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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第四話 朝練と朝食

 ゼフィランサスに到着した次の日。
 アマルダの旅籠の三階で日の出前に目を覚ました俺は、旅籠の屋上で日課の朝練を開始した。3年前までは爺さんも一緒にやっていたが、風邪をこじらして以来、めっきり足腰が弱ってしまい、最近は俺の木剣の素振りを愉快そうに眺めているだけだ。老人の朝は早く、爺さんも起きてはいるのだが、本日はお出かけの準備があるので、ここには来ていない。
 本日の早朝訓練は俺一人でやることにした。
 準備体操を終え、木剣の素振りをしていると、赤い髪の看板娘ミリィがやってきた。

「あ、おはようございます」
「君、朝早いのね」
「まぁ、日課ですから…」

 彼女の方は、昨夜のどんちゃん騒ぎの片付けで夜勤明けである。旅籠兼飲食店だから、書き入れ時は夕方から夜なんだろう。この歳で深夜労働とか大変だな。
 彼女が現れるとほぼ同時に日の出が始まった。

「どう? この時期だと、日の出はちょうどお社の方角になるのよ」

 聖骸が眠る都市の中央は、木々が生い茂る森になっている。植物の成長が異様に早いのだそうだ。ミリィは陵墓のある日の出の方角に向かい両手を合わせて一礼する。
 それが彼女の日課のようだ。
 第七天子を信仰する人々を『第七信徒』と呼ぶ。
 第七信徒の礼拝は、極めてシンプルだ。両方の掌を指先まできちんと合わせて、目を伏せ一礼するだけ。これが『第一正教会』とか、『第三修道院』の礼拝になると、長々しい呪文を唱えたり、瞑想をしなきゃいけなくなる。あちらに言わせればこのやり方は野蛮なのだろうが、第七信徒の礼拝作法は、平民たちの間では評判が良いらしい。
 太陽が東の丘陵から顔を出すと、同時に街が動き出す。行商人のリアカーや、大荷物を担いで行き来する労働者が増え、その往来の音に目を覚ました人々が次々と窓を開け、都市の朝が始まった。
 この都市にお住まいのミリィさん(15)に、ちょっと、素朴な疑問をぶつけてみる。

「この街は住みやすいですか?」
「住みやすいに決まってるじゃない。こういう平民だけの街で上下水道まで完備されている街なんて他にどこにあるっているのよ?」

 そう言ってくれると嬉しいな。

「職人のレベルは高いし、珍しいものが溢れてるわ。貴族まで越してくるぐらいなんだから!」
「あの人達は、豪華で広い屋敷に住むことがロマンだったんじゃないですか?」
「そうでもないわ。最近は都市を一望できる見晴らしのいい高層住宅に住みたがる貴族も多いのよ。
 ほら、あそこの背の高い建物あるでしょ? あれ、ネリス貴族のアパートだから……最上階に住んでるのはラヴェンデュ公爵家のご令嬢。で、あっちはカルディア貴族。こっちのはゼイレシア貴族御用達の宿舎」

 城壁と掘りの向こう側、星形稜堡を外側から見下ろす、地上20階はあるのではないかという高層建築がところどころに立っていた。さしずめ異世界版の六本木ヒルズか?見張り台としての戦術的利点もありそうである。ゼフィランサスとしては見張られてる形となるが、おそらく政治的な落とし所でもあったんだろう。
 そういえば、ネリス王都やゼイレシア王都では、大名屋敷みたいな豪邸がたくさんあるそうだが、王の権威を維持するために王城以上に背の高い建物はご法度であるらしい。あちらの町並みは80年たってもあまり進歩がないというが、それもそれで情緒があって良いと思う。

「まぁ、アパートといっても、私達庶民の住まいより格段に広くて立派よ? 調度品も豪華絢爛だし」
「ああいう所からだと夜景とか綺麗でしょうね。この街って星形ですから…」
「そうねぇ……夜中こっそり給水塔に登ったことがあるけど、絶景だったわよ」

 給水塔は大型団地などによくある高所の位置エネルギーを利用して、水道に圧をかけるための施設だ。ゼフィランサスには、高さは30メイル(48メートル)のものが各花弁に1つずつ存在する。
 あそこから見下ろしたらさぞ見晴らしがよかろう。だが、普通は立入禁止のはずだが?

「年頃のお嬢さんが何をやってらっしゃるんですか?」 
「え? えーと、あははははっ!!」
「笑ってごまかすなら、ボクも真似しますよ?」

 そんなことを和気あいあいと話していたら、

「ダメだよ、真似しちゃ…」

 貫禄のある声がした。
 現れたのはミリィよりはやや背が高いもう一人の赤い髪。この旅籠の女将アマルダである。
 昨夜の歓迎会のお礼を一応、言っておかねばならんだろう。

「おはようございます。女将さん。昨日は祖父(ちち)のために一席設けていただき有難うございました」
「爺さんのいうとおり、しっかりした子だね。剣の方もさすが剣聖のお孫さんだけあって、筋がいい」

 そりゃあ、あの爺さんに剣を教えたのは俺だからな。
 まぁ、剣では抜かれた感はある。現に若いころ、あの爺さんの腕は俺を超えていた。『俺』は日本にいた時は剣術なんてやったことなかったが、この世界に召喚された時、達人級の腕前をインストールされている。あの爺さんは、その『俺』を当時若干17歳で上回っていたのだ。爺さんは俺みたいなまがい物ではなく、本物の天才だった。
 世の中にはすごいやつがいるものだ。今の俺はチートなど使えない上に、8歳の子供だからろくに身体もできていない。
 自分が強いなんてお世辞でも信じられない。
 たとえ、これから成長したとしても、この身は以前のような不死身ではないのだから、生兵法を身につけて増長する気はない。
 強い奴に目をつけられるのも困るしな。一応、謙遜しておこう。

「ご冗談を、僕なんてまだまだですよ。祖父にはとても及びません」
「いいや大したもんさ。私も一応、剣聖ファルカに剣を習っていたからね。剣士を見る目はあるとおもってるよ。
 普通、初心者は腕で剣を振るから、剣に振り回されるものだが、アンタはへそから下がしっかりしている。それは一朝一夕にはできないよ」

 すごいなアマルダさん。
 そうか、へその下か。某ミスタープロ野球は選手のグッド・バッドを、ユニフォームの皺とか、バットの微妙なフワァっとしたポジションとかフォームメカニックで判断できるらしいが、あのレベルということか………正直、俺にはさっぱり分からん。

「それはこの木剣が軽いからじゃないですか? 真剣だとこうはいかないと思います」
「木剣をもたせたところで、冒険者にもできていない奴は多いんだ。大したものさ…」
「アマルダさんはお強いんですね」
「強いかどうかはわからないよ。わかってたら、道場でも開いている。
 わからなくなったから旅籠なんてやってるんだ」

 たしか時代劇小説で聞いたことがあるな。「修行すればするほど、自分が強いかどうかはわからなくなる」って。たしか池上◯太郎…いや、井◯雄彦だったかな?
 しばらく談笑すると、アマルダは踵を返した。

「じゃあ、アタシはあんたの爺さんと出かけてくる。準備があるから失礼するよ」

 爺さんが出かけるのは予定通り……ではないな。
 本当は昨日の内にお偉いさんを訪れる予定だったが、なし崩しに宴会になってしまったからな。

「え? こんな朝早くからお出かけなの? 母さん」
「まぁな…そこの看板娘は早く寝な。今日は休みにしとくけど、明日からはバリバリ働いてもらうよ?
 それからタクミくん。昼前には帰るから朝食は召し上がれ」
「あ、はい。頂きます!」

 女傑アマルダは屋上を立ち去る。しばらく、朝練を続けていると、表通り側に馬車が止まった。
 正装をしたウチの爺さんと、アマルダが乗り込み、馬車は町の中央部の方へ向かっていた。


  *  *  *


 朝練を終え、俺は昨夜の吟遊詩人レオナルドが同じテーブルに座って朝食をとった。朝食は、野菜や肉を牛乳で煮込んだリゾットだ。
 チーズと卵を落としてあり、なかなか栄養価は高いだろう。

「あのような記録は、第七天子様が建てられた都市の図書館にすべて残っている。冒険者であれば、だれでも閲覧できるさ」

 同じ食べ物を同じペースで口に運びながら、爺さんの半生について教えてもらう。
 あの爺さん、昔のことはあまり喋らないからな。

「かくいう私も冒険者でね」

 吟遊詩人レオナルドはギルドカードを見せてくれた。
 ランクはD。白銀のカードだ。

 名前    …… レオナルド・ハーウェイ 
 種族    …… ヒト
 生年月日 …… 天精暦961年 氷月10日 (28歳)
 ランク    …… D (exp : 2071)
 最終更新日時 ……  天精暦989年 炎月7日 16時18分04秒
            ゼフィランサス支部

 冒険者登録システムはゲームや小説でよくある設定を、そのまま実現させてみようと思って作ってみただけなんだが。今日ではIDカードとして広く利用されているようだ。

「レオナルドさんも図書館を利用されるのですか?」

 俺の問に、レオナルドは肩を竦めて答えた。

「ああ、歌作りには欠かせない。最近はご婦人の中にもこういう歴史活劇に夢中になられる方がいて、中途半端な知識で歌を作っていては、間違いを指摘されてしまうんだよ」

 歴女というやつか…怖いな。
 それと、図書館って、まだあったんだ。100年前に作ったときは字が読める平民がろくにいなくて、なんかすごく骨折り損的な悲しい思いしたのだが、今は役に立ってるんだな。

「あ、でもすごいや。Dランクってことはお強いんですね」
「ははは。このくらいは努力すれば誰にでもなれるよ。この上が遠いんだ。かつて私もSランクや冒険者に憧れ、剣をふるった。もう諦めたがね」

 レオナルドは剣をふるうジェスチャーする。腕は太く、指の付け根に木剣タコがある。彼なりに相当修行したのだろう。おどけているが、一瞬だけ剣士の目になったのを俺は見逃さなかった。アマルダと同じで()()を持っている人らしい。

「強くなることは諦めた。だが、冒険への憧れはなかなか捨てられなかった。けどあるとき気がついたんだ。届かないなら、いっそ英雄たちの活躍を歌う吟遊詩人になろうって……」

 偉いな。とても偉い順応の仕方だと思う。
 いくら強くたって飯が食えなきゃしかたないからな。
 強さよりも、世の中の役に立てることの方がよっぽど大事である。

「図書館で本を探したり、歌を作ったりするのだってボクにとっては立派な冒険さ」
「ええ。すごい大冒険だと思います。昨夜の歌には感動しました」

 お世辞にではなくそう思うな。
 人を熱狂させられるというのは正直羨ましい。
 ニコニコ動画にアップロードしたら、ランキング入まちがいなしだ。
 そして、政治的に必要なことでもある。
 自由都市ゼフィランサスは、平民のための都市国家。
 この世界の貴族と平民では、基本能力に大きな開きがある。この『貴族』という階級はハッタリではない。みんな天子の末裔なのだ。平民のなかにも天子の末裔はおり、稀にその因子を強く発現させる者が現れるが、そんな胤は見つかり次第、貴族に召し上げられる。養子として教育を施され、ゆくゆくは妾や跡取りのいない陪臣貴族の入婿として取り込まれていくのだ。
 そういう慣習を数百年続けていれば、生まれ持った魔力の絶対量が根本的に違ってくる。実際、同じ攻撃魔術でも、平民魔術師(メイジ)と貴族ではデリンジャーとアサルトライフルぐらいの威力の差がある。さらに貴族は騎士であり、男子は王国が運営する騎士学校で魔法理論や戦闘訓練を受けるのが当たり前だ。平民は剣や魔法が多少使える者がいても、我流である場合が多い。一対一で平民と貴族が決闘しても、平民にはほとんど勝ち目はない。
 アウグスティア皇国、ネリス王国、ゼイレシア王国、カルヴァラ帝国などでは、高位の貴族であればあるほど強大な魔力を誇っており、平民はそれに臣従するよう教育される。つまり、魔力の裏付けが封建社会のヒエラルキーを形成していると言っていい。
 そんな堅固な封建社会において、弱者である平民が、主権を維持し、時には王侯貴族の率いる敵とコトを構えるには、民衆の団結、都市に対する忠誠心が不可欠となる。それを喧伝する装置としてレオナルドのような吟遊詩人が必要なのだ。
 このゼフィランサスは世界唯一の国民国家(ネイションステート)といえなくもない。民衆に教育を施し、ナショナル・アイデンティティーに育まねば、自壊していく危険すらあるのだ。

 食後のアップルティーを飲みながら、レオナルドが聞いた。

「ところで、剣聖ファルカ様は出かけられたようだが?」
「ええ、冒険者ギルドの知人に会いに行きました。本当は昨日の予定だったのですが、大歓迎を受けてしまいまして……」
「はははっ! どんちゃん騒ぎ始まってしまったということか。しかし大丈夫なのかい? 予定を急に変更してしまって…」
「大丈夫だそうです。()()()にミーティングだそうですから。昨日いけなくなったので、今日の朝一でという話になったんですよ。アマルダさんはそのお詫びで同行するそうです」
「本題?」

 俺はミルクティーのカップを置いて答えた。

「冒険者ライセンス試験の申請です。この僕の……」
「なんですって!!?」

 その瞬間、背後からガタンッと食器を鳴らす音がした。
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