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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第三十話 鬼の目にも涙

 間違いなくここは地球ではない。そもそも、この身が子熊に転生している事態からしてあり得ない。夢だ、夢だと思いたい。だが、ハイエナどもに噛みつかれたときの痛覚は、まごう事なき本物であった。自分の流した血が、体毛を滴る不快感もリアルである。
 一体何故こうなったのか、そんなことはいくら考えても理解できないだろう。
 しかし、理解できたことはある。
 目の前にいる人間たちが互いに何を言いたいのか、だいたいわかってきた。言語がなくてもコミュニケーションできるポケ○ンというアニメのキャラクターは、欧米人にとって、とてつもないカルチャーショックだったという話をある人から聞いたことがあるが、なるほど、互いの主張なんて身振り手振りである程度推察できるというのは本当のようだ。
 4人の若い男女が言い争いをしている。
 若い、というより、皆まだ子供だ。大きい子で16歳ほど、一番背の小さい男の子は小学校の低学年ぐらいではないだろうか?

 要するに、だ。
 先ほどの金髪の少女はハイエナに襲われていた私を助けてくれた。
 やや苦戦したが、やがて、3人の仲間が駆けつけ、ハイエナを撃退する。
 だが、やがて少女は諍いが発生する。
 おそらく、私の扱いに関することでだろう。私を始末するしかないという仲間とそれに反対する少女。
 少女は暴れて、仲間の青年に怪我を負わせてしまう。
 手のつけられない少女を、黒髪の少年が殴りたおし、取り押さえる。

 この少年も尋常ではない。
 その仲間割れの様子を見ていたハイエナたちは、好機とばかりに再度攻撃を仕掛けた。
 そのハイエナたちを少年は刀一振りで蹴散らしてしまったのだ。

 私は、今日一日でとてつもない人間を三人見た
 一人は、マンガみたいな大剣を振り回して、瞬く間に丸太にしてしまった偉丈夫。一人は、凶暴なハイエナの群れをたった一人で蹴散らす金髪の少女。そして、最後の一人は、その少女を一撃で昏倒させ、刀を一振りするだけで、ハイエナの群れを木々もろとも両断する驚異の少年だ。
 さて、血を流しすぎたようで、少し視界が霞んでいるが、もう一つ理解できることがある。

 これから私がもう一度死ぬということだ。

 黒髪の少年は、ハイエナたちを一刀のもとに切って捨てた白銀の太刀を私に向ける。一瞬、悲しそうな眼をしたが、表情は冷徹そのものだ。たしかに、熊は害獣だし、幼獣が自然界で生きていけるすべもないので是非もないことだろう。
 剣を振るい獣と戦うほど苛酷な世界における子供たちとは、かくもあるものなのかと思うほど。あまりにも静かで、清涼な殺気を感じた。

(まぁ、いいか…)

 そう思った。
 これは摂理だ。たまたま私に前世の記憶があるだけなのだ。
 恨む気持ちなど一切起こらなかった。
 酒に逃げ、泥酔し、一人寝室でのたうちまった挙句、無様に一生を終えるより、日本刀にスパっと斬られて死ぬ方がよほど潔く綺麗な最期ではないか。
 先ほど見た彼の腕前ならば苦しみはすまい。第一、生前の記憶を持ったまま、畜生として生きながらえて何になるというのだ?
 私は、諦め、覚悟を決め、その場に腰を落とした。逃げ回っては、私を殺す彼に余計な手間をかけさせるし、私も自身も余計な苦痛を味わうだけだからだ。そう思って目を閉じた。数時間前に、一度経験したことだ。今度は、あんなに苦しくはないだろう。

 夜の森の静寂。体中から熱が引き、虫の鳴き声も聞こえなくなり、心音だけが聞こえてくる。どうやら、明鏡止水というものは私にもできたらしい。
 うん。死ぬことなんて大したことはない。

 だが、その静寂の中で、私は懐かしい響きを聞き逃さなかった。
 それは声変わりもしていない声、だが不思議と落ち着いて、安堵さえ感じさせてくれた。

「…………お前、まさか……転生者か?」

 その一言は私の魂を揺さぶった。日本語だった。生粋の日本人にしか困難な発音だ。
 私は死に、自我を取り戻して、まだ一日も経っていない。それにも拘わらず、何年も聞いていなかったような郷愁を感じさせた。
 思わず瞼を開け、見上げると、剣を振り上げた少年が、目を丸くしていた。あどけない輪郭が月明かりに照らされてた。縮れのない黒髪、くっきりと開いた黒い瞳、その他、日本人特有の面影が見て取れた。

「転生者……なのか?」

 声を出すことができない私は、小さくうなずく。すると、少年は剣を鞘に納め、手を差し伸べ、その小さな体で私を抱きかかえた。

 それが『私』と、『彼』との出会いだった。


   *    *    *


「起きた?」
「………ん」

 リナ・スタンレーが目を覚ます。仰向けに寝かされているリナを、ミリィ・ロックウェルは腕組みしたまま冷ややかな視線で見下ろしていた。

「ねぇ、何か言うことは?」

 その一言で目を覚ました彼女は、がばっと上体を起こし、小動物のような落ち着きのない俊敏な動きで辺りを見回す。
 俺と目が合う。そして、次の瞬間……

「この! よくもやったわねぇ!!」

 リナはガバっと立ち上がり、殺気を漲らせて俺につかみかかってきた。

「開口一番がそれかっ!!」

 すかさず、ミリィが鉛直下向きにげんこつを振り下ろした。
 ナイスなツッコミだ。
 派手な音がしたが、まぁ大丈夫だろう。きっと中には何も入っていないだろうしな。
 あらゆる意味でナイスである。

「何すんのよ!」
「こっちのセリフだ……」

 アマルダ仕込みのドスの聞いた声で、静かな怒りを露わにするミリィ・ロックウェル。
 バルッカももう『不憫な子』を見る目だ。俺も、たぶん今あんな面をしてるんじゃないかな。
 だが、リナは三人の冷たい視線もどこ吹く風で、露骨に億劫そうな態度をとる。相変わらずいい性格しとるわ、この女。

「怪我をさせたバルッカには何も言うことなしなの?」
「…………あのくらい、エリカなら治せるじゃん」
「ハぁ?」

 ミリィは怒号を込めて、襟首をつかみ上げる。

「はいはい、ごめんなさぁ~い!」

 ………反省の色なし、もはや、処置なしである。
 しかたない。『作戦』開始だ。

「姉さん。帰りましょうか、この人のことは帰ってから決めましょう。女将さんに相談したうえで……」
「そうね、ほら! さっさと立って歩く!!」

 憮然とした表情で立ち上がるリナ。そんな彼女を、ミリィは凶悪犯を護送するかのような目つきで一挙手一投足を警戒している。
 リナはしぶしぶ歩き出す。こいつはまだ自分のしでかしたことがわかってないらしい。だが…

「クゥン……」
「あ!」

 俺の足元に縋り付いてくる子熊に気づいた。

「………そ、その子は?」

 子熊は先ほどから、俺の陰に隠れてリナを警戒している。

 実はだ。
 俺はこいつをつかって、ミリィやバルッカと一計を案じることにした。

「そ、その子はど、どうするの?」
「持って帰って『鍋』にします」
「ええっ!?」

 子熊には、化膿止めと血止めの薬を塗ってある。バルッカの右手に塗り込んだのと同じ薬だ。応急処置だが、魔獣の怪我の回復は早く、傷口がもうふさがってきていた。
 彼は俺の足元にちょこんとお座りして、時折、俺の方を見上げてくる。彼にはこちらの言葉がまだわからないため、俺のリアクションを見て、事情を把握しようとしているのだろう。

「いや、だってリナさん、晩飯のおかずを獲りに来たんじゃかったんですか?」
「蟹鍋はできそうにないが、おかげで別の鍋はできそうだな」
「母さんも喜ぶでしょうねぇ……」

 ミリィとバルッカは謀議しているので、話を合わせてくれる。
 もちろん、俺たちはコイツを鍋にする気なんかない。

「ダメよ! ダメ!! そんな小さい子を食べるの!? 信じらんない!!」

 お前がいうか。

「……とは言いましてもね。逃がしてどうします? また森林狼に狙われますよ?」
「そ、それは……と、とにかく駄目よ! 許さないわ!!」

 許すも許さんもお前が決めることじゃないがな。

 だが、俺はリナに見えない角度で邪悪な顔をした。
 ……………………計画通りだ。
 そして、ミリィとバルッカにアイコンタクトでセリフを進めさせる。

「誰が飼うんだ? お前さん部屋住みだよな?」
「……う」

 相変わらず、考える前に行動するよな。この脳筋は…
 ミリィをチラ見する。しかし、

「うちじゃ飼わないわよ? 観賞魚やハムスター程度ならともかく、宿泊施設でペットなんて飼えるわけないでしょ?」
「ですよねー。殺すしかありません」

 リナは、ものすごい形相で、俺から子熊を奪い返そうと歩み寄る。
 だが、彼女がただならぬ気配とともに一歩近づこうとすると、子熊は俺の背後で警戒を露わにした。
 この唸り声にミリィに叱責されても気にも留めなかった彼女が怯む。

「なんで……」
「ああ、これ? 知らないけど、僕に懐いちゃったみたいですね」
「なんでアンタなのよ!! 助けたの私なのに!」
「さぁ? 獣の言葉がわかればいいんですけどね」

 俺は獣の言葉は分からない。
 だが、こいつには分かる。『日本語』がな。
 あの後、俺はこいつと話をした。
 この子熊にはなんと、日本人の魂が乗り移っているらしい。そうでもでなければ、死を前にして、瞑目したりはしない。
 まぁ、『憑依』については後に解説しようと思う。
 要するに、会話と呼べるほどのではないが、俺はこいつとのコミュニケーションに成功したのだ。

「どのみちここに捨てていくか、持って帰って鍋にするかのどちらかです。さ、リナさんが決めてください」

 さぁ、どうするかな。
 捕まえて逃がそうにも、こいつは俺の傍を離れない。
 可愛い生き物だろうと、自分を愛してくれない獣だからと見捨てるか、それとも……
 リナの表情が苦悶に歪む。
 いいなその顔。Sに目覚めそうだ。

「とりあえず、行きましょうか?」
「……そうだな、夜も更けてきたし」
「話はロッジでもきるしね」
「ちょ……ちょっと、アンタたち! 待ちなさいよ!!」

 いい感じだ。正に『鬼の目にも涙』である。
 彼女のリアクションを確認すると、打ち合わせ通り、俺は踵を返し歩き出した。バルッカとミリィも続く。子熊は俺の後ろを離れずにトコトコと付いて来る。
 俺は彼女を一瞥し、告げた。

「リナさん。森を出るまでに決めてといてくださいね?」

 一人、森に残されるリナ。
 だが、この様子なら、首に縄付けて連れ帰る必要はないだろう。
ちょっと編集。
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