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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第二十二話 魔導師エグゼリカ

 冒険者試験に参加する者は、必ずしも冒険者志望ばかりではない。
 単なる腕試しも多いのだ。
 たとえば、バルッカが受けた剣術の実技試験は、骸骨兵を使った一体多数の実戦テストだったという。つまり、遠慮なしに真剣を振るえる実戦稽古だ。
 金剛流トライス道場は、毎回十余名の若手を冒険者試験に臨ませるのだそうだ。道場側も都市における名声をコンスタントに勝ち取るため、大手予備校の模試試験のごとく受験を奨励している。
 下級冒険者試験はそれほど難しくはなく、日ごろから剣術修行に励む道場の門弟であれば、10人受けさえれば、通常5、6人は合格するらしい。
 だが、今回は剣術試験のハードルはやや高かったらしく、金剛流からは2人しか輩出できなかった。それだけならば、「不作の年もある」とあきらめるところだ。
 しかし、一方で弓術試験を受けた受験者は折悪しく全員合格してしまったという。となると、たとえ善人であれ邪推せずにはいられない。「我々が至らなかったのに、弓術試験では8歳の子供までとは、これは如何なることか!?ならば、不正があったに違いない!」
 ……とまぁ、俺が彼らの立場でもそう思うわな。

「逆恨みだろ? 気にすることないんじゃねぇか?」
「別に、気にはしてませんよ。
 ただ、たかが初級冒険者の試験で嫉妬とか、そこまでやるかと。上級冒険者になったってのならともかくねぇ……」
「そういう身の丈レベルの優劣の方が得てして嫉妬の対象になるものよ。大貴族や大商人を妬ましいとは思う庶民は居ないけど、職場の同僚が宝くじにあったったら嫉妬するでしょ?」

 なるほどなぁ。
 的を射ているようなリナの意見を聞いたのは、これが初めてである。

「まぁ、この店のお客さんほとんどプロみたいだしな。アマチュアのこいつらじゃ勝てんわ」
「つーか、この店、用心棒いらないじゃん!」

 バルッカ・キースリングとリナ・スタンレーが講釈を垂れていると、ミリィの怒号が鳴り響いた。

「お前らが言うなー!!!」

 姉さん。その()()()に俺まで入っているのは、なんで?

 呆れたように肩をすくめる自称用心棒。まぁ、「用心棒いなくても負けない」ってのは分かってたけどね。しかし、こうならないよう雇われてるのが用心棒なんじゃないかと思う。

 旅籠のフロントは、ジャッキーチェンが一大スタントをやらかした後のように散々たる状況だった。花瓶は粉々散乱し、ラウンジテーブルも叩き割られ、大きなのっぽの古時計も盛大に破壊されていた。二階の客も乗り遅れじと、文字通り『飛び込み参戦』したため、ロフトや階段の手すりも派手にへし折れた。内装だけ見ればもう立派な廃墟である。

 7人のヘタレ侍たちは、仲良く輪になって、柱に縛り付けられていた。
 大けがこそしていないが、これはかなり恥ずかしい。

「………さっきも言ったけど、試験への不満はウチじゃなくてギルドに言ってちょうだい」

 かなり憔悴した表情でミリィが解放を命じる。一歩前に出たリザードマンが彼らを捕縛する縄を腕力で引きちぎりながら、「オマエタチノ顔ハ憶エタゾ」と、三白眼で脅迫する。
 すかさず、姉さんの鉄拳制裁。よくあの固い鱗をグーで殴れるもんだ。


    *   *    *


 7人のヘタレをやんわりと追い返すと、赤毛の看板娘はさっそくフロントで修復作業に取り掛かった。

「こういうことをしたって女将さんにはバレると思いますけど?」
「ウチは旅籠なの! 客商売なの! 母さんにどやされるのは仕方ないとしても、一番人目に付くフロントをこんな無様なままにしておくわけにはいかないのよ!」

 なるほど、一理ある。
 本来なら修理のため数日は休業しなければならないところ、本日中に復旧の目処が付いた。
 それを可能にしたのは、強力な援軍の出現である。

 この世界では割れた陶器や家具は修復可能である。原型をとどめているのであれば、瞬間接着材のように接合可能なのだ。
 魔道を使えば、壊れた木製の家具も、素人目には傷のない状態に戻せる。
 人間の怪我もたちどころに治せるのだから当然だろう。もちろん、魔術師に相応の報酬を出さねばならないが。

「終わったよー」
「ええ、お疲れ様…」

 ミリィの知り合いは本当に美人が多い。
 茜色のポンチョの上にはあどけない顔が乗っかっていた。毛先のくるっとした艶のある長い黒髪で瞳の色は、深く澄んだウルトラマリンブルー。
 階段の手すりの修復を終えた少女は、新聞紙を広げ、散乱した割れ物パズルと格闘する従業員たちを見下ろしていた。階段を走り下りてくる姿が、子供っぽく見えるのは同い年のミリィがあまりにしっかりしているからだと思う。15歳なら齢相応だろう。
 だがその肩書を冠する者として、彼女の年齢は異例であった。

 魔導師エグゼリカ・セレスティ。
 通名は『癒し姫』。

 ゼフィランサス魔術師ギルド屈指の治癒・修復魔術の使い手であり、都市に在籍する数少ない『魔導師』である。さらに、治癒術に関していえば、都市の最重要人物の一人に数えられるらしい。
 魔導師というのは、先の冒険者試験でロゼッタが見せてくれた治癒魔術よりさらに高度な秘術や魔法が使える術者のことであり、絶対数が少ない。
 魔導師は貴重な人材だ。たとえば、このゼフィランサスでは、医療はもっぱら学問として外科医術や薬草学を身に着けた医師の手で行われる。だが医師の手におえない大怪我や難病に対処に、しばしば魔導師の出動が要請されるのだ。
 つまり、エグゼリカ・セレスティは中学生でありながら、すでにゴッドハンドの称号を持っている名医のようなものなのだ。そんな人間の協力を取り付けられるというのも、アマルダの七色のご威光なのだろうな。

 ここで、彼女の斜め後ろに控えていた護衛らしき男が口をはさんだ。

「やれやれ。本来なら、家財の修理なんて貴女のやることではないのですよ? セレスティ導師」

 糸目の男だった。背はミリィに比べても、あまり高くない。
 困り顔しながらも作り笑いを絶やさないのは職業柄なのだろうか。魔術師のローブと、柄に大粒の魔石をはめ込んだショートソードを腰にさしているところを見ると、剣と魔術の二束の草鞋を履きこなす魔道戦士というやつだと思う。
 たしかに、彼の言うとおりだ。エグゼリカのような魔導師を雇うには最低でも銀貨50枚は必要だろう。しかも、彼女は無詠唱(ソラ)で魔法が使える。このゼフィランサスでも数少ない()()()()()()(つまり、大きな声では言えないが血のルーツでいえば貴族)である。あまり軽々しく動いていい人材ではない。

「仕方ないでしょう? ミリィちゃんがおば様から折檻されたら、今度の予定がご破算になりますもの」
「今度の予定ですか?」
「君も行くんでしょ? 初冒険! 私も行きますから!!」

 くりっとした円らな瞳を輝かせて、俺に宣言する。

「……って、エグゼリカさんも行くんですか? ミリィ姉さん」
「ええ、まぁね。大丈夫よ。一応、この子は私の同期で冒険者試験に合格してるし……」

 一昨日の夜。俺が冒険者試験に合格したら、祝いもかねて初冒険にいくという話になっていた。
 ミッションはゼフィランサスの北西のフィールドダンジョンにおける『野草採集』である。依頼主は、一応ギルドを介してはいるが、この『アマルダの旅籠』。つまり、新歓コンパというやつだ。
 メンバーは、ミリィ、俺、バルッカ、そして、リナの予定だった。さらに、飛び入りで名乗りを上げたのがこのエグゼリカ・セレスティというわけだ。

「魔術師がいるっていうのは願ったりかなったりでしょう?」
「たしかに魔術師が一人いると、スライムやゴーストのように物理ダメージを与えづらい魔物にも対処できるようになりますから、戦術が安定しますけど……」

 ちなみに、リナの足を治療したのも彼女らしい。そのこともあってか、リナとエグゼリカは馬が合う。リナにだけは愛称のエリカで呼ばせていた。

「ねぇねぇ、リナちゃん! 冒険に着ていく服、一緒に選んでくれる?」
「えー、たかが野草摘みよ? なんでもいいじゃない」
「だって冒険になんて、だれも連れてってもらえないもの。外出歩く時もいっつもついてくるし………」

 そういって、自分の斜め後ろに控える男をジトっとした目でにらむ。
 エグゼリカは自身の護衛があまりお気に入りではないらしい。

「………ってことは、あの護衛もついてくんの?」
「頼りになる友達と一緒に行くって言ってあるんだけど、それでも規則だからって……」

 飾り皿の破片を一枚一枚くっつけながら、リナとエグゼリカは会話する。
 たしかに、ミリィやリナやバルッカなら低レベルの魔物など障害にもならない。絡んでくるチンピラを追い払えるくらいに肝も据わっている。
 だが、いわゆる『貴人の護衛』っていう職種はそれだけでは務まらない。
 敵は魔物だけじゃないからな。

「頼りになるかどうかは、まず私が判断させていただきます。クライアントからはそういう依頼で雇われておりますので……」

 ……とここで護衛が再び口をはさんだ。敢えて空気を読まずに女の子同士の会話に介入できるなんて勇気ある。ミリィはともかく、リナとエグゼリカは露骨に不愉快そうだ。
 二人はあえて聞こえるような小声で内緒話を始めた。

「ねえ、エリカ…そういう契約なの?」
「ううん。 違うよ。リナちゃん。いつも勝手についてくるんだよ」
「………で、この人の名前は?」
「えーと、知らない」
「うわぁ、何それ……気色悪ぅ」

 歯に衣着せぬリナ・スタンレー。だが一応、護衛の彼にもプロフェッショナルの自覚があるようで、一切表情を崩さない。 

「導師の護衛。カイル・フラットレイです。お見知りおきを。というか、セレスティ導師には自己紹介はしておりますが?」
「憶えてません!」
「これは手厳しい」
「私が雇ってるわけではありませんから!」

 アホの子なのか、それとも不愉快なので憶える気がなかったのか…。
 たぶん両方っぽいな。それから特に話しかけようとも思わなかったのだろう。
 フラットレイと名乗る男は作り笑いを浮かべているが、ちょっと取っ付きにくい雰囲気がある。

「フラットレイさんのクライアントっていうのは誰なんです?」
「もちろん、魔術師ギルドですよ。導師が門の外に出られるときは特に注意するように言われていますので」

 まぁ、そうだろうな。
 ギルドのお偉いさんにしたら、今回の()()()()()にすらやってほしくなかろうよ。ギルドにとって、エグゼリカは貴重な人材である。
 エグゼリカの都合? お偉いさんにはそんなことはどうでもいいのだ。
 都市の為という金科玉条を掲げて、人殺しだって命じるのがお偉い方というものだ。護衛ぐらいで済むならましである。

「必要ないわ。 護衛ってアンタぐらいで務まるんでしょ?」

 リナがまた突っかかる。
 どうしてこいつはいつも挑戦的な物言いで周囲に敵を作ろうとするのか。

「正直に言わせてもらえば、本当にエリカを悪漢から守るつもりなら、アンタ一人で足りるとは思えないわ」

 障害は、必ずしも『悪漢』とは限らんがな。
 目を離した途端、教会や他国の貴族に抱え込まれる可能性もある。監視は不可欠だろう。

「その程度の身のこなしで『護衛』なの?」

 リナは強いか弱いかでしか護衛者の能力の有無を判断してないらしい。それ以外に必要な重要なスキルもあるんだけどな。
 そもそもお前は貴族だろうが。そんなこともわからんのか。
 たしかに、装備や体捌きから推察するに、剣と魔術のどっちもかじってて両者を併用して戦うのだろうが、フラットレイはそれほど強くはない。器用貧乏というやつかもしれない。
 ただ、戦闘だけが護衛の仕事ではないのだ。貴人の付き人であれば政治的な駆け引きも心得てなきゃならんだろう。「助けてください癒し手さま」って縋り寄ってくる棄民貧民に出くわしたらどうすんだよ?

「護衛っていうより、せいぜい『監視』ってところでしょう?」
「間違ってはいませんね。ただし監視は護衛の基本に含まれます。
 それに私一人というわけではありませんよ。万一の事態が発生すれば、迅速に増員を手配できますので」

 フラットレイもなかなかの減らず口だ。

「もし邪な者が導師に近づいてくるとしたら、目的は殺害ではなく、拉致です。ですので、とりあえず……」
「鈴をつけられればよい、ですか?」
「はい」

 俺のツッコミを悪びれもせず肯定しやがった。どうやら、フラットレイの専門は『監視』らしい。索敵や念話などを得意としているのかもしれない。

「私は猫じゃありません」
「承知しております」

 エグゼリカは迷惑そうに嘆息する。
 魔術師ギルド側もエグゼリカには、かなり配慮しているのだろう。
 貴族の姫を本気で護衛しようと思えば、エグゼリカはそれこそ金魚の糞のように護衛部隊を引き連れて歩かねばならなくなる。
 それを監視だけにしてくれるということは、思い切った真似をしたものだと俺なら感心する。
 ……だが、それでもエグゼリカには鬱陶しいらしい。

「どこに行ってもついてくるんですよ。この人……」
「ますます気色悪いわ…変態じゃないの?」

 エグゼリカやリナの気持ちもわからんではないが、この手のスイーツトークは聞くに堪えん。ギルド側にも言い分があろう。彼女に万一のことがあれば、都市の医療体制にも影響が出るのだ。 
 つーか、リナ。お前はそのご厄介になったんだろうが。我儘ぬかすな。

「やれやれ、ひどい言い方ですね。何度か助けて差し上げたではないですか。財布を落として無銭飲食になってしまったときも……」
「お金借りただけです。後で、ちゃんと返しました」

 作業しながらそっけなく答えるエグゼリカ。一方、フラットレイの方は嫌われようと、どうでもいいらしい。
 つくづくプロだなぁ。俺だったら女の子に嫌われる仕事なんてソッコーで辞表を出す。フラットレイはまるで子供を相手に言うようにエグゼリカを諭す。

「導師。これでもギルドは貴女に配慮しているのですよ? 本来なら、あまり外を出歩いていただきたくはないのですが、こうして外出する自由を与えているのですからね」
「全部余計なお世話です。というか、頼んでません」

 まぁ、エグゼリカに言わせればそうだろう。他人の都合で役目を増やされてはかなわん。だが、『青き血』を引いている以上、それは避けて通れん道だ。
 嫌なら最初から黙っていることだ。………俺みたいにな。

「………エリカ。こういう奴に何言っても無駄よ。結局、アナタ自身が強くなって、頼りがいのある仲間を作れば、解決じゃない?」
「うーん」

 いかにもこいつらしい考え方である。
 そんな雑談をしながらも二人は作業を進めてき。

「よーし、終わった!!」
「完了ー!!」

 こうして幾何文様が書き込まれた陶磁器の壺の修復が終わる。
 修復というより、モザイクタイル模様の新しい壺を()()してしまったわけだが。それは何事もなかったかのように旅籠のフロントに飾られることとなった。
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