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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第十四話 皮算用

 スライム18匹の釣瓶撃ち。

 チート? 無双?
 ……んなわけないじゃん。
 結構、無理をしたぞ?

 巨漢の弓兵ヘルムート。愛想はなかったが、意外と道義をわきまえたいい人だった。ちらっと素性を尋ねたのだが、大陸西部で活動している傭兵らしい。取り巻きの連中は傭兵団のお仲間だそうだ。当然、この試験は仲間同士で協力することも容認されているので、彼らにとっては望むところだろう。
 彼らは、所用で主戦場である大陸西部を離れたついでに試験を受けに来たと言う。傭兵にとって『冒険者』という肩書はそれなりの箔らしい。初級クラスじゃ大したことはなかろうが、中級冒険者の資格を持っていれば、報酬も多くもらえるそうだ。
 ヘルムートと、側にいた3人、エレベーターの前にいた2人で合計6人。60個の魔石を獲得すれば全員クリア。それに満たない場合は、優先順位の高い人間から順に10個ずつ割り振るのだろう。俺が倒したスライムは18体で、魔石はぜんぶ進呈したから、二人はほぼ確実に合格できるということである。
 彼らの名誉のために言っておくが、スライムごときに梃子摺ってるからといって、「弱い」というわけでもない。彼らは傭兵だからこそ、猟師(マタギ)の俺とはちがい、人間と戦うことを前提としているのだろう。戦争において弓は確率論の兵器だ。人間相手の戦闘を想定していれば、天井に張り付くスライムを狙撃する訓練なんて必要ない。
 そもそもスライムという魔物は集団になると非常に厄介なのだ。スライムが雑魚だと思うのは、異世界人の先入観に過ぎないだろう。この世界の兵士や冒険者が、群生するスライムに出会った場合、準備がなければ逃げるのが常識である。駆除用のアイテムを準備しているのであればともかく、少なくとも剣や弓で相手にするような魔物ではない。
 魔物と戦う術を身につけている者は少ない。スライムは正確に核を狙わなければ死なない上に、強力な毒や酸を吐く。強敵ではないが立派な難敵である。そして、仕留めたところで大した稼ぎにはならない。むしろ、奴らの吹き出す毒や酸で体力は消耗するし、装備は腐食する。ふんだり蹴ったりなのである。はっきり言って、リスクしか無い。
 戦うのは「駆除してくれ」と報酬付きで頼まれた時だけだろうな。


 現に俺もこのザマだ。肩を回すと、いつもより反応が鈍いのがわかる。
 体をかなり酷使したのだ。一応、『強化』は使ったのだが、強化魔術は肉体の筋力を倍加する術なので、まだ体ができてない子供が使ってもこういう弊害が発生する。
 でもあの光景は是非もない。『SAN値直葬』ってレベルじゃなかった。

 こりゃ明日は筋肉痛だ。二、三日は腕が上がらんかもしれん。
 そして今思えば、浅はかな行動だった。魔石10個で及第なのに、俺は9個も余分に獲得している。そのうえ、18匹のスライムを20秒で討伐するというデモンストレーションまでやっちまったのだ。
 これは拙いよな。「あの小僧なら持っているはず、魔物を狩るよりやつを襲ったほうが楽」とか邪なことを考える奴が出ないとも限らん。

 正直、俺は暴力は嫌いだ。
 試験時間終了まで隠れてやり過ごすことにした。

     *    *    *

「暇だな」

 試験開始から約2時間。ようやく3分の1だ。
 俺は今、Ⅳエリアの上空にいる。
 石の柱に横たわる梁の上ならば、地上からは見つからない。隠れ場所としてはなかなかだ。この石の柱は結構つるつるで、直径は3メートルはある。登ってこれる奴はそういないだろう。
 時折、足音が聞こえるが、ひとしきり探して魔物の気配が無いことがわかると、みなあきらめて出て行く。このエリアはやや薄暗く、探すのが難しいのだ。

 俺は太い梁の上、双子水晶の微光があたる一畳ほどの空間に寝っ転がり、獲得した魔石を眺めていた。

 この世界には『魔法』と『魔術』がある。
 『魔法』は貴族たちの特権だ。彼らは自らに流れる青き血の力だけで『魔法』という奇跡を起こす。
 一方、青き血を持たない平民に魔法が使えるほどの魔力はない。だが、かといって平民に魔道に接する機会がないわけではない。『魔石』を使うのだ。
 『魔石』は魔素を増幅するのに使用される。また、『魔道具』を使えば、潜在魔力の低い平民でも『魔術』が使えるようになる。もちろん平民は戦人(いくさびと)ではないのだから、ほとんど生活を便利するために利用する。熱操作による空調、治水、灌漑、医療、衛生事業などなど、応用分野は多岐にわたる。つまり、魔石はいわば電気とガスだ。この世界の平民社会は魔石によって支えられていると言っていい。
 冒険者がビジネスになる筈なのだ。

 さて、改めて今回の魔石(おたから)を見てみよう。

 良質な魔石は高値で取引されるが、これは特に質が良いというわけではない。二束三文である。
 ただ、俺が獲得した19個の魔石は、ゴーストから採った魔石も、スライムから採った魔石も、コウモリから採った魔石も、まったく同じだった。天然モノならば形や大きさは不揃いのはずである。

「人工魔石か……」

 おそらく、養殖真珠のように人工的に生成した魔石を、再び訓練用の魔物の体内に封入したのだろう。月一の試験課題にしてはずいぶん手がかかっている。

 この第一階層。通称『Aのフロア』には8つのエリアがある。エリアごとにいるモンスターは一種類ずつのようだ。
 Iのエリアは人工湿地帯、出てくる魔物は『スライム』。Ⅱのエリアは洞窟エリアで、魔物は『グリーンバット』。このⅣの魔物は『ゴースト』。Ⅴは『エチゼンクラゲ』。Ⅲ、Ⅵのエリアは竪穴空洞で、Ⅲは上層へ、Ⅵは下層へと螺旋階段が続いていた。今はまだ用はない。
 Ⅶ~Ⅺのエリアは見てないが、同じようなものだろう。たぶんⅨは階段だろう。各エリアには10~20匹ずつ違う魔物が放たれているらしい。
 俺がこのエリアで15匹目のゴーストを倒して以降、めっきり出てこなくなったところを見ると、ゴーストはあれで打ち止めだ。そして、Ⅰのエリアのスライムも、おそらくあれでネタ切れである。
 となると、このAフロアにいる魔物は期待値計算として150匹前後。受験者全員合格するには、180個の魔石が必要なわけだが、このフロアの魔物を全部穫れば過半数の受験者が合格できる。
 ……割と簡単じゃないだろうか? しかもAフロアだけではなくB、Cという下層フロアもあるのだろう?
 あのジェシカ・フレイア試験官によると、下層にいくほど手強い魔物が配置されているらしい。ひょっとしたら、B層のフロアの魔物を倒せば、一度に複数の魔石が入手できる仕様かもしれない。
 Aフロアで梃子摺ってるような腕じゃ大変かもしれない。

 だが、そもそも考えてみれば妙な試験だ。
 魔石10個で合格。上手いやつから早い者勝ちで弱い魔物を狩り、さっさと戦線を離脱していく。狩りが下手な奴は苦労する。
 野生の肉食動物もそうなのかもしれないけどな。

 暇だったのでそんなことを俺は思案していた。

「ん?」

 久々に、だれかが扉を開けて、このⅣエリアに侵入してきた。
 静かな空間に足音がこだまする。
 俺は息を潜めて梁を辿り、彼らの真上に移動した。

 そこにいたのは2人の人影、一人はこの試験で唯一の女性受験者だった。たしか名前はロゼッタ・エヴァンス。
 男のほうは、どこにでもいる駆け出しの冒険者という感じで、額にバンダナを巻いていた。正直、バンダナ以外はそれほど印象的ではなかったので名前は覚えていない。
 この二人は試験開始まで特に仲がよさそうにはみえなかったのだが、もともと知り合いだったのかもしれない。どうやら、この実技試験中は相互協力することにしたらしい。
 俺は会話が聞こえてくる位置で足を止めた。

「本当にいるのか?」
「他のエリアには必ずいました。このエリアにだけいないのは不自然です。おそらく、このエリアの魔物は見つかりにくいタイプなのでしょう。B層に降りる前に、まずはここをくまなく探索するべきだと思いますが?」

 なるほど、他のエリアの魔物がすくなくなったのでここに来たわけだ。
 その読みは鋭い。たしかにその通りだったのだが、今、探索しても無駄だ。ゴーストは俺が全部獲っちまったからな。
 彼らの捜索は徒労におわるわけだが、教えてやるべきだろうか?

「なぁ、ロゼッタ。あんた、試験は初めてかい?」
「ええ、あなたは3度目でしたわね?」
「ああ。一度目は剣術で落ちた。そんとき合格した奴から「弓のほうが楽だった」って聞いて半年間練習して、もう一度受験したんだ。先月な。たしかに剣術よりは人数が少なくて楽そうだった。今月こそはと思ったんだが…」
「だが?」
「………試験内容がずいぶん様変りしてんだよ。前回はこんな大掛かりじゃなかったぜ?」
「そうでしょうね。今回の試験官は変わった人らしいですから」

 ジュリア・フライア。別名『性悪エルフ』。
 かなり享楽的な性格をしてることは間違いないだろうな。
 冒険者採用試験の合格率は平均3割といわれている。
 冒険者になろうという奴は近年増加している。ギルドが奨励しているからな。理由もわかる。冒険者が増えれば、冒険者ギルドは潤う。彼らがもたらす魔石や魔獣の素材を売りさばくのはギルドだし、彼らの消費する物資を提供するのもギルドである。
 さほど実力が伴わなくても、一人でも多くの冒険者を採用すれば、彼らは生産者となり、消費者となる。冒険で稼ぐ奴でも稼げない奴でも経済の発展に貢献しているというわけだ。冒険者ギルドにとっても、このゼフィランサスという都市にとっても冒険者は多ければ多いほどいい。だから、常に「冒険者はかっこいい、みんな冒険者になろう」と宣伝する。ときとして英雄を奉り上げプロパガンダに利用する。
 だが、だからといって感化された素人がみだりに危険な場所に出入りするのは問題だろう。『危()()す』には正しい知識と技術が必要になる。だから、戦いを生業とする冒険者になれる人材の評価に一定のラインを設けることが、ライセンスの意義のはず。
 そう、『一定』でなければならないはずなのだ。自動車の教習のように。
 初級冒険者にふさわしい実力の『一定のライン』は、長年のノウハウでだいたい分かっているのではないだろうか?
 だったら従来の試験を踏襲すればいい。合否の割合も安定するはず。だが、この試験だとはっきり言って読めん。画期的といえば聞こえがいいが、不確定要素が大きすぎる。

「このAフロアには8つのモンスター・エリアがあります。各エリアに放たれた魔物はおそらく、10匹から20匹。概算では150個」

 たしかにそうだな。もうそろそろ他のエリアの魔物も狩り尽くされたかもしれない。当然、俺みたいに余分に保有している奴もいるだろう。
 足りない奴は採った奴を探すしかない。交渉がうまくいけば、15人は当確だ。
 いや、逆に3、4人に話をつけて、今回の受験を見送ってもらうというのはどうだろうか?

「ヘルムートとザリッツたちはそれぞれ50個近く確保したらしい。それから、ソロでやってる奴………10個以上持ってる奴もいるだろうって話だ」
「あの子はどうなのかしら?タクミ・ファルカ…」
「ああ、あのガキか。姿が見えねぇな。ヘルムートの話じゃ、弓が異常に上手かったそうだ。たぶんもう10個手に入れているんだろう、賢い小僧だったからとっくにノルマを達成して隠れてるんだろうってよ」

 誰かと思えば、俺の噂である。
 まぁ、そりゃさすがに気付くわな。ヘルムートはアレックみたいなバカじゃなさそうだったから。しかし、がんばってるんだな。ヘルムート。このペースなら、メンバー全員らくらく合格できるんじゃね? 
 ザリッツというのは、物資の箱をひっくり返してたあの男だろう。射的の時には確かそんな名前で呼ばれていたような気がする。俺以外で的の真ん中を射抜いた受験者はあいつだけだった。そういえば、周りの連中を顎で使ってる感じがしたが、ヘルムートたちとは違うグループを組んでいるわけか。

「で、どうするね? 奴らに交渉して幾つか譲ってもらうかい?」
「そんな必要ないでしょう? 試験は来月もあるのですから、わざわざ合格をお金で買う必要なんてありません。それにまだ中盤です。今、交渉をすれば逆に足元を見られますよ?」
「だろうなぁ…ん?」

 不意に男が天を仰ぐ。
 俺は咄嗟に顔を引っ込めた。
 彼は一瞬、人影らしきものを察知したらしい。まぁ、暗いし、夜目が効かなければ見つかることはないだろう。案の定、すぐに勘違いと思ってくれたようである。

「1つ2つなら交渉で譲渡してもらうこともいいでしょう。ですが、最初から他力本願では、自力で獲得する気がないと言ってるようなものです」
「じゃあ、Bのフロアに降りるか?」
「だから、それはまだ早計ですって。このエリアの魔物が何なのか。誰も確認できていないのですから…」
「すでに誰かが倒しちまってるから見つからないって可能性もあるぜ? 不毛じゃね?」

 なるほどねー。
 考えてみれば、試験は毎月あるのだ。
 今回ダメでも、次トライすればいいだけ。皆そこまで切羽詰まっているわけではない。そうそう高値では売れないだろう。むしろ、魔石を独占して脱落者を増やすのはあまり快く思われないかもしれない。
 七並べが6や8で止まってたら、面白くない。

 試験終了直前に売った方が儲かるかも、なんてことは浅はかな考えだった。
 せいぜい売れるとしたら、1つ2つだろうな。9個は多すぎる。
 俺はポケットからハンカチを取り出すと、持っていた19個の魔石の6個を包んだ。うっかり落とすかもしれないし、3つぐらいは予備として保有していてもいいだろう。
 そして、俺は、彼らの進行方向にそのハンカチを放り投げた。
 自由落下したそれはじゃらりと物音を立てて、地面に接触する。

「はぁ……見つからねぇなぁ……やっぱもう全部狩られちまったのかねぇ…」
「だとしたら痕跡ぐらいはあるはずです。魔物の死骸とか……ん?」

 まぁ、ゴーストには気づかなくても、さすがに目の前に放り投げられた包みに気付ないわけがないよな。
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