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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第三話 吟遊詩人

 声をかけてきたのは大きな帽子をかぶった30歳前後の男だった。マントの下に着込んでいる服は、カムラン麻をメッシュ状に編んだもので風通しが良い。強い日差しを避けるための旅装束だ。
 長い金髪で眉の線は細く、美男子の部類にはいる。
 ただ、この世界では美形で歌がうまくても女にモテるわけではない。吟遊詩人や踊り子なんてものは水商売だ。だから一夜を共にすることはあっても、こういう連中に連れ添う女は少ない。
 この世界の女どもは、実に強かに男を物色しているのだ。男選びに人生かかってるからな。

「やぁ、ミリィさん」
「レオナルドじゃない!いつ帰ってきたのよ?」
「つい、今しがたです。女将さんのところに顔を出そうとしたら、お忙しいようでして……」
「剣聖ファルカが来てるのよ」
「ははは……、建国の英雄では、相手が悪いですね。そちらの方はお孫さんですか?」
「ええ、そうなのよ。まぁ、本人は自分のお祖父さんが、どんなにすごい人なのか、よくわかってないみたいだけど」

 いや、知ってるよ。一応…
 俺の弟子の中では一番筋が良かった。

「それでしたら、お役に立てるかと……」

 吟遊詩人レオナルドは、催しを提案した。
 子供たちを集めて、歌を聞かせたいというのだ。歌や講談が嫌いではないミリィは、それに積極的に協力し、特別に旅籠の個室を一つリザーブした。このような大きな旅籠の裏方では、丁稚奉公の子供たちが薪割り、食器洗い、洗濯、風呂焚きなどを夜遅くまで働いている(ここはそういう世界である)。食い物の匂いを嗅ぎながら、物欲しそうに見ているご近所の子供たちなどもみんな一室に呼び集めて、舞台を整えたのだ。
 カラオケボックス程度空間に20人ぐらいの子供たち、下は4歳から上は18歳ぐらいまでが集まり、吟遊詩人の話に聞き入った。

 ポロンとリュートを鳴らして、レオナルドは語り始めた。

「第七天子タクミカズキはこの地に根を下ろす決心をした。愛するこの地を墓にと決めたのだ。神授の天子の聖骸は、あまねく生命に恵みをもたらす。大地に水の潤いを、田畑に実りを、戦士には闘志を、女には慈愛を、子供たちには福音を、そして我ら詩人には歌をもたらしてくれる」

 歌でざっくり説明しているが、それで大体あっている。
 天子は墓をつくり、そこに自らの躯、『聖骸』を納める。聖骸がある土地は霊脈が活性化し、『聖地』とよばれるようになる。自然と正の魔力が集まり、治癒術などの魔力が使いやすくなる。逆に呪詛など負の魔力の効き目はわるくなる。魔物はあまり寄り付かなくなり、人の暮らしやすい土地になるということだ。

「彼はこのゼフィランサスに陵墓を作り、死後、この土地の守りを自らの子弟に委ねた。しかし、近隣諸国はそれを認めなかった。『貴族にあらずば領地の相続は認めぬ』と言い出したのだ。ゼフィランサスのネリス王国やゼイレシア王国と一触即発の事態に陥る」

 ま、そうなるよな。いわゆる「殺してでも奪いとる」級の暮らしやすい土地だ。ちなみに、ネリスはゼフィランサスの東、ゼイレシアは西の王国である。
 いずれも500万以上の人口を抱える大国である。
 第七天子タクミカズキは両国国王から子爵の位をもらっていたが、当然、世継ぎなくして途絶えたらお家は改易。領地は国が召し上げということになるだろうさ。
 さて、ここで遺された領地はどちらの国の領土かということになるのだが………。残された領民は、さぞ『俺』を恨んだだろうな。

「第七天子は我らを見捨て給うたか? それは違う。彼の夢は、貴族の支配しない無主の土地の実現だった。このゼフィランサスはこの世界で唯一の、平民の平民による平民のための都市!!」

 ………と思ったら、『俺』はむちゃくちゃ好意的に勘違いされていた。

「世界の支配者たる貴族たちには、そんなものを認められない。一つでも認めてしまえば、『悪しき前例』を作ってしまう。ネリスもゼイレシアも軍を駆って攻め寄せた。
 立ち上がったのは、天子が残した6人の勇者。剣聖シュナイデル、賢者ウィズレイ、魔導師エデュワ、弓神イーヴァイ、盾のシオン、竜騎士ウォルフラム…」

 懐かしい名前が出てきたな。俺の遺した弟子たちだ。
 剣の天才シュナイデル。頭でっかちのウィズレイ。泣き虫エデュワ。無口なイーヴァイ。頑張り屋のシオンに、ガキ大将のウォルフラム。せめてあいつらが一人前になるまで、面倒を見るべきだったのかもしれないが、俺は途中で放り投げちまった。

「天子の願いに必要なもの。それは自分の意志で戦うという覚悟!強い天子に頼ってばかりでは、人は強くはなれない。強い天子に従うばかりでは、人は自由にはなれない。
 だからこそ、天子は戦えと命じなかったのだ!僕ら自身の意志で決断させるために!」

 違ぇ……違ぇんだ。でもまぁ、いいや。お話的にはそれで。
 すげぇ美化されてる第七天子。背中が痒い。
 正直いうと縋り付いてくる連中に愛想を尽かし、「じゃあもう勝手にやれよお前ら」ってキレただけだ。
 そりゃ、形見分けはしたけどさ。

「そして、この都市の独立戦争は勃発した。ゼフィランサスは第七天子の子弟たちを主軸に自由同盟軍を編成する!!!」

 ここで、吟遊詩人はリュートを激しく鳴らした。
 ここからサンホラ的な状況描写が始まる。

「最初の敵はゼイレシア。黒豹グライツェル率いる2万の大軍勢。対するゼフィランサス全軍はたった6千の勇者たち。迫る大群、いななく軍馬。黒騎士の軍勢は都市を収奪せんと、進軍した。
 だが、ゼフィランサスの前衛は後の剣聖シュナイデル。彼は僅かな手勢と伏兵として城外で待ち構えた。
 泥に塗れ、大地と一つになり、待ち構えるは総大将グライツェル。狙いはその首ただひとつ。
 そして、驟雨の中、決戦の火蓋は切って落とされた。シュナイデルの一軍は偽装を解いて一気に襲いかかった。脇目もふらずにグライツェルに向かって疾走するシュナイデル。
 それを見て、黒豹は笑った。想定内だとほくそ笑んだ。貴族は魔法の鎧を纏う。平民の弓矢は届かない。平民の剣は通じない。なんと愚かな平民よ、と。
 しかし、剣聖シュナイデルにも秘策があった。彼の剣は第七天子より授かりし聖剣『三日月』。竜王の鱗すら容易に切り裂く紫電の刃。油断する黒豹は、剣聖渾身の一撃の前に、その漆黒の兜ごと真っ二つになってしまった!」

 前半の重苦しい音楽が奇襲のハラハラ感を、そして一転してフォルテッシモになることで、シュナイデルとグライツェルの一騎打ちの凄まじさを巧みに描写している。
 子供たちもみんな固唾を呑んでいた。彼らの頭にはそれぞれ、違った戦場の情景が浮かんでいることだろう。
 ちなみに俺が思い描いたのは、『合肥の戦い』と『桶狭間の戦い』だ。先入観っていうのは自由な発想を阻害するのかもしれない。しかし、すげぇな。剣聖シュナイデル。なんか信長と張遼のいいとこ取りの奇襲じゃね?

「二度目の戦いは東のネリス軍2万5000。連戦の疲れを有利と見て、立て続けにやってきた。だが、立ちはだかるは天与の障壁。第七天子は敵軍の略奪から人々を守るため、周辺の領民すべてを避難させるに足る城を用意していた。作戦は功を奏する。人々は家財一切を城に運び込んだため、ネリス軍は食糧を自領から運びこむしかなかった」

 ああ、たしかにな。いずれそうなるように作らせたんだ。
 俺は若いころ大暴れしたせいで、お偉い方の恨みをかなり買っている。俺が死んだら、連中は俺が残した妻や弟子たちを迫害するだろう。それもわかっていた。だから「死せる孔明」ぐらいの備えは必要だったんだよっ!!……というのは大嘘である。
 あくまで利己的な建造物。『俺』復活のための魔術式なのだ。それが星型城塞に酷似していたというだけの話である。
 俺の死後、妻の実家の連中や弟子たちは俺の陵墓の上に住んだらしい。
 まぁ、罰当たりとか言うつもりはない。

「籠城は49日に及んだ。第七天子が考案した難攻不落の星形要塞を攻めあぐねるネリス軍。勝負を決したのは、大魔導師エデュワと、またしても剣聖シュナイデル。
 彼らは水軍を指揮し、北の水門から密かに出陣した。向かった先はネリスの食糧庫。
 敵陣深くに忍び込み、紫電一閃!守将はあっけなくシュナイデルに斬り殺された。その間、エデュワは粛々と魔法陣を描く。唱えるは、第七魔術の真髄がひとつ『獄炎』。未明の空に日の出とも見まごうばかりの火柱が立ち上った!」

 なるほど、今度は『官渡の戦い』か。
 俺にとっては二番煎じな感が否めないが、三国志を知らないこの世界の子供たちとってこの展開は確かに燃えるかもしれない。ゼフィランサス勝ちまくりだもんな。
 エデュワの名前もでてきた。あの弱虫がちゃんと大仕事やりとげたんだな。
 ちなみに『第七魔術』っていうのは、『第七天子がもたらした魔術』なんで第七魔術ね。『獄炎』は教えた記憶はないが、教本には載せた記憶がある。

 戦いの描写はここまでで、やがてエピローグが始まった。

「かくて、戦はゼフィランサスの勝利に終わった。ゼイレシアもネリスも剣聖シュナイデルの武名をいやというほどねじ込まれて撤退する。しかし、彼らは、諦めなかった。三度目は北のカルヴァラ帝国まで交えて三方から包囲せんと企てた。
 だが、賢者ウィズレイ・アーキスの策略によって、その包囲網は頓挫する。彼は、巧みな外交戦略によって三国の連携を分断した。ウィズレイは三国の大臣に内通し、そのそれぞれに進言した。
 この都市には第七天子が遺した宝具宝物が眠ってる。転移魔法の奥義書などは、貴族たちが喉から手が出るほど欲しい物だろう。魔力の低い我ら平民たちには無用の長物だが、貴族たちにとっては夢の魔法のはず。彼らと手を結ぶよりも、我らと通じた方がよくないか、と。
 彼の活躍で、三国は互いに疑心暗鬼に陥り、互いに牽制しあって身動きができなくなった。『三すくみ』の状態に陥ったのだ。結局、第三次の侵攻作戦は失敗し、周辺諸国はとうとうゼフィランサス独立自治を認めるに至った」

 へぇ、ちゃんと最後は話し合いで決めたんだね。すごいじゃないか。
 って…おい!!ウィズレイ!!お前はどこのビスマルクだ。領民の生命預かってる立場で曲芸外交すなとあれほど教えただろうがっ!!なにが賢者ウィズレイだ。やることが十年早いんだよ『鼻たれ厨二小僧』が…と俺が生きてたらそう罵声をあびせただろう。
 まぁ、当事者じゃなければとやかくは言えんし、もう後の祭りだから黙っておく。

 最後に、レオナルドは声を張り上げて熱唱した。
 アップテンポの激しいサビが続く。

「おお♪ ゼフィランサス!! 強く麗しき我らが故郷よ!! 第七天子は見守っている。その守護ある限り、勇者の誇りはくじけない♪」

 そうなのか? 俺はぜんぜん知らんかったが…

「ゼーーーーット!!♪」

 なるほど、笑ってはいけないんだな。

「お粗末さまでした」

 曲が終わると吟遊詩人は大歓声で迎えられた。いつの間にか部屋の外で大人たちも聞き入っていたのだ。アマルダの女将さんや当事者の爺さんまで。
 盛大な拍手に指笛、それに応えるように吟遊詩人も一礼する。
 贔屓の英雄の活躍劇っていうのはそれほど反響がいいんだろう。大人も子供も好きなのだ。俺も祖国SUGEEEなスレッドを読んでると、自分事みたいに楽しくなる。
 きっと、ナショナリズムってやつはこうやって形成されていくのだろう。

「いやぁ、ご本人の前なので緊張しました」
「たのしませて、もらったぁですよぉ…」

 爺ちゃん自らハグを求める。
 ああ、なるほど、やっぱこの人、英雄だわ。たぶん仔細は違うんだろうが、俺と違って一生懸命歌を作った奴の気持ちちゃんとわかってるんだ。だから、ボケてなおみんなの中心に入れるんだな。どこぞのミスターみたいだ。すげえや。
 カーテンコールが終わった後、吟遊詩人は俺に話しかけてきた。

「どうだったかな、おじいさんの活躍を描写してみたが」
「いや、知らないことばっかりで……目からうろこでした」
「おや、ご存じなかったかい?」
「ええ、戦争があったという話は聞きましたが、祖父から自分がその立役者だったという話は詳しく聞いたことはありません」
「それはいけませんね……立派なお祖父様をお持ちなのに…もったいない」
「祖父は自画自賛などは一切しないので…この8年間知りませんでした」

 そう、剣聖シュナイデルは寡黙ではないが、あまり自分の功績を誇ったりはしないのだ。レオナルドはそんな人の前で、大熱唱してしまったわけだ。
 金髪の吟遊詩人はやや恥ずかしそうに苦笑した。
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