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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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過去話1 第七天子、発狂ス

 ここは人口100人足らずの長閑な山間の村だ。
 わざわざ渓谷に石のアーチを敷き、霊峰に連なる山々から雪解け水をサイフォンの原理とやらではるばる引き入れている。
 そんな高度な灌漑技術によって、数多くの不毛な土地が緑の恵みを揺蕩えるほどの肥沃な大地へと変貌を遂げていった。
 人々は水路にそって幾つもの集落を作った。
 水路が運ぶものは、水だけではない。
 治水技術によって水の流れは緩やかに保たれ、荷を載せた船を水棲の騎獣に引っ張らせれば、悠々と遡ることもできるようになったのだ。
 寒暖の激しい山間の村では葉物や果実を、平野では野菜や穀物を、痩せた土地では肉や乳製品を生産し、互いの食卓を潤す。
 クルリスの村は、そんな運河経済圏の端に位置していた。


   *  *  *


 シュナイデルという名前を親からもらってるが、家族は俺をシュナンと呼ぶ。家族と言っても血はつながってないんだがな。
 俺は、早朝、今日使う分の薪を割っていた。
 納屋には、昨年獲った間伐材が山ほど積み上げられている。この中から今日、使う分を早朝の内に割ってしまうのだ。
 こういう肉体労働は日が昇ってしまえば、なかなか捗らないので早朝にやるしかない。

「おはようございます。精が出ますね…」

 女性から声をかけられた。村人全員が顔見知りという小さな村なので、声だけで誰かはわかる。
 彼女は継ぎはぎだらけの色あせた修道服に大きな背負子を背負っていた。
 この村の小さな修道院に住む修道女マルチェナさんだ。歳はもう40に近いだろうが、よく働く人だ。

「あ、おはようございます。シスター。修道院の分の薪割りは終わってます。持って行ってください」
「ありがとうございます」

 俺も、今年で10歳。もう一人前に働ける。
 畑仕事に、薪割り、炭焼き、狩猟、読み書きも教えてもらったし、もう一人で食っていくのにも困らないだろう。だが、兄貴は「一人前っていうのは女ひとり分ぐらいは余計に働けるやつだ」と言う。俺はまだまだだとさ。
 そういわれて少し凹んだが、理屈を聞いた今では「なるほどな」と思ってる。

「あなたに第三天子マリア様のお導きがあらんことを…」

 そういって傅くと彼女はロザリオに祈った。
 『第三修道会』は、『第一聖教会』と勢力を二分するこの世界の最大教派だ。第一教会は第一天子を信仰する教会だから、第一教会。三番目の天子を信仰する教会だから第三教会である。冠婚葬祭では、必ずどちらかのご厄介になる。 
 生憎、俺はもう一人『天子』を知っているので、どれだけ説法されても彼らに祈る気にはなれない。
 まぁ、尊敬はしてるんだが、信仰の対象にはならんだろうな。生涯……。

「さて…」

 薪割りを終え、朝食前に兄貴に一本稽古をつけてもらおうと、俺は木剣を持参して母屋を訪ねた。兄貴には今日も勝てないだろう。また打ちのめされるのだろう。
 だが、剣術はなぜか楽しい。
 ようやく兄貴の太刀筋が見えるようになったからだろうか?

 俺が兄貴の住む、家の母屋の前に立った時だった。
 水汲みをしていたシオンが突っ立っていた。俺より1つ年下の9歳の少女。明るい色の髪に花飾りの髪留めを付けている。最近、ちょっとかわいくなったなと思う。
 ……が、この時の彼女は、いささか怪訝そうな顔だった。

「ん? シオン。どうした?」

 俺が聞くと、ポツリと呟く。

「………………兄さんの様子がおかしい」
「兄貴がおかしいのはいつものことだろ?」

 だが、シオンは小さく首をふる。
 どういうことだ? 
 母屋に入るとたしかに、その日、兄貴の様子はおかしかった。

「シュナン!!!」
「何だ兄貴?」
「アアアアアアアアアアアアウゥ!!!」

 兄貴は、よく分からんが寝巻き姿のまま不思議な踊りを踊っている。
 前に歩いているように交互に足を動かしながら、後ろに移動していくのだ。
 時折、奇声を張り上げながら、股間を触りさわり、手足をくねくねと動かす。頭の位置を固定したまま、身体の部品をまるで糸で操る傀儡人形のようにくるくると回す。さらに、爪先立ちで3回ほど素早く回転した。そして……。

「俺は天子を辞めるぞ―!!!」
「は?」

 一体何を言い出すんだ? この人は。
 まぁ、たまに奇行に走る人ではあるのだが……。

「シュナン。一緒に、俺の『墓』を作ってくれ!!」
「……………まて、兄貴、意味がわからない。もし、ミソシルと間違えてるのなら断るぞ」

 たしかに、兄貴はすごい男だ。物知りでなんでも知ってる。剣の達人で、稀代の魔法使いで、そして、俺達の育ての親だ。
 俺や兄弟たちに、読み書きを教えてくれたのもこの人だし、いままで飯を食わせてくれたのもこの人だ。村のみんなに畑の耕し方や、家の作り方、牛の飼い方、鉄の作り方、麻布の作り方を教えてくれた。そして俺に、狩りや剣を教えてくれた。
 強くて、賢くて、そして優しい人だ。
 正直、すごく感謝してるし、尊敬もしている。
 だが時折大真面目な顔で、こういうわけの分からんコトを言い出すのだ。

「死にたいんだ!」
「落ち着いてくれ、兄貴が死んだらみんな困るんだよ?」
「うん。済まないなぁと思うよ。お前らの保護者として……」
「じゃ、なんでだよ!?」

 兄貴は地べたに座り込んで肩を落とした。
 相変わらず演出が過剰な男である。

「シュナン。半年前の戦いでさ、俺が魔法で南の山をガリガリ削っちゃったの知ってるだろ?」
「ああ……でも、しかたないじゃないか。アレは…ああしなきゃ何百万人も人が死んでたんだろ?」

 背ビレがビカビカ光って、口から光線を吐き出す巨大なトカゲ。
 あんなバケモンが現れたら、そうでもしなきゃならんだろうさ。
 人里に降りたら大変だからな。

「うん。でもさ。そのとき俺が超爆破壊魔法で地殻を削ったところに、とんでもない量の負の魔力がながれこんでんだよね?」

 そんなこと言われてもな。

「……兄貴、俺、魔道のことはよくわかないよ。ウィズレイじゃないんだから…」
「早い話ね。あの辺り一帯、放置したら魔物が湧きだすのよ」
「え?」
「うん。スライムとかそういうレベルじゃなくて、下手すりゃ魔大陸なみの強力な魔物が……」
「………………」
「伝説の何とかデビルとかね、一匹倒しただけで王国から叙勲されそうなレベルの楽しい魔物がわんさかでてくるかもしれないのよ?『ぽぽぽぽーん』と!」
「いや、それ楽しくないからさ」
「当たり前だよ。楽しいわけがない!! 一頭で城が落とせるようなトカゲとか跳梁跋扈されて国が保つと思うかい? ネリスも、ゼイレシアも! アウグスティアも!!」

 この大陸東部の大国が保たないような魔物とか想像もできないな。
 伝説でいうような『ドラゴン』ってやつより凄いのだろうか? 
 兄貴の話してくれるドラゴンは、なんでも願い事を叶えてくれたり、かわいい女の子に変身したり、とっても夢いっぱいな感じがするのだが。

「…………そりゃあ、困るよな」
「うん。だから墓作ろ!」

 意味がわからない。
 兄貴の考えは俺の常識のはるか上を勇躍する。正直、兄貴の学問のレベルに俺はついていけた試しがないのだ。
 だが、間違ったこともない。
 兄貴は一昨年、シオンに『御洒落』なるものをさせるために、白い蛾の幼虫の飼育を始めた。なんで服を作るのに蛾の幼虫なんて飼うのか、俺には意味がわからなかった。だが翌年、その幼虫が蛹を作るときに出す糸を商人がこぞって買い付けに来るようになったのだ。それが『絹』というものだとあの時初めて知った。
 結果、商人は色んな物をこの村に持ち込むようになった。兄貴はそのなかから、シオンに髪飾りを買い与えたのだ。村の他の男達は女に服や飾り物を買い与えるために辛抱して金を貯めるそうなのだが、妹に御洒落をさせるために村中を豊かにしようと思うのは兄貴だけだろう。
 そういう兄貴のぶっ飛んだ思考が凡人の俺に理解できるわけが無い。

「最近地震も増えたよね?あれ、ぶっちゃけ、俺のせいなのよ」

 よくわからんが、兄貴は何かミスをして責任を感じているようだ。
 ……とにかく、俺は兄貴を励ますことにした。

「……兄貴のせいじゃないよ。だいたい、そんな魔物なんかさ。
 兄貴なら全部倒せるじゃないか!」
「………シュナン………」
「うん。きっと大丈夫さ! 兄貴ならやれる!
 またあの超爆魔法とやらでさ」

 俺はうつむく兄貴の肩をたたく。

「………シュナン。お前もか。シムナもウォルも…」

 ああ、シムナやウォルだってそりゃ励ますよ。
 この人に元気出してもらわなきゃみんな困るんだ。
 兄貴は真剣な顔で俺をみて、そして…。

「お前までそんなこと言うのかよっ!!!!!
 俺はお前をそんな風に育てた覚えはないんだぞ!!
 この、大ばかやろーーーーー!!!!!!!!!!」

 ガチ泣きされた。
 そして、寝巻き姿のまま窓を突き破って、兄貴は何処かへ消えてしまった。

 ………い、一体、兄貴に何があったんだ?
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