挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

41/78

第二十九話 フラグルの森(後編)

 森の中、渓流に押し流された岩々が並ぶ河原は、一種の地獄絵図であった。攻撃ボタンを連打するだけで俺TUEEEできる3Dゲームが、滴る血や飛び散る臓物やら肉片まで再現できたらああなるだろう。散らばっているのは森林狼の屍だ。
 正直、あんましお近づきにはなりたくない……が、このアホをつれて帰るのが本来の目的なのである。近づかないわけにもいかん。
 俺とミリィ、バルッカは見つけるやいなや彼女に駆け寄った。

「リナ!!!」

 森林狼の囲みを突っ切り、合流した俺たちは、互いに背中を守る形で円陣を組んだ。
 襲い掛かる牙口にバルッカは長剣を突き刺す。ミリィは敵の攻撃を見事な体捌きで攻撃をいなし、仰向けにすると、水鏡の鞘を突き立てて喉笛をつぶした。俺も、自前に迫る一匹の頭蓋にグルカナイフを叩きつけて絶命させ、残りに殺気を放って威嚇する。一罰百戒だ。続く二匹は後ずさりする。
 殺気をぶつけて、敵を委縮させる術。獣相手には効果が高い。正直こういう『殺意の波動』っぽい術は厨二くさくて好きではないのだが、たとえ小兵でも強者であると認識させねば無益な殺生を増やしてしまうので、やむを得ない。
 新たな敵の出現に、群狼たちは躊躇し、包囲は遠巻きになった。そして……。

「ウォォォォォォォン!」

 ボスらしき存在の遠吠えを合図に、獣たちは森の中に消えていった。やつらのボスが戦局を不利と判断したらしい。
 統率がとれていて、まことに感服する。どっかの誰かに爪の垢でも飲ましてやりたいわい。

 一応の危機は去り、バルッカも剣を収めた。辺りには、無残にも惨殺された森林狼(フォレスト・ウルフ)たちの屍だけが残った。
 即座に、ミリィの叱責が飛ぶ。

「馬鹿っ! 何やってんのよ、アンタ!!」
「何って……」

 リナは一戦やらかした後の某ロス市警のごとく、全身血まみれだ。ただしジョン・マク○ーンと違うのはそれが、自分の血ではなく敵の返り血でということである。まったく動物愛護精神のかけらもない奴だ。
 しかし、それだけの獣の返り血を浴びて、南京攻略戦後の日本鬼子のごとく何故か爽快な顔をしてやがるのはさすがとしか言いようがない。

「独断専行のことよ。この馬鹿!!」
「お、おう…!」

 おう、じゃねぇだろ。
 これは酷い。こいつは自分が何をやったのかわかってないらしい。
 つかみかかるミリィをバルッカが制止する。

「ミリィ、話は帰ってからにしよう。ここはまだ危険だ」

 森林狼たちは、森の中へ去っていったが、完全に撤退したわけではない。まだ、遠巻きにこちらを観察している。

「そうね。帰りましょう。なんかもう言葉も出ないわ」

 俺も言いたいことは特にない。
 リナへの懲罰はミリィに任せよう。俺はもうこいつの世話を焼く気はないのだ。ここまでやらかしたら、いくら菩薩のミリィ姉さんだって『泣いて馬謖』だろうがな。

「ほら! 帰るわよ!!」
「え、ちょ……ねぇ、待って!!」

 ミリィは腕をつかんで、連行しようとするが、下手人は断固として踏みとどまった。何を待つんだ?
 俺とバルッカが呆れて振り返ると、リナは足もとの黒い毛むくじゃらに手を差し伸べていた。そこにいたのは黒鉄熊(フェール・ベア)の赤子だった。
 彼女が抱きかかえようとすると子熊は必死に抵抗する。

「可哀想に、こんなにおびえて……」

 俺には、リナのことを怖がっているように見えるのだが気のせいか?

「その子、もしかして、アレックが倒したあの熊の?」
「ええ、たぶん、あれの赤ちゃんよ。置いてけないわ!」

 子熊はかなり衰弱していた。月明かりだけじゃ色はよく見えないが、満身創痍だ。森林狼にやられたんだろうな。
 リナの戦闘能力と身体能力なら、森林狼の群れごときに梃子摺るなんて妙だと思っていたが、こういうことかよ。
 おそらくだが、アレックが仕留めたあの黒鉄熊(フェール・ベア)が本来の生息地である北を離れたのは、子育てのためだったのだろう。たしか、ホッキョクグマの子供は同種の雄に狙われて殺されることもあるという話を聞いたことがある。黒鉄熊(フェール・ベア)も似たようなものなのかもしれない。
 そうか、そういう事情があったのか。小さな命を守るための暴挙だったのか。そういうことであれば、……………………うん。ますます救いようがないアホだな。

「ねぇ、つれて帰って手当してあげましょう! エリカなら治せるわ」

 子熊の痛々しい姿を目の当たりにして、ミリィの怒気がやや静まる。
 リナの単独行動を腹に据えかねていたが、彼女が戦っていた理由を知って気勢をそがれたようだ。ミリィは優しいからな。

「どうする? リーダー」

 バルッカは俺の指示を仰いだ。
 いつも明るいこいつにしては、珍しく冷めた視線だ。
 おそらく、バルッカは答えがわかっているのだろう。狩人がここで何をすべきかを。

「殺しましょう」
「「ええ!?」」

 冷徹に言い放った俺に駄々っ子と同然のリナはともかく、ミリィまで驚愕の声を上げた。

「そうだな」
「ちょ、ちょっとまってよ! タクミ君……それは」
「可哀想だが、殺してやった方が慈悲だぜ? このケガじゃ見逃しても、苦しい思いして死ぬだけだ」

 田舎育ちだけあって、バルッカはわかっていたようだ。
 だが、ミリィは躊躇している。まぁ、彼女は都会っ子だからな。

「姉さん。摂理によって淘汰される命に手を差し伸べるべきではないんです」

 俺がそういうとリナは食って掛かった。

「どんな摂理よ!!」
「弱肉強食の摂理ですね。さっきまでリナさんが実行なさっていたでしょう。というか、摂理以前に連れて帰って誰が飼育するんです? 旅籠でこの子を飼えますか? 無理でしょう? 今は小さくても、そのうちものすごく大きくなるんですよ? これは……」
「せめて手当して森に返してあげるくらいは…」
「姉さん。気持ちはわかりますが、こいつはもともとこの森の獣じゃありません。外来種です。生態系を乱すことになります。自然に返すとしたら、もっと北の苛酷な土地に解き放たなきゃいけません」

 異世界には、そういう活動をしている団体もあったがな。
 アマルダの旅籠でそんな慈善事業をやれというのにも無理がある。

「そんな余裕ありますか? 返せたとしてどうします? 母親が居なければ狩りを教えることができません。そして、狩りができなければ自然界で生きていけません。淘汰されるだけです。ちょっと考えたらわかるでしょう?」
「けど………」
「生き物の命を大事にしようという考えは、素晴らしいとは思います。けど、やるべきじゃないこともあるんです!」

 俺は、ミリィに周囲に目を向けるように促す。
 彼女は惨殺された森林狼たちの死骸を見て、改めて絶句した。
 その光景を見て何も感じなければ、ただのアホだ。
 一匹の生き物を助けるために、百匹殺すなんて、欺瞞以外の何物でもない。

「『助ける』っていうことはとても大変なことです。悪い奴をやっつけておしまいじゃあ、何も解決しない。独り立ちするまで誰かが責任を背負ってあげなければならないんです。………じゃないと、結局、どこかで見捨てていくしかなくなる」

 前世で身に染みた教訓の一つである。
 ミリィは押し黙って、下唇をかみしめている。
 そんな彼女を見て、バルッカは意を決した。

「……………わかった。俺がやるよ」
「………お願いして、いいんですか?」
「ああ…」

 バルッカは抜身の長剣を片手に、子熊に近づく。
 彼はいい奴だ。憎まれ役を引き受けてくれるというのだから。
 だが……

「駄目よ! 絶対、ダメ!!」

 駄々っ子が立ちふさがる。

「………どけ、さっきの話を聞いていなかったのかよ」
「聞いてなかったわ」
「…っ! アホか、お前のせいでこんなことになってんだぞ!? わかってんのか!」
「ブタオオカミが何匹死のうと知ったこっちゃないわ。身にかかる火の粉は振り払うのみよ!」

 どうやら、『殺していい魔物』とはこいつから見て可愛いか否かで決まるらしい。
 ポール・○トソンかお前は。その上、オーバーキルという言葉もご存じないようだ。
 剣を振りあげるバルッカに、リナは上段回し蹴り放ってきた。
 あれを避けたバルッカはさすがである。
 だが、バルッカが避けて体勢を崩した瞬間、リナはバルッカの剣をつかみ『炎』の無詠唱魔法で一気に過熱する。

「熱っ!!」

 バルッカが焼き鏝と化した剣を手放した瞬間、リナはそれを明後日の方向に放り投げた。

「何すんのよ!!」
「こっちのセリフだ!! 馬鹿か貴様!!」
「ちょっと、バルッカ! 大丈夫?」
「ああ…ぐっ……こいつ…」

 駆け寄るミリィに強がりを言っているが、どうやら右の手のひらを火傷したようだ。
 これにはさすがのミリィ姉さんもキレた。
 ミリィはリナの襟首を掴んで引き寄せる。
 そして、彼女の左頬めがけて勢いのついた平手打ち!
 ……が到達する前に、クロスカウンターを放つ馬鹿がいるんだから、もう手が付けられん。もちろん、ミリィ・ロックウェルという少女はその程度で怯むような軟弱な鍛え方されてない。気力MAXとなったミリィは、掴んだ襟首を引き寄せそのままリナの顔面にヘッドバットをぶちかます。
 こうなるともう『死神VS尾張の竜』のようなデスマッチの様相を呈してきたので、さすがに俺とバルッカが割って入った。バルッカがミリィを止め、俺がリナを羽交い絞めにする。何とか制止したが、二人とも鼻息が荒い。

「どうすんだよ、これ?」
「どうしようもないですよ!」

 やむをえん。

「ミリィ姉さん、このサルを殴る許可をください。お叱りは後で受けますので…」
「許す」
「誰がサルだ! 放……」

 ご要望通り羽交い絞めを放した一瞬、俺は背後からリナのこめかみと顎を同時に打ち抜く。彼女はそのまま糸の切れた人形のように地面に倒れ、動かなくなった。
 二人はそれを呆気にとられたように見ている。
 仕方ないだろ。
 女の子を殴るのも、三人で一人をいたぶるのにも気が引けるが、仕方がない。どーしようもないさ。こうなっちゃうと、もうな。暴君に付ける薬があれば、人間社会はもっと豊かになっているだろう。
 俺はリナをその場に寝かせると、バルッカに駆け寄った。

「バルッカさん、怪我は?」
「大したことはない」
「ンなことないでしょう、見せなさい!」

 ミリィがバルッカの右手をつかみ上げる、その掌は皮がずる剥けていた。

「いいだろ、このくらい」
「よくないわ! 破傷風にかかるかもしれないのよ!」

 彼女は用意がいい。万が一のために持ってきた消毒用のアルコールで傷を洗うと、ガーゼと包帯を取り出し、手際よくバルッカの手に巻いてゆく。リナはしばらく放置である。まぁ、放置したい気持ちはよくわかる。

「……このくらい、帰ってエグゼリカに治してもらえばいいじゃんか。それよりこっちの方が問題だ」

 バルッカは拾ってきた剣を見つめ、この上なく残念そうにため息をつく。彼の愛剣は熱と衝撃で見事にひん曲がっていた。刃も使い物にならんようになっている。

「これじゃあ、鞘に入らない。高かったのに……」

 がっくりと肩を落とすバルッカ。バルッカは出稼ぎだ。その上、得物を失くしたら冒険者が商売上あがったりだからな。

「ごめんなさい。弁償するわ。腕のいい鍛冶職人も紹介する」
「ああ、弁償はいいよ。剣を買う金ぐらい貸してくれる人がいるからさ。職人だけ紹介して……」

 ここで二人は二歩下がって俯瞰している俺の視線に気づいた。

「………って、おい。何見てんだ!?」
「いえ、お構いなく。続けてください。ごゆっくり」
「なんでニヤニヤしてんのよ?」
「仕方ないじゃないですか、だって止まらないもん。ヒューヒュー」
「殴るわよ?」

 初々しいぜ。これが若さか。
 仲良きことはいいことである。

 だが、その仲の良さに嫉妬してか、森の気配がざわつく。
 さて、どうするかね。
 リナは気絶、バルッカは剣が握れない上に、俺の矢はあと5本しかない。

「まぁ、しばらくそこでイチャイチャしててください。姉さん、これ借りますよ」
「何?」

 俺は、ミリィの脇に置いてあった『水鏡』を手に取り立ち上がった。

「借りるって何を? あ!!」
「くそっ……しまった!」

 まぁ、気づいたところで、馬鹿(リナ)がああも暴れちゃどうしようもなかったがな。


    *    *    *


 木々の暗闇の中から、一匹、一匹と獣たちが姿を現していく。

森林狼(フォレスト・ウルフ)………」

 どうやら、先ほどの悶着を観察していた森林狼のボスが再攻撃を決定したようだ。さもありなん。鬼神のごとき強さを見せつけていたリナがそこにぶっ倒れているうえに、バルッカが負傷。後は女子供だもんな。いつやるか? 今でしょ…って話だ。今なら、多少の犠牲はでるかもしれないが、確実に食事にありつける。普通そう考える。
 森林狼(フォレスト・ウルフ)たちは俺たちをやや遠巻きに包囲した。

「た…タクミ君! 『水鏡』を!!」

 敵の存在を忘れていたミリィが叫ぶ。武器が手元にないのでは不安かもしれない。確かに、これはミリィの刀だ。だが、いま彼女がこれを持っていてもこの危機を脱することはできない。

「だから言ったでしょ、「借ります」って。ま、ここは僕に任せといてください」

 『水鏡』を手に、俺は一歩一歩、敵に近づいていく。
 月光を返す白刃が、流水のような摩擦音を立てて白塗りの鞘から引き抜かれる。
 うーむ。やっぱり、日本刀はいい。中学二年は遠い昔のことながら、『俺』の魂やはり剣! 
 ハッ……いかんいかん。
 握ってるだけで左わき腹がギュルンギュルンだ。男の魂が光って唸って轟き叫ぶ!
 くッ……し、し…鎮まれぇ~!!!

「グルルルルルル……」

 一際大きな一匹が俺の前に立ちはだかる。
 まちがいなく、こいつがボスだ。魔獣はダンジョンの中の魔物を食らって成長する。この世界の魔物にグ○メ細胞があるのかどうかは知らないが、強い魔物を食っていけば、同じ親から生まれた兄弟でも体格に歴然とした差がつく。ボスは当然、群れで狩った獲物を優先的に食う権利を有するため、それだけ強くデカくなる。

「ふぅん。賢い奴だな。勝ち戦とみるや御出陣かい?」

 一応、口に出してみる。厨二だからじゃないぞ?
 稀に人語を介するほど知能の高い魔物もいるからだ。

 ………………………返事がない。
 森林狼は牙を剥いて俺をにらみつけてくるだけだ。
 どうやら、体格が他の個体と比べ一回りほどデカいだけで、それほど格が違うわけではないらしい。
 まぁ、格の違う奴っていうのはもっとこう、『揺るぎない狂気』みたいなものを纏っている。こいつは()()()()()()だ。
 そして、こいつは怖がっている。牙を剥いても怖がらない俺に、明らかに怖がっている。とはいえ、もう退いてはくれないだろう。

「ボスの威厳を示すのも大変なんだろうな? ほんとうに同情するよ」

 ボスは強くあらねばならない。それがボスの務めだ。だが、一度敗戦したこいつには次はない。次も負ければ追い落とされる。俺たちを逃がしていては、ボスでいられない。だから背水の陣で先陣に立ち、俺との一騎打ちを受けざる得ない。
 つまり、こいつはその程度のボスなのである。圧倒的な強さを誇るボスであれば、子分を何匹無駄死にさせようと暴君として君臨できるが、こいつはそうではないのだ。
 俺はボス狼の威嚇を意にも介さず、無造作に歩み寄る。
 間合いに入ると、奴が動いた。俺は鞘を手放すと同時に、『水鏡』を振りかぶり、その刀身に剣気を纏わせる。そして、横一線に強振(フルスイング)した。

 その剣閃に追従するように、宵闇の中をジェット機のような風切り音が駆け抜ける。
 その光景を目の当たりにした、2人が息をのむ。

 『水鏡』から放たれた『剣気』は質量と刃の形状を獲得し、大気を鳴動させながら、ボス狼の体を突き抜けた。それは、背後にあった巨岩や、木の幹、背の高い草叢、そして10匹あまりの手下もろとも、()を上下に切断する。

 ズシンと音を立てて巨岩がずれ落ち、メキメキと木々の小枝へし折りながら巨木が倒壊する。
 俺は、その音を聞きながら微動だにせず、彼らの前に仁王立ちとなる。
 もしこの場に、群れの次の統率者たらんとするものがいれば、いまここで俺を倒さねばならない。

 幸い、そんな猛者はいなかったようだ。獣たちはさっきの秩序だった退却と違い、まるで天敵に出会った小動物かのように森へ消えていった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ