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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第二十六話 フラグルの森(前編)

 この近郊には4つの『ダンジョン』があり、立ち入る場合は、この村にある冒険者ギルドの簡易事務所にて手続きを行わなければならない。
 木造平屋の山小屋は、小さくはあるが造りは頑丈そうだった。中はド田舎の簡易郵便局のような間取り。入口ふきんの壁や鴨居には、冒険者ギルドの首長所らしく剣や弓が飾ってあり、奥には暖炉や炊事場といった駐在員の宿直スペースが覗けた。
 俺は手荷物台の上に立ち上がり、カウンターの向こう側の老人に書類を提出した。
 耳が長い。エルフ族の老人だ。
 エルフでこの外見だと何年ぐらい生きてるんだろう?

「えー、依頼は……野草採集かい?」
「はい。メンバーは6人です。内、プロは5人です」
「……(子供ばかりじゃないか)………で、書類では8歳の君がリーダーとなっているが?」
「まぁ、そういう企画ですので……」
「なるほど……『企画』ね……
 (そういや、以前、貴族のお坊ちゃんがコネで資格とったこともあったな)」
「はい。企画モノです」
「ふぅん………(なるほど、護衛雇ってピクニックということか)」

 駐在職員は、円形の老眼鏡を近づけたり話したりしながら書類を確認する。
 俺たちパーティをぶつぶつとディスっているが、ここまで本音を囁いてくれると逆に清々しい。

「期間は二日とあるが、森の中でキャンプするつもりかい?」
「いえ、この村に戻ってきます」
「ふぅん、……まぁ、心配された黒鉄熊(フェール・ベア)も今朝、無事駆除されたし。
 大丈夫でしょう。……はい、承認と……」

 あっさり押印してくれた。

「ああ、それから……。襲ってくる魔物は正当防衛でいいけど、木の伐採は違法行為だからね? 火元の責任もちゃんととってもらうよ?」
「はい! 気を付けます」
「それから、貴重品の管理はしっかりね。盗難についてはギルドは一切責任をとらないから~!!」
「はーい!」

 かくて森への立入申請はスムーズに澄んだ。一行はややぬかるんだ桟道沿いにフラグルの森を目指す。
 ダンジョンまでは距離にして1キロもなかった。

 突然だが、説明しよう。
 ダンジョンからは魔素が湧き出す。
 魔素はダンジョンの外にはあまり流出せず、一定の範囲にとどまる。魔素が流体あることは確かだが、拡散するわけでもなく、低いところに流れ落ちるわけでもなく、壁にさえぎられるわけでもなく、まるでそれ自体が生き物の群れであるかのように一塊になりやすい。
 ゆえに、その場所は明確に『ダンジョン』と認識される。ダンジョンとダンジョンでない場所との境界線は一目でわかる。
 魔素が急激に濃くなる領域では、繁茂する草花の形や大きさが著しく変化するのだ。ダンジョンに入れば、そこにしか生息していない動植物を目にすることになる。
 たとえば……

「アモジノトの花ですね」
「ですねー」
「ええ、山ほど生えてるわねー」

 『この先、フラグルの森。魔物に注意!』と書かれた立札の下。
 小さな白いシクラメンのような花が、敷き詰められていた。白い花の境界線が、自然の中にあって不自然なほどハッキリとしている。つまり、あの地面のテクスチャーの境目からが『ダンジョン』である。
 下級の魔物は魔素を栄養源としているので、あの線の外側には滅多に出てこない。

 さて、このミッションにおけるターゲットの一つをめでたく発見したのだが、残念ながらそれを「喜ばしくない」と考えている人間が一人だけ存在した。
 パーティーの中で唯一の冒険者()()のリナ・スタンレーである。

「探す手間が省けたけど、簡単すぎるわよ!」
「アモジノトの花っていうのは結構どこにでも生えてるのよ。まぁ、あたしら、庶民のごはんのともだしさ。所詮ピクニックなんだしいいじゃない?」

 アモジノトは多年草で生命力が強い。日当たりさえよければ、種を植えればどこにでも生える。ただし、魔素の濃い場所でないと花をつけない。
 庭先の魔素溜りにも咲いているので、お使いで花摘みをしている子をよく見かける。魔法陣などで魔素をコントロールしてやれば、室内での栽培も可能だ。
 「ごはんのとも」と聞いて興味を示したのか、バルッカがその花びらを口に含んで咀嚼する。
 だがすぐに眉を顰め、ぺっと吐き出した。

「……う……なんだこりゃ?」

 そのまま舐めると甘いわけでも辛いわけでもなく、美味くもない。そして舌に残ると、なんとなくのどが渇く。ちなみに沢山たべると気分が悪くなる。

「バルッカ。それはまんま食べるんじゃないよ。肉料理や魚料理にちょっとだけ入れて味を引き立てるの」
「……そうなのか? こんなんで飯が美味くなるの?」

 そうなのである。この花弁はすりつぶし、水に溶かして乾燥させると白い半透明の粉になる。庶民の料理には欠かせない調味料だ。
 ちなみにこれを発見し、()()()()()と名付けたのは前世の『俺』だ。
 種をこの大陸に持ち込んで、ダンジョンに植えたらあっというまに広がっちまった。まぁ、ダンジョンや魔素溜りでしか花をつけないので、在来種が淘汰される心配は無いと思う。
 もともとダンジョンの生態系ってカオスだからな。

「まぁいいや。さっそく摘んでいくか?」
「えー、帰りでいいじゃない?」
「見つけたんなら後回しでしょ、他にもあったでしょう? 『ドドルド草』、『ウカンの根』、『チコの実』だっけ?」
「あと、あたしの薬草も」
「そうだったな……」
「ああ、ここじゃ摘みませんから」

 バルッカ、エグゼリカ、リナの素人トリオは俺の方を見る。

「どうして?」
「採算が合わないからですよ」
「採算?」

 詳細をフラットレイが解説してくれた。

「アモジノトの花はダンジョンの奥の魔素の濃いところの方が大きく育つんです。このあたりの花でもたしかに調味料にはなるんですが、小さい花からはちょっとしか採れません。家庭の食卓を賄う程度ならここの花を摘んでいけば十分ですが、業務用にはとても足りないでしょう」
「ええ、そうですね」
「森の奥へいけば、もっと大きい花が咲いています。一般的に売り物になるのは、そういう花です」

 フラットレイは本当に何でもよく知っているな。
 そのとおりである。
 ダンジョン入口付近の花に殆ど手が付けられていないということは、売り物にならないということでもあるのだ。大きければ値が張るというわけでもないが、この花は所詮、キロいくらの原料にすぎない。それに、『アモジノトの花』として一般的に取引されるのはアモジノトの『花びら』だけだ。こんな小さな花びらをキロ単位で採取するなんて、生産効率が悪すぎるのである。

「旅籠が出した条件は『100ユンスにつき1ユキチで買い取り』でしょう?」
「ふふ……そうね」

 数量は特に指定されていないので別に見つけられなくても失敗ではないのだが、経費やら人件費やらを考えたら6人パーティで1人、1ユキチずつ。6ユキチぐらいの粗利はほしい。
 おそらくミリィはそういう冒険マネジメントを学ばせるために企画したんだと思う。
 そんなことを説明すると………リナは難しそうな顔をした。

「………なんか冒険者って色々考えなきゃいけないのね?」
「そりゃそうでしょ? 採算が捕れなきゃ『お仕事』じゃありませんからね」

 遊びでやってんじゃないんだよ。


    *    *    *


 バルッカとミリィを前衛、俺とエグゼリカとリナを中衛、フラットレイを最後尾として森の中を進む。
 この陣形ならば万が一のこともありえないだろう。大抵の魔物が前衛のバルッカとミリィだけで片付いてしまう。その上、エグゼリカの索敵能力が非常に高く、魔物の奇襲が成功することはない。エグゼリカは広範囲の索敵、俺が頭上からの攻撃への対処。
 唯一冒険者ではないという立場から、フラットレイとともにバックアップに回ったリナは不服そうにしていたが。

「ぷギャアアアアアーーーーーーーーー!!」

 茂みから急襲した牙兎(ファングラビット)。だがミリィは腰に帯びた曲刀を抜き放ち、それを紫電一閃に両断した。
 その剣閃を見てバルッカが称賛する。
 同時に彼女の持つ剣にも魅了されたようだ。

「いいなぁ、その剣……」

 白塗りの鞘から抜き放たれた曲刀は、鏡面のように磨き上げられた片刃だった。
 彼女はその得物を鞘に収まった状態から、予備動作なく一気に抜く技を得意としていた。要するに『居合抜き』だ。俺も見事だと褒めておきたい。赤い髪のポニーテール。あと左頬に十字傷とかあれば完璧である。

「ああ、もとは母さんの愛刀でね。
 私も実戦で使わせてもらえるようになったのはつい最近なのよ?
 『剣気』が操れないと刀が刃こぼれするからってさ…」
「…なぁ…それ高いのか?」
「……さぁ、いい剣だけど、高いかどうかは知らないわ。銘は『水鏡(みかがみ)』というらしいけど…」

(『水鏡』か、懐かしいな……)

 交互に前衛を務めるうちに、二人は仲良くなったようだ。
 バルッカは、この冒険者試験に合格したら、刀を一振り誂えようと考えていたらしい。だが刀の相場というものを知らなかったらしく、知り合いに刀鍛冶がいないかと、ミリィと相談を始めた。
 日本刀を作る鍛冶屋はいるかもしれないが、さすがに水鏡と同じものは無理だと俺は思うがな。

「姉さん。高いというか、それ『聖剣』を打ったのと同じ刀匠の作ですよ」
「え?」
「たぶん、うちの祖父がアマルダさんにあげたんだと思いますけど…」

 つーか、『水鏡』はドワーフ族のおっちゃんに聖剣『三日月』の前に作ってもらったプロトタイプの一振りなのよね。じっちゃんの蔵にあと何本か残っていたが。
 エグゼリカが目を丸くして、水鏡に移った自分の顔を見ていた。

「うそー、確かによく斬れるけど、魔力も感じないし」

 エグゼリカの魔探能力は極めて高い。
 魔術師ギルドきっての逸材だけはある。
 フラットレイも糸目で刀身に浮き上がる波紋をまじまじと見つめて、訪ねる。

「見たところ普通の剣にしか見えませんけど、本当にあの『聖剣』の姉妹剣なんですか?」

 魔術師って連中は、武器の価値を魔力を帯びてるかどうかでしか判断しないらしい。魔力を検知できなかったら『普通の剣』なんだな。
 ドワーフだったら、この鋼の良さで樽のいっぱいの酒がなくなるまで語ってくれるのだがな。

「たしかに、これは『普通の剣】です。『日本刀』とよばれる、ね」
「ニホントウ?」
「ええ、日本刀は刃の切れ味や、刀身の粘り、頑丈さを、固くて脆い鋼と柔らかい鉄を合わせて、鍛えることで実現するんです」
「ほう?」
「一般的に高価な剣……いわゆる『魔剣』というものは、鉄に魔石を混ぜ、魔術式を組み込んで頑丈にしたり、魔力を込めれば切れ味が鋭くなるように作られていますが、その剣には玉鋼しか使われていません。含有しているのは鉄と炭素だけです」
「……そのようですね」
「魔剣は使い手の魔力や周囲の魔素を吸収して、組み込まれた魔術を発動させます。
 しかし、だからこそデメリットもあるんです。
 組み込まれてある魔術式によって、使い手の意志が邪魔されてしまうことがあるんです。
 ですが、ミリィ姉さんの『水鏡(みかがみ)』は何の魔術も付加されていない。
 『ただの剣』ですから、使い手の気の力で純粋な『剣の特性』を最大限に発揮できるというわけです」

 武器に『気』を込めれば、手に持った強度を上げることができる。このファンタジー世界の物理ではそうなるのだ。

「なるほど、そういうことですか………純粋な鋼ならではですね」
「そういうことです。ただ、『気』が使えない人が下手に振り回すと、折れたり刃こぼれしたりするでしょう。
 まぁ、『水鏡』はそれ自体が鉄の芸術ですから。なまくらと打ち合っても簡単に折れたりはしないくらいは頑丈ではありますが…、やみくもに使っていれば、いずれ刃こぼれするでしょうね。
 錆びないように手入れも欠かせません。本来は希少性からして、冒険者に持たせるものじゃないんですが……」

 その話をミリィはやや青い顔をしてやや聞いていた。

「こ……これが、『聖剣』の姉妹剣?」
「ええ、アシュトン・マルカスの作ですよ」
「あの匠精マルカス? 一時代を築き上げた伝説のドワーフじゃないですか!?
 そりゃあ、一財産ですねぇ……」

 刀匠の名前はともかく、剣の相場なんて俺は知らない。
 なんでも鑑定団に出せば、会場を沸かせるくらいの一振りなのだろうか?
 フラットレイに聞いてみる。

「一財産って、アマルダの旅籠がもう一軒建ったりします?」
「なんの! それ以上ですよ。歴史的文化遺産という価値もありますので」

 それを聞いて、ミリィは固まっていた。

「姉さん。もしかして、知らないで使ってたんですか?」

 無表情のままコクコクと頷くミリィ。
 …………まぁ、無理もない。世界にわずかしかないビンテージカーを乱暴に乗り回して遊んでいたようなものだ。
 つか、そんな大層なものを娘に預けるアマルダも大概である。
 もしかして、アマルダも知らなかったのだろうか?
 その後、ミリィは前衛をリナと交代し、冒険中、再び『水鏡』を抜くことはなかった。
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