挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第二章

30/78

幕間 波紋は静かに

「その(ほう)たちも初級冒険者試験に合格したか」

 黒鷲が羽を広げたような太眉を吊り上げて、壮年の男が問うた。
 白髪交じりのこの男は、剣豪バラハ・トライスという。
 今や、天下に名高き金剛流剣術の当主である。

「はっ…ファン・ガニエス。そして、これなるルイス・ティエルはまだ入門三か月でございます」
「ほほう。そうか。これからも励むがよい」
「「はい!」」

 その日、トライスは上機嫌だった。
 くすんだ色の陶芸品に竹製の食器で緑色の粉末を入れ、湯を注いでかき混ぜる。そうやってできた()()()を彼は弟子のひとりたちに差し出した。客人は4人。道場の筆頭師範代と、今回の初級冒険者試験に合格した若い門弟二人、ファンとルイス。そしてそれを直接指導した高弟である。

「…………結構な、お点前で」

 道場での序列に従い、同じ器に一人ずつ口をつけ、ファンとルイスも先達に倣って同じ作法で応じた。入門して日が浅い一番若いルイスだけは、それがとてつもなく苦い飲み物だということを顔に出してしまい、後に高弟から制裁を受けることになる。
 都市郊外に金剛流の道場を構える剣豪バラハ・トライスは、弟子たちをこの草庵に招いて、茶を振舞うことが嗜みだったのだ。
 彼はかつて、剣聖シュナイデル・ファルカに立ち会い、敗れた剣豪ザラ・トライスの息子である。ザラ・トライスは剣聖に敗れはしたものの、敗北の中から剣の極意を見出したという。それが金剛流であった。トライスは20年の修行の末、とある諸侯貴族の御前試合で名だたる剣士たち相手に勝ち上がり、その大家の剣術指南役を仰せつかった。
 そして、この大陸東部に名を馳せる大剣豪として、富と名声を得てこの故郷ゼフィランサスに錦を飾ったのである。
 第七天子が建てたというこの茶室と庭園は、父が復元したものだ。戦禍に曝されて一時期ひどく傷んでいた。父はそれを都市から高額で買い取り、修復した。父がそれに費やした金は一財産になるだろうが、二代目の自分自身もそれだけの価値があったと、いたく気に入っている。
 金銀や宝石が飾るわけでもないこの狭い空間は、日々の暮らしの中から新たな発見をもたらしてくれる。そして、年を重ねるほどに素晴らしい風格を帯びていくのだ。
 湿地帯でとれる名も知らない雑草を編んで床を作り、二束三文にもならない曲がりくねった灌木を削って梁とする。さらに草木の削りカスを溶かして作った和紙によって円形のまどから優しい乳白色の光が差し込み、空間全体を調和させている。
 だれも価値を見出さなかったものに価値を見出し、育て、そして調和させる。絢爛豪華な調度品に囲まれるだけの貴族には決してたどり着けぬ剣の極致がここにある。
 それこそが、かの第七天子がこの世界にもたらした哲学ではなかろうか? そして、その哲学は第七天子が残した重要文化財と共に、わが一門が後世まで伝えていくだろうと。
 この日、剣豪バラハ・トライスは改めてこの茶室の素晴らしさを再確認し、にんまりと愉悦に浸る。きっと、父はそこまで考えていたのだろう。

「………見事……」

 思わずぽつりと出たその言葉を聞いて、門弟三人は恭しく叩頭した。

「「ははっ! ありがたき幸せ!」」
「う、うむ、おう…」

 トライスは事実をいうと上の空であったのだが、その場を取り繕った。

「よろしい。では、お前たちは下がれ」

 当主からお褒めの言葉をいただいたところで、師範代は、大事な話があるからと3人を下がらせた。
 3人の気配が遠のいたところで、話を切り出す。

「先生。剣聖ファルカ殿の養子についてでございますが」
「その養子がどうかしたのか?」

 剣聖ファルカの養子については噂は聞いていた。
 金剛流の当主としては、開祖ザラ・トライスに土をつけた『剣聖ファルカ』に思わぬところがないわけではない。
 とはいえ、恨みがあるわけでもない。父は剣聖に敗れたおかげで剣の道を邁進でき、一代でその地位を築いたのだから。

「はっ、彼も此度の初級冒険者の試験に合格したとのことでございます」
「養子とはいえ、ファルカの名を継ぐものとして、やはり武は嗜むか。初級とはいえ、天晴だ」
「ですが、タクミ・ファルカはまだ若干8歳でございます」
「……ほう? 近年の冒険者試験はそのような子供でも受けられるのか?」
「とんでもございません。受験資格は原則15歳からでございます。それ未満の者は上級冒険者の推薦を要します」
「ますます天晴なのではないか? 推薦があったとはいえ、同様の試験をうけるのであろう」
「先生! 今回の試験には当道場からも10名受験しておりました。それがあの2人しか合格していないのですよ?」
「なんと! 8歳の子が合格したのに、わが道場からは2人だけか」

 たしかにそれは外聞がよくないかもしれない。

「…そうか、だが勝負には時の運というものがある。ままならぬものは、ままならぬ」
「はい。もっとも、タクミ・ファルカが受験したのは剣術ではなく弓術試験でございます」
「なに? 剣聖殿のご子息が、弓術とな…」
「はい。弓術審査をうけた18人は全員合格しております」
「と、いうことは?」
「左様にございます。おそらくは政治的配慮があったものと…」

 つまり、敢えて合格のハードルを下げるべく根回しがあったということである。あまり知られてはいないが、剣聖ファルカといえば、都市やギルドに多額の出資をしている富豪でもある。
 かの第七天子や、竜騎士ウォルフラムの遺産も何割か相続していたはずだ。いかに天下の冒険者ギルドとはいえ、ご機嫌伺いも必要な相手ということだろう。

「なるほどのう……」

 バラハ・トライスは自分で点てた茶を一服した。彼自身は、そのような政治的配慮に不寛容ではない。集団の上に立とうと思えば、世の清濁併せのまねばならないことを、身をもって承知しているのだ。

「先生。これは由々しき事態でございますぞ! わが道場の威信にかかわります」

 熱り立つ師範代に、トライスは嘆息した。

「他所は他所。よいではないか、放っておけ。そもそも初級冒険者の資格などというものは、当道場の『義理許し』のようなものであろう。そこらの若い兵士や、野山でウサギを狩る猟師でも持っておるというのに、そう目くじらを立てることはあるまい?」
「たしかにそうでございますが……」
「今回、合格に至らなかった者には今後、精進するように伝えよ」
「ははっ!」

 師範代は一瞬、肩透かしを食らったような顔をしたが、当主の決定にしたがい引き下がった。


    *   *    *


 昨日の疲労でロゼッタ・エヴァンスは熱を出して寝込んでしまった。昨夜、なんとか報告書を書き上げたものの、今日は気怠くてベッドから出る気にもなれない。
 原因は分かっている、()が弓術の試験を受けることが分かったのが前日だったためだ。上司である市長ジェファーソンにとっても誤算だったのだろう。そのせいで人員が足らず、急遽、ロゼッタに白羽の矢が立ってしまったのだ。しかも弓術試験の担当はあのジュリア・フライアである。いくら何でも、あのトラップは嫌がらせでやってるとしか思えない。

(なんで私がこんな目に……)

 正直、弓矢なんて縁日のアトラクションでしか引いたことがない。そもそも、上級公務員試験に合格した彼女はエリート中のエリートである。汗臭い労働とは無縁のエグゼクティブな前途が待っていたはずなのだ。なのに、どうしてこうなった?

「よう、ロゼッタ! いるかー?」

 玄関先から男の声がする。この陽気な声は聞き違えるはずもない。
 ジェイス・フランクリンだ。神経の太い男は羨ましい。
 顔を見せる気にもなれなかったので、ロゼッタは居留守を決め込んだ。が、しかし……。

「居るんだな? 勝手に入るぞー」
(えええ!?)

 錠が外れる音がした。ロゼッタが住んでるアパートは2DKである。ジェイスは返事も聞かずに玄関の錠を外し、寝室の扉をノックする。

「入るぞー!」

 ロゼッタはさっきまでの気鬱さが一瞬で吹っ飛び、飛び起きて扉を抑えた。

「何考えてんのよ!! アンタは!?」
「なんだ、やっぱりいるんじゃねぇか?」

 壁越しに話しかけるが、ジェイスは悪びれもしない。

「居るとわかってて、レディの部屋に勝手に入ってくる馬鹿がいるかっ!! ノックすりゃいいってもんじゃないわよ!」
「ノックしてノックを返されないのは入っていいよってことじゃないのか?」
「私のアパートは公衆トイレかっ!?」

 会話の通じない相手に偏頭痛がしてくる。いや、もともとか。熱を出してるんだから当然だ。

「ああ、元気そうならいいや」
「元気じゃないわよ! 何の用よ! お願いだから帰って!!」
「ああ、届けもんだ」

 ドアの下から差し込まれた封筒には冊子一冊入るほどの厚みがあった。

「冒険者の手引書とライセンスカードだ。合格おめでとう!!」

 封筒から出てきたカードをロゼッタは手に取る。
 青銅色の装飾が施されたカードに魔力を込めると、彼女の姓名とFランクの文字が浮かび上がった。

「…いらないわよ。こんなもの…たぶんこの先一生使わないだろうし」
「ま、不本意ながら試験受けたおまえの事情は知ってるけどな。でもそれいい記念になるんじゃねぇのか? 未来の剣聖様と同期のカードなんて、きっとプレミアもんだぜ?」
「まだ、彼がなると決まったわけじゃないでしょう?」
「ま、聖剣の担い手になるかどうかはわからんが、一角の冒険者にはなるだろうな……」 

 ………そうかもしれない。いや。鎌土蜘蛛(サイズ・タランチュラ)をたった一人で仕留めてしまう子供なんて、それこそ成長したら六勇者級の素質ではないだろうか? 
 彼は剣術も使えるのだろう。使えなかったとしても、あの身のこなしだ。刃物を持たせて弱いはずはない。剣聖が推薦して来たのも、実力ゆえのこと。決して親の欲目ではない。
 それにあの第七魔術。まだ奥の手は持っているのだろう。ロゼッタは彼が口にした、魔術の秘伝書の話を思い出し、扉越しにジェイスに話しかけた。

「ジェイス。不法侵入した償いに質問に答える気はある?」
「いいぞ?」
「剣聖ファルカの屋敷に忍び込んだ奴の噂って聞いたことある?」
「…………ああ」
「確認するけど、それ、私が聞いていい部類の話?」
「比較的、いい部類の話だな。聞きたいか?」
「ええ」
「剣聖ファルカはクルリス村に暮らしている。第七天子の財産をあの爺さんが隠し持ってるって噂は知ってるか?」

 それを聞いてロゼッタは鼻で笑った。
 たしかに剣聖ファルカは都市の財政を支えるほどの個人財産を所有しているが、クルリスの村には存在しない。

「聞いてるわ。都市伝説だけどね…」
「俺の界隈にも信じる奴がいた。さすがの剣聖も耄碌しただろって『仕事』に行くやつがな。もちろん、クルリスは小さな村なので、よそ者が来ればすぐわかる。たいてい屋敷に入る前に、村人にとっ捕まってお縄になる。
俺が生まれる数十年前からの伝統みたいでな」

 そりゃそうだろう。
 村社会の結束は固い。何度も頻発すればガードも固くなる。
 そもそも単独では無理だ。剣聖ファルカの家には使用人もいるはずだ。

「……馬鹿ですね」
「そうだな。だが5年前、もっと馬鹿なことを考えた奴がいた。20人の手下を引き連れ、大勢で仕事にいったのさ。村人全員口封じするぐらいの気構えでな……」
「え? ………えっと、それで?」
「全員行方不明になった。おそらく魔物の餌にされたか、湖に沈められたんだろ。だから、俺の界隈じゃあの爺さんが耄碌してるなんて、誰も信じちゃいないよ」

 それを聞いて、ロゼッタは絶句した。
 政庁に訪れた剣聖ファルカを、彼女は耄碌した老人としか見てなかったのだ。彼はまだ20人の賊を退けられるほど強いということなのか。少なくとも5年前までは…。

「人の見てくれに騙されるなよ? お前の場合、外見だけで全部判断しようとするからな……」

 図星を刺されたことが癇に障ったロゼッタは寝間着姿のまま、扉を開ける。
 しかし、ジェイスはその言葉を最後に音もなく立ち去っていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ