挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/78

第二十話 エリアBOSS攻略

 八本の足は、太く短く繊毛に覆われている。
 蠢動する胴体だけで2メートルはあるだろうか? 前足の先から、後ろ足の先まで測ればその倍はある。簡単にいえば、この世界の小さな家一軒をUFOキャッチできるほどの大きさだ。そんなバケモノが天井に張り付いていた。
 蜘蛛はロゼッタを宙吊りにするロープをグイグイと手繰り寄せながら、天井を這い進む。

「いいいやああああああああああああああ!!!!!!」
「落ち着け!ロゼッタ!!」

 無理もない。赤く輝く無機質な8つの眼。黒い繊毛に覆われた胴体に、警戒色で描かれたサイケデリック模様は、はっきり言って『死』しか連想させない。 

「ロゼッタ!!」
「ロゼッタ! ロープを切れ!! 」

 だが、恐怖でパニックに陥ったロゼッタにはそれができない。
 ヘルムートの指示が耳に入らないのだ。ロープを掴んであたふたと慌てるだけで、結び目を解こうともしない。最早ハリウッド映画に出てくる白人女性エキストラを彷彿とさせるような発狂ぶりだ。

「いや! いやっ!!!」

 でもまぁ、これが普通の反応だよな。こんな気色悪い節足動物に出会って落ち着いていられるのは風の谷のお姫様ぐらいだ。
 天井に張り付き、奥へと移動していく蜘蛛を、ジェイス、ヘルムート、ピーターが追う。ロゼッタがロープを切ったら、地上で彼女をキャッチするためだろう。
 だが俺は、3人とは逆方向に走りだした。真下からでは()()()()からだ。俺は充分な距離をとると弓を引き絞る。この程度なら、集中コンセントレーションは必要ない。
 そして、振り向きざまに一瞬で狙いを定め、放つ。
 俺が放った矢はロゼッタを吊るしてたロープを難なく切断した。パツンと音を立て10メートル近い高さから自由落下した彼女を、ジェイスが滑り込みでレシーブする。

 ヘルムートとピーターは振り返り、驚愕の視線を俺に向けた。
 いやいや、大した芸じゃないから、これ。
 背後を走りながら『探知』で敵との位置関係を把握し、鏃に魔法を纏わせる。弓は狙いを定める必要はなく、初速を与えるだけ。矢の軌道は魔道で制御して、急所にズドン。イーヴァイの得意技だった。距離は40メートルで軌道修正には充分な距離がある。あまり近すぎると逆に難しい。
 そもそも風の魔法を付与している以上、ミリ単位で射抜く必要など無いのだ。ロゼッタという重りがぶら下がってるのだから、10センチ圏内に収まれば『かまいたち』でロープは切れる。
 まぁ、んなことを今解説してやる暇はない。なにしろ戦闘中なんだからな。

「上です! 来ますよ!」

 俺はパーティーに警戒を促す。
 獲物を逃したと知るや、大蜘蛛は天井を手放した。重量感のある身体を落下中に上下反転し、その8本の足をショックアブソーバーにして地上に着地する。
 大蜘蛛は既に敵意を露わにしていた。
 どこぞの腐海の住人のように真っ赤な目を爛々と輝かせている。
 同じ目線で観察すると、本当にデカイ。蜘蛛には口の横に触肢とよばれる、二本の口器が存在する。ピーターが『鎌のような前足』と表現したのは、間違いなくアレだ。通常、節足動物の触肢は足よりも短いのだが、コイツのは他の8本の足より長く、蟷螂の前足のような形状をしていた。先程はそれを器用に動かし、ロープを手繰り寄せていたが、今はヌンチャクのように鎌を振り回して、こちらを威嚇してくる。 
 ヘルムートは右に斧、左に大盾を構え、その威嚇に怯むことなく奴ににじり寄った。その間、俺は左側に走る。奴を中心にして、やや遠巻きに弧を描くように回りこむ。ピーターは、右に走る。ジェイスはロゼッタを抱えたまま、背後へ走りこんだ。ここに『重装歩兵が正面から注意をひきつけ、弓兵が側面や背後から攻撃する』という目論見通りフォーメーションが完成したのである。
 そして作戦通り、ピーターが仕掛けた。
 右翼に陣取る彼から攻撃を仕掛けることで、敵の注意の左側に引きつける。俺達はその奴の動きに合わせて、反時計回りにサークリングしながら敵を攻撃するのだ。
 ピーターが走りながら放った矢は、大蜘蛛の胴体に突き刺さった。このまま彼がヘイト値を稼いで、反時計回りに誘導する手筈………だったのだが。

「え?」

 奴は右を向いた。つまり、俺の方を。
 ピーターの攻撃を歯牙にも掛けず、その二本の鎌を俺に向けたのだ。蜘蛛は俺に向かって突進し、大鎌を振り回す。
 リーチは長いが、逃げ回れば死にはしない。死にはしないのだが……

「こっちだ! こっち! こっちだっつってんだろうが蜘蛛野郎!!」

 ピーターが注意を引きつけるべく背後から二本三本と矢を放つが、蜘蛛はまったく意に介さない。
 痛みを感じないのか?
 まぁ、そうかもしれない。
 たしか蜘蛛の雄って、相手に自分の身を食わせながら交尾したりするんだよな。
 だから、たぶん痛覚なんかないのだろう。
 それとも、もしやロープを切ったことで俺の方がヘイト稼いじまったのか? いやいや、VRMMOじゃないんだからそんなわきゃない。
 おそらく、さっきの一矢で俺が一番厄介だと本能的に理解したのだ。

「ヘルムート! どうする!?」

 想定外の出来事にジェイスが叫ぶ。
 右翼のピーターが仕掛けたのは大蜘蛛を時計回りに動かすためだ。左に弓を持つ場合、移動しながらの射撃が可能になる。ヘルムートが近距離から、ピーターは遠距離から敵の注意をひきつけ、けん制する。その間、俺とジェイスが弱点を観察し、あわよくば必殺を狙う。そういう作戦だった。
 逆に時計回りだセオリーを外れる。時計回りに走れば、右手で矢をつがえる弓兵は射撃のためにスタンスを切り替えるため攻撃がワンテンポ遅くなるのだ。

 この不測の事態にヘルムートは思案していた。
 だが、思案は必要ない。パーティのなかで恐らく最大攻撃力であろうヘルムートの斧が奴の注意から外れるのであれば、好都合ではないか。
 俺は右前方に距離を詰める。自ら急加速することで、パーティに俺自身の意思を示した。
 そう、俺が奴の正面に立てばいいだけの話だ。

(胴体への攻撃はほとんどダメージ無し、か…ならば)

 およそ5歩まで近づいたところで、俺は8つの眼をうち一つに狙いを定めた。
 眼の一つを奪えば死角ができる。皆が動きやすくなる。いっそ、感覚器官を全部潰しちまえばいい。ヘルムートが言ったように倒す必要なんて無いんだ。コイツの視覚を奪い、ザリッツたちを探しだして、さっさと離脱すればいいのだ。
 俺は必中を期して弓を引き絞り、放つ。
 だが、鏃は奴の赤い魚眼レンズのような単眼を捉えることはなかった。俺の矢は、奴の触肢によって払い落とされたのだ。

(なっ!?)

 えらく武芸達者な蜘蛛である。

 試しにもう一本放つが、結果は同じだった。
 矢のスピードって時速200キロはあると思うんだが?
 それに反応した……だと?

 八本の脚の動きは緩慢だが、二本の触肢とヤツの胴体はまるでボクサーの上半身のように機敏に動いている。まさに、一撃で水槽をも叩き割るモンハナシャコのパンチがあんな感じだ。驚嘆していると、俺はいつの間にかヤツの射程距離に入っていた。
 次の瞬間、俺の頭めがけて黒く長い鎌が襲いかかる。一撃目をダッキングで回避し、二撃目が来る前にバックステップで離脱する。
 金髪の『ベル赤』ほどのスピードではないから回避は自体はどってことなない。どってことないのだが……
 俺は、離脱際に三本目の矢を放つ。だが、切り払われる。

(くそっ! 3本も無駄にした!)

 機動力はたいしたことはない。方向転換も遅い。厄介なのはあの触肢のスピードである。鎌を開いたロングレンジの薙ぎ払いならば充分躱せるが、折りたたんだ状態だと、弓矢を防げる程に素早い。

「ふん!!」

 蜘蛛の意識が俺に向いた隙を付いて、側面からヘルムートが斬りかかる。繊毛で覆われた足に斜め上から、斧を振り下ろす。だが、太い8本の足はまるで丸太のように固く、刃は食い込むものの切断には至らない。二撃目を入れようとしたヘルムートに横なぎの触肢が襲いかかった。

「ぐっ!!」

 ヘルムートは薙ぎ払う大鎌を大盾で受け止めたが、真芯で受け止めてしまったため、その衝撃でふっ飛ばされ、石畳の上を転がる。
 大盾は本来飛び道具から身を守るものであり、振り回された重武器の類を防ぐものではない。もっとも円盾(バックラー)にしたところで、今の攻撃を受け流すには相当な技量が必要になる。本職ではない彼には無理かもしれない。
 ……見た目はパリイ得意そうだが。

 ヘルムートの様子を伺った束の間。
 蜘蛛は振り向きざまに俺に大鎌を振り回す。今度は足元だ。俺は跳躍しながら左から二番目の単眼を狙撃する。今度は当たった!
 俺の矢は8つの目の一つに深々と突き刺さっていた。どうやら奴の攻撃と同時にならダメージは与えられるようだ。
 だが、その刹那、無防備になった俺に逆方向から鎌が襲いかかる。
 空中で身体を捻って回避したが…くっそ、忙しい野郎だな。

(相手の攻撃に合わせて放てば、当たる。だが……)

 あの鎌のような触肢。ロングレンジでお体重100キロ以上はあるだろうヘルムートがふっ飛ばされたところをみれば、その攻撃力が一撃必殺であることは一目瞭然である。
 至近距離はなお危険だ。矢を切り払うほどのスピードで放たれるなら、当たれば痛いですまない。
 耐久力も厄介だ。背後からピーターが何本矢を突き立てようとびくともしない。
 たとえ持ってる矢を全部使ってハリネズミにしても死なないだろう。ヘルムートの斧でも碌にダメージが与えられない。
 このままではジリ貧だ。
 だが、こいつも無敵というわけではない。『攻撃が効かない部分』が多いだけで急所は存在するはずだ、だから防御(ガード)が必要なのである。

 俺は、パーティの状態を確認する。
 ロゼッタは抱きかかえられ未だ立ち直れていない。
 彼女をかばってるジェイスも戦力にはならない。
 ヘルムートは盾のおかげで大怪我ではないが、立ち上がれない。
 動けるのは俺とピーターのみ。

(仕方ない)

 俺には勝負を急ぐ必要があった。
 それゆえに足を止め、奴と正対した。呼吸をととのえゆっくりと矢を引き。
 一足で奴との間合いを詰める。
 そして次の一瞬…………

 俺の放った矢は、通常を超える速度で大蜘蛛の眉間を貫き、そして、そのまま貫通した。
 「対面の石壁に突き刺さった矢の音が、後から聞こえてきた」と、傭兵ピーター・ベインは後に述懐したらしい。


   *   *   *


 黒い巨体はしばらくのたうった後、仰向けになって手足を痙攣させたが、やがて動かなくなった。
 俺の放った一矢によって中枢を破壊されたのだ。

「………つか、お前、何者だよ?」

 驚き呆れた表情をジェイスが向けてくる。
 特別なことはしていない、俺は矢を放っただけだ。その矢が蜘蛛の脳天を穿ち、分厚い肉をえぐり、中枢を貫通しただけ。
 つまり、攻撃力が無いなら上げればいい。その必殺の一撃を敵の攻撃を掻い潜って接近し、奴の反応の及ばない近距離から急所に当てる。それだけのことである。

「少々訓練してるだけの()()()()()です」
「嘘を吐け。ただの練習してるだけであんな真似ができるかっ!」
「できますって……」

 そりゃできるだろ。小さい頃から英才教育受けてたら……。
 普通の人間からしてみれば、10代でオリンピックに出るような少年少女はバケモノにみえるかもしれない。だが、天才といわれる連中は、決して人外というわけではない。ただ環境に恵まれているだけなのだ。英才教育さえ受けられれば、全員は無理でも100人に1人はそういう奴も出てくるだろう。つまり、『存在しても不思議じゃない』レベルの曲芸師など人為的に育成できるのだ。
 俺は前世ですでに基本は身についている。その経験に基づいて赤子の頃から毎日地道にトレーニング続けていたらこうもなるさ。まだ、シュナンやイーヴァイのレベルには達していない。天才の領域なんて足を踏み入れていないのだ。

 特殊な呼吸法で体内の魔力を活性化し、弓手に魔力を込める。 
 物理学的に言えば、弓の強さは誰が引いても同じ。だが、魔道を使えば物質の弾性力はある程度操作することは可能なのだ。この合成弓には魔石を鋳溶かした特殊な合金が使われている。今のままでもかなりの強弓だが、魔力を込めれば相当な強さになる。つまり、この弓は『魔力を込めれば強くなる魔道の弓』なのだ。
 もちろん、魔力を込めるだけでは固くなるだけだ。だからこれを強化した筋力で引く。べつにチートというわけではない。この程度ができるやつはこの世界にはざらにいる。俺の教え子の三人に一人はだいたいマスターした。
 そして、弓から放たれた矢はうねりながら飛ぶ。その『うねり』が貫通力となる。物理学で説明できる現象はここまでだ。だが俺はさらに「仕留める」という意志を矢に込めた。有体に言えば『殺気』という。それだけで、矢自体の一時的質量と『貫通力』が増大したのだ。矢は意志を持ち、蜘蛛の中枢をえぐった。

 (ファンタジーってつくづくパネェよな……)

 武器に『気』を込める。
 別に至難というわけでもない。達人と呼ばれる武芸者の多くが無意識の内に使っている技術である。今や、流派ごとにさまざまな名前で呼ばれるらしいが、本来はこう定義されるべき()()なのだ。

 『第六魔術』

 その名の通り、第六の天子が世界と契約することで開拓された術式。魔術の発動条件、儀典プロトコルを定めるのは天子だ。通常、儀典は決まった呪文であったり、魔法陣であったり、術者本人の遺伝情報であったりするのだが、第六魔術の儀典を言葉で説明することはできない。
 第六魔術は己の肉体を駆使し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。すなわち武術家が研鑽の末にたどりつくであろう『武術の極意』をもって発動条件としている。
 簡単にいえば、理想的な投球フォームさえ身に付けられれば、金属バットをもへし折る100マイルの速球や、消える魔球、分身魔球を投げられるという体育会系魔術なのである。
 身体に大きな負担がかかるため、本来俺のような子供が多用して良いべきものではない。
 俺は、肩甲骨あたりを伸ばしながら、肩周りのダメージを確認した。

(……やばい、もう弓引けねぇや)

 まぁ、かくて蜘蛛は片付いたわけだ。
 肩の荷が下りた思いで腕周りをストレッチする俺にロゼッタが話しかけてきた。

「も、もう出ないわよね?」
「………さぁ? いるかもしれませんね」

 そう答えるとビクつくロゼッタ。
 この人、結構なへタレだな。
 そもそも、8歳児に判断を委ねられても困るのだが。
 まぁ、もう敵は居ないと思う。気配がないからな。

「……なんてね。こういう蜘蛛が別の個体と同居してる可能性は低いと思います」
「つ……()()()だったりとかしない?」
「なるほど、仲睦まじき蜘蛛夫婦ですか。見てみたいですね」
「見たいわけ無いでしょ! そんな物好きがいるものですか!」

 いや、いると思うぞ。そういう物好きは割りといっぱい。ペットショップでもタランチュラは売ってるそうだし、夫婦生活をする蜘蛛なんていたらそれこそ、面白がって観察したがる奴もいるだろう。

「蜘蛛って、雌の方が大きくて強いんですよ。しかも、動くものは同族だろうと獲物だとみなす習性がありますから、果敢に交尾しようとする雄も食べちゃうそうなんです」

 つまり蜘蛛の繁殖は、相手が共食い系女子だろうと命がけでアプローチする勇敢な雄の遺伝子のみが次代に残るというシステムなのである。

「だから、雌雄がつがいで仲良く暮らしている、なんてことはたぶんありません。あんな凶暴そうな蜘蛛なら尚更です」
「………あなた、なんでそんな下らないことに詳しいのよ?」

 大学の生物学の先生が好きだったからな。
 でも、くだらないか?

「まぁ、そのくらい好きで好きで調べてる人も世の中にはいるということですね」
「こ、こんなバケモノが好きな人なんているわけ無いでしょう!?」

 ロゼッタ、頭固いのな。まぁ、見た目通りなのだが。
 上の階で待機していた連中も降りてきた。
 倒れた蜘蛛の巨体を目の当たりにして、みな感嘆の声を漏らす。
 ヘルムートたちは蜘蛛の周りにたむろして話し始めた。部下の中にこの魔物を知ってる奴が居たらしい。

鎌土蜘蛛サイズ・タランチュラ?」
「どういう奴なんだ?」
「見ての通りの蜘蛛ッスよ。隊長! 洞窟ダンジョンなんかに巣を作るんです。羽虫なんかを網にかける奴とはちがい、ダンジョンの通路に横穴を掘って、通りすがる獲物にガバっと襲いかかる」
「知ってるのなら、最初に言えよ!」
「だーかーらー! 俺も実物を見たこたぁ初めてだったんだ!! 親父の工房に素材をおろしてくれる冒険者に聞いた話だって」
「じゃ、知ったかぶんな! ばーか!」

 そんな大きな子供のケンカを尻目に、俺はロゼッタに反論した。

「ほーら、詳しい人いたじゃないですか」
「詳しいと好きなのは違います。それに鎌土蜘蛛(サイズ・タランチュラ)という蟲魔は、名前だけなら私も知ってますので」

 お! どうやら、ロゼッタも気を取り直したようだ。

「冒険者ギルドの討伐レポートによれば、危険度レベルは6に認定されています」

 ロゼッタはインテリのごとく(実際インテリなんだろうが)中指でめがねを押し上げて語る。
 ちゃんと丁寧語に戻ってる。この人は能書きたれさせると立ち直るんだな。
 そーか。こいつ、レベル6か。たしかにそのくらいだろうな。ちなみに危険度レベルとは、冒険者ギルドで管理している魔物の強さの評価基準である。レベル6の魔物が人里近くに出たら確かに大騒ぎだろうが、その程度なら15歳のときのシュナンなら一刀両断したと思うわ。仕留めても自慢にはならん。

「捕まえた獲物はどうなるんですか?」
「生きたまま捕らえられて、拘束されるそうです。襲われた民間人が数日後に救助されたという報告もありますわ」
「あ、なるほど…」

 それなら、この試験にはうってつけの魔物かもな。
 辺りを捜索すると鎌土蜘蛛サイズ・タランチュラは広大なフィールドの一角に繭の迷宮を形成していた。
 繭を形成する糸は粘着性は殆ど無い。どうやら、あの蜘蛛は羽虫の類をトラップで絡めとるタイプではなかったらしい。
 その繭で作られた迷宮の入り口に血痕が付着していた。

「二人はこの中にいるのか?」
「……だと思います。他に人が隠れられるようなところはありませんし、それに…」
「血痕だな。隊長かヒュージのものだ…」

 血痕は繭の洞窟へと続いている。
 それを見たピーターは「格好悪いところばかりを見せるわけにはいかない」と、ザリッツ組の仲間を引き連れて内部を捜索を開始した。
 一方、ヘルムート班は短刀を取り出し、8つの目がついていた頭部の解体を開始した。
 その作業を目の当たりにして、ロゼッタはさらに仰天し、そそくさと俺の影に隠れる。

「な、何をしてるんですか?」
「魔石を採るんだよ。それから売れそうな素材もな……冒険者の基本だろ?」

 蜘蛛の頭部から表皮をベリベリとはがすと、形容しがたいグロテスクな物体があらわになる。
 蜘蛛は蟹や蠍と同じ節足動物だが体が柔らかいのが特徴だ。
 解体は難しくないらしい。
 ………たくましいな。
 たしかに魔物の素材ってのは冒険者の貴重な収入源である。

「この蜘蛛からは何が採れるんです?」
「ああ、コイツの黒い鎌は軽い割に丈夫で、しかもしなりがある、弓に最適なんだ。表皮だって、耐火性の上等なレザー素材になる」
「そうか、すげぇな! 皮は俺にもくれよ!」
「こ、こんなモノで作った服を着るんですか!?」

 露骨にドン引きするロゼッタをジェイスが冷やかす。

「耐火性なんだぜ? だいたい冒険者にとって、自分で仕留めた獲物の加工品なんて勲章みたいなものだろ? それを毛嫌いして身につけないようじゃやってけねーぜ?」
「……あ、あんな虫の皮で誂えた服や鞄なんて…」

 潔癖症なんだなこの人。

「そうか、じゃあアンタには魔石をやるよ。魔術師さんなんだからな」

 ヘルムートの粋な計らいで、魔石はロゼッタ・エヴァンスに進呈されることになった。
 蜘蛛を解体している間に、ザリッツとヒュージがピーターたちに担がれて繭からでてくる。
 二人とも憔悴していたが、ロゼッタが回復魔術をかけると歩けるようにまでは回復した。
 無事に、ミッションはコンプリートである。


   *   *   *


 こうして、俺は晴れて冒険者の資格を手に入れた。
 鎌土蜘蛛の素材は記念品として参加者全員に分け与えられた。
 ヘルムートたちは蜘蛛の触肢で弓を新調し、大粒の魔石はロゼッタに、俺やジェイス、ザリッツ組には外皮が与えられることとなった。
 後日、ロゼッタのお陰で一命を取り留めたネスタが一足の小洒落たブーツを彼女に送ったのだが、それがこのとき剥いだ鎌土蜘蛛の皮で作ったことは男同士の秘密である。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ