?」
「事・情・と・い・う・も・の・が・あ・る・の・で・す・よ?」

 大事なことだったらしい。
 幽鬼のような表情である。
 今のロゼッタの声を漫画で表現したら、さぞおどろおどろしい活字に写植されるだろう。
 事情はわからんが、なにやら深い事情で、人に言えないということは理解しました。
 大魔王様のお言葉はすべてに優先するんですね。
 わかりました。
 わかりましたから、暗黒闘気を放つのはやめてください。

「じ じ ょ う と い う も の が ・・・」
「分かりましたからっ! 聞きませんからっ!」


   *   *   *


 ――― 一昨日。自由都市ゼフィランサス政庁 ―――

 ロゼッタ・エヴァンスは自分のキャリアにおいて、まさか冒険者試験を受験する羽目になるとも思わなかったし、合格するとも思っていなかった。
 ただ、自分の履歴の中に初級とはいえ『冒険者』という肩書が加わるのは一応、『箔』となる。『冒険者』と『魔術師』、そして『上級職員』という三足の草鞋を履いているものなどそうそういるものではない。日本の社会人でも仕事ができる上、柔道、剣道の有段者(しかも三段以上)とあれば、上司にも部下にも一目置かれるであろう。
 政庁の人間関係で何かと気を張らねばならない女性職員とって、有益なものだということはロゼッタ自身も、理解している。

 事実を言えば、変則的な合格基準のおこぼれに預かっただけにすぎないし、冒険者試験の後、精根使い果たし熱を出して寝込んでしまったのだが、それは黙っていればわからない。

(まあいいわ。棚から落ちてきたボタ餅は有効に活用させてもらうとしましょう)

 そう気持ちを切り替えて政庁に出仕してきたロゼッタなのだが。

「調査……ですか?」
「うむ、……というより、監視ということになるか」

 ロゼッタは、直属の上司たるジェファーソン市長の指示に一瞬キョトンとした後、猛烈にいやな予感に襲われた。

「あの……私はそのような訓練など受けていませんし、思いっきり門外漢なのですが?」
「だろうな……だが、だからこそだ」

 露骨に不本意そうな表情のロゼッタに、市長は各部署から上がってきた書類にサインしながら対応する。
 そして、デスクワークが一息つくと、ペンを置き、ようやく彼女の表情を見て告げた。

「率直に言おう。これまでの調査結果を吟味し、総合的に判断した上でのことだ。ターゲットの性格を考えた場合、その道のプロなどを差し向けてはかえって警戒され、遠ざけられる可能性がある。彼のジュリア・フライアへの態度を見ていればわかるだろう?」
「それは……わかりますが、でしたら……」
「理由はもう一つある。冒険者試験で彼が行使した『魔術』について、直に見たのは君だったな」

 ありあわせの材料で盾を作り出した魔術。
 タクミ・ファルカはたった一言の呪文で強化・軽量化まで行使してみせた。
 ロゼッタは「他言しない」と口約束していたが、報告書に書かないわけにはいくまい。もともと彼の実力を測るためにわざわざ冒険者試験の受験を命じられたのだ。合否などは関係ない。『お仕事』なのだ。

「同様の魔術について魔術師に問い合わせてみたが、「そんな荒唐無稽な魔術は確認していない」との答えが返ってきた。つまり、ファルカ家の『秘蔵の魔術』ということだ」
「まさか、『写本』がかかわっているとでも?」

 第七天子の秘術はすべて『写本』という扱いになる。
 それが『禁書の写し』なのか、あるいは第七天子やエデュワの直筆なのか、あるいは別系統の魔術の秘伝なのか、そういった学術的な定義は政庁としてはどうでもいい。つまり、ここでの『写本』というのは政治的な用語なのだ。
 この世界の貴族は『魔法の力』で人々を支配してきた。
 そんな貴族の支配を断ち切って自治権を獲得したのが自由都市ゼフィランサスである。
 中核に貴族を据えていないゼフィランサスにとって、魔術は貴族に対抗するための『平民の牙』である。
 だが、実状、魔術は戦闘レベルで魔法には及ばない。
 その上、魔術は学べば誰でも使える技術であり、むしろ、その身に膨大な魔力を擁する貴族が用いた方が効果的な場合も多い。だが、だからこそ秘匿し、政治的なカードとして使えば国家戦略足りうるのだ。「技術供与しちゃおうかな?(チラッ)」で列強諸侯とだって立ち向かえるのだ。
 そして、事実、ゼフィランサスには秘匿されている大魔術がある。
 いや、事実などたとえ幻想・都市伝説であったとしてもかまわない。外交というフィールドにおいて、「この都市のどこかに『禁書』があり、政庁や軍、魔術師ギルドでいくつかの『写本』を保有している」というハッタリが機能するということが重要なのである。

「不思議ではあるまい。ファルカ老師は、大魔導師エデュワと同じ六勇者。莫逆の友といえる仲だからな。遺産を受け継いでいてもおかしくはない」
「しかし、もし『写本』となりますと………」

 市長はコメカミを指で押さえながらいう。

「魔術師ギルドが目の色を変えるな………、自由同盟の魔道技術の担い手たる彼らの『遺憾の意』。それがどういう意味かはこの仕事をしていればわかるだろう?」

 新たな魔術が発見されれば、軍や政庁は魔術師ギルドにその調査研究を委託する。その慣例はもはや利権となっていた。
 魔法に対抗するために魔術師を優遇し、ギルドは魔道技術を独占する。『魔術村』はますます富む。利権が絡む慣例だからこそ、政治的判断でそれを曲げたときの魔術師たちの『遺憾の意』はすさまじい。魔術師が各部署でサボタージュを仄めかすだけで、政権など容易に転覆するかもしれないのだ。
 しかし、さりとて悪しき慣例ともいえない。『魔術』とは用法を間違えれば大変危険な代物。専門家でなければ扱うべきではない技術なのだ。

「……ほ、他に適任者がいるはずです」
「本件に関わる人間はなるべく増やしたくない。……というより、他に適任者がいない。君は魔術についての見識も確かなもので、彼とも、老師とも接点があり、そして女性だ。見知らぬ男が近づいていくよりよかろう? 適当に口実を見繕って、彼に張り付いていることができる」
「こ、口実……とは?」
「子供が好きだから、でいいんじゃないか?」
「それじゃ私が危ない人攫いみたいじゃないですかっ!!」

 市長はため息をつき、ロゼッタに遠い目をしながら問いかけた。

「ロゼッタ君。君は大変優秀な人材だ。高い事務能力を持っている。だが、上級職員に求められる能力とは、それではない。何だと思うね?」
「………リーダーシップですか?」
「ふっはっはっはっ! 違うな、間違っているぞ!」

 市長は哄笑した。
 もちろん、それはただの演技であり、本心は愉快というわけではない。
 というより、愉快でもないのに笑い声を上げるなど、ちょっと危ういとロゼッタは思った。

「見識? 風格? 勝負強さ? バイタリティ? はっ、大衆の抱く『リーダーシップ』などは、どれもこれも幻想だ!」

 そして、彼は市長室に掲げられている賢者の肖像画に視線を移す。
 描かれてい人物は金の総髪の男性。賢者ウィズレイ・アーキスの壮年の姿だ。第七天子の弟子たる六勇者の一人である。強豪国相手に大立ち回りをやらかし、このゼフィランサスに自治権をもたらしたという稀代の大政治家である。

「勢いで政治を動かそうなんて輩はとんだ噴飯ものだ! 政庁という大層な船は、どちらに舵を取ろうと、かならず誰かに迷惑をかける。そういう人々に頭を下げて回るのがリーダーの仕事なのだよ! リーダーシップのあるなしなんて大衆の評価は所詮「自分に都合の良い方針を取っているかどうか」なのだ!」

 肖像画に向けて明らかに敵意のある眼差しを向ける市長。
 さもありなん。市長の椅子に座ってきた者は、常に『彼』と比較されてきたのだ。

「………市長、落ち着いてください」
「ん、ああ、すまん。つい興奮してな」

 後学のためにと、これまで市長の苦労話はいくつか聞かされてきた。
 ロゼッタはまだ就職して3年目。ジェファーソンが市長室の椅子に座るまでに味わった煮え湯がそれですべてではないことは言うまでもない。

「私が君たち上級職員に求める能力とは、私の机の上につみあがった問題を解決できる能力だ。たとえ一つ一つ、少しずつでもな…」
「はぁ……」

 気のない返事を返すロゼッタにジェファーソンは、保温瓶からガラス細工のカップに紅茶を注ぎ、それでのどを潤しながら、正式な命令書を下した。

 ―― タクミ・ファルカの身辺を調査せよ ―――

 政庁の公文書として残される内容はそれだけである。『魔術』だの『写本』だのというキーワードは残すわけにはいかない。

「まぁ、経験だと思って……」
(つまり、丸投げですか)

 こうしてロゼッタ・エヴァンスは市長室を後にし、降りかかる災難の元凶であるタクミ・ファルカの元を訪ねたのだ。


  *   *   *


 呪文一つで炎が燃える。
 水が氷る。
 風が鉄をも切り裂き、土が人形となって動き出す。
 光は物理法則を無視し、闇は科学を嘲笑う。
 宇宙の 法則が 乱れる!

 不思議なものだ。
 なぜ、この世界には魔法や魔術があるのか?
 それはかつて天子が世界と契約して作った『法』があり、『術』があるからだ。
 かの者どもはこの世界の(ことわり)を好き放題に厨二アレンジした。しちゃったのだ。

 さぁ甦れ、俺の黒歴史ー!!!

「アイアムザボーンオブマイソード!」

 試しに、手渡された鉄筋鋼材で剣を成型してみる。
 さらに女子供が楽に振り回せるぐらいに『軽量化』する。
 危ないので刃は潰しておく。キレテナーイ!
 光の魔法陣はきらめく粒子を撒き散らして四散し、鋼材は刺突用の華美な細剣に変化していた。
 その工程およそ10秒。

「こんな感じですが」
「…………以前も思ったけど」

 政庁の上級職員にして魔術師のロゼッタ女史。
 驚愕の表情というものなんだろう。その顔は、引きつっていた。

「どうして、そんな真似ができるんです?」
「そんな真似とは?」
「まず呪文が短すぎます!」

 うん。
 呪文短いね。

「そして、高度で複雑すぎます! 成形と強化、そして軽量化なんて……」

 うん。魔術の二重掛けなんて高等技能だね。
 とあるプッツン女にケンカで使われたときは(あれは魔法だが)、俺も死ぬかと思った。
 でも、これはそんな高等技能(チート)ではなく、ちゃんとタネも仕掛けもあるですよ。

「僕が魔術を使ってるわけじゃないからです」
「え?」

 しばし、唖然とするロゼッタ。だが、少し間をおいて。

「……ま、まさか、『魔法』?」
「違います。違います」

 『魔法』が使えるのは青き血の貴族だけだ。
 天子の末裔たちは『術』に頼らず、自分の力だけで超常現象を引き起こすがゆえに『魔法』。
 そして、彼らは魔石に頼らず、自身の内側から魔力を絞り出せるがゆえに『特権階級』なのだ。
 魔道使いとしてのスペックが平民とはダンチなのである。
 俺はそんなやんごとなき身分などではない。などであってたまるか。

 一応、俺にも魔力はあるのだが、これはあくまで後天的な才能だ。
 小さいころからダンジョンを遊び場にしていたからである。魔力を鍛えるには幼いころから魔素の濃い環境に身を置けばよい。
 しかしながら、俺の魔力は無詠唱で魔法を使う連中と肩を並べられるほどではない。たぶんリナの半分くらいじゃないかと思う。それでも、平民としてはかなり強い方だ。
 教育熱心な親なら生活費を削って魔術師に弟子入りさせるぐらいのレベルだろう。恩着せがましく高等教育を押しつけられ、そして思春期あたりで挫折して、親を失望させ、「昔はできる子だったのに」なんて後悔しながら、平凡な大人になっていく。
 そういうレベルだ。たぶん。

「で、ですが……、呪文も呪符もなにも」
「いえいえ、主語が違います。僕じゃなくて『精霊』が魔術を使ってるんです」
「精霊?」

 俺は、虚空に向かって『可視化』を命じた。

「ヴィジュアライズ!」

 俺の命令に応えて、先に尻尾と羽根の付いた白い毛玉が、光の粒子を飛散させて顕現する。少し発光するので暗がりの方がよく見えるだろう。
 毛玉はクリオネのように羽をぱたつかせ、目の前を飛び回る。

「つまり種明かしをすると、さっきの強化・成形魔術ではなく第七精霊魔術なんです」
「精霊魔術ですって?」
「ええ。魔術を使ったのはこいつで、僕は命令しただけ。こいつは一度召喚に成功すると、術者の傍に霊体化た状態でとどまります。固有精霊というべきものでしょうか?」

 自分で突っ込みを入れたくなるネーミングセンスだ。
 見果てぬ先まで続く戦いのロード!……とか入る感じで、心が騒ぐ。
 まぁ、それは置いといて……。

 つまり、以前、ミリィやバルッカの前で召喚してみせた『餓鬼』と同じ、精霊召喚による魔術なのである。『精霊』はどこかにいる。すべてにいる。形を持たないだけなのだ。
 その精霊に形を持たせて使役する。

「固有精霊には、マスターが使った魔術を記憶させることができるんです。こいつは僕が使用した形成魔術を記憶していたんですよ。さっきはその製作工程を真似(トレース)しただけ。ただし、僕より早く、そして正確にですが……」

 明かりをつけたり、火を吐いたりさせてみる。
 カーミラは「おお」と感嘆の声を漏らし、ロゼッタは押し黙っている。
 火種を起こす程度の魔術ならば、俺みたいな子供が知っててもおかしくはない。バールスの周りを飛ばせると、捕まえようとじゃれてくるのが面白い。でも、霊体なので触れられない。残念だったな。

 ちなみに、この固有精霊は任意の形をとることができる。術者の想像力次第だ。つまり、さすがに時を止めたりとかはむりだが、2メートルほどのマッスルマンになって実体化して俺を持ち上げ、「ブラボー! おお…、ブラボー!!」ぐらいなら可能だということだ。
 まぁ、大きく実体化すればするほど魔力を消費するし、戦力にになるわけでもないから所詮宴会芸だがな。

「要するに魔術師がやってる『めんどくさい工程』を代わりにやってくれます。
 他にも書類の丸暗記とか、暗算とか。まぁ、僕は記憶魔術は使ったことがありませんので、これは本にそう書いてあっただけなんですが」

 ロゼッタのリアクションがない。
 少し飛ばしすぎたかな?
 まぁ、いいや。
 生徒を置き去りに教授が喋り捲る教養課程の授業みたいに、このまままくし立ててしまおう。
 俺は寛大だから、居眠りしてても単位は差し上げます。

「デメリットだってありますよ。まず、回数制限。
 精霊にもキャパシティがあり、それを超える魔力は行使できません。また精霊が使えるのは術者自身が記憶させた魔術だけです。よって、術者が使えない魔術は使えませんし、魔道具を使った魔術も無理です」

 魔道具とはアイテムの力を使って術者のキャパシティ以上の魔術を行使するための道具だ。どこぞの固有結界じゃあるまいし、魔道具までコピーはできない。この精霊は、単に人間が手動(マニュアル)でやっていることを、自動化(オートメーション)しちゃうだけだ。
 命令は『黄昏よりも昏き者』とか『霜天に坐せ』とか『体は剣で』とか、厨二呪文に置き換えることもできる。簡単に言えば、UNIXでいうところのシェルスクリプトみたいなものである。

「私でも使えるのか?」

 ここで、後ろで見学していたカーミラが食いついた。
 そういえば、竜騎兵は魔術師である。初歩ぐらいは知ってるだろう。

「使役可能だと思います。精霊のスペックは基本的に術者本人の魔力量と同程度になります。一部の特異体質の人を除いて、この世界の人間、生物は基本みんな魔力を持っていますので」
「精霊の能力はあくまで術者依存というわけか、なるほど……」

 俺が出した精霊をまじまじと観察しながら、何やら考えているカーミラ。

「応用としては、そうですねぇ……。簡単な条件をつけて、オートで発動することができます。
 たとえば、『寝てるとき誰かが近づいてきたら覚醒の魔術を使って術者を起こす』とか、『怪我をしたら自動で治癒力向上の魔術をかける』とか、『ダンジョンで気を失ったら、助けを呼ぶ』とか」
「ほう? それは便利そうだな」

 精霊は眠らないからな。
 常に気を張ってないといけない軍人には有用かもしれない。ある意味、ロボ副官がついているようなものだ。ちなみに俺の固有精霊は敵の狙撃に対して自動でATフィールドを張るとか、わりと夢いっぱいな機能も実装してはいるのだが、平民レベルの魔術を超えているので普段はOFFにしている。

「気を付けなければならないのは、魔力を使い尽くせば精霊は消滅してしまうってことです。魔素の濃い場所にいると魔力の回復も早いですが、かといって酷使しすぎると消えちゃいます。本当に凹みますよ? 精霊を召喚し直し、もう一度最初から覚えさせ、育てなければなりません」
「どうやって召喚する?」
「儀典として呪符が要ります。今は手元にないので実家に……」

 残念ながら、精霊創造のための儀典(プロトコル)となる呪符(スクロール)がない。逆に言えば、儀典さえ揃えれば、誰でも使えるのが魔術である。

「実家に呪符(スクロール)があるのか?」
「いえ、呪符の作り方を書いたレシピがあるんですよ。オリジナルの方は爺さんが処分しちゃいましたけど、僕が書き写したものがありますので……」
「実に便利そうだ。少年。ぜひ私にも作り方を教えてほしい!」
「いいですけど、呪符を作るには高価な魔法材と、あと、召喚時のコストに純度の高い魔石がなくては……って、ロゼッタさん。目が怖いです」

 振り向くと、いつの間にロゼッタが至近距離まで近づいていた。
 そして、無言のまま俺の肩をがしっとつかみ引き寄せる。

「きさん、なんちゅうこつばしよったとかぁぁぁーーー!!!!!!!!!!」

 ………………………………うん。
 頭に血が上って、方言がでてしまったらしい。
 ロゼッタは我に返り、咳払いした。

「カーミラ!」
「なんだ?」
「ダメです!!」
「なぜだ?」
「どういう副作用があるか、わからないからです! こういった魔術は呪詛を孕んでいる可能性だってあるのですよ!」

 ねーよ。儀典を作ったの『俺』だもん。
 そんな危険なものをかわいい弟子たちに残すわけがないだろうが。

「この手の技術はギルドで研究され、問題がないと判断された上で公開されるべきものです!」
「そう言って魔術師ギルドが有用な技術を独占し、軍にはまったく回ってこないではないか」

 ふーん。いろいろと軋轢あるんだな。
 まぁ、俺には関係ない。勝手にやってくれ。
 ロゼッタとカーミラが侃侃諤諤と口論を始めたので、俺は他人事のようにバールスと遊ぶことにする。バールスは俺の固有精霊が気にいったらしい。
 俺の固有精霊はねこじゃらしならぬ、ドラじゃらしだ。

 やがて口論がひと段落したらしく、ロゼッタが俺に話しかけてきた。

「いいですか? ファルカ君? 魔術というものは大変危険な行いなのです!!」
「ええ知ってます。だから『儀典』があるんですよね?」

 『儀典』というのは決まり事。魔術を発動するための前提条件だ。呪符を作成する魔術の場合、特別な道具が必要になる。これを『魔法材』という。希少だったり、少々値が張ったり、毒劇物のため入手困難だったりする品物だ。
 そういう儀典を創れるのは『天子』である。天子はいわば、この世界の管理権限を持っている。世界の理にアクセスして創造するのだ。「ちちんぷいぷいいたいのとんでけー」と呪文一つで怪我を治す魔術も作れないことはない。
 では、なぜ、儀典などあるのか。魔法材を集めるのにはコストもかかるというのに…。

 実は、ちゃんと理由があるのだ。
 魔術とは「一時的に理を歪める術」であり、儀典を正しく行った場合にしか、発動できてはならない。
 あくまでも極論だが、呪文一つで核分裂とか、子供の落書きで重力崩壊とか出来てしまっては困るだろう。だからこそ、羊皮紙だとか、水銀だとか、竜の血だとか、そういう入手困難な『魔法材』で作った呪符などをプロトコルとして、理に登録するのだ。
 歴代の天子もそうしてたし、『俺』もそうした。

「儀典に使う薬品などには危険なものもありますからね」
「それだけじゃありません。魔術の中には健康被害になるものがあります。術者の命を削ることで発動権を与えられる禁術もあるのですよ!」

 呪いの類の魔術も知ってるが、『第七』にはねーよ。人体錬成じゃあるまいし。

「僕は3年使って特に問題はありませんが?」
「……と言ってるぞ?」
「ファルカくん?」
「はい」
「私の父も魔術師でした。幼いころは私も厳しくしつけられたものです」

 ロゼッタは俺に向き直り、俺の頭を両手でつかんだ。

「物・置・で・魔・術・書・を・見・つ・け・て・も・子・供・は・絶・対・に・触・っ・ち・ゃ・ダ・メ・だ・そ・し・て・す・ぐ・に・大・人・に・報・告・す・る・の・が・常・識・な・の・だ・と!」

 知るか。エヴァンス家のローカルルールなんて。
 物置に魔術書や魔法材が転がってるご家庭の方が珍しいわい。

「んなことしても、魔術師ギルドが利権でまた肥え太るだけ……って、痛い、痛い、いたい!!」

 口答えした途端、げんこつドリルが俺のコメカミを容赦なく締め上げる。

「やめてくださいよ! 親父(ジイさん)にもぶたれたことないのにぃーーー!!」
「黙れ、小僧っ!!」

 まるでモンスターペアレントのような聞き分けのなさ。
 体罰使うと子供がまともに育たないんだぞ。
 まったく、これだから若造に子供の養育なんて任せちゃいかんのだ。
 やれやれだぜ。
 俺の周りにはなんでこう、すぐにキレる大人が多いのか。
+注意+
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