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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

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第二十一話 討ち入りでござる

「それでどうなったんだ?」

 アマルダの旅籠の二階は個室の食事処となっている。ガラスのはめられた小窓から表通りの往来を眺めながら食事ができるという洒落た作りだ。対面に座っているのが女の子なら、いうまでもなくデートなのだが、残念ながら今日は野郎だ。
 平民の身分では結構豪華な異世界居酒屋風の個室で、まだ料理の前菜しか並んでいない食卓を囲みながらバルッカ・キースリングが質問してきた。

「ザリッツさんとヒュージさんは無事に救助されましたよ。弓術試験を受けた18人は全員合格です」
「魔石は150個しかなかったんじゃないのか?」
「繭の中に100個もあったそうなんですよ。本来ああいう繭の巣は母蜘蛛が卵を守るために作るのですが、それが景品に摩り替えられていた。そして、鎌土蜘蛛サイズ・タランチュラが獲物を生け捕りにするのは、子蜘蛛のための生餌なんだそうです。生かしたままにしておくために止血までしてくれるんだとか…」

 つまり、ダンジョンで奴に捕まれば、生きながらにして虫に食われるわけである。ないわー。

「けど、その卵は魔石に摩り替えられていて、決して孵ることはないと」
「ええ、だからザリッツさんたちも無事だった、というわけなんです」
「かぁぁぁ!! それじゃ、弓を選んでたら全員合格かよっ!」
「全員失格になってたかもしれませんよ? バルッカさんは見事実力で合格したんだからいいじゃないですか」

 俺たちなんて、結局最後まであの性悪エルフの掌の上だった。総当たり戦とか勝ち抜き戦とか、自分の実力次第の試験の方がマシである。
 自分の命運を他人に委ねるとかハッキリ言って碌な試験じゃない。他人の命運を預かるのもごめんだ。
 決して口には出さないけど、あのとき俺がいなければ下手すりゃ死人が出ていたのだ。

「剣術の方はどうだったんですか?」
「体力テストと陶物斬り、そのあと受験者同士で一対一の勝ち抜き戦。三連勝した奴から勝ち抜けだ」

 ほーら、そっちの方が至極まともじゃないか。

「それで19人に絞り込まれて、最後に対多数戦闘のテスト。扉から次々出てくる魔物を相手しながら、5分間粘れという」
「魔物は?」
「主に、レベル3の骸骨兵スケルトン・ソルジャーだな。不死犬アンデッドドッグもいたが」

 討伐レベル3、といえば。
「発見したら直ちにギルドや軍に報告せよ。素人は決して近づくな」という危険度である。

「同時に出てくる敵は3匹まで、倒せば逐次投入されるって仕組みだった」
「そっちの方がマシです」
「5分間動き続けるなんて無茶苦茶辛いんだぞ! 結局12人しか合格しなかった」

 そうか? ちゃんと実戦を想定した良問ではないかと思うのだが…。
 42人中12人なら結構理想的な合格率だと思う。バルッカはその12人の中に入っている。ちゃんと強いんだからよいではないか。

「兵士や冒険者が実戦で動き回らなきゃならないなんて当たり前じゃないですか。こっちなんて6時間の長丁場といい、流血沙汰といい、あげく、「失格になりたかったらこの私を倒しなさい」ですよ? あの試験官、ハッキリ言って頭おかしいです」

 なんというか、今回の弓術試験は『ぼくのかんがえたかしこい選別方法を導入しました』感がありまくりの試験だったからな。結果的に、ただエレベーターを見張ってただけの奴や、負傷して戦線離脱してた奴も全員合格していった。いまさらだが、あれでよかったと本気で言える自信はない。
 まぁ、俺が責任取ることじゃないんだが…。

「はぁい、お待ちどうさま!!」

 引き戸を開け、闊達な声とともに、このむさくるしい部屋に入室してきたのは赤と黄金の御髪の看板娘sカンバン・ガールズ。ミリィ・ロックウェルとリナ・スタンレーである。香ばしい肉料理を片手に4皿を抱え、狭い店内を優雅にかつ縦横無尽に踏破するミリィの移動術はもはや名人芸といえるだろうな。
 一方、リナは…両手にサラダと小皿を乗せたトレイというのは、ミリィと同じだが特筆すべきは頭上に特大アイスペールを乗せてるってことだ。上司に負けず劣らずの神業だが、こいつは大道芸人にでもなるつもりなのか? 
 だが、ふざけているのかと思いきや、鬼気迫るような気配がある。どうやら何かの特訓のつもりらしい。
 口元は微笑みながら真剣な目つきで中空を見つめているリナから、料理を手渡され手際よく食卓に料理を並べていくミリィ。

「パーッとはしないわよ? 今日は剣聖様がご不在だから、正式なお祝いは私たちがオフの日に改めて、ね!」

 とは言いつつも、正直二人で食べるには多いくらいの品数である。

「奉公人の子供たちに折詰にして持たせるから、あえて大目に作ったのよ。お代はちゃんと剣聖様から頂いてますので遠慮なくどうぞ」
「俺は相伴に預かってよかったのか?」
「昨日はおごってもらったじゃないですか」
「そか、ほんじゃあ、遠慮なく。冒険者になって初めてできた友人に乾杯だ!」
「なら、あたしたちも一杯だけ! リナも頭に桶なんて乗っけてないでここ座りなさい!」
「へーいへーい」

 コンパニオンかよ。ま、いいけどさ…。

「「「「乾ぱーい」」」」

 前菜に箸をつけたところでバルッカが聞いてきた。

「ああ、そうそう! お前、あの剣聖ファルカの孫だって?」
「戸籍上は養子ですが……」
「なんで剣術選ばなかったんだ?」

 これ、最近よく聞かれるな。

「弓の方が得意だからですよ。というか僕は剣なんて習ってませんから…」

 一瞬の静寂の後……

「「「え?」」」

 三人の声がハモる。

「だから、何故そこで驚くんです? 真剣を扱うのは、竹刀や木剣を振り回すのとはわけが違うんですよ? 僕の場合、サブウェポンは短剣か鉈です」
「爺さんに習ってるんじゃないのか?」
「教えてくれてると思います? 剣聖とはいえ、もうヨボヨボの97歳ですからね?」
「けど、試験は爺さんの推薦でって……」
「推薦はしてもらえましたけど、別に剣術の免状とか授かってるわけではありません。ある程度、狩りができるようになったから受けさせてもらえたんです」
「じゃ、あの朝練は?」
「面接試験で剣術やってるってのは?」

 ミリィとバルッカが口々に質問する。

「運動代わりに棒を振り回してるだけですが? 剣を目指してるっていうのも方便ですよ。別に言いつけられてるわけじゃありません」

 真実を告げると、しばらく三人はフリーズした。
 そして、神妙な顔をして俺を凝視する。
 最初に口を開いたのはリナだった。

「…………あんた剣術も習いなさい」
「なぜですか?」
「正統剣術が絶えちゃうでしょうが」
「正統剣術……………ってなんですか、それは?」
「第七天子が剣聖ファルカに伝授したゼフィランサスの正統剣術よ!」

 ……………知らんがな。
 それに第七天子のふるう剣は正統剣術などではなく古いにしえの殺人剣、飛天○剣流でござるよ。

 リナの意見を要約するとこうだった。
 ゼフィランサスやその近郊では、「第七天子の衣鉢を受け継ぐ」と称して都市や町に道場を構えている。道場を構えるだけならまだしも、最近、剣術ブームに乗っかって『剣聖』や『第七天子』の流れを組むなどと詐称し、生兵法を語るのは、正直自分には我慢ならない。
 本格派の強い武道家ならともかく、武術をかじった程度で剣をぶら下げて町を闊歩する若造ニワカも最近増えている。だから、正統な後継者たる者は激怒すべきだ。……と、なかなか熱い思いを語ってくれた。
 彼女には武術というものに並々ならぬ誇りと畏敬の念を抱いているようだ。
 まぁ、『少林寺拳法』も青少年の育成のために作られた『少林拳』のバッタモンみたいなもんだしいいんじゃね、と俺は思ってしまうが。そもそも剣術に正統も邪道もない。どのみち強くなるための創意工夫である。そんなカッコいいものではない。

「お、俺の師匠、一刀流なんだけどな」
「剣術の金剛流と一刀流、槍の五輪流、徒手空拳の武神流…この辺りはまだマシだけど」

 と、評論家のごとくかなり偉そうにのたまうリナ。
 金剛流と一刀流は俺でも聞いたことのある二大流派だ。門弟はこの都市だけでも数百人、近隣諸国まで合わせれば数千人という規模になるらしい。それだけ使い手がいれば、強い剣士は何人もいるだろうさ。リナのおめがねにかなう奴もいるだろう。
 両流派とも勢力図からいえば、ポスト剣聖を看板に掲げてたっておかしくはない。そこに剣聖ファルカの後継者が割り込むってか? 本家と元祖でドンパチやってるラーメン屋の勢力争いに、海○雄山が乱入するような喜劇になると思うんだが…。

「だいたい、僕は正統剣術を誰に習えばいいんです?」
「ほえ?」
「さっきも言った通り祖父は高齢ですから、剣どころかもう鋤や鍬だって握れないんですよ? 剣の稽古なんてたぶん無理ですよ」
「………じゃ、じゃあ、あんたがまず金剛流とか一刀流とかの道場で剣の基本を習って…」

 その門下に入門してどうしろというのだ? 斎藤道三のごとく内側から乗っ取って、腐った業界を再建せよとでもいうつもりなのか。それ以前に、大勢の門弟を抱えるような流派であれば、道場の中で頭角を現すだけでも難しいのだがな。 
 どうやら、こいつは決闘に負けたことで俺を過大評価しているようだ。

「例えば僕が金剛流の門をたたいて、剣術を学んで、シュナイデル・ファルカの縁者であるということを根拠に『剣聖の後継者』と吹聴するとします。でも、それだと金剛流の門弟が、正統剣術を勝手に名乗ってることになりません? 現に僕と祖父に血のつながりはないわけですから」
「う……」

 そもそも、爺さんは俺を世継ぎにしようなどと思ってないだろうし、剣術の極意を伝授しようなどとも思ってないだろう。その気なら、よその家に見習いに預けて、剣術や礼儀作法を学ばせたりしたはずだ。
 そもそも剣術が達者なんてことはさほど自慢になることではない。宮本武蔵も養子の伊織に剣の道を勧めなかったというし、結局、「剣が強いだけでは生きていけない」ということを悟ったのだと思う。その正統剣術とやらも、武蔵の二天一流と同様に伝説化していくんじゃないだろうか? それでいいんじゃね? 多少剣が強かったところで何になるというのだ? 

 …と、そんなことを考えながら、箸をすすめていると襖戸が開いた。申し訳なさそうに立っていたのは、この旅籠の女中さんである。年のころはミリィより少し下で、リナよりは上だ。

「すみません。ミリィさん」
「ああ、ごめんごめん。すぐ仕事にもどるわ」

 乾杯にだけ参加するつもりだったミリィは話し込んでた自分を少し反省し、立ち上がろうとした。

「いえ、そうじゃなくて…」
「ん?」
「ちょっと困ったお客様が…」

 どうやらトラブル発生が発生したようである。


*   *    *


 宿泊客や食事客も野次馬と化していた。
 かく言う俺も彼らに混ざり二階のロフト廊下から身を乗り出して様子をうかがった。
 吹き抜けになっているアマルダの旅籠のフロントに押しかけていたのは、帯剣をした7人の男たちであった。

 なんだこりゃ? 新撰組の討ち入りか?
 いや、ちょっと違うな。上着は浅葱色の陣羽織ではなく、おそらく裏地では竜とか虎とかが戦ってるんじゃないかというデザインの黒い長ラン。下も袴ではなく、バギーパンツというやつだ。新撰組ではなく、どっちかというと旧日本軍の最高戦力が塾長やってる学校法人だろう。

「我らは金剛流、バラハ・トライスの門下である! 第七天子の正統剣術を受け継ぐ剣聖ファルカ老師にお目通りをいただきたい!」

 そういえばあの学ランは受験会場にも何人かいたな。弓術受けたやつはいなかったが……そうか。彼らが金剛流剣術だったのか。
 まぁ、ただの爺ファンのミーハーなら、丁重にお断りすればよいだろうが、さすがに光物ぶら下げて集団訪問する野郎共は、従業員も対応に困るだろうな。どう見ても友好的な相手とは思えんから。
 ハッキリ言って『ヤのつく自由業』だ。
 腕まくりし「ようやく出番ね」と意気揚々と前に出たがるリナを制し、ミリィが前に出る。
 階段を足早に降りて、彼らの眼前に立ち、丁寧に一礼した。

「申し訳ございません。ファルカ様は現在外出されております」
「どこへ行かれたのか!?」

 一応、爺さんには敬語である。

「失礼ですが、ファルカ様は救国の英雄。そのような方に、面会を求めるのであれば事前に使者を立てるのが礼儀かと存じます。アポイントメントはおありですか?」
「む……」

 そりゃそうだろう。『偉い人』というのはイコール『忙しい人』なわけで、そう簡単に会えないのが普通だ。語気を強める学ラン男に、ミリィの対応は実に手慣れたものだった。

「いや、ない」
「それでしたら、後日、老師の予定を確かめられた上でおいで下さい」
「いつお帰りになるのか!?」
「お答えできません」
「なにっ!」
「当店に、お客様のご予定を勝手に口外する権限はございません。ご訪問があったことは、こちらでお伝えいたします。本日はお引き取り下さい」

 腹に据えかねれているらしい7人に恭しく頭を下げるミリィ。慇懃に見えるが全然ビビってないのがわかる。見事なまでのお役所対応である。日本の公務員がこういう対応をしてくれたら、在○会も必要ないだろう。
 ハラハラとみていた従業員からさすが女将さんの娘だと感嘆の声が上がる。俺も感心していると…

「おう! お前らじゃないか!」

 頭上から余計な介入をする馬鹿がいた。
 俺の隣にいたバルッカ・キースリングだ。
 二階を見上げる7人。

「お知り合いですか?」
「おう、お知り合いだぞ……一緒に剣術の試験受けたんだ。な?」

 まだ剣呑な雰囲気の男たちに気安く声をかけるバルッカ。
 バルッカを確認した男たちは驚き、動揺していた。

「なぜ、お前がここにいる!?」
「なぜって剣聖ファルカの養子と飯食ってるからだぞ。こいつだ!」

 ご丁寧に俺の肩を叩いて、紹介してくれやがった。……KYめ。
 颯爽登場してしまったバルッカ・キースリングのせいで。旅籠のフロントは一転して剣呑な空気となった。

「いるではないか!」

 長ラン7人組の男たちの先頭に立つ一人が俺を指さしてミリィに詰め寄る。
 ミリィ・ロックウェルはこめかみを抑えていた。
 「なんででてくるのよ」と視線を俺に投げかけてくる。
 ……サーセン。けど今のって、悪いのは全部バルッカだよね?
 ミリィは憤る男たちに嘆息しながら、

「あなた方が面会にいらしたのは剣聖シュナイデル・ファルカ老師でしょう? 彼はそのご子息ですから関係ありませんよねぇ?」
「もとを正せば、その子息に用があるのだ!」

 ほう? 子息(オレ)に用でつか?

「此度の冒険者試験。タクミ・ファルカが受けた弓術試験は全員合格にあいなったと聞く!」

 うん。あいなったな。

「知ってますが?」
「不正があったのではないか?」

 そうくるか。
 まぁ、客観的にみればそう思う奴もいるだろうな。何しろ、俺の爺さん有名人だし。親の七光りだと思うだろう。

「そういうことは冒険者ギルドに問い合わせていただけます? 私に聞かれても困ります」
「ならばなぜ、いないなどとたばかり、我らを門前払いにするか!」

 うわぁ、面倒くせぇ……。
 これだ。これだから慣例というものは逸脱するべきではないのだ。前例にないことをやるだけで、いろんなところから不満が噴出して、無関係な人間が迷惑を被るのだから。まったく、あの性悪エルフは碌なことをしない。

「なんで腰に刀ぶら下げて集団恫喝してくるような奴に、お客様から預かりしてる子供を引き合わせなきゃならんのですかっ!?」

 口々に恫喝的な言動が始める男たちにあきれたのか、ミリィの口調もだんだん穏当ではなくなる。たしかに、ミリィの方がはるかに正論であるのだが。 ミリィに正当性を認めたのか、さすがに男たちも二の足を踏む。

(ミリィ! 抑えて! 抑えて!)

 ジェスチャーでメッセージを送る。一応、彼女も理解しているはず。だから大丈夫だと思いたい。
 「ヤのつく自由業にちょっかい出すな」という意味ではない。このアマルダの旅籠のチーフ・ウェイトレスであり、筆頭看板娘である彼女が断固たる敵対姿勢を露わにするということは、由々しき事態なのである。 
 そんなミリィたちのやりとりに中二階からバルッカが声をかけた。

「おいおい、なんだよ! 穏やかじゃねぇな」

 お前のせいだよっ!! と、条件反射でツッコミたくなった。
 だが、俺のツッコミが入る直前、バルッカはロフトから颯爽と飛び降り、男たちの目の前に着地する。そして、とんでもなく挑発的な自己紹介をぶちかました。

「なんだぁ貴様は!?」
「バルッカ・キースリング! 今回の冒険者試験でそいつとそいつを、倒した男だ!」

 その爆弾発言に後方にいた長ランのうち二人がたじろぐ。どうやら、長ラン男たちの中に、バルッカが試験で三人抜きしたという対戦相手が含まれていたようだ。

「ハッキリ言おう! 今回の試験に不正はない! アンタらが弱かったから不合格になったんだ! 他人の合格に難癖つける前に、ちゃんと稽古して腕を磨いたらどうなんだ!!」

 どうなんだ、って……いわれましてもねぇ。
 プライドを逆撫でするのは逆効果な気がする。相手を感情的な方向に誘導してしまえば、正論が通じなくなる。

「だいたい、アンタ等はちゃんと稽古しているのか! 10人の受験者のうち、勝ち抜き戦に残ったやつがたった半分、その残りも骸骨兵の姿をみるや悲鳴を上げて降参した奴だっていただろうが、そう! 右から二番目のアンタだ!! 単にアンタ等がヘタレなだけで、どー考えたって、弓術試験とは関係ない!」

 ………誰かこの馬鹿を止めろ。
 だが時すでに遅し、この挑発的な言動に、7人は帯剣した柄に手をかける。

( あ か ん )

 この旅籠の看板娘ミリィ・ロックウェルを相手に、刀に手をかける。それはこの場所では最大のタブーなのである。
 この瞬間、甲獣の鎧を身に着けた屈強な剣士。筋骨隆々の虎人族やリザードマン、エルフ族の魔術師などが、十重二十重に7人を取り囲んだ。彼らは誰一人口を開かない。そして、手に武器こそ構えていないが、目つき顔つきが臨戦態勢そのものだった。
 こんな登場の仕方だと、「曲者だ!であえーであえー」で登場し、助さん・格さん・マツケンさんにバッタバッタとなぎ倒される雑魚侍を思い浮かべるかもしれないが、統率されたアスリート集団にそんな無双はできません。常識的に考えて。
 しかもみなさん目がマジです。

「………な、なんだお前たち!」

 大の男だって、さすがにこれにはビビるだろう。どうやら連中は気づいていなかったらしい。
 連中がフロントに立ち入った瞬間、冒険者たちはその剣呑な空気を察知して速やかに指揮系統を構築。狩猟の時と同様に、ハンドサインだけで獲物の周囲を潜伏し、そして、一人が剣の柄に手をかけた瞬間、突入して包囲したのである。
 そう。つまり、ミリィに殺傷能力のある武器をむけるということは、『アマルダの旅籠』のお得意様、つまり、中堅以上の冒険者のみなさんを敵に回すということに他ならないのだ。

 7人はうろたえる。
 こういう統率のとれた行動をするプロ集団には決して手を出してはならないということぐらいは理解できるらしい。
 しばしにらみ合いの後、やれやれというため息とともに、ミリィが一歩前に出て宣言した。

「お引き取り下さい。出口はあちらです」
「くっ…」

 ミリィが指さすと包囲網の一部が解除され、退路が用意される。
 しばしのにらみ合いの末、長ラン組の指揮官も撤退を決めたようだ。

「ええい!…行くぞ!」

 賢明である。俺も胸をなで下ろした。
 …………が、その時。

「あちょおおおおおおお!!!!!」

 予期していなかった方向から男たちに跳び蹴りをかました馬鹿がいた。
 そいつは壁面を走り、横一列になった瞬間、三角跳びで包囲網の頭上を飛び越え、男三人をなぎ倒したのである。
 実力的にも倫理的にもこんな真似ができる馬鹿は一人しかいない。
 三人の男は玉突き衝突して、盛大に壁に追突する。

「ちょ…リナ! 何やってんのよ! アンタ!」
「何って仕事よ! こういう時のために私を雇ったんでしょうが!」
「ちがうわよ!!」
「どっちでもいいわ! 私も混ぜなさいよ!」

 相変わらずの核弾頭っぷりである。
 そして…

「ひ、卑怯なっ!!」

 突然のことにパニックになったのだろう、長ランの一人が腰の道具に手をかけ、()()した。

( あ は っ ♪ オ ワ タ )

 この瞬間。ミリィ・ロックウェルは力なく天を仰ぐ。

 えっと、この後の顛末? うん。そーだなー。
 『俺』の生国には、人殺しの訓練を受けた屈強な紳士さんが一個大隊規模で嗜む『棒倒し』という名のスポーツが存在する。互いに守る3.5メートルほどの丸太を先に倒せば勝ち、というルールとしては簡単なスポーツだ。
 丸太の上に指揮官を乗せ、その丸太を70人ほどの男たちが倒されないように支えたり、敵の攻撃を妨害したりする。

 目の前にある事態っていうのは正にこれだ。

『もし棒倒しのディフェンスがたった7人の民間人だったら』

 上空より跳びかかる猫耳戦士に超低空ブリッツを決める人狼族。
 スクラム組んで突進するドワーフ青年隊。
 老若男女入り乱れるガチムチさんのおしくらまんじゅうである。
 このモブシーンを描写しろと言われたら、世界に冠たるスタジオ○ブリのスタッフだって泣くだろうな。

「「ウォオオオォオオオオオ!!!」」

 男どもを吊し上げ勝鬨を上げる冒険者のみなさんと対照的に、うなだれるミリィ。

「どうしよう。母さんにどやされる……」

 俺はとりあえず彼女の肩に手を置いて励ました。
 えっと、ドンマイ?
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