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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第三十七話 ドワーフ族

 素晴らしい目の保養だ。まるで星空の中を歩いているようだった。
 リブヴォールトの天井から差し込む淡い光が、壁や床に張り出した水晶に反射して、色鮮やかに輝くのだ。照明が明るすぎればそこに水晶があることなど誰も気付かないだろう。
 なんでもこの光は、細いガラスの管を通して地上から導いているという。太陽の光はもともとたくさんの色の光が合わさったもので、ガラスや水晶の中を通ると原色に分かれるのだと。通路の中央にはジャンプすれば飛び越えられるくらいの幅の水路が誂えられており、(せせらぎ)が運んでくる涼気がひんやりと心地よい。
 通路の両側には、商店や工房が軒を連ねており、買い物客で賑わっていた。地下は涼しく真夏日は特に人が多いそうだ。また、雨が降っても気にせず買い物ができるので、さらに人が多くなるのだと。
 遠くにいる吟遊詩人の歌声が石壁に反響してここまで伝わってくる。
 迷路のような地下都市。ここは街のにぎやかさと、風情を同時に堪能できる場所。ドワーフ職人たちの最高傑作の一つだ…と、隣を歩く『癒し姫』、エグゼリカ・セレスティが教えてくれた。

「このゼフィランサス地下街はドワーフ職人組合によって現在も拡張工事中なんですよ」

 故郷ゼイレシア王国では、職人は王侯貴族のために存在しているといっても過言ではない。
 絵師は貴人の肖像画を描き、庭師は屋敷の庭を整備し、料理人は晩餐会で賓客を饗応するために美食を究め、家具職人は家の権威を高めるために贅を凝らした調度品をつくる。
 どれだけの職人を抱えているのかが貴族の力であり、どれだけの貴族に取り入り、その称賛を得るかが職人たちの名誉栄達の道であり、飯の種でもある。
 ゆえに職人ギルドも身内贔屓。技術の漏えいは自分、ひいては主家の凋落にかかわるため、余所者を雇い入れたりしない。
 だが、この町は違う。名もなき平民が名もなき平民のために作り、互いに切磋琢磨するのだ。
 商店に陳列されてある雑貨まで非常に芸が細かい。

 黒鉄熊の使い魔契約法を探している私たちが、なぜ地下商店街なんかをあるいているか、というと、エリカの紹介で『ある人物』に会いに行くためだ。

「実は、あれからギルドで調べてもらったんです。魔術師ギルドが契約術式を確立している使い魔は、全部で100種以上いるんですが……」
「100種? そんなにいるの?」
「はい。同系統の魔獣には、ひとつの魔術で使い潰しが効く物がありまして、術式自体は全部で37種。そのうち11の契約術が機密扱いになっていました」
「なんで?」

 と、私が尋ねるとエリカが答える前に、

「軍事利用可能だから、だろ?」 

 後ろをついてくるアレックが口をはさんだ。

飛竜(ワイバーン)だとか、一角麟(ユニコーン)だとかの契約術式が、国外に漏洩したら大ごとだろうが。そういう魔術は、軍で管理してんだよ」
「ふーん。でも竜騎兵なら、ゼイレシアにもネリスにもいるじゃない?」
「近隣諸国の国軍や諸侯軍は、竜騎兵の育成を自由同盟軍に委託している。この都市で何年か訓練して、飛竜を乗りこなせるようになれば国に送り返してるんだ。契約術式自体は完全なブラックボックスだそうだぜ?」

 そういえば、飛竜乗りになる奴は陪臣準騎士の家の二男、三男が多かったな。
 飛竜を手懐けるのは命懸けであり、青き血や世継ぎがバックリやられると困る。そういうわけで、準騎士家あたりの『部屋住み』の中で割と出来のいい奴を推薦して留学させるのだ。
 貴族ではないから『騎士』ではない。ゆえに竜騎『兵』である。

黒鉄熊(フェール・ベア)だって、もし使役可能なら軍事機密扱いなると思うぜ? 危険度レベルは5~6なんだからよ」
「よくドヤ顔で知ったかぶれるわね? 自分が狩った獲物の名前も知らなかったくせに」
「おう! ウィルから聞いた!」

 めげないな。この男は。
 ウィルというとアレックのパーティの参謀役の魔術師ウィル・ストライフだ。冒険の計画や、クライアントとの折衝はほとんど彼がやってるらしい。

「それはさておき……37種の中には黒鉄熊(フェール・ベア)用の契約魔術は見つからなかったんですよ!」
「……ということは、まだ方法は確立されてないということ?」
「はい!」

 見つけられなかったのに、なぜか嬉しそうにうなずくエリカ。

「でも、なんでそこでドワーフの棟梁に会いに行く必要があるのかしら?」
「そこなんですよ! 37種というのはあくまで『契約魔術による使役方法がほぼ確立している使い魔』の種類なんです」

 ……というと、他にも方法もあるということか。

「異種族には独自の方法で使い魔を使役する人たちがいるんです」
「そこにヒントがあるかもってことね!」
「ですです♪」

 エリカはこの都市の魔術師ギルドに所属し、治癒師として働いている。顔も広そうだし、まずは彼女に任せてみよう。腕の良い治癒師は仕事柄、冒険者や軍人、鳶、土工といったガテン系のみなさんとはすこぶる仲がいいらしい。
 そんな『癒し姫』の紹介で、私はドワーフ職人組合の棟梁に会うことになった。なんでも、ドワーフは魔術師ではないが、独自の方法で魔獣を飼育しているとか。

 ドワーフ族か。
 町ではよく見かけるし、旅籠にもよくやってくる。
 大きい奴でも背は私くらいだ。しかし、ヒト種より馬力があり、力持ち。この都市においては土木業の担い手だ。肌は浅黒く、毛深く、そして、筋骨隆々とした髭達磨。
 彼らの働きによって、アマルダの旅籠にもあと数か月で地下街への出入り口が完成するらしく、女将さんも心待ちにしている。私もミリィと一緒に、何度か酒瓶担いでの、ご機嫌伺いを命じられている。
 ………うわー。自分でも、旅籠の従業員っぷりが板についてきたなと思うわー。

 そんな『ドワーフ職人組合系列・ガランド工務店』は地下中心街、巨石を掘って拵えた重厚感のある看板にの下には開業していた。
 開業はしていたのだが…。

「断るだと!」
「ああ、断る!! 出張なんてできねぇ! 資材の搬入だけでも一週間かかろうがっ!」

 何事かと思うほどの怒号が、地下街に響いていた。
 どうやらお取り込み中のようだ。

「金に糸目はつけんと言っとるだろう! 必要な物資はこちらで調達する」
「いくら金があってもダメなもんはダメだ! 仕事っていうのはスケジュール通りにやるもんだ! 予算や工数の見積ができなきゃ、他の客に迷惑を掛けちまうだろうが! そもそもゼイレシアに出張して資材がちゃんと揃ったこたぁ、一度もねぇんだよ!!
 段取りは全部こっちでやらなきゃならねぇ! そのくせして邪魔ばっかし入る!!」

 店の前で口論しているのは、割と身なりの良い商人風の男と、作業着姿のドワーフだ。
 お互いヒートアップしている。どうやら、お客の要求をドワーフの職人が拒否しているようである。
 このままだと下手すりゃ掴み合いの喧嘩になりそうだということで、エリカが進み出て声をかけた。

「こんにちは、棟梁さん!!」
「ん? おう、姫さんじゃねぇか!」

 さっきまですごい形相で口げんかしてたが、エリカの顔をみたとたんひょうきんな顔になる。
 どうやらこの人が棟梁さんらしい。
 確かに店に来る冒険者ドワーフよりも齢を食ってるように見える。
 ドワーフは機嫌よく対応すると、商人の方を向き直って、告げた。

「というわけで、話はここまでだ。悪いがお客さんでね」
「き、貴様っ……この私よりこんな小娘を優先する気か!?」

 商人風の客がいきり立つ。
 『癒し姫』を小娘呼ばわりである。
 ということは他所者か?

「アポなしのアンタと違って、姫さんとは約束があるんだから待たせるわきゃいかねぇだろ! かまうこたねぇよ。姫さん。ささ、中に入ってくれ」

 シカトモードに入った棟梁さんに地団太を踏んで悔しがる商人風の客。

「そ、そこまで無礼な真似をするなら、私にも考えがあるぞ!!
 私はゼイレシア王国の雄、フィーリット男爵に使える者!! 男爵様の名代としてこの地に…」

 それから彼は顔を真っ赤にして捲し立てた。主家の家名を持ち出し、仕事を受けることがいかに名誉か、拒否するとどんな恐ろしいことが起こるかを語ったのだ。
 正直にコメントさせてもらうと、だ。

 これは酷い。

 さすがに聞くに堪えないので内容は割愛したい。
 実は、私もゼイレシアの貴族なのだ。
 しばらく聞き流したが、あまりのやかましさに、イライラしてきた。黙らせようと思って前に出ようとすると、一足早く後ろに控えていたアレックが襟首を吊り上げ恫喝した。

「やかましいぞ」

 それで決着がついた。やっぱ図体がでかいと便利だな。
 ………というか、優しいな。アレックは。
 あちらさんはご丁寧に『お家の名前』まで出してるんだから、出るべき処に出て決着をつけてやりゃいいのだ。
 勝手に主君の家名を名乗って他所に喧嘩吹っ掛ける家臣など、私の実家なら絶対庇わない。

「くっ…平民がっ! ドワーフ風情がっ!」

 商人風の男は、小さく捨て台詞を吐いて人並みの中へ消えていった。

「何なんですか? あの人は」
「ああ、どこぞの貴族様に仕えている身分の高い()()()らしい。主君のお屋敷に水洗トイレを作って欲しいとさ。「排水はどうすんだ?」って聞いたら、「下水は川へ流せばいいとか」、無茶言うもんで断ったんだよ。汚水と下水の区別もついちゃいねぇんだから」

 それはいかんな。不衛生だ。

「……それより、アレック。お前さんは何をしとるんだ?」
「見りゃわかるだろ? 導師の護衛だよ。魔術師ギルドからの依頼だ」
「そりゃあ、ギルドも人選を誤ったな、もっと品のいい奴にしとけばいいのに」
「うるせー! 余計なお世話だ」

 どうやら、棟梁はアレックと知り合いらしい。
 からかいながらも和気あいあいと話をする。

「すまねぇ姫さん。どうやら、気を利かせちまったみたいだな?」
「お役にたてれば幸いです。それより、前に診察した使い魔くん、元気にしてますか?」
「わっはっはっはっ! 単刀直入だな!」
「実は、私の友達も使い魔が欲しいっていうんですよ!」
「ほう?」
「棟梁さんは使い魔の扱いにも、お詳しいと聞きまして……」
「詳しいってもんでもねぇさ」

 ここでエリカは私を紹介した。

「おめぇさんかい? 使い魔がほしいってのは?」
「ええ、リナ・スタンレーよ」
「ハンス・ガランドだ」

 ハンス・ガランドと呼ばれたドワーフ。通称『棟梁』はギョロっとした目で私を見上げた。
 ドワーフにとって大抵の相手が自分より上背があるのだが、私の記憶にある限り、どんな相手にも怯んだりしない豪快な種族だ。
 なんでも御年70歳。髭や髪の毛は白髪交じりのグレー。
 この都市の職人たちの中でもかなりの重鎮らしい。

「ふふん。愛玩用として下級レベル魔物がほしいなら魔術師ギルド御用達のペットショップで買った方がいいぜ? その場で契約させてくれるからな」
「ペットショップなら昨日、勤務時間外に覗いてきたわ」

 既に、「黒鉄熊との契約は無理」という見解を頂戴している。
 まぁ、簡単に見つかるようなら、あいつが勝負を仕掛けてくるわけがないか。

「売ってるのが、ネズミとか文鳥とかばっかりなのよね。生憎、お目当ての使い魔はそういうレベルじゃないのよ」
「わっはっはっはっ! 何を従える気か知らねぇが、他ならぬ姫さんの頼みだ。相談には乗ろうじゃないか。使い魔が見たいんだったな。まぁ、中に入ってくれや」

 なにかと気のいい棟梁に率いられ店舗の中に入った。

「うおお!」

 店の内装を見たとき思わず、感嘆の声が漏れてしまった。

「どうだい? この店は水回りの設備などを商っとってな」

 店は広い。アマルダの旅籠の食事処の倍ぐらいはあるだろう。壁や床は光沢を放つ大理石だ。
 ピカピカの浴槽や洗面台、便座が並んでいた。
 『ショールーム』というやつだ。
 洗面台、浴槽のデザインはシンプルなのにカッコイイ。不銹鋼製の蛇口に、光沢を放つ陶器や磨き上げた御影石などをシンクにしている。絢爛豪華な装飾品などはついていないが、使いやすそうで、なんかこう『未来』を感じさせる。
 その上、こんな地下街のお店に据え付けられた展示用の洗面台からも水が出るのだから驚きだ。

「シンプルなのがベストさ。ちゃんと整備すれば、ずっと新品みたいに綺麗に使えるからな」

 ドワーフ族は外見だけだと大雑把な無骨者という感じだが、人は見かけによらない。
 ざっくざっくと穴掘り、がっしがっしと鉱石集め、がこんがこんと鉄をたたいている。正直、私もドワーフはそんな連中だと思っていた。しかし、それは時代遅れなのだとこの都市へ来て思い知った。
 ドワーフの力は偉大だ。この都市の住居は、台所、浴室、水洗トイレなど水回りは特にいい。そのほとんどがドワーフ職人の手によるものだという。
 平民だ、異種族だなんて先入観を抱くのは間違っている。こいつらはゼイレシアの貴族なんかよりずっと進んでいるのだ。
 彼らが作る台所が機能的だから料理が美味い。彼らが整備する上下水道が機能しているおかげで都市が清潔に保たれ、変な病気も流行らない。衣食住の質が違いすぎるのだ、この都市は。
 つか、我が実家の貴人用トイレより、旅籠の従業員用のトイレの方が贅沢ってどうなんすか? 女将さん。うちの実家なんて『砂』ですよ? 『砂』! 貴族なのにっ! 砂の上に用をたすのは猫だけとか言われたときゃ凹みましたよ。

 だがまぁ、羨ましがっても、あんなトイレは我がゼイレシア王国の職人には作れない。単に水を流せばいいというわけではなく、上下水道の水質管理まで必要なので他所では真似できないそうだ。

「そういう反応してくれると実にうれしいね!! 他所から来た人間はみんなびっくりするわな。わっはっはっ!!」

 ギギギ…。
 つか、王様。仕事しろよ!
 国家認定すらしてない自治都市にごときに負けてんじゃん!

「嬢ちゃんが嫁入りして、マイホーム買うときは、水回りは俺が誂えてやるよ! わっはっはっ!!」

 く、悔しい!…でも……魅力的な提案である。
 まぁ、それはさておいて。

 ここに使い魔っぽいものはない。棟梁の使い魔くんはまだまだ奥にいるらしい。
 私たちは棟梁に案内されて、更に店舗の奥に招き入れられた。
 バックヤードの勝手口から、狭く薄暗い通路が続くいていた。地下街の裏方にはこういう通路が張り巡らされているらしい。ドワーフは夜目が効くのでランタンで十分だそうだが、私たちにはよく見えないので、エリカが照明魔術を使った。
 通路というより洞穴だ。壁や天井は土がむきだしで木製の支柱が据えられている。

「ここは搬入用通路でな。工房で作った品物を裏側から運び込んどるんだ」
「表通りと違ってずいぶん作りが荒いのね」
「裏方だからな、昔の地下道はみんなこんなもんだった。俺たちが小洒落たものを作るようになったのはつい最近でなぁ」
「つい最近というと?」
「100年ぐらいか?」
「ぜんぜん最近じゃないわ」
「ドワーフの寿命は人間より2、30年は長ぇからな!!」

 「わっはっはっはっ!!」と豪快な笑い声が地下道に響く。
 いやいや、そういう問題じゃないだろと思ったが、ドワーフ流のジョークらしい。
 坑道を少し進むと、天井が高くなった。

 ……と、そこに妙なものがある。
 木の板が無数に並べられ、その上に長い鋼材が二本平行に敷かれているのだ。
 それは私たちの行く手を横切るように延々と続いている。
 いや、違うか、鋼材が敷かれてる方が主幹通路で、私たちが横穴から出てきたのだ。

 そして、鉄の棒の上には滑車付の籠が乗っかっている。乗り物であるということはわかるのだが。

「こいつはトロッコっていうんだ。この上に重い荷物を乗っけて、線路の上を走るのさ。もちろん人も乗れる。乗ってみてぇか?」
「ええ!」

 面白そうだ。
 棟梁と、私とエリカ、そしてアレックの四人で乗り込む。
 棟梁がレバーを引くと、トロッコが動き出し、加速を始めた。
 快適な乗り心地だ。

 というか、楽しい。
 地面に鉄が敷いてあるだけで、こんなにスムーズに車輪が回るとは。
 エリカもアレックも子供みたいにはしゃいでいる。
 下り坂を走らせたり、魔法でブーストできたりしたら、もっと楽しいだろうな。

「すごいわ! こういう楽しい乗り物、王都にだってないわよ?」
「ないだろうなぁ。世界でもこの都市だけさ!」
「同じものを作ってくれって言われたりしない? 貴族とか、成金商人とかに」
「軒並み断っとる」

 そういやさっきも断ってたな。
 水洗トイレだそうだが。
 でも、ああいう技術を手土産に貴族に取り入れば、相応の地位と報酬が約束されるはず。
 お金儲けにもなるだろうに、なんでまた? と訊くと。

「別に出張するのもやぶさかじゃあないんだが、依頼人側の窓口が下っ端じゃ話にならんのさ。
 向こうの職人ギルドにだって既得権ちゅうもんがあるんだ。よそ者がすんなり参入できるわけがない。ましてや俺たちのような『異種族』がな。
 蛮族ごときの後塵を拝するなど、職人としてのプライドもゆるさんだろうさ。偉い人がちゃんと音頭を取ってくれんと、つまらん諍いが起きるだけだ」

 なるほどな。
 いくら腕のいい職人だろうと既得権益を脅かすようなら歓迎されるわけがない。
 かといって、長年領地を支えてきた職人たちを切り捨てるわけにもいかない。
 下手すりゃ、ギルドとの間が拗れ、領地経営が混乱する。
 職人ギルドっていうのもある意味、職人たちが自分たちの技術や権益を守るため『物理的話し合い』をするための組織だ。仮にウチの実家に水洗トイレを作ろうとしても、相当根回しをしなければならないだろう。
 よしんぼ職人を連れてきたところで、金を寄越せ、技術を寄越せ、という話になると思う。たぶん。
 道理で広まらんわけだ。


   *   *   *


 線路は続くよどこまでも。
 洞窟の奥、エリカの照明魔術の届かぬ深淵のまで続いている。
 だが、トロッコは大きな横穴の前で停車した。

「さ、ここだ」

 どうやらここが目的地らしい。
 横穴の入口には何かの施設のあることを示すように、両側に燭台が据え付けられていた。

「ここは?」
「俺たちのドワーフ族の『魔獣調練所』さ。もっとも使役する魔獣はただ一種類だがな。
 姫さん。悪いがここから先じゃあ、その明かりは消してくれ。眩しすぎる。
 俺たちの使い魔は光を嫌うんでな」
「あ、はい」

 エリカが照明を落とす。
 棟梁はランタンを手に取り、火をつける。
 やがて暗さにも目が慣れたところで、彼は私たちを横穴の中へ導きいれた。
 ところどころに巨石が張り出している曲がりくねった通路だ。薄暗い通路の左右に鉄格子の扉が並んでいた。
 この通路はドワーフ作業員専用らしく、天井が低い。私やエリカは平気だが、後ろからついてくるアレックは何度か頭をぶつけていた。まぁ、この男は頑丈そうだから大丈夫だろう。

「悪ぃなぁ! 狭っ苦しいところでよぉ。お客さんが来るようならもう少し拡張してもよかったんだがなぁ…」
「いいえー、へーきへーきですから!」
「導師! それ俺のセリフ!」
「アレックさんは頑丈ですからへーきです」
「アンタ、それでも癒し手かよっ!」

 そういいつつも再度頭をぶつけるアレック。
 学習能力の無い奴だ。

「……なんだか牢屋みたいなところね?」
「そうさな。檻であることには違いねぇ」

 なるほど、『檻』か。ここは使い魔の調教施設。この頑丈そうな扉の向こう側に魔獣がいるのかもしれない。
 そして、あれほど騒がしかった棟梁の声が小さい。どうやら静かにしなければならない場所らしい。たぶん、魔獣を刺激するからだろう。

 通路を歩いていると、ちょうど扉から出てきた一人のドワーフと鉢合わせした。

「ようガフ」
「あ、親方、お疲れ様です」

 態度で上下関係がわかる。
 どうやら、若いドワーフで棟梁の弟子か後輩らしい。
 まぁ、若いといっても、私には棟梁との見分けがつかないが。

「配膳か?」
「そうです。親方」
「モーフィは手こずっているようだな?」
「そのようで……そちらの方は?」
「客人だ。なんとあの『癒し姫』さまだぞ?」
「ほぉお、そんな偉い方がなんでこんなむさくるしいところへ?」
「俺たちの使い魔の飼い方に興味があるんだとさ。それで案内しとるんだ」 
「そんな方が視察に来られるんじゃあ、客間の一つでも作っとくんでしたねぇ」
「まったくだ。がっはっ…」
「親方、ここでは…」

 哄笑しようとした棟梁をガフと呼ばれた若いドワーフは、人差し指を口の当てて制した。

「そうだったな、すまんすまん」
「それでは、俺はこれで……」
「おう、お疲れさん」

 彼は私たちが来た道を戻って行った。

「お弟子さん?」
「……ああ、息子だ」

 親子だったのか。道理で見分けがつかんわけだ。

「もう一人立ちして、組合にも所属しとるが、軍の方でも工兵として働いとる。他の弟子の手前、親方と呼ばせとるがな。まぁ、機会があればいずれ紹介しよう。さ、みんな、こっちだ」

 扉の一つを空けて、中へ招き入れられた。
 混凝土の壁と天井で覆われた空間に頑丈そうな宝箱が片隅にポツンとあるだけ、何もない部屋だった。

「さて、ここからは防音の結界が張られているから、普通に話していいからな?」

 棟梁の声の音量が戻る。これが普通らしい。
 部屋の中は大人二人が両手を伸ばしたほど。
 壁に穴があった。
 四つん這いになれば、私なら通れそうなくらいの大きさだが、もちろん入ろうとは思わない。
 出てこれなくなりそうだからな。

「おーい、ドドン!」 

 棟梁が呼ぶと、黒い生き物がでててきた。
 巨大な爪のついた前足に、艶のある毛並。でっかいモグラだ。
 地面の匂いを嗅ぎながら這って進んで、棟梁の横にお行儀よくお座りした。
 棟梁の近くにいると落ち着くらしい。


「これが?」
「ああ、俺の使い魔だ。岩喰土竜(ロック・イーター)のドドンさ」
「ロック・イーター?」
「実際は土を食ってるんじゃなくて、土の中に含まれる小さな魔石の粒を食ってるそうだ。もちろん、大粒の魔石も大好物さ」

 棟梁はポケットから小さな小石くらいの魔石を取り出し、ドドンの鼻先に差し出す。
 ドドンはそれをバリバリと音を立てて噛み砕く。
 顎の力は相当強いらしい。

「こいつらは臆病な魔獣でな。自分から他の魔物を襲ったりすることはないんだ。捕まえるときも、ダンジョンにあるモグラ塚の近くに穴を掘って罠を仕掛けるんだ。フラグルの森なんかにもいるな」

 でっかいモグラは、つぶらな瞳を私の方に向けてくる。

「ゼフィランサスにはこの通り、地下道や地下水路が張り巡らされている。そういったところの工事に岩喰土竜は欠かせねぇ。こいつらは鋭い爪で固い岩盤をガンガン崩して掘っていく。こんななりをしているが、耳もよくて落盤の兆候も察知してくれる。暗く孤独な坑道の中でも励ましてくれる。俺たちドワーフ族の大切なパートナーさ!」

 話を聞く限り、すごく便利そうな使い魔である。

「こいつらと契約する方法も機密なんですか?」
「いや、俺たちドワーフ職人組合で共有してるよ? ほら、これだ…」

 棟梁は宝箱の中から、がさごそと何かを取り出した。教本だった。それほど分厚くはない。
 棟梁はパラパラと本めくり、一枚のページを示した。
 魔方陣が描かれている。

「この魔方陣を羊皮紙に書き写して、契約するんだ」
「え? そんな簡単なの?」

 領地の工事とか、鉱山とかで無茶苦茶使えそうだけどな。

「うわっはっはっはっ!! そう簡単でもないさ!」

 ドワーフは豪笑する。

「俺たちは魔術が得意じゃねぇ、貴族様の魔法みたいに、呪文唱えてちょちょいのぱっぱ、とはいかねぇのさ」
「そうなの?」

 どうやら調教のやり方が独特らしい。

「まずは餌付けする。ここからが大変だ。臆病で気難しいこいつらに心を許してもらわにゃあならん」
「心を……許す?」
「そうだ。こいつらは臆病だが、冒険者ギルドによると危険度レベルは3。弱いわけじゃない。ご覧の通り、前足には通り硬く鋭い鉤爪が付いている。迂闊に近づいたら、大怪我だ。とはいえ、近づかなければ相棒にはなれない」
「思ってたより、大変なのね」
「生き物が相手だからな。そう簡単にもいかねぇさ。こいつらは日の当たるところを嫌うから、檻の中を真っ暗にして、一緒に寝起きするんだ。何日もな」

 この部屋は頑丈に作られていて、壁や床はいくらロックイーターでも掘れないそうだ。
 真っ暗な穴ぐらの中で何日もモグラと二人暮らしか、たしかにドワーフじゃなきゃできそうにない。

「そうするとな。コイツの方から近づいて来るんだ。友達になろうってな。そこでやっと契約だ。だが、必ずしも絶対じゃない。いざ契約って時に暴れることもある。それでダメなら、見込みなしってことだ」

 先ほどの教本を手に取り、ページを示して棟梁はいう。

「コイツは、魔術師エデュワが書き記した魔術書の写本でな。すべての契約魔術の原型となる『原始的ぷろとこる』というらしい。まぁ、他の魔獣には使えんし、こんなのを使ってるのも俺たちドワーフだけだそうだが」
「ちなみにこのドドンの場合は何日ぐらいかかったの? それ…」
「こいつの場合、三か月ぐらいかな?」

 無理。

「まぁ、ヒト種には基本無理だな。岩喰土竜(ロック・イーター)を使い魔にできたヒト種は大魔導師エデュワ・ブリュンガーただ一人だ」

 まぁ、私が契約したいのはモグラじゃない。
 そもそも、他の魔獣には使えないのであれば意味はないな。
 ん? ということは……。

「大魔導師もこのモグラと寝食を共にしたの?」
「いや」
「それじゃあ、どうやって?」
「『禁書』の力だ」
「禁書?」
「『迦具土(かぐづち)の禁書』。第七天子様が残してくださった六つの聖骸武装の一つさ。 もともと、都市の地下工事は、第七天子様の考案のもと、大魔導師エデュワが手掛けていた。たくさんの岩喰土竜を使役してな。俺の親父たちは、この『モグラ使いの技』をエデュワから引き継いだんだ」

 ほう。
 つまり、ズルしてたのか、大魔導師のくせに。
 まぁ、そもそも魔術というのは理を歪める術だがな。

「エデュワには他に使い魔もいたの?」
「ああ、何百とな、『禁書』には人の身で使用可能なありとあらゆる魔術式が載ってるそうだ。エデュワはその禁書の魔術で、竜王の眷属と契約を果たしたといわれている」

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