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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第二話 自由都市ゼフィランサス

 第七天子の聖骸を収めた陵墓『星天陵』。
 自由都市ゼフィランサスは、この陵墓を中心とする十万人規模の人の集まりであった。
 『ゼフィランサス』とは玉簾(たますだれ)の花のことだ。空飛ぶ飛竜から見下ろせば都市の形がくっきりとした六芒星だとわかるだろう。ただし、星の角は45度で、いわゆる『ダビテの星』より鋭角である。
 内側に入り込んだ6箇所が門となっており、門から星の中央にかけては真っ直ぐな大通りが伸びている。それが6枚の花弁に切り分けられた玉簾に見えるのだ。
 街は最初は稜堡の内側のみが栄えたが、この街を形成する白亜石の建物は、すでに花弁を大きくはみだし、人のにぎわいを伝播させていた。

 市場にほど近い船着場に降りると、その人の多さに酔いそうになった。
 十万人もの人口が一所に集まればこうなるか。驢馬の手綱を引いてないと迷子になってしまいそうだ。
 運河を通じて大荷物が次々に運び込まれていく。都市の北部は船が通る運河と、荷車が通る陸路が立体的に重なる商人の町だった。市民たちの衣食住を満たすための輸入品、そして彼らの生産する輸出品が絶えず循環する。市場の西側は生鮮食品の流通が盛んであり、青果物を梱包した紙箱、水産物が氷詰めにされた木箱、それを売り買いする商人たち。たったいま仲買人が競り落とした品物を、10分後には他の商人が1割増しで購入していく。正に天下の台所。すさまじい熱気である。
 往来の顔ぶれは人種も多種多様だ。ヒト種が最も多いが、ドワーフやエルフ、獣人も見かける。ゼフィランサスは冒険者のメッカでもあり、観光名所ということもあって大陸中から人があつまるのだ。

「どうです? 街がぁ……立派になったでしょう?」

 雑踏の中を歩きながら、驢馬の上から白い髭の老人が訊いた。落ち窪んだ目は開いているのか閉じているのかわからないが、一応ちゃんと見えているらしい。呂律が回ってないのは、さすがに齢だから仕方がない。それより、立派になったでしょうとはいかなることか、俺はここ来るの初めてなんだぜ? おじいちゃん。

「ああ、そうだな。昔は何もなかったんだが…」
「あのあとぉ……みんなでぃがんばったんですよぉ……」

 『あの後』とはどの後なんだろうな?
 まぁ、おそらく、第七天使が逝った後のことだろう。激しい戦があったと聞く。がんばったのは本当なんだろうさ。

 河岸に並べられた魚が俺の目端に映る。中でも目を引くのは逆さ吊りにされたエンペラー・パイクだ。淡水の魚の中では、この世界最大級でマグロほどの大きさである。この魚は身は食えたものじゃないのだが、光沢のある鱗は装飾品に加工される。
 水揚げされた蝶々鮫の腹を掻っ捌くと、黒真珠のような極上のキャビアが零れ落ち、仲買人による盛況な(せり)が始る。こういった高級品は、専ら隣国貴族の御用聞きが買っていくらしい。

 驢馬を引きながら活気づく生鮮市場を抜けて、商店街に入った。表通りは荘厳な石造りの大商店が並び、裏通りのアーケードには露天商がところ狭しと軒を連ねる。喧騒がゆるやかになると同時に人々の生活も息づかいも感じられてきた。建物の上階は居住区になっているらしく、洗濯物が垂れ下がっている。
 声をかけられたのはそんな裏通りの雑踏の中だった。

「シュナン爺さんじゃねぇか!!」
「んあぁ?」

 でかく野太い男の声に背後から呼び止められ、俺と馬上のシュナイデル爺さんも徐ろに振り返る。呼び止めた男は、逞しい二の腕に精悍な双眸の持ち主だ。背は低く、浅黒い肌は縮れた体毛に覆われていた。
 ドワーフと呼ばれる種族である。

「…………おおぉ……棟梁さんじゃあ、ないかね……」

 間延びした口調で祖父は応える御年97。
 相手をちゃんと認識しているだけでも壮健なのだ。
 ドワーフはのっしのっしと近づいて、驢馬の横に並んだ。

「どうしたんだい!? 爺さん。町まで降りてくるなんて珍しいじゃないか!」
「孫がぁ……おっての……案内、しとるんじゃあよぉ」
「孫ぉ? おい爺さん! あんた独り身じゃなかったのか?」

 なにげに失礼なことを言うやつだ。
 だが思ったことをズバズバいうのがドワーフという人種である。
 陽気で声も無駄に大きいから、耳の遠い爺さんには助かるかもしれない。

「おったよぉ!! ほっほっほ!」

 案の定、爺さんは気にしていない。
 爺さんに紹介されてドワーフの視線が俺の方に向く。頭からつま先まで値踏みされた後、正直なコメントをいただいた。

「ほぉ、コイツが爺さんの孫かい? ……似てねぇな」

 だろうな。血はつながってないから当然である。

「はじめまして、シュナイデル・ファルカの孫のタクミ・ファルカです。養子なので、似てはいないと思います」

 俺はぺこりとお辞儀する。
 俺の背はドワーフよりまだ頭ひとつは小さい。まぁ、転生してたった8年だからな。

「死に水をぉ……取って、もらおうかと思ってのぉ……呼び寄せたのじゃあ」
「死に水って、おい!縁起でもねぇこというなよなっ! 爺さんならエルフより長生きできるぜ! ガハハハハハッ!!」

 そんなことを話していると、いつの間にか人だかりができてしまった。

「おいおい! シュナン爺さんじゃねぇか」
「なんだって?」
「まだ、生きてたのかよっ!!」
「ばっか何言ってんだ! 『天子』様のお弟子だぜ」

 皆この都市を長年支えてきた古株だそうだ。人種は正にさまざま、ドワーフ、エルフ、虎人族、狼人族、兎耳族、翼人族。
 もはや異人種のサラダボールだな。異人種は貴族が統治する土地では差別されるため、自然とこの都市に集まってくるのだ。
 シュナイデル・ファルカは彼らよりさらに古株……最古参の生き残りであり、独立戦争の英雄だった。たとえ本人がボケていたとしても、粗末に扱うものはいないらしい。

「よう、爺さん元気してたかい?」
「何年ぶりだ? 生きてたとは驚きだよ!」
「いつぞやは世話になったなっ!! いつか礼をしようと思ってたんだが、住んでるところがわかんなくてよぉ、一体どこに……」

 やれやれ……、再会を喜ぶのはいいのだが、これでは俺達はいつまでたっても目的地につけやしない。往来の邪魔にもなる。俺はしかたなく精一杯声をはりあげた。

「申し訳ございません! 祖父は長旅で疲れております! これから宿へ参りますので、お話はそのあとということで!!」
「ん、お、おう! そうだな宿へ行こう!! どこだ?」
「アマルダのぉ、旅籠じゃあ……」
「おお! わかった!! いこういこう!」

 ……って、おいおい。
 その号令とともに、シュナイデル爺さんを中心とした人の輪が平行移動を始めた。しかも、なんの関係もない野次馬たちまで糾合し、雪だるま式に大きくなりながらである。
 勘弁してくれよ。
 正直、迷惑この上ないのだが、皆が楽しそうにしているので空気的に口に出せない。
 俺は爺さんと逸れまいとオタオタするだけだ。驢馬を見失わないように必死で付いていこうとすると、知らない虎人族の大男が俺を担ぎあげて肩車した。

「遠慮するな」

 虎人の表情というのはよく分からんが、たぶん面白がって笑っているのだろう。
 厚意ゆえなのだろうが、これじゃ晒しもんだ。
 しかたない。俺は諦めて、虎男の肩にまたがって町並みを見物することにした。
 …………うん。一言、言わせてほしい。
 人がパノラマでゴミのようだ。いつの間に増えた? お前ら……。


   *   *   *


 『アマルダの旅籠』はゼフィランサスの北西側の花弁の中央部にある。
 北西部といえば、冒険者の街であり、武器防具店や魔法道具屋、宿屋など、まぁ実に『いかにも異世界』という店舗が軒を連ねる町である。
 雑多な街だが、それぞれ店には身分相応のグレードというものがあって、稼げる奴用と稼げない奴用の店があるらしい。
 この『アマルダの旅籠』はその中でも、どちらかといえば上級者を相手に商売をしている宿屋だった。
 旅籠の女将のアマルダ・ロックウェルは、シュナイデル爺さんの弟子らしく、古い付き合いらしい。突然の来訪でも大歓迎してくれた。
 彼女の髪の色は口紅と同じ情熱の赤。年増だが美人で、そして豪快な女将さんだ。
 この旅籠の立地はよく表通り側からは食事処に、裏通りからは旅籠のフロントに入れる。絢爛豪華な装飾品など飾られてはいないが、内装の色あいは落ち着いており、どことなく『侘び寂び』の品の良さを感じる。店の奥には厨房があり、香ばしい匂いが立ち込めてくる。カウンターには大陸各地で醸造された銘酒が並んでいた。これより上になると、貴族様向けの宿泊施設になるだろう。かなりハイレベルな宿屋なのだ。
 とはいえ、逆立ちしても貴族向けにはならないだろうな。
 なにしろ、大繁盛でにぎやかすぎるのだから。女将アマルダは飲み比べ、腕相撲、チンチロリン、ごっつい男どもから持ち掛けられるどんな挑戦でも引き受けて、それで勝ち越しを収めるという剛の者であるからして。

 彼女の号令のもと、一階の食事処は一気に人がごった返した。爺さんを主賓として宴会が開かれたのだ。
 爺さんはこの街ではかなり有名だ。有名人を一目見ようと、食事処は大賑わいとなる。この経済効果にあやかろうと裏通りの露天商まで屋台の軒を並べていた。
 俺はというと、爺さんの紹介で、ひと通り挨拶をしたあと、カウンターの隅っこで料理人が気を利かせて出してくれる珍味をパクパクと啄んでる。
 ま、子供だからそれでも許されるんだよね。年相応なら高齢の主賓に代わって接待とかしなきゃならんだろう。

 客の殆どが『冒険者』だった。成金っぽい商人に、あちこち露出して目のやり場に困るような獣人の女戦士。学者風の男。虎人。ドワーフ。エルフ族の弓使い。老若男女が爺さんの周りに輪を作った。かれらにウェイターやウェイトレスがフル稼働で酒や料理を運ぶ。
 ジョッキに注がれているのは主に『ビール』だ。
 第七天子が職人たちに作らせたという異世界のお酒であり、いまや都市の主要輸出品目の一つになっている。子供なので飲酒はできないのだが、カウンターで酒を差配しているバーテンダーに無理を言って、お猪口一杯程度を味見させてもらった。

 ……………うん、なかなかの味である。
 氷の魔法でキンキンに冷えている。作った当初は飲めたものじゃなかったが、80年もたつと本物の味に近づくものだ。

「どうだ? 坊主、まだお前さんの飲むものじゃない…苦いだろ?」
「うーん。苦い! もういっぱい!」

 髭のバーテンダーは、困ったことを言う子供だと苦笑いした。
 ちっ、おかわりはもらえなかったぜ。
 早く大人になってたらふく飲みたいね。

 厨房はフル回転で料理を運んでくる。肉体労働者向けの料理だけあって、肉やチーズを使ったコッテリとした物が多い。この店ではイノシシの香草蒸しが人気らしい。
 香草や香辛料をふんだんに使った料理なんて、昔は貴族しか食べられなかったが、現代ではそうでもないらしい。
 とはいえ、この宴会、誰が金を払うのか…

「いいのか? 俺も爺さんも金なんてろくに持ってきてないんだが……」

 そんなことをポツリと呟いたら、アマルダの娘、ミリィ・ロックウェルが話しかけてきた。

「お金なら気にすることはないよ?」

 母親に似た赤い髪をツーサイドアップにした齢15の看板娘である。正直に言って、かなりの美人さんだ。銀のトレイと、ウェイトレス姿がよく似合う。
 だが、悪戯で尻を触ろうとしてくる冒険者を軽くあしらうところを見ると、可愛いだけではない。
 きっと年をとったら、お母さんみたいになるんだろう。

「主賓に払えなんて言わないわ。ここにいる全員にちゃんと請求するからね」
「どうやって?」
「これよ♪」

 ポケットから青銅(ブロンズ)のカードがでてきた。
 Fランクのギルドカードだ。
 これは彼女のものらしい。女だてらに、しかもこの年で冒険者の資格を持ってるってわけだ。
 大したもんじゃないか。

「商工会に加盟しているお店は基本カード払いなのよ。ここに来る連中は冒険者がほとんどでしょう? この宴会の参加費と個人の飲食代は、カードに記録して、あとで冒険者ギルドに請求するの。
 ギルドカードで決済してくれれば、飲み食いに誰が何を注文したのか、ちゃんと記録されるから大丈夫よ。
 ギルドに積み立ててあるプール金か、足りなければ次の報酬から天引きされるっていう仕組みよ」

 ほほう。つまり、ギルドカードをクレカ代わりに使ってるのかよ。まぁ、技術は時として考案者が全く意図していない使い方されるものだが、そこまで進んでいるとは第七天子の目を持ってしても見抜けなんだわ。
 正直、あまりアクロバティックな使い方されても、製作者サイドとしては責任取れんのだが。

「ま、請求できる上限額はランク毎にきまってるんだけどね」

 そりゃ道理だろうな。
 Sランクの爺さんのカードはさしずめプラチナカードというところか。正に男のステイタスだ。デートで使ったら女にモテるだろう。

「冒険者はいいとして、お金もカードも持ってない人がこっそり入ってきたら? たとえば……」

 たとえば、あそこのフード被った小さいのとかな。ありゃ10歳ぐらいの子供だろう? 冒険者になれるのは原則15歳からなんだから、あれはおそらく冒険者ではない。
 よく見ると人目を盗んで、いろんな席の皿を少しずつつまみ食いしている。試食コーナーめぐりのおばちゃんみたいだ。
 俺が視線で教えようとすると、ミリィはあどけなく笑った。さすがにここの店員だけあって、そんなのはとっくにお見通しのようだ。

「食べ残しを漁るくらいなら大目に見るわよ。というより、そんなのは自分のお皿をちゃんと守ってない奴が悪い。
 下手に口出しすべきじゃないわ。店のなかでケンカになったりしても迷惑だし…」

 まぁ、たしかに、ネカフェでケータイや財布を擦られたって自己責任だからな。
 俺は不意に爺さんの方に目を移す。伝説の英雄にお流れをいただこうと冒険者たちが列をなしていた。列は店の外にまで張り出している。爺さんはその一人一人のグラスにビールを注いでいた。
 エライ人は大変だなぁ……
 俺は静かにではあるが深い溜息をついた。ミリィは接客中でも、それを聞き逃さなかったらしい。

「あれ、タクミくん? ひょっとして疲れてる?」
「ええ、まぁ……」
「あっ! そうか…今日ついたっていってたわよね。じゃ昼間は歩き詰めだ」
「いえ、体の疲れはともかく、大人たちの会話には付いて行けませんので…」

 ま、付いて行けなくはないけどな。
 ただ会話に加わっても、俺は剣聖の孫で所詮は子供だから、向こうが気を使うだろう。
 みんなせっかく楽しんで飲んでるのだから、水を差したら悪いではないか。
 そんなコトをミリィと話していると…

「では、私が、なにか面白い話をしてさしあげましょか?」

 と、若い男の澄んだ声が俺の耳に届いた。
2014/01/21 修正
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