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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第三十三話 後始末 

 俺は心の中で絶叫した。

 みんな聞いてくれ! 暴力は何も生み出さない!!
 戦争はそれを俺に教えてくれたんだー!!
 たんだー!!
 んだー!!
 だー…

 時刻は昼下がり、朝はみーんなぶっ倒れて寝ていたので、だいたい「今起きたところ」である。予定が遅れているのでそろそろ出発しなければいけないんだが、その前にリーダーの俺には大事な仕事がもう一つ存在した。
 簡易事務所にある座椅子を踏み台にして窓際の机で書類を書く俺。その隣で、バルッカ・キースリングが呆れ顔で質問する。

「なぁ、なんであんなことができて、剣術やりたくないんだ?」
「別にやりたくないわけじゃないですよ? 剣術家にはならないってだけです」

 あれが剣術に見えるか? 馬鹿言っちゃいけない。あれは剣術じゃなくて土木技(どぼくわざ)である。しかも、使えば使うほど不幸になるんだよ。死闘を繰り広げながら、崖を転げ落ちる二頭の獅子のごとくな。
 現に不幸になってるじゃないか、俺は。

---

 始末書   
  宛 フラグルの森・管理組合長 ルルド・アシュー様

 炎月25日、私は正当な理由もなく、フラグルの森の樹木をみだりに伐採いたしました。
 これは私個人が破壊欲にまかせるがまま、引き起こした非常識かつ身勝手な蛮行であり、深く反省し、職務に従事しておられる森林管理組合の皆様に心からお詫び申し上げます。
 森に与えた損害については、速やかに埋め合わせいたします。今後は、改めて自分自身を見つめなおし、二度とこのような不始末を起こさぬよう気を引き締めていく所存ですので、今回に限りご容赦下さいますようお願い申し上げ、本状を提出いたします。

    冒険者  タクミ・ファルカ

---

 俺はバルッカに手伝ってもらい、簡易事務所に誂えられた窓際のテーブルで始末書を作成した。まぁ、巷に流通する始末書テンプレの該当箇所のみを書き換えるだけである。
 インクが乾くまでの手持無沙汰な間にバルッカが訊いてきた。

「……ありゃ、なんて技だ?」

 どうやら気になるらしい。
 厨二だな。こいつ。

「秘剣・飛○綱、もしくは、陰刀術奥義・○破山です」

 シュナンもたしか15歳ぐらいの時に体得したかな?
 見取り稽古で。
 非常識なくらい天才だったからな、あの小僧は。

「あれも、剣聖から習ったのか?」

 違うよ?

「頼めば教えてくれると思います?」
「え?……ってことは見様見真似ってこと?」

 バルッカは絶句するが、それは誤解だ。
 あれは、爺さんがパクったの。ウリが起源なの!!
 そう心中でささやいているうちに書類が乾いた。

 俺が提出した始末書を、エルフ翁は老眼鏡を上げ下げしながら確認する。

「ふむ……ふむ……支払いは全額、君でいいね?」
「はい」

 大赤字である。最近のスイーツはホント高くつくぜ。
 ミリィは報告のため、早馬で旅籠に戻ったので、俺が払うしかない。あとで爺さんやアマルダが肩代わりしてくれるのを期待しているが、一時的に補償金の支払いはリーダーの口座に一元化される。
 やれやれ、事態を引き起こした奴の方は補償を免れてしまうのだから世の中まちがっているよな。ダンジョンの中で襲ってくる魔物を倒しても基本的には罪にはならない。『緊急避難』だ。
 だが俺の場合、森林狼を仕留めるために、広範囲のMAP攻撃を仕掛けてしまったわけだから、これは適用されないらしい。

「あんなことやる必要あったのかい? あの辺りは原生林だからねぇ、えーと、樹齢41年の杉…37年の楡…」

 算盤を取り出して、ちんたらと珠をはじく老エルフ。
 傍から見ればプロ三名とそれに匹敵する戦力一名がいた。弁明させてもらえるのなら、「一撃で相手の戦意をくじく必要があった」と言いたいところだが、あの時、バルッカは負傷とはいえ、ダガーを持たせれば自分の身を守ることぐらいはできただろう。『水鏡』を持つミリィと、リナをたたき起こして戦線を立て直せば、あんなことしなくても危機を脱することはできた。確かに…。
 うん。確かに必要なかったかもしれない。なぜあんなをチョイスしたかといえば、ハッキリ言って、久々に日本刀を握ってハイになり、スイーツのわがままに頭にきたので、思わず八つ当たりした、ということに他ならない。
 ぶっちゃけ、「この新兵器、ナチ公の頭上に落としてやろうと思っていたが、もう降伏してたんで、ジャップどもの消毒に使ってやったぜ! ヒャッハー!!」という動機とあんましかわらん。弁明の余地もない。

「樹木11本、それぞれの年輪などを換算して、材木としての売却益を差し引いて…………補償金は、えーと…まぁ端数はまけとこう。ノグチ銀貨53枚だね」

 素数は俺に何か恨みでもあるのか?
 もちろん、これは爺さんと女将さんに相談しなきゃならないが…
 ………ちゃんと出してくれるかな? 不安になってきた。

「ローンも組めるよ?」
「い、いえ、一括で……」

 手持ちがなかったので、俺はギルドカードを差出し、支払いを済ませた。これで俺の稼ぎから自動徴収されるわけだ。ツケにして逃げることもできない。便利な世の中になったものだね♪ 誰のせいだ?
 ふふん。大丈夫、来月までにはお金は用意できてるさ! 
 だいじょーぶさ! だいじょばないわけがない!!

「バルッカさんはもう手の方はいいんですか?」
「ああ、エグゼリカに治してもらったからな。この通り」

 エグゼリカは治癒の腕前は超一流だ。バルッカの右の掌は痣もなくきれいに治っていた。彼女がパーティにいてよかったな、スイーツだが。そうじゃなければこの治療費も必要だったのだ。
 結局、俺たちは野草採集ごときにパーティのスペックをフルに使ったことになる。俺も舐めていた。船頭を多くしてなんとやら、である。
事態を引き起こしたリナはロッジの中で謹慎を命じられたはずだが、お目付けのミリィがいないのをいいことにいつの間にか抜け出し、エグゼリカと、そして『50代無職のおっさん』とお外で無邪気に遊んでいる。
 ホント忌々しいわ。
 注意しようにも、バルッカをはじめとする男どもが甘いんだわ、これが。リナのことなどノン・オブ・マイビジネスという態度のフラットレイはともかく、先輩風吹かせてたアレックたちまで微笑ましいものを見てるような目で、熊と戯れるスイーツどもをチラ見している。
 まぁ、俺はもう何も言わないがな。どうせ、後でアマルダの折檻が待ってるから! はずですから!! そうだよね!? 信じてるよ、女将さーん!!


    *   *   *


 フラグルの森の上空を一匹の飛竜が横切っていた。
 飛竜はやがて渓流沿いの開けた場所に目をつけ、風下から滑空して、着陸した。
 その場所には、森林狼が(たむろ)していたが、はるか格上の魔獣の出現に蜘蛛の子を散らす様に逃げうせ、森の中に消えていった。

 その背に乗せた鞍から、二人の女が降り立つ。飛竜の手綱を握っていたのは、翡翠色の短髪。軽装ではあるが豪奢な甲冑を身に纏う女騎兵、カーミラ・グローベル。もう一人は薄手の旅装束を着たエルフ、ジュリア・フライアである。

「こ、これは、一体……」
「あらまぁ……」

 あたりに散らかされた、森林狼(フォレスト・ウルフ)の躯は同族によって食い荒らされたものだろう。彼らは自分の死骸を自分で処理し、そのほぼ同数だけ数を増やすという。
 その光景を目の当たりにしたカーミラが訊いた。散らばる肉片から立ち込める血の匂いもさることながら、目を引いたのはその先だ。

「これは魔術師の仕業か?
 そろそろ教えてくれ、ジュリア。いったいここで何が起こったんだ?」
「報告によれば、初級冒険者のパーティが野草を取りに来たのですわ」

 靴が汚れることを嫌ったジュリア・フライアは、あたりに散乱した血の跡を、ひょいひょいと華麗に跳躍して避けながら答えた。

「初級冒険者だと? 馬鹿を言え!」

 一方、カーミラの方は具足が汚れることもお構いなしにズカズカと直進する。
 渓流沿いの傾斜地に生い茂る木々は見事になぎ倒されていた。切り株の断面は鑢で研いだように滑らかで、巨大な花崗岩は磨き抜かれたような水平な光沢を晒していた。そして奇妙なことに、断面に対して水平に覗き込むと、それらはすべて巨大な一枚の()()の上にあった。
 つまり、木々も巨岩も、一撃で断ち切られたものに相違ないのだ。

「魔術師とはいえ、ルーキーにこんな真似ができるわけがないだろう?
私は新たな天子でも降臨したのではないのかと思ったぞ」
「往年の剣聖ファルカは、一太刀で竜を断ったと聞きます。その奥義ではないでしょうか?」
「まさか……」

 金剛流や一刀流の名だたる剣士の中には、剣で丸太を両断する者はいるだろう。斬撃を飛ばす技があることも知っている。しかし、この跡は、一太刀の斬撃に巻き込まれたものとしか思えない。
 斬撃で森を刈り取る者など聞いたことがない。全盛期の剣聖がそうだったと吟遊詩人の歌で聞いたことがあるが、それは所詮、民意高揚のためのおとぎ話ではなかったのか?

「剣術によるものだというのか!? これが!!」
「そういう真似をする子が出てきたのですわ」

 カーミラが、このとき『子』という言葉を不思議に思わなかったのは、ジュリア・フライアが自分の三倍以上生きていることを知っているからだ。

「誰だ? 一体……」
「剣聖ファルカ様のご子息です。タクミ・ファルカ。若干8歳」

 女騎兵は仰天し、言葉を失った。

「剣聖ファルカ自らが『三日月』の後継者に、と推薦するほどの天才です」
「!? 決まっていたのか聖剣の後継者は!」
「あら、いけない。これ内緒でしたわ。聞かなかったことにしてくださいまし…」
「いや、それはないだろ。…というか、ワザとだな? 貴様……」

 カーミラはジュリアが政庁の密命を帯びて仕事をしていること知っていた。ワザとじゃなかったとしたら、口が軽いにもほどがあるし、ワザとならなお悪い。
 ジュリアは巨岩の切断面をその細長い指でなぞりながら言った。

「この石、いいですわね。私の庭園に運んでもらいましょう。ドワーフの石工に加工させますわ」

 ジュリア・フライアは変わり者だ。本来自然の中で暮らすエルフ族でありながら、貴族たちが軒を連ねる高級住宅街に庭園付の豪邸に住み、真紅の口紅をつけて貴族たちの社交に顔をだし、毎回違う男にエスコートされて桟敷席から演劇を鑑賞する。
 そして、それだけの財産と美貌を持ちながら、未婚であり。私生活は謎だらけだ。その行動や美意識も、カーミラにはさっぱりわからない。

「石材の良し悪しなどわかるのか?」
「わかりませんわ」
「では、なぜそんなものを? 荷運びをする者たちが可哀想ではないか…」
「未来の剣聖への投資です」
「は?」

 カーミラには意味が解らない。
 タクミ・ファルカとやらに投資するなら、パトロンにでもなればよいのではなかろうか?

「これが『二代目剣聖が八歳の時、一太刀で斬った岩』なら、いずれ高い値がつくでしょう?」
「……ああ、なるほど」

 そっちの投資か、と心中で呆れるしかなかった。

「さて、もう用は済みました。出してください。カーミラ」
「貴様! わざわざ石ころを買いに来るために、私の竜をだしたのか!?」

 ジュリア・フライアは艶やかに笑うのみである。

 飛竜は羽ばたきだけで空を舞うわけではなく、翼から魔力を放って風を操る魔獣である。カーミラの操る飛竜は、その魔力のブレスを大地に叩きつけ、ヘリのように垂直上昇した。
 そして翼を伸ばして滑空し、上昇気流に乗って天高く昇っていく。
 ヒトのそれをはるかに凌駕するエルフの視力は、ムスタファルの大地を一望できる高度にまで上っても、黒髪の少年が率いる冒険者の一団を網膜に捉えていた。
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