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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第三章

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第三十四話 魔術師の家

 アマルダの旅籠、一階の食事処は昼食のために訪れた冒険者や商人たちで賑わっていた。
 この店の看板娘sは、数日前の大げんかなどなどなかったかのごとく、日頃と同じ営業スマイルで接客に精を出している。

「リナとミリィについちゃ、私からよーく言っておいた」

 女将アマルダは言った。あの後、リナもミリィも女将さんから説教されたらしい。
 どれほどの雷がおちたのか? もちろん、俺は見ていない。見たいとも思わない。説教なんてものは他人の見ていないところでやるものだ。本人のためにするものだからな。
 他人への『落とし前』なんかのためにやるものではない。

「いらっしゃいませ」
「ご注文の方はお決まりでしょうか?」
「お待たせいたしました。ポークカツレツ定食でございます」
「ありがとうございます。またお越しくださいませ!」

 食事処にはいつもと同じ明るい声が響いていた。とてもアマルダに厳しく言われたようには見えない。だが、アメリカンフットボールのとある名伯楽の言葉にこういうものがある。

「今まで打ちのめされた事がない選手など、かつて存在したことはない。
 ただし、一流選手はあらゆる努力を払い、速やかに立ち上がろうと努める。
 並の選手は立ち上がるのが少しばかり遅い。
 そして敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである」

 ミリィは多少落ち込んでも、プロ意識からお客にはそれを見せない。この店を訪れてくれるお客の一期一会のため、店員としていつもどおりの最高の笑顔を振りまいて、義務を果たす。彼女は一流なのだ。
 一方、リナは…………そうだな。
 効果なしというわけでもなかろうが、こいつはどんなことがあっても落ち込まないんだろう、性格的に。
 だから体罰の類はまったく効果が期待できない。事実、俺に2回ぶちのめされているのだが、それでも彼女は俺に対してまったく卑屈になる気配がない。威勢も衰えない。きっとスタンド使いの不良少年にボコボコにされても、次の日はケロッとした顔で学校に登校して来るタイプであろう。ある意味、超一流である。
 そして、勤務時間外になると、毎日かならずやってることがある。都市の建物の上をフリーランニングし、柔軟体操、筋トレ。キレキレな動きで武術の形を反復する。毎日欠かさず、一切の妥協無く、だ。
 だからこそ厄介なのである。
 こいつは人間としてのスペックが違いすぎる。
 現にこいつの行状について陰口を叩くやつはいても、面と向かって説教できるのはアマルダとミリィぐらいである。その説教でさえ、さして効果はない。それでいて旅籠の仕事には一切手は抜かないのだから、なお厄介なのである。
 こいつは不注意で他人に迷惑をかけることはない。常に確信犯である。

 自分に道徳心を教育できる人間がいない。それがリナ・スタンレーが抱える最大の課題だと思う。だからこそ一刻も早くお家に帰るべきではないだろうか? 平民の世界はこいつにとっては場違いだ。そう思う。

 ……ま、俺にはもう関係ないか。
 俺は荷物を背負い、アマルダの前でお辞儀をする。冒険者になるという当初の目的は達成されたし、一足先にクルリス村へ帰ることにしたのだ。
 爺さんにはさきほど挨拶を済ませた。

「それでは、お世話になりました」
「いいんだよ? まだいてもさ」
「これ以上、ご厚意に甘えるわけにもいきませんので……」
「厚意でもないさ。師匠がいてくれるお陰で、客は増えるしね」

 客が増えると言っても、そう増収にもなっていないだろう。
 偉い人まで訪ねてきて爺さんは大変そうだった。それでも、アマルダを始めとする旅籠の従業員が上手く捌いてくれたので、胡散臭い連中にまで応対する必要はなかったのだ。
 他所の宿泊施設であれば、こうは行かなかっただろう。本当に世話になった。
 フラグルの森に対する弁償も建て替えてくれたし、とくに文句はない。……ま、それについては俺も怒られたんだけどね。その程度の苦情を耳に入れる度量ぐらい俺にもあるさ。

「これからどうするんだい?」
「預けてあるプー太郎を引き取りに行きます。そのお宅で一泊して、明日の早朝立ちます。北の方に向かう対象の馬車に便乗させてもらって一緒にクルリスへ、です」

 プー太郎は秋の終わりまでは、クルリス村で暮らす。半年もあれば大きくなるだろう。黒鉄熊が成長した場合、都会ではおそらく飼う場所がない。

「そうかい……じゃあ、また何かあったら、この旅籠を訪ねてきなさい!
 いつでも構わないさ! うちは旅籠だからね」
「はい。ありがとうございます」

 俺は食事処に対して回れ右した。
 だがそこで、襟首掴まれ、引き戻される。
 振り向くと、文字通り目と鼻の先にリナの顔があった。これなる金髪碧眼の天使は怒った顔も見目麗しいのだが、最近はあまり詩的表現で描写しようとは思わない。
 見慣れたからな。どんな美人でも三日見りゃ飽きるもんだ。

「………アンタ、忘れんじゃないわよ?」
「安心してください。ちゃんと用意しておきますよ。土鍋も山菜もね…」

 胸ぐら掴まれ宙吊りになりながら、俺は邪悪な顔でそんな憎まれ口を叩いた。
 そして、悪鬼の形相となった彼女の打ち下ろしの右(チョッピング・ライト)が振り下される寸前…

「はいはい。喧嘩しないの!!」

 ミリィが俺達をやんわりと引き剥がす。ちなみに彼女は今回の計画の本当の目的を知っている。

「リナ。ここでタクミくんを殴ったって何の解決にもならないのよ?」
「わかってるわよ」

 乱暴に俺を突き放すリナ。
 ミリィの言うとおりだ。暴力などでは何の解決にもならない。たとえ、ここで俺をぶちのめしたところで、プー太郎を救うことはできない。それを理解できないほど馬鹿ではない………と信じたいな。

 俺が持ちかけた勝負は「秋の終わりまでに黒鉄熊(フェール・ベア)のプー太郎を使い魔にする方法を探してくる」というもの。
 探せなかった場合は、プー太郎は鍋になる。猶予は五ヶ月。

 だが、今回はリナを打ち負かすことが真の目的ではない。プー太郎を鍋にしない手だても、すでに講じてある。
 この作戦はあくまで、リナ・スタンレーを精神的に成長させることが狙いなのだ。だからこそ対抗心を煽るために、俺は敢えて『勝負』という形をとった。

 黒鉄熊の契約魔術を探すことは容易ではない。
 魔獣を使役する魔術は存在するが、使い魔になる魔獣はだいたい種類が決まっている。存在も定かではないものを探すということは、非常に困難な道だ。
 だが、本来『冒険』とは単に敵をぶちのめすことではなく、『危険を冒してでも価値あるものを探求する』ということなのである。冒険を完遂するためには、さまざまな人に出会い、説得し、協力を要請せねばならない。
 せいぜい苦労するがいい。
 彼女自身が諦めて探すのをやめる可能性もあるだろう。どうでも良くなって放り出す可能性もある。プー太郎だって半年もすれば成長し、今みたいな可愛気はなくなるだろうからな。
 だが、そうならないように、ミリィや女将さんはリナを挑発し、叱咤し、発破をかけ続ける。
 とことん挑戦させるのだ。挫折を味わうことも必要だ。
 どういう結果になったとしても、彼女は精神的に一回り成長する!!(……といいなぁ)というのが今回のコンセプトなのである。

 もちろん、彼女が実家に泣きつくようなら、それも良しだ。リナの素性を探ってるアマルダの知り合いが楽になるだろうからな。

「ミリィ姉さん。祖父のことをよろしくお願いします」
「わかってるわよ。任せときなさい」

 爺さんはしばらく逗留する。プー太郎のことを話したら、一足先に帰ってよいと言われた。自分はこちらでまだ仕事があるんだそうだ。
 仕事の内容は政治的な機密に関わることらしく、俺は聞いちゃいないのだが、わざわざ隠居を引きずり出すほどの重要なお話らしい。
 大変だな、90超えても働くとか、どこの真田のお兄さんだよ。
 アマルダが申し訳なさそうに言った。

「実を言うとね。師匠の仕事がなかなか進まないのは、都市のお偉いさん側の都合なんだ。だから、お仕事が終わり次第、師匠は飛竜に乗せてでもクルリスに返すさ」
「そういうことでしたら、よろしくおねがいいします」

 世話になったバーテンダーのセバスチャンを始め、顔見知りになった旅籠の従業員のみなさんにも一人ずつお礼をいい、俺はアマルダの店を後にした。


    *    *    *


 
 『魔術』っていうと黒い羊の仮面かぶってる裸マントの女教祖とか、その手のオカルト染みた宗教結社を連想するかもしれないが、この世界で魔術師は結構、御洒落な連中だ。
 この世界の文明は工作機械ではなく魔道によって成り立っている。
 石材の軽量化や、ガラスの加工、肥料の製造などなど、魔術師は自身の職能を生かして、それなりに裕福な暮らしをしている。
 魔術師の証として身にまとうマントには、家紋や炎だとか水だとか本人が得意とする魔術のシンボルが職人の手によって刺繍されている。また、住んでいる家も貴族様ほどではないにせよ庭付きの一戸建てであることが多い。性格的にも凝り性なのだろうな。

 ゼフィランサスの6枚の花弁のうち、北東の一枚はそんな魔術師の街である。街の守護神は『()()()()()六勇者の一人、大魔導師エデュワ・ブリュンガー。
 ちなみに、噴水前の銅像はあの泣き虫とは全然似ても似つかない。つか、誰? このオッサン……。
 街の中心に魔術師ギルド会館が建てられ、そこから放射状にのびる通路にそって、不揃いな建物が立ち並ぶ。東西の建築様式を採用した個性的な建築物ばかりだ。
 魔術師は自己の得意魔術をモチーフにする家を建てる傾向がある。たとえば、あの大きな煙突の突き出た赤い屋根の家は『火』の魔術が得意なのだろう。庭池に色鮮やかな魚の泳いでいるあの家は『水』系統。風見鶏や揚水風車のある家はたぶん『風』で、石細工のならんだこの豪邸の主は『土』に造詣が深いと見た。
 今、正に二頭のばん馬の引く大型荷馬車から、労働者たちが新たな巨石を運び込もうとしている。「大変だなぁ」とは思うが、こういう魔術師たちの道楽も町の労働者に仕事をもたらしているわけだ。
 そういえば、特に彫刻などが彫られているわけではないが、どっかで見た形の石だ。どこで見たんだっけか? 
 …………………………………………………………ま、いいや。次だ次。

 商店街には、食料品や日用雑貨を取りそろえた店もあるが、半分以上が素人お断りの店舗であった。書店に並ぶ本は、その分野を専攻している人間にしかわからない専門書ばかりだし、オーダーメイドの魔法道具店もギルドの紹介がなければ注文は受け付けない。魔法薬剤も資格がなければ売らないらしい(ま、これは当然か)。第一、店の前に店名の表記などが一切なく、星だとか月だとかをモチーフにした看板細工が飾られているだけで、何屋かもわからない店舗が半分以上。
 要するに、どこも魔術師のみなさんの御用聞きで、一見さんへの営業など一切しませんということなのだろう。それでも経済が回っていくのが『魔術師』というコミュニティーなのだ。

 さて、俺はそんな魔術師の街の住宅街にある一軒家を訪れていた。
 レンガ造りの門柱に葛の葉が生い茂る、二階建て、庭付きの一軒家だ。ぎりぎり、『お屋敷』と呼べるレベルだろう。ちなみに魔術師の家は、敷地を壁や垣根で覆い、内部は結界(セ〇ム)が機能している。
 迂闊に侵入すると、痛い目にあうだろうな。さすがに金ぴか王がでてきて、剣とか槍とか宝具とかを降らされたりはしないだろうけど。

 都市を出立するのは明日の早朝だ。今夜はこの家に泊めてもらえることになっている。
 獅子を模したドアノッカーを鳴らすと、南国系の色彩をしたオウムが飛んできて、門柱にとまった。

「アロー、アロー、ドチラサマデスカ?」
「タクミ・ファルカです。ご主人は御在宅でしょうか?」
「ハイ、オリマス。オハイリクダサイ」

 そう告げると、オウムは飛び立ち、門がおもむろに開き始める。
 門の向こうは青々とした芝生の上に飛び石が並び、玄関へと続いていた。その両側には色とりどりの夏の花。ガーデニングの行き届いた、品のよい玄関先だった。

「妻の趣味なのですよ。凝ってましてね……」
「お邪魔します。とてもセンスの良い奥さんをお持ちなのですね。フラットレイさん」

 玄関へたどり着いた時背後よりかけられた知り合いの声に、俺は素直に称賛で答える。
 糸目の魔術師がそこにいた。今日はローブ姿ではなく、普段着だ。
 片手には工具箱。
 どこにでもいる『DIYなお父さん』といったところである。

「まぁ、私にはないものを持ってるというのは確かですね。今は仕事で家にはおりませんが、夕方には帰ってきます」
「奥さんも魔術師でいらっしゃるのですか?」
「はい。共働きですよ」

 なるほど。夫婦で魔術師・共働きなら稼ぎはよかろうな。まぁ、他所の経済状況を詮索するのはマナー違反だ。
 俺は本日御厄介になるホストの案内で、玄関をくぐった。

    *   *    *

 俺は屋敷の主、カイル・フラットレイの案内でリビングに通された。
 現代日本と比べても清潔感のあるリビングには先客がいた。

 柔らかそうな長い黒髪の美少女だ。この自由都市ゼフィランサスが誇る最年少魔導師にしてスイーツ(笑)。『癒し姫』エグゼリカ・セレスティである。
 彼女は5歳ぐらいの女の子と黒い子熊を挟んで楽しそうな顔をしながら、ソファーに座っている。
 子熊はというと、どうやら預けていたこの数日間、『動くぬいぐるみ』として扱われていたらしい。首にファンシーリボンを巻き付けられ、左右の乙女に頭やら背中やら顎やらをなでまわされながら、救いを求めるような視線を俺に向けてくる。
 いいじゃないか、メルヘン界の住人として可愛がられるのは今のうちだぜ? そのうちぶくぶくと大きくなって、見向きもされなくなるのだからな。

「あれ? エグゼリカさんいらしてたんですか?」
「いらしてちゃいけないんですか?」

 さっきまで、幼女とはしゃいでいたエグゼリカに憮然とした表情で聞き返される。この子の中の採点じゃ、俺の点数は低いらしい。

「いえ、そういうわけじゃないんですが。護衛中もフラットレイさんを嫌ってたみたいなんで、意外だなぁ…って」
「嫌いってわけじゃありません。鬱陶しいだけです」

 いかにもスイーツらしい都合のよい答えである。素直に護衛を受け入れて、偉い人たちを安心させるまでが『癒し姫』のお仕事だと思うがな。
 そんなエグゼリカを、同じソファーに座る幼女が援護射撃する。

「メルティもパパきらい」

 舌足らずにそう宣言する幼女。
 どうやら、この子はフラットレイさんの娘でメルティというらしい。
 エグゼリカは職場で付き合いのある()()とは疎遠でも、娘さんとは大の仲良しなようだ。一緒になって、プー太郎をなでまわす。
 メルティは、ウェーブのかかったハチミツ色の髪に、花飾りのカチューシャ。薄緑色のワンピース。そういう御洒落を許しているっていうのはいいパパである証明なのだが、親心を理解する齢ではまだないだろう。
 一応嗜めておくか、娘にそんなことを言われると、パパが傷つくからな。

「メルティちゃん。そういうことを言っちゃいけませんよ? お父さまに失礼です」
「だって、パパは『ぷーた』を飼ったらいけないってゆうんだもん。ピーウィはいいのに…」

 ……といって、メルティはオウムに視線を向けた。
 先ほどの俺を出迎えてくれたオウムは、ピーウィというらしい。暖炉脇に誂えた止まり木の上に乗っていた。
 それと同じ高さにペットドアがある。門のドアノッカーが鳴れば、ピーウィがあのペットドアから飛び出して、客を出迎えるのだ。
 あのオウムはたぶん、フラットレイの使い魔だろう。戦闘用ではなくインターホン替わりに使役されているというわけだ。

「あれも十分可愛いと思いますが?」
「ピーウィはパパの使い魔だもん!!」

 ……といってプー太郎に抱き付く。無邪気なもんだ。中身は君のパパよりおっさんなのだが。

「『ぷーた』はちゃんとお行儀よくごはんたべゆもん」

 たべ()もん、と来たか。
 客商売の旅籠では飼育できないので、フラットレイの厚意に甘えて預かってもらってたわけだが、うちの50代無職はえらく気にいられたな。
 残飯喰わされたりとかしてないようで、ちょっと安心した。

「飼えないのは仕方ありませんよ。それはお父さまが正しいです。『ぷーた』は今小さくても、大人になればずーっと大きくなるんですよ。メルティちゃんも食べられちゃうかもしれませんよ? がぶーっと!!」
「食べないよね? ねー?」

 そうやって、「ねー?」と尋ねられても、()()()はまだこちらの言葉がわからない。子熊は「くぅん」と首をかしげるのみだが、その仕草がまた愛らしく、メルティは再びはしゃいで抱き付いた。
 幼女に抱き付かれて、暴れるに暴れられず、視線のみで俺に「早く助けて」と訴えるプー太郎。どうやらメルティはプー太郎が従順で大人しいから、自分に懐いていると思っているらしい。
 「お手」と「お座り」ぐらいは分かるだろうしな。
 フラットレイが嗜めた。

「メルティ……。残念ながら、熊を飼うにはこの家もお庭も狭すぎる。ごはんだって私たちの何倍もたべるだろう。我が家にそんな余裕はないよ?」
「えー」
「大きなお庭で走れない、おなかいっぱい食べられないなんて、『ぷーた』が可哀想だろう? ん?」
「………うん」

 ションボリとしながらも、しぶしぶ承諾する幼女。
 親の教育のせいか、聞き分けのいい子だな。
 どこかの誰かと違って……。

「大丈夫よ! メルティ!! 『ぷー太』はいずれ私とリナちゃんで引取ります!! 『ぷー太』が思いっきり遊べる大きなお庭を私が作ります!!」
「ホントに? リナお姉ちゃんと?」
「ええ、今だって山ひとつ買うぐらいの貯金はあるんですから! いつでも遊びに来ていいんですよ!」

 メルティの顔がにぱーっと明るくなる。
 高らかにそう宣言するエグゼリカ。山一つ買うとは、なんとまぁスケールの大きなスイーツだこと。
 そりゃあ確かに、この都市でも指折りの治癒術師様ならできるかもしれない。だが、幼子の前で、そういう話はすべきじゃないと思う。
 案の定、フラットレイが諌言した。

「やめてください。導師。子供の前でそんな話をすると、お金のありがたみが分からない子になりますので……」
「ぶー」

 子供か、お前は。
 お金のありがたみって、エグゼリカ自身がわかってないような気がする。
 ゴッドハンドの癒し姫ともあればこの都市でも間違いなく富裕層だろうが、この女、絶対くだらないものを大人買いしているだろう。
 子供の教育によくないのは間違いない。

 フラットレイは実にいいパパである。パパのいうことを聞いていればメルティはいい子に育つだろう。
 方や、スイーツにはお灸が必要だ。
 まぁいい。リナの側に立つというのなら、エグゼリカにも責任を背負ってもらおうじゃないか。

「そもそも、それはリナさんが黒鉄熊との使い魔契約魔術を見つけてからの話でしょう?
 どうなんです? あれから3日たちますけど、進捗は……。手がかりぐらいは見つかりました?」
「…………まだです」

 唇を尖らせて答えるエグゼリカ。

「早くしないと5ヵ月なんてあっという間ですよ? エグゼリカさん」
「わかってますぅ! 今、探してますぅ!!」

 怪訝そうな顔でメルティが尋ねる。

「5ヵ月するとどうなるの?」
「このお兄ちゃんが『ぷー太』くんを鍋にして食べるっていうんです!!」

 それを聞いたメルティは仰天して飛び上がった。

「ええええええ!!?」

 導師。いたいけな少女に、そういうネガキャンはやめてほしい。
 すかさず、フラットレイがフォローしてくれたが…。

「違うよ。メルティ……それは脅しです。リナさんがちゃんと本気で探す様に、そういう御芝居をしたってだけです。そうですよね? ファルカ君」
「ええ、まぁ……そうですね。
 都市の決まりでは、使い魔でない魔物を飼うことはできません。森に返すことになるでしょう。ここよりはるか北の森林地帯に……」

 うん。そういうことにしておこう。

「都市の中に魔物が済んでたら、軍人さんや冒険者が退治にやってくるんだよ」

 フラットレイは娘の目を見て優しい声で諭した。

「いいかい? メルティ。たとえ、リナお姉ちゃんが必死に探しても、契約の方法は見つからないかもしれない。見つからなかった場合にも備えて、『ぷーた』はクルリスの村で狩りを覚える必要があるんだよ?」
「………『ぷーた』とは、お別れするの?」
「私たちの力不足で、契約の方法が見つからなければ、そうだね」
「見つかったら?」
「たぶん、しなくていい。だから、もしメルティが『ぷーた』とお別れしたくないのであれば、リナお姉ちゃんを応援してあげなくてはね」
「うん!!」
「パパももちろん協力するよ?」
「うん!!」

 そういわれると、子供にはほかに選択肢がないよな。 しかし、ヘイト管理の上手いパパだ。
 たとえ見つかる可能性がほとんどなくても、幼子はそれを期待し、希望を抱く。その一方でメルティ自身にも使命感を与える。たとえ、魔術探しが上手くいかなくても、メルティも自身の責任を感じさせるのだ。
 リナよ………お前の責任は重大だぞ?
 思わずほくそ笑みながら、紅茶を頂いていると、フラットレイが訊いてきた。

「ところで、ファルカ君はこれからどうするんです? 夕食にはまだ時間がありますが?」
「あ、町で買い物をしてこようかなと……、でも、さっき見た限りですとここら辺のお店は専門色が強すぎて、素人の僕なんかお呼びじゃないかもしれないですね」
「要するにお暇だと?」
「ええ、暇です。よろしければ、お手伝いとかあります? 薪割りとか、風呂焚きとか、掃除とか、お使いとか…」
「お気持ちはありがたいですが、ありませんねぇ」

 まぁ、魔術師の家だからな。
 さっきのオウム然り、『オール電化』ならぬ『オール魔道化』だ。

「庭いじりは私が勝手に手を出すと妻に怒られますし、夕食の仕込みはもう済んでますからねぇ…」

 顎に指を当てながら、暇つぶしの方法を真面目に考えるフラットレイ。
 その時ドアノッカーが鳴る音がして、ピーウィが直ちにペットドアから外へ飛び立った。どうやら、もう一人来客があったようだ。

「誰でしょう?」
「さぁ……、特に誰か訪ねてくるとは聞いてませんが」

 そういいながら、玄関に向かうフラットレイ。
 気になったのでついていくと、この日、フラットレイのお屋敷を訪れた第三の客人は、顔見知りだった。

 結いあげた淡い栗色の髪。顔立ちは平均以上でやや美人。縁無し眼鏡の向こうに聡明そうな眉目をのぞかせる女性である。それもそのはず、この都市の最難関の一つといわれる『上級公務員試験』に登第した才媛であった。

「これはこれは……ロゼッタ・エヴァンス書記官」
「私もクルリスに用があるのです。アマルダの旅籠を訪ねたら、ファルカ君が故郷に帰ると聞きまして、せっかくですから同行させていただこうかと……」

 そう、10日前の冒険者試験でご一緒したロゼッタ・エヴァンスである。
 以前会った時は冒険者試験だったのでアウトドアルックだったが、今日は政庁の上級職員の(かみしも)をお召しである。『仕事のできる女オーラ』がバリんバリんだ。就活の面接会場などでこういう女社員に遭遇したら、ついつい萎縮してしまいかもしれない。
 ただ、この日のロゼッタの姿はというと、いささか間抜けだった。上等なおべべの上から大きな荷物を背負い、さらに、キャリーに分厚い専門書籍を満載に引き摺ってのご登場なのだ。

「どうしたんです?」
「………どうしたって! 忘れたんですか!?」

 忘れたって何を?
 疑問に思っていると、ロゼッタは俺を招きよせ耳打ちした。

「例の魔術を教えてくれるという約束だったじゃないですかっ!!」
「ああ!!」

 思い出したわ。
 ありあわせの材料で盾を成形・強化した魔術だな。

「そうえば、教える約束してましたね」
「教えてもらわないと困ります」
「どして?」
「ど、どうしてって……」

 確かに約束したが、俺が教えんでも困ることはないだろう。ロゼッタ・エヴァンスはなにしろ上級公務員だ。この都市の公務員は将来安泰である。
 ゼフィランサス近郊には豊富なダンジョンがあり、そこから生産される魔石や魔道素材によって、都市の財政は潤っている。さらに、城壁外のオハラ区に住む右や左のお貴族様が見栄を張って何かとバブリーに消費してくださるので、都市の経済規模はネリスやゼイレシアの王都に比べても遜色がない。そんな()()()()()()都市ゼフィランサス政庁の花形高級取りたる上級公務員様が、こんな二宮金次郎みたいなナリをしてまで、俺みたいな門前の小僧に教えを乞いにくる理由がわからない。

「……そ、それは……わ、私が魔術師だからです」

 少々動揺しながら動機を述べるロゼッタ。

「ええ、そりゃ……、魔術使えるのは知ってますけどね? ロゼッタさん魔術なんてなくても食べていけるでしょ?」
「う………」
「左うちわで濡れ手に粟、将来安泰じゃないですか?」

 だが俺がそう言った途端、何かが癇に障ったらしく、ロゼッタ・エヴァンスから暗黒闘気が立ち上る。

「…………誰ぇのぉせいだぁと思ってぇいるぅんですかぁぁっ!?」

 ロゼッタは眼鏡を押し上げながら、ずずい、と顔を近づける。
 いや、なにそれ? 怖い。俺のせい? 意味わからない。

「とにかく、あなたは約束しましたよね?」
「で、でも俺のせいって……」
「あなたのせいとは言ってません」
「でも今……」
「誰のせいだと思ってるのか、と訊いたのです。『あなたのせい』などとは私は一言も言ってません」

 有無を言わさぬ態度。意味はわからん。
 だが、これはあれだ。
 相手の言質はとるが、自分の言質は与えない。お役所の公務員が教習で学ぶという、ハローワークの職員さんばりの上から目線。将来安泰な人間て、人間関係が多少悪くなろうがなにかと強気なんだよな。
 さらに、荒木○呂彦的擬音表現を背負って、にらみつけてくるロゼッタ。レンズの反射光で見えませんが、おそらく三白眼である。

「しかし、敢えて動機を率直に申しますと……」
「な、なんですか?」
「あなたみたいな子供が第七天子様の遺産を独占しているなんて許されません」

 うわー、率直だ。率直すぎて最早清々すぃー!!

「約・束・し・ま・し・た・よ・ね!?」

 一転して笑顔になるロゼッタ。この温度差がド迫力である。

「で・す・の・で、私もご一緒します♪ そのためにちょっと長めに有給休暇をいただいてまいりました」
「でも、出発は明日の早朝ですよ?」
「ええ構いません。今夜は近所の知り合いの家に泊めていただきます。これから訪ねるところですわ」
「隊商に付いていきますので馬車で3日ほどかかりますよ? 飛び入りだと追加料金を取られるかも……」
「ご心配には及びません。商工ギルドの方には手を回しておきました」

 ………うん。なんとなくわかった。
 たぶんこの人は重度の『魔術ヲタク』なのだろう。上級公務員でありながら、魔術師という二束の草鞋を履いているのが確たる証拠である。おっきいお兄さんたちが、明治時代の鷹派親父の肖像画を財布に満載して真夏のビッグサイトに長蛇の列をなすように、このお姉さんも魔術の発見の報を聞くや否や、Amazonの奥地に探索に出かけるぐらいの執念をお持ちなのだ。
 つまり、これは最近何かと俺にご縁のある狂気の沙汰という奴だ。
 キチ○イの論理だ。
 理解しようと思ったら負けなのだ。
 要するに俺はもう深く考えたくない。もちろん、こんな俺の想像なんて間違ったって一向に構わん。ここのところ、そんな気分なのだ。俺はもう力なく笑うしかない。

「……わかりました」
「それでは……」

 ぐい、と襟首を掴まれる。

「……えっと、どこに行くんですか?」
「フラットレイ術師。彼をお借りします。夕刻までにはお返ししますので……」
「は、はぁ……」

 俺はフラットレイ親子と、エグゼリカとプー太郎に見送られながら、キャリーに乗せられドナドナされていった。
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