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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第二十三話 はじめてのぼうけん

● 依頼ID F-115109877
【表題】 野草採集
【内容】 フラグルの森にて、ドドルド草、ウカンの根、チコの実、アモジノトの花を採集してきてください。いずれも100ユンスにつき1ユキチで買い取らせていただきます。出張費用は依頼者側で別途負担。
【依頼者】 アマルダの旅籠
【条件】 10歳以下の冒険者がパーティーに含まれること
【期間】 989年 炎月30日まで  
【難度評価】 F(冒険者資格を持たない者も参加可能なレベル)

 俺は、アマルダの旅籠のフロント掲示板に張り出された依頼書を読んでいた。まるで小学校のクラスだよりがごとく、芸の細かいファンシーアートがところ狭しと描きこまれたその掲載物こそ、ミリィ・ロックウェルの会心の一筆である。
 ダンジョンへの立ち入りを必要とする依頼は必ず冒険者ギルドを通さねばならない。なので、ギルドを介した正式な依頼ということになるが、ランクF。安心の初心者モードである。そして、「10歳以下の冒険者がパーティに含まれること」というのは、ハッキリ言って俺専用だ。
 まぁ、依頼内容を読んだ人も、いわゆる『はじめてのおつかい』企画ということを、察してくれるだろう。告知されているのもここだけだ。

「フラグルの森……ですか。フラグルの()なら、さらに異世界とつながってて、小さな妖精さんたちが歌ってそうですがね」
「は?」

 ですよねー。そんなことを言っても、わかる人がいるわけない。現代人にも少ないと思う。
 俺は冒険者ギルドで購入してきた地図を広げ、場所を確認する。100年ほどまえ、飛翔魔法で上空から見下ろした時に見た地形とほぼ同じだ。測量技術の向上によって、ムスタファル平原一体の地図はかなり正確に作成できるようになったようだ。正確な地図というものは昔は国家機密だった。それが子供の小遣いで買えるほどになったということは。技術も一般化し、浸透したということだ。
 フラグルの森はムスタファル平原の北西。都市から直線距離はおよそ10キロメートル、道なりで15キロといったところである。歩きで三時間。馬で一時間である。料理でつかう香草や薬草が採れるが、低級の魔物がでるので一般市民が出入りするには許可が必要である。

「ドドルド草、ウカンの根、チコの実、アモジノトの花。どれも調味料になる山菜ですね」
「つか、これって結局、旅籠の使いっ走りじゃない?」
「う…」

 それは言ったらあかんだろう。

「どうせなら派手な仕事がいいわ! ゴブリン退治とか、珍獣ハントとか」

 世界の果てまで行って来いといえば、喜んで行くんだろうな。こいつは。

「何言ってんのよ。初冒険ってこんなもんよ。そもそも、こういう依頼がないとダンジョンには入れないんですからね」

 森、沼地、洞窟、渓谷、廃墟、地下壕など形態はさまざまだが、魔素が濃く、魔物が自然発生するような場所は冒険者ギルドから『ダンジョン』と認定される。ダンジョンは基本的に立ち入り禁止地帯であり、危険な場所であれば衛兵が常駐したり、結界で封印されるなど警備が厳重となる。
 基本的にダンジョンへの立入は、依頼を受けた冒険者しか許されない。ギルドの許可なしに勝手に狩猟採集するのは密猟であり、違法行為である。これは単なる利権ではなく、『素人が入ると危険』であることを、人々に周知させる効果もあるのだ。
 まぁ、今回のフラグルの森はせいぜい、注意喚起の立札が立ってる程度だろう。

「いいじゃないですか? だれかの役に立ってこそ、お仕事ですよ」
「たーくんは、ほんといい子ね」

 抱き付いてくるミリィを引き離す。

「出張費用は依頼者側で別途負担…とありますが、これって領収書をもらったうえで別途請求書作んなきゃってことですよね?」
「ええ」

 ちなみに、1ユンスは約8グラムほどだ。100ユンスでユキチ銀貨一枚だとすると相場にやや色を付けた程度であって、決していい稼ぎではない。

「なんか、すみません。バルッカさん」
「なんで謝る?」
「いえ。結局、子守みたいな真似させて…」

 実際企画したミリィや、資格持ってないのについてくるリナはともかくバルッカには悪い気がする。彼みたいな性格なら、魔物退治のようなスリリングなクエストじゃないとご不満なんじゃないだろうか? 本人も稼ぎたいって言ってたしな。

「いいんだよ。遠出するのも楽しいだろ? それに山の中で食い物を探すっての、後学のためになりそうだしな」

 ポジティブな奴である。

「私はついでに薬草とかとってくる予定ですから!」
「……エグゼリカさんは薬草学の知識もおありなんですか?」
「ええ、おありなんですよ♪ 魔導師ですから」

 魔術師ギルドきっての最年少の美少女魔導師は、屈託のない笑みを浮かべる。
 魔素の濃い土地では、魔法薬の原料になるような貴重な草花も採れる。なんだかんだでダンジョンの恵みは多いのである。
 てか、魔力だけではなく、一応知識もあるんだな。エグゼリカ。

「で、お目付けさんは?」

 それを訊くと、エグゼリカは一転して気怠そうな表情となる。と同時に斜め後ろに控えているローブの男が前に出た。
 30代中盤、頬のこけた糸目の魔術師、カイル・フラットレイは作り笑いのまま答える。
 ポーカー強そうだな。この人。

「もちろん付いていきますよ。お仕事ですから……」 
「フラットレイさんも冒険者資格を?」
「もちろん、持っております。まぁ、とはいっても、まだEランクの初級冒険者ですから、皆様に同行してもさほど不釣合いではないかと存じます。長旅も平気ですよ」

 そういって懐からギルドカードを取り出す。カードはEランクの冒険者であることを示すラメ入りの黒であった。

「この人もパーティに入れることにするわ……」
「えーーー!!」
「入れないと、新パーティ組んで後ろから付いて来るわよ? 一人で済むならそれでいいじゃない」
「ぶー」

 パーティーは7人までだからな。それ以上になれば2隊編成にしなくてはならない。なんで7人なのかはわからないが……。
 それから、フラットレイを編入するのは責任回避のためでもある。魔術師ギルドのお目付けをハブっていては、エグゼリカに何かあった場合、企画した『アマルダの旅籠』が責任を取らされる。しかし、報連相をちゃんとやっておけば責任はギルドの偉い人が背負うことになるのだ。
 母親の仕込みかもしれないが、ミリィの配慮はさすがである。

「それじゃ、ターくん。書類書いて!」
「え、ミリィさんがリーダーじゃないんですか?」
「何言ってんの、あなたのためのミッションじゃない。てか、村じゃいつもやってるんでしょう? 狩猟採集は私より経験豊富じゃない!」

 縄文人みたいに言わないでほしい。こちとら農民である。
 ………まぁいいか。
 俺はテンプレートが印刷された所定の用紙に必須事項を書き込んでいった。


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引受願  989年 炎月21日
依頼人 アマルダの旅籠 殿

下記の依頼を、お引き受けいたします。

●依頼ID F-115109877
●依頼名 野草採集
●参加者 6名
 タクミ・ファルカ (8歳・冒険者ランクF・弓使い)
 ミリィ・ロックウェル (15歳・冒険者ランクF・剣士)
 バルッカ・キースリング (16歳・冒険者ランクF・剣士)
 エグゼリカ・セレスティ (15歳・冒険者ランクF・魔術師)
 カイル・フラットレイ (36歳・冒険者ランクE・魔術師)
 リナ・スタンレー (12歳・冒険者ランクなし・助手)

     代表者 タクミ・ファルカ

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「ちょっと! なんでアタシだけ、助手扱いなのよ!!」
「資格を持ってないからですよ。書類上はそう書くルールなんです」

 冒険者資格のない者でも冒険には参加可能だ(ただし、原則メンバーの過半数を超えてはならないし、ミッションにおいては一切参加できない場合もある)。その場合、肩書は『道案内』や『荷物持ち』、『船頭』などになる。リナは戦闘にも参加するから『助手』……何かおかしいだろうか?

「やることは僕らと一緒だからいいじゃないですか。顎でこき使おうというつもりもありませんし……」
「ちっ……」

 リナは不満そうに舌打ちする。『助手』の何が気に入らないんだよ。『謎の覆面格闘家』とでも書いてほしいのか? こいつは……。

「で、これどこに提出すればいいんです?」
「ウチのフロントでいいわよ? ギルドの簡易業務委託店ですから」

 そういえば、ギルドカードがあれば、クレカ代わりに飲み食いができるんだな、この旅籠では。
 インクを乾かしてフロントに持っていくと、「おお、齢の割には丁寧な字だな」と褒められた。まぁ、精神年齢は70歳ぐらいっすからね。


    *    *    *


「この大馬鹿者!!!」
「「は、ははぁーー!!」」

 白洲の砂利が敷き詰められた庭に、両膝を付き、地に頭を叩きつけて詫びる7人の男たちがそこにいた。
 遠くからやっ、とう、と竹刀を打ち合う音が木霊するここの場所は、金剛流トライス道場の裏手、道場主バラハ・トライス本人の邸宅である。

「金剛流の看板に泥を塗りおってからに!」
「も、申し訳……ございません」

 叩頭する男の襟首をつかみ上げ、師範代は鬼の形相でさらに打擲をくわえる。

「申し訳ない、で済むか! とある旅宿における貴様らの醜態、今や金剛流は笑い草じゃ!!」

 冒険者の間の情報は早い。
 たとえ多勢に無勢だったとしても、粋がった若造7人が伊達にして追い返されたとあれば、一喜劇として酒の肴にもなるだろう。
 師範代は肩で息をするほど7人を殴りつけ、向き直って師の裁可を仰いだ。
 師範トライスは腕組みをしたまま、彼らを睥睨する。

「先生……いかが致しましょう」
「ふむぅ、どうしたものかのう? 師範代。お主はどう思う?」

 金剛流当主バラハ・トライスは剣の腕前こそ衰えたが、多くの門弟を見てきた彼は、人を見る目は冴えてきたと心中では自賛していた。
 事実、この師範代の回答をトライスは予想できた。

「……このままでは金剛流の名声が落ちます。破門が適当かと存じます」

 破門を進言する師範代。
 彼は金剛流の名声とともに、そこで筆頭師範代を務める自分の名声が凋落することを懸念していた。

(いかにも、こやつらしいのう。だが、才なき者も見捨てず、という当道場の理念にはそぐわぬ)

 トライスは、なるべく威厳を保つよう細心の注意を払い。白洲の上で土下座する7人に問いかけた。

「お主たちはどうしたい?」

 質問の意味が分からなかった彼らは、腫れ上がった顔を上げた。

「は? それは、どういう…」
「続けたいか、と聞いておる」
「ははっ!!」
「お主はどうだ? 当道場の門弟であり続けたいか?」
「もちろんでございます!!」
「お許しいただけるのであれば、何でも致します!!」

 7人の門弟たちは口ぐちに肯定した。

「………と、申しておるぞ? 師範代よ?」
「む……」

 一種の人心掌握術において、ある意味トライスは百戦錬磨であった。彼らは失態をしでかし、叱責を受けている立場だ。この状況でNOといえる者はいない。7人から言質を取り、頑迷に破門を具申する師範代の面子をつぶさぬ形で、彼の譲歩を引き出す。
 自分にとっても師範代にとっても、男の懐の大きさを示す美談になりうる見事な一手だと、トライスは内心ほくそ笑む。

「先生のお心のままに……」
「そうか、では、お前たち。……罰を与えるが、道場に席を残すことは許す」
「どのような罰がよいかは……師範代。お主が決めよ」
「はは!」

(こやつもまだまだ、だのう)

 トライスが、立ち上がった時である。道場の方から袴姿の高弟の一人が早足でやってきて、トライスの前に跪く。

「先生。失礼いたします」
「うむ。どうした?」
「お客様でございます」
「客人? 客人と会う約束はしていなかったがなぁ……」

 ここで師範代が口をはさむ。

「馬鹿者、追い返さぬか!」
「し、しかし…」
「たった今こやつらが剣聖殿を訪れ、予定にない客人とは会わぬと追い返されたばかりではないか!」
「まぁ、まぁ…」

 師範代は客人を饗応することを忌諱したのではない。
 自らの師が客人をもてなすのに、必要以上の準備をしたがることをよく知っていたのだ。客人の嗜好を調査し、茶室を温め、花を活け、自慢の茶器を用意し、万全の準備をして、客をもてなすことこそ、剣豪バラハ・トライスの趣味だと理解していたのである。

「それが……その客人とは、剣聖シュナイデル・ファルカ様なのでございます!」
「なっ……なんと!!」

 金剛流トライス道場にとって、それは思いもよらぬ奇襲であった。
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