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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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幕間 剣の師を求めて

 剣聖シュナイデル・ファルカとアマルダ・ロックウェルは強面の師範代に客間に通された。やがて、道場の主バラハ・トライスが現れ、二人の上座に座る。
 高齢の剣聖ファルカかわり、アマルダが恭しく礼を尽くした。

「突然のお訪ね申し訳ございません。トライス師範」
「いえいえ、とんでもございません。剣聖殿。この度は、わが門弟が大変な失礼を………」

 予期していなかった謝罪の言葉に、剣聖ファルカとアマルダは顔を見合わせた。

「あの、いったい、何の話で……?」
「おや……わが門弟7名がファルカ殿のご子息に無礼を働いたことでいらしたのでは?」

 再び顔を見合わせる師弟。それもそのはず、この日アマルダの旅籠で起きた騒動など、外回りを続けていた二人が知るはずもない。

「聞いてぇ…おりませんなぁ…それは……アマルダはぁ聞いておるか?」
「いえ」

 すこし考えて、アマルダは得心した。
 8歳の子が受験したのだ。試験会場で金剛流道場の者と何かあったのかもしれない。もしかしたら嫌味の一つもいわれたのだろう、と解釈したのだ。

「何も聞いてませんよ。あったとしても些事でございましょう? 幼子が身内に告げ口する気にもなれないような……」
「それは、大変恐縮でございます」

 その態度を見てトライスも「二人が寛大な配慮をしてくれた」と勝手に解釈した。

「今日は……その養子ぃのぉことでぇ…な……」
「おお、若干8歳で見事冒険者試験に合格された、と聞き及んでおります。できたお子様のようで、将来が楽しみですな」
「さぁのぅ……」

 剣聖はここで、視線をアマルダに送る。
 あまり舌がまわらない師にかわり、アマルダが説明した。

「実は………」



   *   *   *


「ファルカ殿のご子息が、剣術に興味を示されない、と?」
「興味なし、というわけではないようなのですが、弓矢を使った狩りの方が楽しいと。田舎暮らしで、あまり張り合いになるような同世代の子がいなかったことも原因ではないかと思うのですが」
「なるほど…」

 たしかに、田舎では剣術の稽古になる相手などいないだろう。いかに剣聖とはいえ、90を超える老人に剣を教えることは無理というものだ。現にトライス自身も一線を退き、専ら道場経営に軸足を置いているのだから。
 それではいかに才があったとしても腐らせてしまう。

「それで、彼の興味を引くような剣士はいないかと、いろんな方に相談を持ち掛けている次第なのです。いま東部随一との評判も高い金剛流道場であれば、もしかして、と」
「ほう、つまり、師をお探しということですか?」
「…うむ…手元にぃ、置いておくと…甘やかしてぇしまう…かも…しれんので…のぅ」
「お気持ちはよくわかります。実は、私の愚息も今、知人に預けておりましてな。まだまだ青二才でございまして……」
「ほっほっほ…みなぁ、一緒ですなぁ…心配事ぉは…」
「まったく、さようでございますな」

 しばらく、談笑する3人。

「当道場に、剣聖殿のお眼鏡にかなうものはおりますかどうか…」
「そうだのぉ……稽古ぉを、見せてぇはもらえんかね?」
「それは、光栄でございますな。師範代、ご案内せよ」
「はっ…」

 かくして剣聖ファルカとその直弟子アマルダは、いまやゼフィランサス随一と名高き、金剛流道場を見学したのである。


    *   *   *


「なかなか、子煩悩な方だな。剣聖殿も…」
「はっ……」

 客人が帰った後、トライスは師範代を書斎に呼んだ。

「8つか……他家に見習いに出すには、ちょうどよい齢ではある。わが子は15、少々遅すぎたかもしれん。今頃苦労しておるだろうさ…」
「若ならば、きっと立派になって帰ってこられます」
「だとよいな。しかし、師か……誰がよいかのう? 半端な者は推薦するわけにはいかぬぞ?」
「では……」

 師範代は高弟数人の名を挙げる。

「ふむぅ……迷うな」
「ですな…いっそ、試合を取り計らってはいかがでしょう? 養子とはいえあの剣聖ファルカ殿のご子息の指南役とあれば大家の指南役も同然。いえ、それ以上の箔がつきます。いま武者修行に出ているものも手を挙げるやもしれませんな」
「なるほどのう…」

 会話は進む。剣聖ファルカの子が入門するということは、ゼフィランサス伝説の英雄が金剛流を認めたということである。二人にとって愉快でないはずがなかった。


    *   *   *


「師匠?」
「ん、おう……」

 帰宅の途に就く馬車の中で、アマルダ・ロックウェルがやや退屈気味に訪ねた。

「あの道場に、師匠のお眼鏡にかなうような使い手はいましたか?」
「……………………………………いや」

 師の返答にやっぱりか、と嘆息するアマルダ。

「…………早まったぁ、かのう?」

 アマルダも黙って頷くしかない。
 師範直々に面会し、丁寧に案内され道場まで見学してしきてしまった。あれでは断るのに、また口実を考えねばならない。
 道場では、50人もの剣士が気勢を上げて修練に打ち込んでいた。だが、おそらく程度ではタクミ・ファルカに一太刀を当てられまい。
 稽古に熱が入っていないというわけではない。あれは、教え方が悪い。金剛流では、トライスから印可を受けた高弟が、それぞれ後輩を指導する。師範であるトライスが全体を監督し、師範代がそれを補佐する。いわゆるピラミッド型の指導体制が出来上がっていた。
 そうした徒弟制度は幼子が剣の振り方や基本の体捌きを学ぶためならば、いいかもしれない。「剣を通じて上下関係や道徳を学ぶ」という思想もたしかにこの都市社会に良いものをもたらしているだろう。
 ただ、弊害もある。あれでは一定レベルに達したら、それ以上は伸びなくなるのだ。印可をもらった時点で、指導する側に回ってしまうからだ。自分より弱い相手と打ち合っても強くなれるはずがない。もちろん、彼らも自分なりの鍛錬もするのかもしれないが、あくまで『自分なり』である。客観的に見て、さらなる高みへと登ろうという克己心を感じさせた高弟は一人としていなかった。
 金剛流の指導方針については、よそ者の自分たちが口を出すことではない。体力づくりだというのならそれでいい。ただし、剣聖ファルカが期待したものではなかった。

「そうかぁ……参ったのぉ……」

 老人の目が、虚空を眺める。
 あそこにタクミを送り込んでしまえば、間違いなくトライス道場の面子に、盛大にクリームパイをぶつけてしまわんばかりの喜劇が発生する。それはお互いのために良くないのだ。
 タクミ・ファルカは天才だ。親の欲目などではなく、剣聖ファルカはあれほどの才に出会ったことはない。わずか8歳で大器の片鱗を見せている。そして、現時点では増長もない。思いやりがあり、しっかりとした考え方を持ち、勇敢さも持ち合わせている。だからこそ、剣聖は彼に『三日月』を継がせようと思っていた。
 だが、タクミ・ファルカは世の中を知らない。それが問題なのだ。
 何しろ、彼は「自分と同格の者などほとんどいない」ということを知らないのだ。
 それはかえって、より始末の悪い自惚れをもたらすことになるかもしれない、と剣聖は危惧していた。
 もし、自分が40か50ほど若ければ、直に剣を取り、彼にそれを教えることもできたかもしれない。かつて彼の師である第七天子が自分にしてくれたように。

「どうします? おそらく一刀流も似たようなものですよ?」
「アマァルダァは?」
「私はとっくに引退していますから…というか、正直私も、彼に勝てる確信はありません。師匠自ら鍛えればよいのでは?」
「………来年はぁ、生きとらんかもぉしれんぞぉ?」

 社交辞令であれば「そう弱気なことをおっしゃらずに」と、励ますべきなのだが。剣聖が自身の余命を気にしているからこそ、自分たちはこんなことを画策しているのである。

「たぁくさん、弟子ぃを育てたウォルはぁ…立派じゃったなぁ……」

 遠い目をしてつぶやく剣聖。
 ウォルというのは、剣聖ファルカの兄弟子にして、六勇者の一人、竜騎士ウォルフラムのことだ。稀代の槍使いであり、槍の五輪流の開祖である。自由同盟軍の基盤を作った功労者として有名だ。三ケタ近い弟子が名手として名を残してはいる。ただし、それでも剣聖ファルカの眼鏡にかなうほどの使い手は、片手の指で数えるほどしかいないだろう。

「ともかく、彼のためにも探しましょう。ゼフィランサスにいなければ、隣国ネリスやゼイレシアでも」
「あまりぃ遠ぉくに行ってしまうのは寂しぃのぉ……」
「言い出しっぺのくせに、贅沢言わない!」

 馬車は日没と時を同じくして、南東の門から城壁の中に入っていった。
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