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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第二十七話 剣術家にはなりません

 フラグルの森にはいたるところに、アモジノトの花が咲いていた。
 この花は魔力が濃い方角に向かって向日葵のように咲くので、道に迷ったときは反対側に進むといいという。また、棲んでる魔物のレベルを知るのにこの花の大きさが参考になる。魔物の危険度はダンジョンの魔素の濃さと相関があるからだ。
 だから新たなフィールドダンジョンを見つけると、冒険者たちはこの花の種を持ち込んで、撒いていくという。

 フラットレイは野草に大変詳しく、やがてドドルド草、ウカンの根、チコの実を発見し、キロ単位で採取することができた。エグゼリカのお目当ての薬草も比較的簡単に見つかった。
 つまり、初日で仕事がほとんど終わってしまったのだ。

 日が傾いたので、俺たちは村へ戻ってきた。
 井戸端の空き地で6人で焚火を囲んで、チコ茶(チコの実は、焙煎するといい香りがする。ドリップするとコーヒーに似た飲み物―――というかほぼコーヒー―――になる。魔素の濃い森で取れる実が高級品)を飲みながら、明日の予定を立てることにした。
 まず、リナが口火を開く。

「狩りをするわよ!!うまくいけば、夕食のおかずが一品増えるわ!」

 張り切るリナに冷や水を浴びせるようだが、俺は反対する。

「賛成できませんね」
「なんでよ?」

 わがまま娘は憮然とした表情である。
 牙兎(ファングラビット)毒矢蛇(アロー・スネーク)を散々返り討ちにして、まだ暴れたりないらしい。

「個人的には計画にないことはしたくありません。アレックさんたちにも言われたことですが、ダンジョンでは何が起こるかわかりませんので………」

 まぁ、アレックは粋がってるだけだろうが、言ってることは間違っちゃいないのよね。
 敵対的生物の棲む森で予定にない行動をとれば、不測の事態に陥る危険がある。

「このパーティなら大丈夫でしょう?」

 俺も大抵のことは大丈夫だと思う。だが、己の力を過信して予定にないことを始めるのは失敗フラグだ。一応、リーダーとして無責任な計画変更はできない。冒険というものはプラン通りに行動していたって、トラブルが頻発する。
 自分一人のときならともかく、他所のお嬢さんを預かってる時に無茶はしたくない。余計な色気をだした挙句、トラブルを起こして、周囲の人間に迷惑をかけて、「なんでそんなことをしたんだ?」なんて、先輩風吹かせた連中に詰め寄られるのは勘弁してほしい。
 というか、この企画は俺の合格祝いの新歓コンパのはずだろ? ちょっとは遠慮してくれよ。年長者として。

「だいたい、何を取るんです? この森で取れる動物の肉はあまり美味しくはないそうですよ?」

 牙兎ファングラビット毒矢蛇(アロー・スネーク)の肉は美味しくないので穴を掘ったり、燃やして処分してきた。
 鎧蟹(アーマー・クラブ)が獲れれば、そりゃあ豪華な夕食になるかもしれないが……

「その蟹を取りましょうよ」
「………馬鹿言っちゃいけません! あの巨大蟹は重量が僕くらいはありますよ?」 
「平気よ、私が担ぐから」

 相変わらずの平常運転(ピョンヤンドライブ)だな。

「運ぶのは蟹だけじゃありませんよ?
 沼蟹はしばらく水につけて泥を吐かせないと食べられるもんじゃありません。
 鋏や足を縛って頑丈な樽かなんかに入れ、きれいな水で泥を吐かせながら運ぶんです。
 荷車に乗せないととても運べません」
「作ればいいじゃない」

 ますます無茶を言い出した。

「荷車と水槽をですか?」
「ええ!」
「却下します」

 ここには車職人も樽職人もいねぇよ。
 てか、そこらの木を無許可で伐採したら、管理組合に怒られるだろうが。

「カニが食べたきゃ、ギルドに申請して、もう一度来た方がいいですよ。十分な準備をした上でね」
「………………」

 リナは仏頂面でこちらを見ている。

「なんですか?」
「前から思ってたけど、アンタ、つまんない性格してるわね」

 突然何を言い出すのか。

「そりゃ申し訳ない。
 なにしろ僕は芸人じゃありませんから、リナさんを愉快にしてさしあげる必要性が感じられなくて……」
「……ホント、むかつくわ」
「そりゃ8歳でこんなこと生意気なことを言う奴は稀ですからね。
 でも、『腹立つ』とか『むかつく』とか、そういった低レベルな私情で他人は動いたりしません。
 個人的感情で意見言う人は、他人を説得する意志も根気ない人なんでしょう。
 せめて具体的な問題点の指摘だとか、建設的な発言を心がけることぐらいしないと」

 ちょっと空気が険悪なるかもしれないが、理不尽なことを言われて黙ってる俺ではない。俺は明後日の方を向いてそんなことを言ってやった。
 だが、ふと視線を彼女に向けると、ものすごくいきり立って俺をにらんでいる。

「おいおい……よせよ」
「そうよ。仲間でしょ? 私たち」

 今にも俺に跳びかかりそうなリナを、バルッカとミリィがやんわりと宥める。それでもリナは不愉快らしい。

「………ねぇ、アンタには夢がないの?」
「そう見えますか?」
「あるなら言ってみなさいよ?」

 そりゃあるよ。

「農家になることです。畑を耕して、偶に森で狩りをします」
「…………ふざけてるの?」
「そっちこそ農家を馬鹿にしてるのかといいたいですね。
 お偉いさんの宮廷料理も僕らが食ってるオマンマも農夫が汗水たらして働いて拵えたものですよ?」

 農民だって、いろいろできるだろうが。何十年もかけて、いちごの品種改良したり。やせた土地でも実りのある農法を模索したり。砂漠に水を引いて、緑化したり…夢いっぱいじゃないか。
 そもそも、最初に農地を作る努力なんて並大抵じゃないだろう。
 市場に物があふれるとそのありがたみがわからなくなるのも無理はないかもしれないが、農家がないと国は成り立たない。
 士農工商の2番目であることからもわかるように農業は国の礎となる大切な仕事なのだ。プライドもって畑耕して何が悪い? この世界じゃ異端な考え方かもしれないが、ぶっちゃけ天子の神通力なんかより、田畑の方が人を救える。これは前世で俺自身が痛感したことだ。天子の力だってその程度なのに、ましてや、剣が人よりよりうまく使える程度で何の役に立つ?
 まずは畑を耕す。十分な穀物を確保できたら、今度は経済を成長させる。『美味しい作物』を作ることに挑戦する。管仲が斉の桓公に説いた話と同じだ。俺たちが享受している人の文化・経済ってそういうものだ。

 そういうことを言って諭そうとすると、リナはますます不愉快になり、今にも襲いかかりそうな顔になる。
 必死にミリィとバルッカが止めると、踵を返してトイレに行ってしまった。
 まったく、今ぐらいの皮肉で襲いかかられたらたまらんな。

「タクミくん……あんましあの子を焚き付けないでよ」
「なんでです?」

 俺、なんか酷いこと言った?

「あの子が冒険者になりたがってるの知ってるでしょ?」

 そうだったな。
 だが、リナは冒険者に対して、妙な幻想を抱きすぎだ。

「ええ。なので、姉さんが冒険に誘ったんでしょう?
 別にリナさんを馬鹿にしたりしたわけじゃありません。
 そりゃあ、今回は初心者のレクリエーションなので、玄人志向のリナさんにはご不満でしょうが……」

 ミリィはため息をひとつついて、訪ねてきた。

「あなた、これからどうするつもり?」
「帰りますよ? アモジノトの花も、ウカンの根も、ドドルド草も、チコの実も十分採集できましたし………」
「ああ、そうじゃなくて、帰った後の事よ。冒険者としてデビューしたわけだし……」
「クルリスに帰ります」 
都市(まち)で暮らす気はない?」
「………うーん」

 若い連中にとっちゃ都会の方が刺激的だからな。
 「オラこんな村いやだぁ」って言う奴も多いだろう。
 けど、俺の場合、田舎でのんびり暮らしたい。
 俺は精神年齢的に爺なのだ。物価の高い都会で社畜になるより、田舎で晴耕雨読の生活がしたい。
 というか、この世界では、『都会の娯楽』の方が俺にとっては退屈だ。
 ゲーセンも、カラオケも、ネカフェもないんだぜ?
 都会に住む意味ないだろ。

「ありませんね。僕が冒険者になったのはクルリスでの生活を維持するためなんです。別にほかに高い目標があったわけではありません」
「そう………」
「ご覧のとおり人望もないですし、向いてません」

 チコの実コーヒーに浮かぶ波紋を見つめながら、ミリィはつづけた。

「あのね。余計なお世話かもしれないけど、君はもっと広い世界を知った方がいいと思うわ」
「広い世界ですか?」
「君は強いかもしれない。賢いかもしれない。けど世界には君より凄い人がいっぱいいるわ」

 ……ンなことは知ってる。
 なにも自分が何でもできるなんて思っていない。
 思ってた時期もあったし、実際できた時期もあるのだが、正直そういうのにはとっくに飽きた。

「でしょうね? それが?」
「そういう人たちに会ってみたいとは思わない? 話を聞いたり、一緒に仕事をしたり…」
「興味ありません」
「あの子はね、とても大きな夢をもってる。バルッカも……」
「ええ。すごいと思いますよ。夢を持つのは大事なことですね。
 ……けど、僕には関係ない。興味ない。余計なお世話です」
「そう…………………お爺さんの後は継がないの?」
「『剣聖ファルカ』を、ですか?」

 ミリィは黙って頷く。

「称号を受け継ぐなんて、簡単にできることじゃないでしょう? 
 僕が名乗っても、周囲の人間が認めなきゃいけないわけだから……」
「そうね……だけど」
「それにトライするとしても、時間と労力を投資するのは僕ですからね。
 首尾よく達成したところで、重い責任も背負うわけでしょ?
 それでなんかいいことがあるようにも思えません。僕は損ばかりじゃないですか」

 ミリィはどうも俺の受け答えがお気に召さないようである。
 まぁ、大抵の子供は脅せば言うことを聞きますからね。
 コントロールできない子供は生意気に写るものだ。

「ミリィ姉さん。この際、ハッキリ言っておきますけど……」
「………なに?」

 うん。ハッキリ言っておこう。
 ヘタに期待させて失望されるとたいてい他人にはよく思われない。
 土壇場になって「いやだ」っていうと、裏切られたって気分になるのだ。

「僕は暴力が大嫌いなんです。弱い者いじめも、集団で一人をいたぶるのも、言葉で人を傷つけるのも嫌いです。少し修行して、誰かをやっつけて、俺つえー!! かっけー!!……ですか?
 世の中の役に立ってるんならまだしも、馬鹿じゃないかと思っちゃいますね。正直、虫唾が走ります」

 つーか、かつての自分を見てるようで恥ずかしいんだよ。

「虫唾が走るって……」
「自分でも難儀な性格だと思いますけど、見てて虫唾が走るんでしかたないでしょう? 姉さんは生理的に好きになれない人と一生添い遂げろっていわれて、承諾できますか? 僕はできませんよ」

 俺は、リナやバルッカやミリィとは基本的に話が合わないだろう。
 三人とも冒険者として素質がある。普通の子よりはるかに運動神経がいい。
 ミリィはいい子だ。その素質に加えて、周囲への思いやりもある。冒険者を目指せば、きっとチームの中心的存在になれるだろう。
 バルッカもだ。きっと心のゆくままに冒険して、たくさんの仲間を手に入れるだろう。
 リナは無鉄砲なところはあるが、それも求心力になりうる。『覇王色の覇気』のように、人を惹きつけるカリスマ性みたいなものになる。行動する人間ていうのは見てて面白い。魔力持ちの冒険者なんてチートもいいとこだ。若輩であることを差し引いてもアレックが仲間に加えたがっていたように、付いていくやつが必ずいるろう。
 だが、俺には無理だ。端的に言えば、齢を取ったわけだ。
 いつからかそう考えるようになった。怖いものを知ってしまったから?
 そうではない。
 敵や危険が怖いのではなく、怖い思いをしてまで得るものを見いだせないのだ。

「剣術家になる気もありません。剣が人より多少強いからって自分が特別だと錯覚してる人は見てて反吐が出ます。
 幸い祖父はそんな人じゃありませんが、剣術家になればそういう人ともお付き合いしなきゃいけなくなるでしょう?
 …………だから、なる気はさらさらないんですよ」

 どんなに鍛えたって、いつかはヨボヨボの爺になる。
 だとしたら必要以上に鍛える意味などないではないか。
 その点、畑は末代までの財産だからな。
 いつしか、俺はそう考えてしまうようになったのだ。

「祖父も、そういうの面倒臭がってると思いますけどね……
 チヤホヤされるのが本当に好きなら、この町で道場でも構えてるでしょう?」

 ミリィはしばらく悲しそうな顔をして押し黙った後、口を開いた。

「……くだらないわね。あーもいいわ! そういう話をしたかったわけじゃないのよ。私は…」

 事実上の敗北宣言だ。
 まぁ、所詮口げんかなんで、たしかにくだらないやり取りだな。

「……………ねぇ」
「なんです?」
「いや、何でもないわ」

 ミリィは何かを思いついたようだが、すぐに言うのをあきらめた。

「どうせ口答えして、思い通りに動きませんからね。僕は……
 子供という生き物は常に無抵抗じゃないと可愛げはありません」
「………あなた、そういう風に人を悪く言わない方がいいわよ?」
「ええ、そうですね。他人を馬鹿にしているように見えますからね。
 客観的に見ればお互い犯罪者でもないのに、むかつく・腹立つ・不愉快だからやめろと、価値観の押し付け合いです。………バカバカしい」
「そういう風にものを考えると一人ずつ友達をなくすって言ってるのよ」

 それも昔聞いた殺し文句だな。「言うことを聞かないとアジアから孤立する(ニダorアルヨ)」って…

「なぜです? 僕と同じ考えの人はこの世に一人もいないのですか? 基本的に身の丈に合った暮らしをしていけば、他人の力なんて借りずにやっていけます。
 それが農村の暮らし方なんです。なぜ僕だけ友達をなくしてしまうんです? それともお前はケンカが弱いのだから、たとえ理不尽な要求を拒否する場合でも下手に出ろ、と?」
「そうはいってないわよ!」

 ミリィにしては珍しく声を荒げた。
 さすがにイラっときたか。
 だが、ここまで来たら最後まで言いきる他ない。
 不毛な議論ってやつは本気になった方が負けである。
 まぁ、勝ったところで不毛だけどな。

「リナさんは当初の予定を変更して無用な危険を冒せという。姉さんは俺に生き方を変えろという。
 どちらもすごく大変なことです。そして、リスクや責任を背負うのはご自身じゃない。姉さんより7つも年下の僕です。
 舌先三寸で相手をコントロールしようとする前に、まず自分でやってみればいい。どれだけ大変かわかったら、後で感想でも聞かせてください。是非!」
「まぁまぁ」

 フラットレイがとりなそうとする。

「もう寝るわ……」

 ミリィも立ち上がり、出て行ってしまった。
 バルッカ、フラットレイ、そしてエグゼリカの視線が俺に集まる。
 3人とも呆れたような表情だ。
 エグゼリカが仲良しの女友達と離れて、煙たがってるお目付けさんの隣に大人しく座っているという光景はちょっと違和感あるな。
 まぁ、俺も2人にまだ会って数日しかないが…。

「なんです?」
「……いえ、随分、弁が立つものだと感心したのですよ。商人に向いているのではないですか?」
「それは当て擦りですか?」
「本心ですよ…」
「フラットレイさん。僕は商人にはとてもなれませんよ。今のは相手の提案を却下しただけですからね。目上の取引相手を説得しようというのであれば、ああはいかない。
 今のはただの理論武装です。言い負かした代償として、相手に悪い印象を与えてしまったわけですし、いい選択とはいえません」
「なるほど『武装』ですか。それは言い得て妙だ」

 この手の不毛な口論なら、若気の至りでしょっちゅう朝生していた。
 我が固有結界は一度視認したあらゆる「誰うま」を内包し、無限に複製できるのだ。
 ははははっ! ………くだらねぇ。

「反抗期の到来まで温存予定だった伝家の宝刀ですよ。
 現段階で使用する気は毛頭なかったんです。この程度の事で抜いてしまうことはなかったですね」

 フラットレイは笑みを浮かべたまま、黙ってしまった。「コイツに何言っても無駄だ」という印象だ。
 彼にも嫌われたか。まぁ、いいけどな。
 エグゼリカにも忠告される。

「ミリィちゃんはいつも褒めてたんですよ。あなたの事を……」
「そうなんですか?」
「……なのにあんな言い方ないと思う」

 彼女の言うことも尤もなんだが。俺は転生者だ。俺は自分と同じ目線に立ってくれる友達なんて端から期待していない。
 別にいいんだよ、孤独でも。というか、みんな孤独だ。某『最後のシ者』の逆説表現だが、「友達と一緒にいても一時的に寂しさを忘れることができるだけ」だ。

「……そうですね。嫌われたかもしれませんね。でも僕には何の問題もありません」
「問題なくありません!」
「問題ないでしょう?」
「いいえ、あります。人に嫌われたら困った時に助けてもらえなくなります!」

 あれま。エグゼリカにしては合理的な意見である。
 お目付けのフラットレイに対し、子供みたいな駄々をこねてるので、もうちょっと聞き分けのない娘だと思ってたが。
 まぁ、生意気な弟や妹を見ると、幼子だってしっかり年長者しようとするからな。

「誰のどんなところに好感を感じるなんて人の自由でしょう?
 たとえ姉さんに嫌われて僕の困ってる時に助けてくれなくなっても、僕はかまいませんよ。
 僕は徹底した自己中ですので、自分さえよければ他人なんてどうでもいいんです」

 うん。他人の評価なんて関係ないな。
 俺自身はたとえ絶交されても、もしリナやミリィが助けをもとめるなら、出来る限り手助けしようと思ってるし。
 もし困ってる人がいて、助ける力を持ってたとしたら、その人が助けたいひとなら、助ける。そうでなきゃ見捨てる。
 それだけの話なんじゃないかねぇね?


    *    *    *

 フラグルの村は宵闇に落ちていた。あたりからは虫の声と、せせらぎの音しか聞えない。
 ここは、宿泊施設から少し離れた広場だ。夕刻6人で焚火を囲んだ広場である。
 俺は、キャンプ村に一つだけある魔法灯の下で、俺は日課のトレーニングに汗を流していた。魔法照明には羽虫があつまらないのだが、この世界には電灯なんてものがないので、不思議に思う人はいない。

 『気』を練る。『気』を纏う。『気』を放つ。
 『気』を込めることで武装は強固になり、『気』を鍛えることで身体は強靭になり、『気』を操ることで武技は超人の域に達する。
 第六魔術はこの目に見えない『気』の力を使う。

 気とは魔素とは別物であり、平民だろうと貴族だろうと鍛えれば誰だって使える。

 俺は一本の野辺の草を手に取り、『気』を込めた。

 葉の先端まで硬直したそれは、もはや一振りの剣だ。
 俺が『剣』を振るうと、街路樹から舞い落ちた肉厚の木の葉が音もなく二つに切断され、みずみずしい切断面を晒して魔法灯が照らす地面に着地する。

「ふぅ……」

 野辺の草を刃物にする。
 こんなことは物理学的には不可能だ。
 こんなことができてしまうから、この世界では第七天子が降臨するまで古典力学すら確立できなかったといえる。
 無理もない。この世界は魔術という名の奇跡が起こる。意思が事象に干渉する。意思を込めれば、リンゴが地面に落ちるスピードが一定ではなくなる。質量も保存しない。運動量も保存しない。光は直進しないってんじゃ、自然界の中に法則性が見つけられない。
 ニュートンやアインシュタイン並の天才だって不可能だったろうさ。

「このくらいにしておくか…」

 俺が日課を切り上げようとしたとき、一人の足音が近づいてきて、声をかけてきた。

「よう」
「…あ、こんばんわ」

 バルッカ・キースリングだ。

「な、何してんだ?」

 バルッカが尋ねた。たまげた表情をしている。
 うーん。何してんだ、と言われてもな。
 この村の宿泊施設にはベッドがない。毛布や寝袋で雑魚寝する、いわゆる『コテージ』だ。
 実は俺は枕がないとなかなか眠れないのだ。
 そりゃ、疲れてたら眠れるんだが、キャンプっていうのは興奮してついつい夜更かしするもの。本日の冒険が、予想通りぬるかったこともあって体力が有り余って仕方ない。
 よって、いい感じに消耗しようと、『気』を訓練していたわけだが。

「就寝前のトレーニングです」
「そうやって人知れず努力してるのに、さっきはなんであんなことを言った?」

 あんなこと、とは「剣術家にならない」というセリフのことだろう。

「これ『人知れず努力』っていうんですか? ただの日課ですけど?」

 そう、日課だ。朝起きて歯を磨くのと一緒だ。
 俺は努力が嫌いだ。
 努力を口にする人間もな。実際の『努力家』はともかく、他人に努力や根性を要求する奴には碌なのがいない。
 俺の経験上、そういう奴に限って人の『頑張り』に対する対価を約束しないし、言うとおりに努力しても「わしが育てた」といわんばかりの偉そうな態度をとるだけで役に立たない。
 正直、相手するのもめんどくさい。

「『剣気』って一回使うと、とんでもなく疲れるだろうが! 体中の気功を絞り出す技なんだから。平然とした顔で日課なんていわれちゃたまんねぇよ」

 そうなのか?
 まぁ、気系の技って人によってはものすごく疲れるらしいが、せいぜい100メートルを全力疾走するぐらいではないだろうか? 
 そりゃあ、碌に運動しない奴だと息切れするだろうが、陸上部ならそのくらいの走り込みするんじゃないだろうか?
 要するに、定期的に訓練してりゃ気の最大量(キャパシティ)なんてどうとでもなるのだ。

「バルッカさんはできないんですか? ミリィ姉さんは使ってたような……」
「そりゃあ、俺も剣を折れにくくするぐらいはできるさ。
 だが、そこらへんの草をちぎって剣にするなんて、師匠ぐらいの『剣気』の使い手じゃないと無理!」

 たしかに、『気』の力で剣を折れたり刃こぼれしないように保護するのと、『気』を刃のように練るのとでは根本的に違う。
 前者は『硬気功』の応用だ。ただ剣に気を込めて、構成する材質が頑丈になる。
 対して、後者は剣のあり方をイメージ通りに変化させる。剣を媒介とした魔術のようなものだ。
 たしかにやや高度な技だが、「よほどの使い手じゃないと無理」ということはバルッカの誤解だろう。
 イーヴァイは1年ぐらいでマスターした。シオンで2年。ウォルはちょっと遅くて3年近くかかったっけか? まぁ、奴の才幹は他に向いていたわけだが。
 つまり、得意不得意はあるにせよ、練習すれば大抵の奴は会得できるということである。
 ハイハイと同時に『気』の訓練を始めた俺も当然できる。

「その師匠さんはできるんですか?」
「ええ、まぁ…な。すごい人だったが」

 確か『一刀流』の使い手だっけか?
 ネリスの田舎に住んでるといってたが、割といるもんだな。

「お前は、爺さんに習ったのか?」
「えーと…そうですねぇ…」

 まぁ、こういうことにしておこうか。

「基本を教えてもらった後、毎日練習しろと言われました」
「その基本っていうのは?」
「え~と…………」

 うーん。俺はなんつってシュナンたちに教えたんだったかな?
 体じゃ覚えてるけど、言葉じゃ憶えていない。

 ちなみに『俺』の指導方法は、まず『気』の操作の感覚をつかませ、彼ら自身に試行錯誤させる。そして、ときどき『俺』が見て、彼らの『気』の流れが良くなっていたら褒める。悪くなっていたら、正しい方向へ修正させるというものだ。それで一番覚えが悪かったウォルが3年近くかかった。
 シュナンにはたしかこんな感じで冗談半分に言ったら、いつの間にか身に付いてたっけか?

「丹田に気をこうスッと溜めて、そこをグゥーッと構えて腰をガッとする。あとはバァッといってガーンと斬るんだ…と」
「…………マジかよ」

 がっくりと肩を落とすバルッカ。
 まぁ、そういう感想がでるわな。
 擬音語だけでマスターする奴はたぶん天才の類だから気にする必要はないと思う。
 ちなみに俺は天才じゃないよ?

「俺の師匠も……同じようなこと言ってた……」

 ……って、マジかよっ!!
 何者だよ、その師匠。

「はぁ…俺にできなかったのは師匠の教えが悪かったわけじゃなかったのか…」

 落ち込むバルッカ。いや、そりゃ、たぶん師匠の教えが悪いだろう。まぁ、天才肌の人間は押並べて教えるのがへたくそだと言う。

「このくらい練習を続けてたら、そのうちできるんじゃないですか?」
「どういう練習だよ?」

 天才肌の師匠に稽古をつけてもらってそこそこ強くなれたのなら、バルッカにも平均以上の天稟はあると思う。
 ただ、昼間、バルッカの剣を見て、一つだけ気づいたことがある。
 こいつは『気』が使えないわけじゃないが、ミリィに比べて持久戦を苦手としている。冒険者試験の時も、「めちゃくちゃつらい」といっていた。
 おそらく『気』の効率が悪いのだ。気を放つ必要のない小さな動きまで、終始、少なくない無駄なエネルギーを消費している。
 こいつに、助言するとしたら、そうだな……

「まず『気』の最大量を増やす練習。体捌きにも剣を振るにも、すべての動きに必要以上に『気』を消費しまくる。
 次に『気』をまったく使わずに剣を振る訓練。それを交互にやる」
「それをやるとどうなるんだ?」

 かつて俺が竜騎士ウォルフラムに教えた訓練方法だ。
 『気』を消費と節約を意識することで、効率的な力の使い方が身に付く。まぁ、俺はコイツの師匠じゃないので、全部教えてやる気はない。
 自分で気づいた方が良かろう。

「さぁ? 僕はそれをやればいいと言われただけなので…」
「剣聖ファルカに、か?」
「バルッカさんにあってるかどうかはわかりません。人に教えるほど修めてはいませんので」
「ふぅん、意識して気を全く使わずにねぇ…」

 バルッカはその場で剣を抜き、振り下ろす。

「……剣が重い」

 そう感じるだろうな。
 剣を身体能力の以上の速度で振れるのは、内気を使って筋力を底上げしているからだ。
 気を使わねば、本来の筋力のみを使って剣を振るわなければならなくなるので、基本ができていなければ正しいフォームで振ることも難しい。
 幸い、彼の足腰はしっかりしており、正しいフォームで剣を振った。『気』を使わなくても剣速が、やや鈍る程度だ。
 この分なら大丈夫だろうさ。彼の師匠とやらも、単なる感覚派ではなく教えるべき基本をちゃんと教えてるみたいだ。

「じゃ、僕はもう帰ります」
「あ、訓練は終わったのか?」
「ええ、だいたいは」
「そうか…………じゃ、帰るか」

 そういうと、バルッカはさっさと剣を仕舞う。

「バルッカさんは夜分に、なんでこんなところに?」
「いやな、お前が心配だから、ミリィに言われて様子を見に来たんだよ」
「なんでまた?」
「ケンカしちまったから、自分が迎えには行き辛いんだと」

 気にしねぇのに。

「夜中に一人出歩くとあぶないぜ?」
「この村はダンジョンから距離がありますし、魔物は出ませんよ。それにすぐそこだし、足元も明るいし」
「それが油断なんじゃねぇのか? 魔物がこの村に入ってくる可能性もゼロってわけじゃないんだろ?」

 ……そうかもな。反省しよう。
 単独行動は、みんなを心配させるよな。

 コテージの前では、ミリィが腕を組んで立っていた。

「……お帰りなさい」
「あ、ただいま」
「どこ行ってたの?」
「散歩です」
「単独行動はよくないわね」

 一応、フラットレイには何処で何をするか伝えてあるが。
 まぁ、ここで突っかかっても益はないか。

「ごめんなさい」

 素直に謝罪する。

「………まぁ、いいわ」

 説教されるかと思ったら、あっさり許してくれた。

「ところでリナは?」
「は?」
「は、じゃないわよ。リナも一緒に訓練してたんでしょ?」
「一緒じゃなかったですよ?」
「タクミくんの様子を見に行くって外に出たのよ?」
「僕は見てませんけど? 外灯の下でいつもの自主練してましたが……」
「俺も見てないぞ?」
「じゃ、どこにいるのよ?」

 知るかよ……と言いかけたところでエグゼリカが現れた。
 厳密にはコテージの屋根の上から飛び降りてきた。

「ミリィちゃん! リナちゃんは村の中にはいないよ!」

 あのアホはとんでもない暴挙に出たらしい。
+注意+
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