挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

47/78

第三十五話 魔術を求めて

 事業主が、つまらんいざこざでチンピラに因縁をつけられ、悪質な営業妨害行為の標的にされるという話は古今東西でしばしば耳にする。
 そんな理不尽な暴力にさらされた場合、私の実家であれば、剣と魔法に物を言わせる物理的お話合いをすれば、大抵のことは解決するのだが、平民(コモナー)には別の対抗策があるらしい。
 一つは荒事専門の番犬(有体に言えば『用心棒』)を雇って有事に備えることである。ただし、これは大手の旅籠や商会でなければできない。よって一般的な対策は、警邏の騎士隊が手先に使っている連中(要するに『〇×のおやぶん』)に付け届けすることで、睨みを利かせてもらう…という処方だ。

 しかし、最近気づいたのだが、アマルダの旅籠にはどっちも必要がない。
 まず、アマルダもミリィも、そして馴染みの客も、ほとんどが手練れなのである。つまり、彼我戦力差を把握できないアホ以外、この旅籠にちょっかいなんて出せないのだ。そんな頭の悪いチンピラには滅多にお目にかかれない。私が旅籠に雇われて以来、これといった事件は、金剛流道場のヘタレ剣士が来たのが唯一だった。それですら、女将さんと先方の道場主による紳士的なお話し合いで穏便に決着したとのことのである。
 そして、この町の下役人は『心付け』を受け取らない。市民から礼金を受け取るのは規則違反だし、そんなことをしなくても都市から十分な給料をもらっているらしい。道を尋ねると丁寧に教えてくれるし、荷馬車が渋滞するときは交通整理まで行う。人狼族の下役人が泣きべそをかいてる人猫族の迷子の手を引いて、お母さんを探してあげるほど親切なのだ。
 要するに、私を雇ったのは、ほとんどウェイトレスのスカウトのためだったらしい。まぁ、体を売れと言われるわけでもないし、実際、路銀には困ってたので願ったりかなったりだったのだが。

 アマルダの旅籠のバックヤードで、私は3つ年上のミリィ・ロックウェルのお下がりにそでを通していた。平民の普段着だ。最近、ウェイトレスの姿がすっかり板についてしまったが、こういう動きやすい服もいい。

「じゃあ行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい」

 目の前にいるのは赤毛のお姉さんがミリィ・ロックウェルだ。
 女将さんの喧嘩両成敗を受けて、ミリィとは一応仲直りしているのだが、まだ態度が冷たい。目が笑っていない。まぁ、たしかにバルッカに対してあれはやりすぎだったかもしれないが。

「………バルッカにはちゃんと謝ってきなさい。フラットレイさんにもよ!?」
「へい、へーい」

 バルッカはともかくフラットレイに謝罪は必要ないと思うが…。
 しゃあない。プータローの顔を見に行くついでに頭ぐらい下げておくか。減るもんじゃないしな。
 そんな本音が態度に出たのだろう。ミリィは深々とため息をついた。
 まるで痛い子を見るような視線である。

「ふん。ま、せいぜいがんばりなさい。期待してるわよ?」

 心にもないことを……。
 そうかそうか、ミリィも不可能だと思っているのか。正直、こんな嫌な女だと思わなかった。
 私は、黒鉄熊の子供を救うために、その子を使い魔にする方法を探さねばならない。
 そのため、旅籠に掛け合って、今日からシフトを変更してもらい、自由時間を多くしたのだ。
 女将さんも社会勉強のために必要だと理解を示してくれた。給金はやや下がるが、もともと三食寝床付なので困りはしない。同僚のみんなは、将来のために貯金したり、実家に仕送りしたり、家計を支えたりしているので、勤務時間を一時間減らされるだけで大変だというが、私は寝床さえあればいいからな。

「ちなみに、私、馴染みのお客さんと賭けをしているから…」
「へぇ、何の?」
「あんたが何日で投げ出すかをよ?」

 そういうと同時に、ミリィは足もとから太い円筒形の金属缶を持ち上げた。重量感があり、テーブルに下ろすとジャラリと鈍い音が鳴る。

「これはね。護陵神社で買ってきた大変なご利益のある品なの」
「ふぅん。どういうご利益?」
「勤勉な働き者に報いてくれる魔法の筒よ。銅貨を貯めていけば馬が買え、銀貨を貯めていけば、マイホームが買えるという奇跡の貯金箱!!」

 どの辺が奇跡なのかよくわらんが、とにかくすごいドヤ顔である。さらに彼女は、各人の名前と賭け金が記入されたノートをぺらぺらとめくって見せる。

「クリアするにかけた人はいるの?」
「私も含めていないわね……。アンタが賭けたら? 自分自身でギブアップに賭ければ八百長になるけど、クリアに賭けるのなら賞金扱いよ?」
「面白いじゃない!」

 ふん。よかろう、五か月なんて必要ない。一か月で見つけてやる。
 私はポケットからユキチ銀貨一枚を取り出し、貯金箱に突っ込んだ。すでに大量のコインが中に入っているらしく、頼もしい音が鳴る。俄然やる気が出てきた。

「へぇ、威勢がいいわね? そんなに自信あるの?」
「ふん! プライドばかり高いくせに知ったかぶって自分では何もやる気のない連中は昔から嫌いなのよ! そんなやつらから金を巻き上げられる機会がもらえるのなら願ったりかなったりだわ!」
「あっそ……ま、頑張んなさい」
「言われなくてもやってやるわよ!!」

 頭一つ背のたかいミリィと額を接触させるほどの距離でにらみ合いをしたのち、私は旅籠を後にした。


    *   *   *


 私は、地下街にある弓聖像の前で友人のエグゼリカ・セレスティと待ち合わせをしていた。カップルが多い中、女の子同士で待ち合わせである。
 この都市には『地下街』というものが存在する。
 地下といえば、ゼイレシアの王都でも、牢屋か、墓地か、下水道…いわゆる悪所だが、この都市の地下は別世界だ。

 確かに地上よりは薄暗いのだが、ここはアウトローの掃き溜めどころか地上よりオシャレなのである。
 地下にまで水道を張りめぐらし、流れる水を色とりどりの魔石の照明で照らし出せば、壁や天井にも清涼で幻想的な輝きが浮かび上がる。また、巨大なガラスの一枚板の向こう側に見目美しいドレスを飾り付けられた木造の人形は、暗闇の中に浮かび上がった妖精の女王のようにも見える。陳列されている菓子も色鮮やかで実においしそうだ。
 驚くべきことは、こういった趣向を凝らした飾り付けが王侯貴族を饗応するためではなく、平民が自分たちで誂えられたものであるということだ。この幻想的な空間は平民たち自身が、買い物や食事や逢瀬を楽しむために管理されている。最近の貴族がこの都市に別荘を構えたがる理由がよくわかる。

「エリカー! 待った?」
「ううん。いまきたとこ」

 彼女が来ているのは、ローブではなく、淡いチュニックだった。色鮮やかなスカートと合わさってよく似合っている。
 それより、エリカにはあの丁寧口調の細目の護衛がいるはずなのだが、今日はいないのだろうか?

「今日はお目付けはいないの?」

 と、私がエリカに尋ねると……。

「それが……」
「はっ! そりゃあ、あいにくだったな!」

 頭上から能天気な声がした。

「今日は俺様がそのお役目だ!」

 私は伏目のまま対応する。場違いな奴が来たものだ。

「アレック……」
「んだよっ、そのがっかりした態度は? 人がせっかくボディガードをしてやろうっていうのによう…」

 彼は手を腰に当て下目使いにこちらを見ている。図体のデカいC級冒険者アレック・ボーン。ミリィよりは剣は強いと聞くが、頭は確実に弱いッ! くせに()が高いッ!
 いつもの鎧姿ではなく、二の腕を見せびらかしまくったタンクトップだ。腰にはショートソード。おそらく彼のサブウェポンだろう。この程度の軽装なら、繁華街を歩いても不自然ではない。しかし、女同士の探索にいい年した中年が同行しようとは無粋にもほどがある。

「ねぇ、エリカ。何とかなんないの? この筋肉達磨。途中で捲くとか……」
「駄目です。そんなことしたら明日からまた数増やされちゃうんです!」
「ええ!? アレックが増えるの?」
「そう! 増えるんですよ。ぽぽぽぽーん、と」

 想像した。
 二人のアレック、三人のアレック、四人のアレック。
 馬鹿面、ドヤ顔を引っ提げてエリカの後方から一個小隊で追従するアレック。

「うわーないわー、そりゃないわー。まったくもってむさくるしいわ!」
「もはや、公害のレベルですよ!」
「いやいや、増えねぇし! 俺、世の中に迷惑もかけねぇから!!」 

 これにはさすがに猛抗議する『公害レベル』。

「つか導師! アンタ自分の立場くらい考えろよっ!! ギルドがアンタを野放しにできるわけないだろうがっ!」

 『癒し姫』こと、エグゼリカ・セレスティはこの都市でも屈指の魔力を誇る魔導師だ。貴族の社会では魔力の序列は身分の序列。魔力の高い平民の子は貴族に召し上げられ、養子や妾にされる。私が見たところ彼女のそれは貴族とくらべても遜色がないどころか、諸侯にとりいることも可能なレベルだろう。
 だからこそ危険でもある。市井においておけば誘拐もありうる。さぞ高く売れることだろう。平民の金持ち商人や豪族が、そういう娘を捕まえ、むりやり嫁にして成り上がった例は多々あるという。

 だが、私にいわせれば過保護がすぎる。エリカはその気になればそこそこ強いと思う。魔力があれは大抵のチンピラは退けられるのだからな。
 だが、ここのギルドも私の実家と同様、融通が利かないらしい。

「私がいれば、護衛なんか必要ない!」
「8歳のガキに二度も伸されたやつが言えるセリフか? それ」

 ぐ……。
 くそ、痛いところを突きやがる。
 ああ、そのとおり。魔力があって魔法が使えても、絶対ではない。
 稀にだが、怪物(バケモノ)と遭遇することはあるさ。

「言っとくが護衛はお前には勤まらねぇ!!
 強い、弱いじゃねぇんだ。
 護衛って役目は『強そうな奴』でないとダメなんだよ。
 馬鹿に馬鹿な気を起こさせないようにするが仕事なんだからな。とにかく、今日はこの俺が導師の護衛だ。これは魔術師ギルドからの依頼なんだ。お前に拒否する権限はない!」

 アレックは人差し指をつきつけて宣言する。どうあっても付いて来るつもりか、この男。
 エリカもまったくもって鬱陶しそうだ。
 そんな私たちを見下ろして、アレックはため息をつきながら告げた。

「あのなぁ、お前……探し物あんだろ?」
「ええ、そうよ……」

 アレックはやれやれと再度ため息をつく。

「だから、お前はアマチュアなんだよ」
「ハァ? どういう意味よ?」
「イラつくところが違うっつってんだよ。ガキ。ミッションを邪魔されるわけでもあるまいし……」
「邪魔されてるわよ!」
「ほぉ、じゃあ、お前のいうミッションっていうのはお遊びなのか? もしそうなら邪魔してるかもな?」

 なんか先輩風吹かしやがった。アレックのくせに。

「冒険者が引き受けたからには、ガキの使いだろうと、ドラゴン討伐だろうと『ミッション』だ。そして、引き受けたからには全力を尽くす。泥にまみれようが、血にまみれようが、糞にまみれようが、人に煙たがれようが、任務を全うする。それが冒険者だ」

 アレック・ボーンは冒険者という職業に誇りを抱いている。それはみんな知っている。私も知っている。ただ、いささか子供っぽい性格なので、尊敬を集めているとはいいがたいが。
 アレックは恰好をつけた(たぶん本人はカッコいいつもり)顔で持論を展開する。

「『ミッション』に命を懸ける。それでこそ冒険なんだ。賭けられているのはお前の命じゃないそうだが、自分の命じゃなければ、手を抜くつもりか? 小娘」
「ふん。いうじゃない。アレックのくせに」
「アレックのくせにじゃねぇ! 年長者は敬え!」

 お前はそういうキャラなのだから仕方ないだろうが。

「何事にも優先順位がある。俺が気に入らんのならそれでいい。護衛なんか置物だと割り切っていろ」
「割り切れるかっ、目障り! むさくるしい!!」
「あのな」
「なによ?」
「あの小僧なら、目的のためならすべてに目を瞑るぞ。むしろ、護衛も顎でつかえる手駒としてカウントして、利用する方法を考えるんじゃねぇのか?」

 あいつなら……か。
 たしかにあれはそういうタマだろうな。似たようなのをもう一人知ってるが。

「今回のお前のミッションは討伐じゃない。捜索だ。力でねじ伏せておしまいじゃねぇ。確かにお前は強いだろうが、導師と別行動しなけりゃならないときはどうすんだ?」 

 ちっ。
 阿呆のくせに、いちいち先輩風吹かしやがる。

「しかも、5ヵ月っていう長丁場だろうが、わかってんのか?」
「あー、ったくわかったわよっ! 付いて来る分には構わない。これでいいでしょ?」
「ああ、それでいい」
「足引っ張んなよ?」
「引っ張るわけねぇだろうがっ!」

 正直これからエリカと回るところについてアレックは門外漢だ。役に立つとは思えない。だが、愛想もなく融通の利かない奴に同行されるよりはましか。エリカも不本意ではあるが合意はしているらしい。ある程度は妥協しておかないと、今度はそういうもっと面白くない奴を寄越してくるかもしれないからな。

「わかりました。アレックさん、付いて来るのは構いませんが……」
「なんです? セレスティ導師」
「できるだけ、離れて歩いてくださいね」

 『癒し姫』エグゼリカは慈母のような微笑でやんわりとアレックを拒絶した。
 こうして、私たちのミッションはスタートしたのだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ